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六じゅう

 「そんな軽装で大丈夫か」

 支度を終えたネリキリーを見てカレヌが言った。

 ネリキリーは板金の鎧(マアディン)を身に着けていない。鎖かたびらのみである。

「これは規定に乗っ取った一騎打ちだからな。突くのは盾だけと決められているし」


 これが実践形式の乱戦型ならば、ネリキリーも板金の鎧(マアディン)を選択した。

 しかし、ネリキリーの戦術では、身軽なほうが好ましい。


「外はすごい人だぞ」

 様子を見に行っていたグッチオが競技場の状況を伝える。

「1000人近くいるんじゃないかな」

「そうか、腕がなるな」

 ネリキリーは軽く笑って試合用の槍を手に取った。

 今回は金を払っても見たいという者が多いこともあって、 観戦料を取っており、ネリキリーの依頼料に歩合が加算されることになっている。


 旗の具合を確かめるグッチオの手のひらにかすかな切り傷。

 ネリキリーは昨日垣間見た風景を思い出す。





 日曜日(フローラ)だからと言って冒険者組合(ギルテ)が閉じられているわけではない。

 依頼も受けられるし、修練もできる。


 翌日の騎馬戦のため、スプラウトに乗って、槍を振るうつもりのネリキリーは、いつものように朝早く冒険者組合(ギルテ)に行った。


「おはようございます。グッチオさん達はもういらしてますよ」

 マドレーヌが笑顔を向けてくる。


「グッチオが、もう来ている?」

「ええ、バンスタインさんと一緒に、修練所を借りたいと言ってました。ネリキリーさんも明日のために修練にこられたのでしょう?」

「ああ」

 ネリキリーは頷くが、グッチオと約束していたのは、午後からだった。

 少し不思議に思いながらも、ネリキリーは武器庫に向かう。

 ネリキリーは自前の槍を持っていない。


 もっとも、槍は長い。名高い銘のある槍以外は、たいていの冒険者は冒険者組合(ギルテ)に預けることを選ぶ。

 槍を借り受け、グッチオ達がいるという修練所に向かったネリキリーは、入り口で立ち止まる。


 グッチオとバンスタインが試合をしていた。

 得物は大剣だ。


バンスタインが軽々と大剣を振り上げた。


そのままグッチオの肩を狙って降り下ろされる。


グッチオが迎え撃つ。


金属がぶつかる鈍い音。


バンスタインはすぐさま剣を引き上げた。


 あたりを薙ぎ払うかのようにバンスタインがグッチオの胴に剣を入れる。


 それを受け止め、流すグッチオ。


 息詰まるような攻防を二人は繰り返す。


 ネリキリーは二人の闘いを食い入るように見つめた。


 バンスタインの大剣が、グッチオの大剣を撥ね飛ばした。


 グッチオは一瞬、動きを止めて、「まいった」と漏らした。


 撥ね飛ばされた大剣を拾うとき、グッチオはようやくネリキリーに気が付いた。

「見てたのか」

「マドレーヌさんにここにいると聞いてね」

「最後の模擬試合のために、ちょっとバンスタインに稽古をつけてもらっていたんだ」

 グッチオは左手で軽く肩を叩いた。


「バンスタインと大剣で、あれだけやれるとは凄いな」

「でも、負けた。勝たなきゃ意味がないさ」


 グッチオは自嘲気味に言う。今日の稽古はマラニュとの試合を見据えてのものだろうから。


 夕べ、リアクショーへ来なかったのも、そのためか。

短剣での模擬戦で引き分けになったことが、よほど悔しかったのだろう。


「ネリキリーも稽古をしに来たんだよな。よし、約束より早いが、馬場で相手をするよ」

グッチオは大剣を鞘に納めてた。


「俺も相手になろう」

 バンスタインも申し出てくれる。

「ネリキリーはカスタード団を受けるか受けないかがかかっているそうじゃないか。俺も及ばずながら、力になるぞ」

 ネリキリーはバンスタインの言葉をありがたく受け取る。


それから三人は馬場へと向かい、何度となく一騎打ちの動きを確かめたのだった。





 開幕を告げる鐘が響いた。

 ネリキリーはスプラウトにまたがる。

 グッチオとカレヌが馬の両脇に立った。

 急ごしらえの旗を二人は持っている。


「行きましょう」

 ネリキリーは短く言って、スプラウトに、進め、の合図をした。




 ネリキリーが闘技場に出たとたん、歓声が沸き上がる。

 グッチオは千人と言ったが、それ以上の人だった。

 おおよそ二千人ちかく入る闘技場の七割が埋まっている。


 朝の忙しい時間に、この人数が集まったのか。

 ネリキリーの心臓は少し早くなる。


 この歓声の中でもスプラウトの足取りに乱れはない。

 その落ち着きをネリキリーは羨ましく思う。


 ネリキリーは自分を落ち着かせるために、ゆっくりと、闘技場を見回した。

 意外に、女性が多い。三割はいるか。

 子供もちらほらいた。


 ネリキリーの前を行くグッチオの持つ旗が風に煽られ、はためいた。

 マドレーヌから手渡された旗は素晴らしかった。

 ネリキリーはマドレーヌに心からの礼を言った。


 旗には淡い緑の生地、二本の鎌が交差して、交差する四つの柄の間に、上下には姫りんご(リープ・ポー)の花を左右には実があしらわれてある。その下には座右の銘が古語で記されていた。


「知は力なり」


 オルデン師がネリキリーに最後に贈ってくれた魔導学の本。その見返しに書かれていた言葉だ。

 何度も、何度も、ネリキリーはそれを読んだ。

 その言葉を刻み付けるように。


 反対側から、マラニュが馬を進めてくる。

 イーネスが持つ旗には、獅子(リオネス)に三本の剣があしらわれていた。

 少し色が褪めていることから、ネリキリーのように冒険者組合(ギルテ)が用意したものではなく、自前のものだと知れる。


 戦う二人がすれ違う。相手を称えるように、片手を上げて。

 マラニュの座右の銘が読めた。


「栄誉は死に勝る」


 マラニュらしい言葉だった。彼は自らの誇りのために死を厭わないと宣言しているのだ。


 二人は、貴賓席の前で、馬を止めて並んだ。名誉の貴婦人に誓いを贈るために。


「われ、(こうべ)を垂れて、麗しき乙女となりし名誉にかけて誓う。わが力の全力を持ってこの闘いに挑むと。いと高き名誉の貴婦人よ。われが勝利したならば、その慈悲を持ちて、祝福を賜らんことををここに請う」


