六じゅうなな
ロヴェーナの店に槍を取りに行く。
今度は、三人ではなく、四人で。
カレヌも武器を注文したからだと言う。
「もしかして、斧槍か」
マラニュがカレヌに訊ねた。
「そうだよ。汎用で安くて良いものがあったから。少しだけ長さを調整してもらった」
「斧槍は強力な武器だが、かなり訓練を要するぞ」
「冒険者になって一年だ。斧槍はなる前から訓練してる」
マラニュに言われて、カレヌは少し鼻白んだようだ。
「エリシャはロマ将軍の武器だものな」
グッチオが微笑ましげにマラニュを見た。
「悪いかよ」
「いや、悪くはない。斧槍は突く、切る、叩く、ひっかけると幾通りもの攻撃ができるからな。マラニュの言う通り、上手く操ることができるなら」
「ネリキリーまで、俺の腕を疑うのかよ。よし。お前の買った槍と勝負しよう」
カレヌはネリキリーに指を突きつけてきた。
「私闘は禁じられているのではなかったのか」
マラニュが重い声で言った。
「ネリキリーに決闘を申し込んだお前が言うか」
今度はカレヌはマラニュを見上げた。マラニュが少しバツの悪い顔をした。
「確かにな」
グッチオも笑いを含んだ言葉を洩らした。
「ネリキリーさん、それにカレヌさんも。おいでなさいませ。親方ーネリキリーさん達がお見えになりました」
コルドが愛想のいい声で挨拶をして、店の奥に声をかけながら入る。
しばらくすると、ロヴェーナとコルドが注文の品を持って出てきた。
「どうぞ、お確かめください」
卓に置かれた二つの武器。
十文字槍と斧槍。
磨かれた白銀の色は、武器だというのに、美しさを感じさせる。
これは、闘うことを日常とする冒険者特有の感覚なのだろうか。
「両方とも鋼の銀色が美しいな。いや、少し、色が違う?」
ネリキリーがそういうとロヴェーナは満面の笑みを浮かべた。
「分かるか?これには少し、軽白金を使っている」
「軽白金を」
ネリキリーは驚いた。軽白金といえば、マラニュの青炎鉱ほど珍しくはないが、希少金属の一つだ。
「え、ネリキリーにだけ?ずるい」
カレヌが羨ましそうにネリキリーの槍に触れようとした。
「こいつの許しがないのにさわるな」
それをマラニュが止める。緊急の場合を除いて、他人の武器に触れていいのは、その持ち主が許した時だけ。それが、冒険者や騎士の習いだ。
「悪い、軽白金と聞いて、つい興奮した」
カレヌがあやまってくる。ネリキリーは気にするなと首を振った。
軽白金。
一定の割合で合金にすると、鋼より軽くて硬い金属になる希少金属。
白は竜王フロランタンの象徴色。
オーランジェットの王宮に詰める近衛騎士はこの軽白金の鎧を全員が着用するため、パラディアスと呼ばれている。
「使ったといっても、王宮の近衛騎士団のように8割近い使用じゃないがな。正確な割合は言えないが、約3割だ」
それでもかなり値が張るはずだった。ネリキリーの支払う値段では儲けがほとんど出ないのではないかと心配になる。
ネリキリーがそれを問うと
「屑鉱石から集めたもんだ。」
ロヴェーナは手を振った。
ネリキリーは感謝の礼をして、槍を取り上げた。
思った以上に軽い。
ネリキリーが十文字槍を持ってから、カレヌも自分の斧槍を確かめている。
「早く振るってみたい」
カレヌは手にした自分の武器を気に入ったようだった。ネリキリーにずるいと言ったことなど忘れたように、自分の武器を矯めつ眇めつしている。
だが、ネリキリーも人のことは言えない。槍の均衡や振った時の感覚を確かめたい。
そんな心を見透かしたようにロヴェーナが言った。
「振るってみたいなら、裏庭を貸すぞ。俺もどんな塩梅か確認しておきたいからな。不具合があれば、もう一度預かって直す」
「ほんとか。ネリキリーさっき言ったように勝負しよう」
カレヌがすぐにロヴェーナの言葉に乗った。
「型を合わせくらいなら、やってもいいが」
「もちろんだ。俺たち板金の鎧を着てるわけじゃないからな」
鎧を着ていたら、本気でやりあいたいということだろうか。
もちろん、そうなら、全力で断るつもりだが。
同じ冒険者と武器を持って闘うのはしばらくご免だ。
「あくまで、振るのを確かめるためだぞ」
ネリキリーは期待した目をしてこちらを見るカレヌにもう一度念を押した。
二つの槍を比較して、どちらが強いと問われたら、斧槍だとみな言うだろう。
特に徒歩での白兵戦なら、斧槍が圧倒的に有利だ。
技量の優れたものが、斧の部分を砕けよとばかりに振り下ろし、攻撃がまともに当たった時は、鋼の板金の鎧さえ、切り裂かれることがあるという。
ネリキリーの十文字槍は、騎馬戦を想定したものだ。
