六じゅういち
入ってきたマラニュの顔は暗い。
初めの頃の、倒してやると息巻いていた闘志が感じられなかった。
決闘を申し込んだネリキリーに二敗し、もう挽回する機会はない。今日の相手はグッチオだからだ。
それでも、剣を手にすると、目の色が変わる。
対するグッチオはじっとマラニュを見つめていた。昨日のネリキリーとの手合せで見せた激しさを秘めた目をしている。
修練所にいるのは、二百五十人ほど。昨日とはあまりに人数が違う。安くはない見学料を支払い、数倍はいた希望者の中から権利を得た人たちだ。
冒険者は優先されたので、そのうちの60人近くは冒険者だ。メーレンゲを拠点としている冒険者は80名ほどだから、8割近くの冒険者が見に来ていることになる。
見学者中にジュリエッタの姿も見える。ジュリエッタは昨日、名誉の貴婦人を担ったため、招待されていた。
主審のラスクが入ってくる。後にはマドレーヌ。彼女は副審を担う。
弓の模擬戦に来ていた乗馬服をりゅうと着こなしたマドレーヌは、多くの男たちの視線を釘付けにしていた。
彼女はネリキリーを認めると、満面の笑みを浮かべた。ネリキリーも思わず笑顔と手を挙げて応えた。
やってから少し悔いる。男たちの視線が少し痛い。
が、グッチオとマラニュが、お互いの挨拶に剣先を触れ合わせると、集中は闘いを始める二人に注がれる。
「オルト」
ラスクの声が低く響く。
両者の大剣がうなりを上げる。剣こそ木剣だが、かち合う音は重く激しい。
今日の有効面は広く、胴と手足だ。五度そこに剣が入ったら負けとなる。
両手で持つ大剣は相手を切るというよりは、叩きのめすという表現が相応しかった。
袈裟がけに切りつけるマラニュの剣を、グッチオは下から剣を跳ね上げて防ぐ。
挙げられた剣が弧を描き、マラニュの横腹に食い込む。
まずは、一手。
観客の中から、拍手と歓声がでた。
マラニュは顔をしかめるが、腕を振り下ろしてグッチオの腕を狙った。
グッチオは後ろに回避した。
大剣同士が上へ下へ、右へ左へと振り回される。
やや、大ぶりなマラニュの剣はそこにいくらかの隙ができる。
今まで、その恵まれた体格をもって、力押しで相手に勝ってきたのだと分かる剣筋だ。
出来た隙にグッチオが鋭い一撃をお見舞いする。
腕を強かに打たれて、マラニュはやむなく脇へと逃げる。
これで、二手。
完勝したいと言ったグッチオの言葉が現実となりそうだった。
そして三手目。
横に払ったマラニュの剣がグッチオの腰を打つ。しかし、同時にグッチオの剣もマラニュの足を払っていた。
マラニュが均衡を崩す。容赦ないグッチオの攻撃が胴を凪いだ。
四対一。あと一手とればグッチオが勝つ。
「どうした、こんなものじゃないだろう?」
後ろに後退したマラニュにグッチオが言う。
言葉に引かれたようにマラニュが次々と攻撃を仕掛けてきた。振りかぶり、払い、叩く。
グッチオはそれを受け止め、弾く。
ネリキリーも昨日、試合って感じたが、グッチオの剣は少し受け身だ。受け身で攻撃を凌いで、反転して隙を突く。
何合か攻撃を仕掛けた後、マラニュが後ろに下がった。そしてさらに下がる。
グッチオが一歩出たところに、構えていた剣を横にしてマラニュは槍のように相手に突き出した。
一手、取られる。
その勢いにグッチオが後ろにたたらを踏む。つぎのマラニュの攻撃を剣で防いで、一歩後退。
両者がにらみ合う。
「やるじゃないか」
グッチオが唇を笑いの形に少しゆがめた。
「……」
二人の剣が大きく振るわれたその時。
「ラスクさん、大変です。町の近くにハウサオロンが出現しました」
冒険者組合の職員、コンセッサの声が模擬戦を中断する。
「何匹だ?」
ラスクが鋭く問いかけた。
「六匹です」
「多いな」
冒険者たちはすぐさま反応して建物を出始めている。
「見学者の皆様、申し訳ありませんが、模擬戦はここまでとします」
ラスクは一同の声をかけると、すぐに建物の外へと駆け出た。
「見学者のみなさん、お願いがあります。ハウサオロンが出たことを町の皆様にお伝えしてください。冒険者組合が早急に対処しますが、危険ですのでクレーム平原には出ないようにと」
マドレーヌが残っていた見学者にお願いをする。
「わかったよ。マドレーヌさん」
「しっかりね」
見学者たちは足早に出ていった。
彼らは思いのほか落ち着いている。
さすがは魔物が多いオーランジェットの、冒険者の「始まりの町」と呼ばれるメーレンゲの住人だ。
「ハウサオロン、中級でも上位種の魔物じゃないか」
マラニュの声は硬かった。
「何をしているいくぞ」
ネリキリーはそんなマラニュに声をかけた。
「行く?俺もか?」
「当たり前だ。お前は冒険者だろう。魔物が出れば狩る。それが仕事だ」
何を当たり前のことをとネリキリーが言った。
追い打ちをかけえるようにしてグッチオが続ける。
「魔物から人々を守る、それが冒険者だ。同じ席にと誘った人間に決闘を申し込むことじゃない」
ネリキリーはマラニュを一瞥してグッチオと共に出口に向かう。すでに残っているのは三人だけだ。
マラニュは言い返さずに黙って後をついてきた。