 ネリキリーとマラニュが唱和する。名誉の貴婦人は手のひらを上に向けて、その誓いを受け止めるように両手を挙げた。


 名誉の貴婦人に言葉はない。

 闘技場に入ってからは、名前も呼ばれない。ただ、「ヴィラ」とだけ呼ばれる。

 彼女は、名誉であり、人としての個はないからだ。


 旗手が名誉の貴婦人のもとへと上がっていき、その両脇に立った。


 名誉の貴婦人が、広げた手を合わせて、三度、手を打ち付ける。


 人々の歓声がひときわ大きくなり、ネリキリーとマラニュが馬を返す。


 二人は、闘技場の端と端に分かれた。


 それから、槍を構え、相手を貫かんと馬を駆った。




 朝の光が、二人の鎧に当たって反射する。


 ネリキリーが鎖帷子なのに対し、マラニュは正攻法な板金の鎧(マアディン)を着こんでいた。


 マラニュの馬は、ダリウステン、征服するものという意味のだ。


 馬格はダリウステンのほうが大きい。


 頑健なマラニュを乗せるにはその大きさが良かったのだろう。


 しかし、速さはスプラウトに劣る。


 構えた槍は、刃はつぶされているものの、硬い金属。かなりの威力がある。


 勝敗は盾を突いて相手を落馬させることで決定する。


 また、冒険者があたら怪我をして、使えなくなっても困る。


 それでも、槍の騎馬戦が一番に怪我をする確率が高い。


 いかに正確に、盾を狙えるか、馬を操ることができるかを見るためだ。


 胴を守るように盾を持つが、自らがそれをずらしてしまうと、失格になる。



 主審を務めるラスクが、「オルト」と叫び、手を挙げた。


 スプラウト(地の風)はその名前に相応しい速さで、疾駆する。


 マラニュの巨躯に板金の鎧を乗せたダリウステンはやはり、速度が遅かった。


 ネリキリーはマラニュの盾の中央を槍で突く。


 同時にマラニュの槍がネリキリーの盾を襲った。


 予測していた通りの剛力だった。


 体が傾きそうになるのをネリキリーは堪えた。


 馬がすれ違い、闘技場の端までたどりつく。


 馬首をめぐらせ、相手に向かって再びスプラウトを走らせた。


 冑の下のマラニュの瞳には、溢れんばかりに闘志が宿っていた。


 一呼吸早く、マラニュの攻撃がネリキリーの盾に打ち込まれる。


 闘志と同様に重い攻撃がネリキリーの盾に加えられた。


 対応が早い。


 ネリキリーはわずかに体を傾けた。


 マラニュの槍が引かれた。素早い二撃目が繰り出される。


 盾で相手の力を受け流し、槍を跳ね上げるようにして、マラニュの盾に槍を突きだした。


 相手の槍の軌道を防ぎながらの攻撃。


 その分、威力がなく、マラニュは小揺るぎもしない。


 体幹もよく、戦闘に関しての勘もいい。


 ネリキリーは、馬を操って、マラニュの攻撃を避ける。


 鎧の構造と重さの分、相手は細かい動きが出来ない。


 突く、よける、相手の槍を流して、こちらから攻撃。


 マラニュの盾の真ん中にまともに入り、意表をつかれたか、わずかに相手の体が傾いだ。


 力押しはせずに、スプラウトを左に寄せて、ダリウステンの脇を駆け抜けた。


 マラニュも反対側の端に馬を戻す。


 遠くで向かい合い、呼吸をあわせたかのように、馬を走らせる。


 手にした槍が空気を割る。


 またも、わずかにマラニュが早い。


 盾を飛ばされるかと思うほどの攻撃。


 だが、予測通りの槍筋だ。


 ネリキリーは、盾と自分を守りきった。

 ついで、槍を大きく動かし、攻撃を加える。


 しかし、勢いのなくなったネリキリーのそれをマラニュは平然と受け止め、槍をのばしてくる。