馬の速さを加えて敵を攻撃する。
単体では斧槍ほどの破壊力はない。
ネリキリーとカレヌはまず、各々の槍を振って均衡を確かめる。
今までの槍より軽いので、すばやく振れるのがありがたい。
槍の一番の攻撃、突きを数度繰り返した。
少し離れたところでカレヌがエリシャの槍の斧の部分を何かに叩き込むような動作をしていた。
「そろそろ、どうだ」
カレヌがネリキリーに呼びかける。
「そうだな」
ネリキリーは槍を軽快に三度振って、カレヌに対峙する。
「軽そうだな、それ」
「ああ、軽い」
審判役のグッチオが手をあげる。と言っても型の動きを追うだけなので、最初の声がけが主な仕事だ。
「オルト」
二人はお互いに攻撃を始める。むろん、寸止めだ。
二人は、呼吸を合わせるように、打ち、払い、受け止め、引く。
二つの槍が音を立てて、交じり合う。金属音が散る。
やはり、斧槍の攻撃は重い。手に衝撃が走る。
だが、相手が本気ではないとはいえ、軽白金はなんなく攻撃を受け止めた。
相手の槍がさっとひかれて、斧の部分がきわどい軌跡を描いて、ネリキリーの体を掠めていく。
ネリキリーはそれを避けて、右へ左へと払う。
十文字槍と斧槍がかみ合った。
ネリキリーは大きく槍を回転させて、斧を外して、突きを入れる。
カレヌの喉元で寸止めをして、槍を引く。
引いた穂先をカレヌは斧槍ではねのけた。
槍先が上がり、ネリキリーの体が一瞬、無防備になる。斧槍が振り下ろされる。
ネリキリーは飛びのいて、それを避けた。目の前で槍先が、頭を断ち割る軌道を描いた。
「危ないな」
ネリキリーはカレヌに向かって注意した。本気の速さではないとはいえ、当たれば怪我を免れない攻撃だった。
「悪い。まだ、慣れてなくて上手く止められなかった」
カレヌは下ろした斧槍を持ち上げて、片手で振ったあと、両手で振る。
「片手で完璧に操れるようになるまで、もう少し訓練が要りそうだ」
「だいたいの動きは把握したろう。ここらで、お開きにしよう」
ネリキリーはそう提案したが、カレヌはも少しと答えた。
新しい武器をもっと振るってみたいとその目が言っている。
「じゃあ、もう少しだけ」
ネリキリーは槍を構えた。
再びの、「オルト」の声と共に、ネリキリーとカレヌは先ほどより、やや早い動きでお互いに攻撃を入れた。
払って、突き、叩き込まれる斧を避ける。
肩を狙って相手の槍が振り下ろされた。衝撃が肩を襲った。
ネリキリーは自ら均衡を崩して、膝をつける。
「ネリキリー」
グッチオが叫んだ。
攻撃したカレヌも動きを止めたままだ。
いや、すばやく動いたマラニュが腕を掴んでいた。
カレヌの顔は困惑している。
「大丈夫。打撲だけだ。鎖帷子が役に立ってくれた」
咄嗟に、体を崩して衝撃を軽減したためもある。
「ごめん、ネリキリー、怪我は?」
我に返ったようにカレヌが心配そうな声で話しかけてきた。
「言ったろ。打撲だけだ。力もあまり強くなかったし。膝まづいて力を逃しもした。グッチオに引き倒されるときのほうが。よっぽど痛い」
ネリキリーは笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫ですか、ネリキリーさん」
「打撲に効く薬を張っていけ」
コルドとヴェローナも心配そう言ってきた。
「お前、鎖帷子を脱げ。一応、切れてないか確認したほうがいい」
マラニュが言って、鎖帷子を脱がそうとした。
「平気だ。……分かった。自分で脱ぐよ」
マラニュの勢いにネリキリーは鎖帷子を外した。
鎧下をはだけて自分でも、打撲を確認する。肩を上げ下げすると少し痛いが、さほどではない。
「あちこちに青あざがありますね」
コルドが店から持ってきた塗り薬を渡してくれる。
「グッチオと毎日体術の訓練をしているから」
「俺たちに隠れてそんなことしてたのか」
カレヌが先ほどの慌てた顔から一転した。
「隠れてはいないが。なんなら二人とも一緒にグッチオに投げられるか?」
ネリキリーの青あざをつくづくと観察してから、カレヌは答えをだす。
「いや、俺は斧槍に先に慣れないと」
それが賢明だ。武器をきちんと操れなければ、自分の首を絞めることになる。
「俺は参加したい」
マラニュは放り出していたネリキリーの十文字槍を持っていてくれた。
「いいぜ、と言っても、あと三日しかないけどな」
グッチオが気楽そうに言った。
「カスタード団の仮入団、マラニュも受けるんだろ?」
その言葉に、ネリキリーとカレヌの視線がマラニュに集中した。
マラニュは重々しく頷く。
「そうだ。そこに入るために俺はオーランジェットに来た」