表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/90

五じゅうきゅう

「ネリキリーさんは、旗持ちは誰にしますか」


 シュガレット草を刈った分の金を受け取ったネリキリーにマドレーヌが尋ねてきた。


「旗持ち?」

 とネリキリーは怪訝な顔を向けた。

「そうです。今回は大々的に人を入れての騎馬試合ですからね。古式に乗っ取ってお客様を楽しませようと。で、入場時に旗持ちが着くんですよ。あと、勝利したほうが周回するときにも」

 マドレーヌは自ら旗を振るような仕草をして説明した。


 室内で同じように依頼料を精算していた男たちがマドレーヌを見る。


「相棒なんだから当然、俺だろう」

 グッチオが言ったが、脇からカレヌもやりたいと言ってくる。


「あの場に俺もいたのに一人だけ、塀の外。それくらいはやらせろよ」

 カレヌの気持ちも解る。ネリキリーはどちらに頼むか悩んだ。


 グッチオとカレヌがネリキリーに答えを即すように見つめている。


「二人ともでいいのじゃないですか」

 マドレーヌが簡単に答えを出す。

「それでいいのですか?」

「グッチオさんとカレヌさんは、発端の現場にいた当事者ということなので、皆も姿を見たいでしょうし」


「では、グッチオ、カレヌ、よろしく頼むよ」

 二人は、任せておけと拳を握って、胸を叩く。


「マラニュの旗持ちはいるのか?」

 ネリキリーは少し気になって尋ねた。マラニュの粗暴な態度は冒険者たちに、いくばくかの反感を買っていた。


「俺が引き受けたよ。面白そうだから」

 カレヌの近くにいたイーネスが軽い口調で言った。

「なら、いいが。こちらは二人でそっちは一人は釣り合いが悪くないか?」


「俺が二人分の華も色気もあるから大丈夫だよ」

 イーネスが気取って言って周りの笑いを引き出した。


 ネリキリーも笑ったが、肝心なことを思い出した。

「すまない。旗持ちというが、俺は旗なんて持っていないんだが」


「大丈夫、こちらで至急おつくりしますよ。絵柄は何がいいですか?」

 マドレーヌが受け合ってくれた。

「……鎌とりんご、いや、できれば姫りんご(リープ・ポー)の実と花をあしらった物を」

「珍しい意匠ですね。具体的な案はお持ちですか?」

 ネリキリーは書くものを借りて、だいたいの形を付ける。


「上手いじゃないか」

 横から覗いたイーネスがネリキリーの描いたものを褒めた。

「弟のほうがもっと上手い」

 ネリキリーは描いた紙をマドレーヌに渡す。

「お預かりします。明日は日曜日(フローラ)なので、試合は明後日です。それまでに作っておきますから」


「何もしない日なのに悪いな」

「いいえ、こういうことは楽しいですから。町のみなさんも楽しみにしてますよ。朝早くの開始なのに、申し込みがいっぱい」

 儲かっちゃいますねと、マドレーヌはうれしそうに言った。


「それから、きっかけになったリアクショーに勤めている方の中から、名誉の貴婦人を選んでおいてください」

「そこまで、儀礼に乗っ取るのか」

 ネリキリーは驚いた。騎馬試合における「名誉の貴婦人」は、勝利者に花を添え、勝利の祝福を与える役割を担う。


「旗手を選ぶより、大変そうだな」

 グッチオが含み笑いをしながら、言った。

「がんばってくださいね」

 マドレーヌが両手を振って応援するように言うが、冒険者達の人の悪い笑顔を見て、ネリキリーは天を仰いだ。




「で、誰にするんだ?」

 グッチオは人の悪い笑みを浮かべて言った。

「順当にいったら、ジュリエッタだろうが」

「だろうが」

 グッチオが繰り返す。

「引き受けてくれるか分からないし、店が休みをくれるか分からないだろう?」

「じゃ、早く行って確かめよう」

 カレヌが声を弾ませる。ネリキリーより、よほど積極的だ。


「だが、着替えて店に行ったら、店も終わる時間だ」

 すでにそろそろ、点灯士が動き出す時間だ。


「だから、いいんじゃないか。そのまま食事に誘えよ」