 その目は、わずかに余裕を帯びてきていた。


 体格の劣るネリキリーより早く攻撃でき、ネリキリーの攻撃は、充分に耐えられる程度。


 ネリキリーは小技を駆使しているが、力では自分が勝ると確信しているのが伝わってくる。


 今もネリキリーは、槍の攻撃を馬を操ることで、まともに食らわないでいる。


「臆病者め」


 マラニュの唇がそう動く。


 ネリキリーは、相手をねめつけてみせ、槍を振るった。


 力のこもったその一撃を、マラニュはなんなく受け止めた。


 力の違いを見せつけるためか、自らの槍で軌道を変えるなどしない。


 かえって、ネリキリーが力を入れすぎて前のめりになる。


 襲いかかるマラニュの槍。


 思った以上に前のめりになったネリキリーは、スプラウトの手綱を引き、軽く立ち上がらせる。


 その動きで、マラニュの槍に迷いが起こり、いささか精彩のない攻撃になった。


 両者は馬を走らせる。


 闘技場を回るようにしながら、攻守した。


 激しいせめぎあい。


 一周、二周。


 ネリキリー達が近付くと観客から、歓声があがる。


 槍の応酬が目まぐるしく行われ、ネリキリーの体を汗が流れ落ちる。


 鎖帷子だけのネリキリーとは違い、厚い甲冑を着こんでいるマラニュはそれ以上だろう。


 顔が赤らんできている。


 ネリキリーは、馬を離して、最初の位置に戻る。


 マラニュは追いかけては来ない。


 相手もまた、最初の位置に戻った。


 こちらを見るジュリエッタやグッチオ、カレヌが見える。


 初めの位置から、何度めになるかわからない、激突をするべく、スプラウトに蹴りを入れる。


 スプラウトがいななき、疾走が始まる。


 マラニュのダリウステンも呼応していなないた。


 来い、マラニュ。


 ネリキリーは、槍を構える。


 二人が近づく寸前、ネリキリーは足に力を入れて立ち上がる。


 マラニュの突きだした槍が行き場を失った。


 自分の攻撃のために、体を崩したマラニュに、盾が割れよとばかりに、槍を叩き込む。


 マラニュの盾を持つ手が緩んだ。


 相手の意識が盾に向かうのを感じる。


 それでいながら、マラニュは槍を繰り出す。

 が、鋭さはない。


 その相手へネリキリーは、盾と、槍を同時に押しこむように前へと突きだした。


 マラニュの体がぐらりと揺れた。


 続けて、第三撃。


 体勢をさらに崩したマラニュが、手綱を引いた。

 引かれたダリウステンが、立ち上がるように前足を上げた。


 マラニュの意識が完全にダリウステンへ向けられる。


 ネリキリーは、揺れる盾と槍を正確に狙って、攻撃する。


 金属がぶつかる音と手応え。


 マラニュの槍と盾が、彼の手から離れ、マラニュも馬から落ちかけた。


「テール」

 ラスクが叫んで、手を上げ、下ろす。


 どよめきが観客から巻き起こった。


 マラニュが、まさかと言うような眼差しでネリキリーを見る。


 ネリキリーは、マラニュに礼を送るべく、軽く相手に会釈をした。


 そして、歓呼の声を上げる観客に応えて、ネリキリーは槍を高く上げた。



 闘技場の観客達がいっそう大きな声を上げた。

 大勢の人が、笑顔で手を振ってくれている。


 その晴れがましさ。気持ちに起こる少々のむずがゆさ。


 ネリキリーは照れて笑いを漏らした。


 傍らでは敗れたマラニュが、馬を降りて自分の盾と槍を拾った。


 その動きは少し緩慢だ。


 マラニュがダリウステンに乗ると、二人は栄誉の貴婦人の座る貴賓席の前に行く。


