なな
カロリングにだって魔物が出ないわけではない。
国の魔力が高まるのか、秋口に魔物の出現がある。とても弱い魔物ばかりであるが。
だから、上流階級の男達は、互いに郊外にある別荘に招待をしあって魔物を狩る。
家族のものも連れて。
女や子供達は結界を張った中で、お茶会をする。
夜ともなれば、獲物を使った晩餐会や、余裕があるものは舞踏会まで開かれる。
そうして家同士の繋がりを保ち、かつ上流階級の若者の出会いを提供するのだ。
と、ケルンがネリキリーに教えてくれた。
イリギスやケルンが招待されたのは当然としてネリキリーまで招待がきたのは、オコボレに過ぎない。
彼は断るつもりだったのだが、先日のケルンとイリギスとの会話で話の流れで行くことになった。
「何事も経験だよ」
イリギスが用立ててくれた馬車に乗って、彼はドーファン上級生の別荘に向かった。
緑の厚地の絹に刺繍が入っている。
花をくわえるドラゴーンの意匠。
オーランジェットで竜の意匠を使えるのは、特別に古い家柄なのだという。
と、これもケルンの知識だ。
「ケルンは物知りだよね」
「雑学ばかりで成績には反映されないけどな」
「もったいないな。もう少し頑張れば、大学への推薦も視野に入るのに」
「俺は高等学院が終わったら、父さんの下で商売を実地で学ぶからな。そこまで力を入れなくていい。それよりネルはどうするんだよ。成績は俺よりいいだろ?」
「地方の役人か教師にでもと思ってたけど、魔法学を研究するのも面白そうだなって」
「ネルはオルデン師のお気に、だもんな」
ありがたいことにオルデン師は、イリギスへの助言の話を聞いて以降、ネリキリーに何かと目をかけてくれていた。
「ただ、魔法学は、カロリングでもオーランジェットでも、あまり盛んではないですが」
イリギスの言葉にネリキリーはうなずく。
「基本は古い魔法式の研究という地味な分野だから人気がないんだよね」
「授業も暗記、暗記だし。眠くなるしなー」
「でも、魔法を解析して、式を展開していくのは面白いよ。だけど大学に行くなら奨学金を狙わないと」
ネリキリーはそこでふっと馬車の内装を見た。
この内装費用だけでも一年分の学費にはなりそうだよなと思ってしまう。
素直に少しだけ羨ましい。
「イリギスは高等学院を出たら、どうするの?こっちで進学?」
「……国に帰ることになると思う。それから兵役を二年か冒険者を三年以上なるかを選ぶ」
「兵役?冒険者?」
初めて聞く話だった。ネリキリーはケルンの顔を見た。
「兵役は知ってたけど、冒険者になるってのも強制か?」
ケルンが訊ねた。
「オーランジェットは魔物の発生率が高いからね。貴族はすべからく魔物を狩る責務を担う」
ちなみに平民も一年のあいだ自警団への所属が義務付けられているそうだ。
これは魔物への対処を知るためで、危険が高い魔物を狩る現場には、滅多なことでは出されないという。
オーランジェットで、凶悪な魔物がでることはままあり、怪我をすることはおろか、まれには命を落とすこともあり得るそうだった。
偉いということは大変ということでもあるんだな、少なくともオーランジェットでは。
とネリキリーは先ほど安易に羨ましがった自分を恥じた。
少しだけ重くなった空気を払うように、イリギスは冒険者の楽しい冒険談を披露してくれた。
そして、ネリキリーとケルンは、酔いどれ竜、サヴァランの話がほぼ事実だったことを知った。
「「「♪酔いどれ竜のサヴァランは、酒好き、人好き、女好き。
ある時、空から落っこって、お家に帰れなくなっちゃった。
夜の晩酌できないと、わんわん鳴いていたならば、近所の人が何事か、おっとり刀で駆けつけた。
たけども、優しいサヴァランは、酒好き、人好き、女好き♪」」」
最後は、よく知られた童謡を賑やかに歌いながら、目的地に着いた。
ドーファン上級生の別荘は「お屋敷」や「邸館」という表現がふさわしい建物だった。
イリギスの馬車が館の正面に着くと使用人が予期していたように出てきた。
大きな扉が開かれ、イリギスを先頭にネリキリー達は館の中に入った。
執事らしい人が部屋の一室に通してくれた。
ケルンの家も結構な広さで使用人もいたが、平民の気楽さも感じさせてくれて、ここまで緊張はしなかった。
ネリキリーが隣のケルンを見れば、真面目な顔つきではあるものの緊張している感じではなかった。
部屋の中には、ドーファン上級生の見慣れた姿と先に着いていた客だろう人物が十数名。
「ドーファン卿、お招き下さりありがとうございます」
ネリキリー達は口々に言って挨拶をする。
ドーファン上級生は軽く手を振って。
「同じリゼラの仲間じゃないか。かしこまらなくていいよ」
馴れた仕草で、室内にいる客達を紹介してくれる。何人かはドーファン上級生のリゼラでの友人や家族。
全体的に若者が多い。
「イリギス、こちらはボート伯爵夫妻。私の伯父と伯母だ。今回の集まりのお目付け役。両親の都合がつかなかったから、代わりに来てくれた」
年かさの一組の夫婦にドーファン上級生は笑いかけた。
「伯父上、伯母上、こちらはオーランジェットから留学しているブラウニー子爵、イリギス・グラサージュ卿。それから、その友人のケルン・ランバートとネリキリー・ヴィンセント」
ドーファン上級生は、彼の伯父夫妻をイリギス(と後の二人)に引き合わせてくれた。
「「「お会いできて光栄です。よろしくお願いします」」」
「で、こちらが私の可愛い従姉妹のシャルロット」
6歳くらいだろうか、紹介の言葉通り可愛らしい少女が、淑女の礼をする。微笑ましくて笑いかけると、彼女は目を丸くした。
「お母様、トルファンが人間になっておりますわ」
「あら、まあ」
ボート伯爵夫人がネリキリーを改めて見て、やはりちょっと驚いた顔をした。
「失礼ですが、そのトルファンというのは」
聞かなくてもよいのに、ケルンが夫人に訊ねた。
「ええ、それが……」
いいよどむ夫人の代わりにシャルロット嬢が自慢気に言った。
「私の犬なの。とってもお利口で可愛いのよ」
やっぱり犬か。
無邪気さは時に罪だと思う。