 グッチオはさらに笑いを深めて言った。

「一人でか?いや、一対一はまずいだろう」

 ネリキリーはグッチオの言葉に驚きを隠せない。


「お前、どこの深窓の令嬢だ」

 見守るように眺めていたバンスタインが呆れた声をだす。

「カロリングでは、婚約も結婚もしていない男女が、夜に二人きりで食事をするなんてあり得ないのですよ」

 ネリキリーはカロリングとオーランジェットの風習の違いを主張した。


「お前、まさか……。仕方ないな。この奥手な男に誰か付き添ってやれよ」

 バンスタインが周りを見回す。

 まず、声をあげたのは、カレヌ、ついでイーネスも声をあげる。

「コナーが一緒なら、女の子も安心するんじゃないの?」

 イーネスがコナーを誘った。

 確かに貴族で身元が確か、かつ真面目さが知れわたっているコナーが一緒なら、女性は安心するだろう。


「バンスタインはどうする?」

 コナーが尋ねると彼は両手を広げてみせた。

「俺が行ったら、怖がられるかもしれんだろ。女と一緒じゃ、思いきり飲めないしな。お前は行ってこいよ。若いやつらのお目付け役だ」

 そういうことなら、とコナーも頷いた。


「グッチオは行かないのか?」

 いちばんに一緒に行くと言い出しそうな男が名乗りをあげない。

「三人もお付きがいるのに、足らないか?それに俺がいると女を全部さらっちまうぞ」

 別に女性がいいのなら、さらってくれても構わないのだが。ネリキリーはごく自然に思う。


「グッチオは俺と約束があるんだよ」

 バンスタインが言った。

「そうだ、悪いな。明日は何もしない日(フローラ)だ。バンスタインとしこたま飲むのさ」

 グッチオは、頑張れよと肩を叩いて、バンスタインと出ていく。


「じゃ、俺たちも着替えて、リアクショーに突撃だ」

 イーネスが陽気な気勢をあげると、ラスクが若いっていいですね、と呟いた。

「ほんとに」

 マドレーヌもつくづくといった様子で相槌を打っていた。




 こざっぱりとした服に着替えて、ネリキリーたち四人はリアクショーの店内に入った。

「閉店間際にすまない。支配人はおいでか?」

 コナーが口火を切って、近くの売り子に声をかけてくれる。

 ジュリエッタの姿は見えない。今日は休みなのだろうか。


「おりますが、どのようなご用件でしょう?」

「明後日に、騎馬の模擬試合があるのだが、その件で少し相談があるのだ」

 コナーが言うと、売り子はちらりとネリキリーの顔を確認して、納得したという表情をした。

「しばらくお待ちくださいませ」

 売り子が奥に引っ込むと、ほどなく支配人が姿をみせる。


「これはこれはコナー様、それにネリキリー様方がお揃いで。何か私にご用がおありとか。どうぞこちらへ。もう閉店ですのでご遠慮なさらず」

 支配人は、客がいなくなったヴァリアに案内する。

 一同が席に座ると、コナーがおもむろに話を始めた。


「騎馬試合のことは耳に入っているだろう?」

「もちろんですとも。もともと私どもの店を庇って下さったが故の決闘騒ぎ。私が不在だったばっかりに、ネリキリー様にはとんだご迷惑をおかけしました」

 支配人は、大袈裟なくらいに礼をとる。

「いえ、却って騒ぎが大きくなってしまったようで、申し訳無いです」

 ネリキリーはかぶりを振って、相手が更に礼を言うのを押し止めた。

「いえいえ。それが、あの後に評判になりまして、お客様が増えました」

「なら、よかった」

 ネリキリーはほっと頷く。


「それで、明後日の騎馬戦、その時の“名誉の貴婦人”をこちらに勤めているご婦人にお願いしたいのですが」

 ネリキリーが用件を切り出すと、支配人は驚いた顔をした。

 無理もなかった。貴婦人とつくだけあり、その役割はたいてい貴族の令嬢か奥方だから。


「私どもの店の者を。大変名誉なことですが、よろしいので?」

「今回は、大袈裟なことになっているが、内容は冒険者組合(ギルテ)の登録のための模擬戦。それなら、オーランジェットに来て日も浅いネリキリーが、少しでも馴染みがある人を、とのギルテの意向だ」