 闘いが始まる前と同じように、二人は馬首を並べた。旗手が競技場に降りてきて、それぞれの脇に立った。


 イーネスは負けた側なので、しごく真面目な顔をしているが、瞳は笑っていた。


 ネリキリーはマラニュの健闘を称えるために、再び槍を掲げた。


 儀礼に従って、マラニュも槍を掲げる。少し(ひそ)められた眉がその悔しさを物語っていた。


 ネリキリーは、スプラウトから身軽に降りた。

 すかさずカレヌが轡を取ってくれた。


 ネリキリーはカレヌに笑顔を向けると、貴賓席に上がる。



 その姿に近くにいる観客が「よくやった」「すごかったな」と言葉をかけてくれる。

 ネリキリーはそちらに顔を向けて、笑った。

 どよめきが湧き、ネリキリーは、あまりの反応に少しばかりたじろぐ。


 それを後ろにして、ネリキリーは名誉の貴婦人の前に立った。


 かすかに唇の端をあげた微笑みの表情。が、いつもの愛嬌はない。


 ネリキリは名誉の化身に(ひざまず)く。


 名誉の貴婦人が茨の冠をネリキリーの頭にかぶせた。


 そのまま貴婦人は、手のひらを勝者に差し出した。ネリキリーはその白い手を取って指先に軽く口づけを落とす。


 先ほどと違った色のどよめきが観客の中からあがった。


 この儀式で、名誉は、貴婦人から勝者に移り、名誉の貴婦人は、ジュリエッタという一人の人間なる。


 ネリキリーはジュリエッタの手を取ったまま、立ち上がった。

 ジュリエッタの固まっていた表情がほどける。

 オーランジェット色に白い刺繍の礼装が良く似合っている。


「ジュリエッタ嬢、大変でしたでしょう。」

 ネリキリーは他人に聞かれないように小さく言った。


「声を出さないでいることが、こんなに大変だとは思わなかったわ」

 ジュリエッタが小さく返す。緊張が無くなったその声は愛らしい。


「ありがとう。君が役目を引き受けてくれて良かったです。オーランジェット色がよく似合いますよ」


 もっと親しい仲なら、そのまま闘技場に一緒に降りて、名誉の貴婦人だった女性と一緒に、馬で一周することもあるが、ジュリエッタとはそこまでの仲ではない。


 ネリキリーは、礼とねぎらいを込めて、彼女の手を軽く握ってから、手を放した。


 もときた階段を駆け下りて、馬に近づくと、グッチオとカレヌがやったなと合図をしてくれる。

 ネリキリーは「なんとかね」と答え、馬に乗った。



 ネリキリーは闘技場を一周した。その後ろにマラニュが続く。


 ネリキリーほどではないが、マラニュにも「良く戦ったよ」という声が飛ぶ。


 その声援を受けて彼の気が持ち直せばいいとネリキリーは思った。



 ネリキリーの旗が風に煽られ、ひらめいた。


「知は力なり」


 ネリキリーは最後に馬上から、茨の冠を観客に向けて放り投げる。


 茨の冠は幸運や勝利を招くとされて、大変人気がある。

 親しい人に贈ることもあるが、ネリキリーは異国からきた自分に、応援と歓声をくれた、見知らぬ誰かにそれを受け取ってほしいと願った。



 投げられた冠が誰かの席に落ちる。けして争って奪いあってはならない。そうして奪ったものは、不幸を招くとされているからだ。


 茨の冠は若い夫婦に手に渡ったようだ。


「幸運を」


 ネリキリーは二人に祝福を贈った。

 いや、彼らだけでなく、今、ここにいるすべての人が幸せな日を送ってくれればいい。


 闘った相手のマラニュも。今日は敵対者だが、すべてが終われば、同じ冒険者となるのだから。


 高揚した心でネリキリーはそう願った。






「完全勝利だな」

 グッチオがネリキリーの肩を痛いくらいに叩く。


「半分はスプラウトのおかげだよ。よく動いてくれた」

 ネリキリーは、魔糖が含まれた角砂糖をスプラウトに手ずから与える。


 スプラウトは嬉しそうだ。もっととねだるように身を寄せてくるが、生憎、手持ちはそれだけだった。


 代わりに柔らかい白詰草(トリティ)を与える。柔らかなマメ科の草を馬たちは好む。


 お金を貯めていつかスプラウトを自分のものにできないだろうか。



「あとは、これが、冒険者組合(ギルテ)の登録のための模擬戦だってことに救われた。実践形式なら、マラニュに馬から落とされてもおかしくなかった」

 グッチオとカレヌにネリキリーは向き直る。


「とかいいながら、ネリキリーは結局勝ったりするんだよな」

 カレヌがからかうように言った。


「だけど、正直言うと羨ましい。あんな大観衆の前で、俺も闘ってみたかった」

 名を上げたいから冒険者になったというカレヌが、本音とも冗談ともつかないことを続ける。


「カスタード団に入るんだろ。機会はいくらでもあるさ。そうでなくても、腕を上げたら、一年に一度の都の武闘会(バタージャム)に出ればいい」

 グッチオがカレヌを慰める。

武闘会(バタージャム)か、英雄(ユリウス)ロマが三度、全種目制覇した。いつかは俺も……。グッチオは明日剣の試合だろ。同じように闘技場でやれば良かったのに」


「俺は内気だから。衆人の前だとあがっちまうの」

 グッチオはおどけるような口調で答えた。


「それよりいいのか?アルミラッジを狩りにいくんだろう」

 グッチオがカレヌの冒険者組合(ギルテ)の依頼を思い出させる。


「そうだった。でも、あんな、凶暴な兎より、かわいいうさぎちゃん(女の子)を狩りたいよ」

「お前、いつもそんなこと言ってるな。いい子が見つからないのか?」

「まったく。冒険者は女性に好意をもたれやすいって言うのは嘘だな……ネリキリーは、好かれそうだけど」


 スプラウトの毛並みを撫でながら聞いていたネリキリーはカレヌに睨まれる。さっきの羨ましいと言っていた時より、数倍強い視線だ。


「自分はいろんな女性に好意を持たれた覚えはない」

 それはカロリングにいた頃からだ。


「今日だって大勢の女が声をあげて応援していたじゃないか。ジュリエッタだって、なんだかうっとりしてた。お前だって彼女に優しかったよな」

「試合に出てたら、誰だって応援される。お前だって一緒に闘技場を回った時に声をかけられただろう?ジュリエッタに、いや女性に紳士的に振る舞うのは当たり前だ。ましてや彼女は名誉の貴婦人だった。それに……」


 ネリキリーは言いよどむ。


 それに、彼女は故郷のある令嬢を思い出させる。


 顔立ちも雰囲気も違う。


 だが、リアクショーで、ヴァリアで、働いている。加えて、女性なのに魔糖菓子の職人を目指しているところが……。


「それに、彼女は大役をこなそうととても緊張していた。試合中、カレヌも隣にいて感じただろう。労うのは当然だ」


「なら、いいけど」

 まだ疑わしげだが、カレヌは一応納得する。


「ほら、ほら。朝一番で仕事をこなした奴に難癖をつけてないで、狩りにいけよ。コナーやバンスタインが待ってるんだろ」

 グッチオはそう言ってカレヌを追い立てた。

 カレヌが慌て出ていく。


「やっと行ったな」

 カレヌの後姿を見送って、グッチオは改めてネリキリーに向き直る。


「で、ネリキリー、疲れているところ悪いが、二時間ほど剣の稽古に付き合ってくれるか」

「もちろん」

 ネリキリーが承諾すると、グッチオも頷き返して呟く。

「今度は俺も完勝したいからな」


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