 コナーが支配人に説明をする。

「わかりました。明後日には、我がリアクショーも、開店を遅らせて、試合を拝見するつもりでおりました。店の者も喜んで協力しますでしょう」

「感謝します」

 ネリキリーは支配人に礼をのべる。


「で、誰を貴婦人に?」

 支配人の問いに、ネリキリーはもう一度、小売の方を窺う。

 やはり、ジュリエッタはいない。

「ジュリエッタ嬢にと考えていたのですが」

「おお、ジュリエッタですか。誰かジュリエッタを呼んでくれ」

 支配人が呼ばわる。彼女は表ではなく、裏方の仕事をしていたようだ。


 ジュリエッタが席に来ると支配人が名誉の貴婦人のことを彼女に告げた。

 ネリキリーは立ち上がって、彼女に貴婦人の役をしてくれるように申し込む。

「オーランジェットで、この店で、親しい女性と言われて、君を一番に思いつきました。私を助けると思って、名誉の貴婦人を引き受けてくれませんか?」

 ネリキリーは、胸に手をあてて、ジュリエッタの瞳を覗き込む。

 純粋な依頼だと伝わるように。


「私が、あなたの貴婦人になるなんて」

 ジュリエッタは迷う素振りをみせた。

「あくまでマラニュの試験の模擬戦ですから。そう深く考えずに受けてくれませんか?」

 安心させるようにネリキリーは静かな微笑みを洩らした。

「深く考えずに。そうですよね。……分かりました。ネリキリーさんはお得意様ですし、この間も助けていただきましたから。ええ、お引き受けします」

 ジュリエッタはやや早口で承諾の言葉を口にした。


「ありがとう。ところで、この後、お礼と打ち合わせを兼ねて、夕食をご一緒しませんか?」

 ジュリエッタは誘いに戸惑ったようにネリキリーを見上げた。

「もちろん、二人きりではまずいでしょうから、店の他の女性と、我々四人で」

 ネリキリーは努めて軽く言う。カレヌが熱心な声でジュリエッタを誘った。

「食事代はこちら持ちだし。景気付けにどうかな?」


「帰りは家までお送りしますよ。……いや、よけいに心配になるか」

 コナーが考え込むと、ジュリエッタは可笑しそうに小さく吹き出す。

「コナー様がご一緒でしたら、安心ですわ。あなた様の誠実さはみな知っておりますから。皆が良いと言いましたら、ご一緒します。良いですよね、支配人?」

「時間外だから、それは自由だが。……くれぐれも、よろしく頼みますよ」

 支配人は冒険者の四人に釘を刺した。

「もちろん、貴婦人には礼節を尽くします」

 ネリキリーは、姿勢を正して受け合う。

 他の三人もそれに習った。



 閉店を待って、売り子四人とヴァリアの女性三人、ついでに男の従業員が二人ついてきたのはご愛嬌だ。

 かなり大勢になった彼らは、いつもよりは、女性が好みそうな食事処に繰り出した。



 リアクショーの店員達と過ごすのは思いのほか、楽しいものだった。

 普段は接することのない職業の話を聞くと世界が少し広がるとネリキリーは感じていた。


魔糖菓子(リ・ボン)を作るは、熟練した技術が必要なんだ。割れやすいから、店の奥で一つ一つ、丁寧に作る。リアクショーで、認められた職人だけが魔糖(リ・ボン)の名前で売り出せる」

 まだ、見習いだと言う若い男、アベッセは熱を込めて言った。

 注文した赤と白の葡萄酒(トストラ)の瓶はすでに空だった。

 回った酔いのせいか、みんな初めのころの硬さは無くなっている。


「俺と、バートネ、それから最近はジュリエッタも手伝っているんだよね」

 アベッセはジュリエッタに話を振った。

 カレヌの話に相槌を打っていた彼女は、名前を呼ばれてアベッセに向き直った。

「ええ、本当は売り子ではなくて、職人になりたかったから」

 ジュリエッタは二杯飲んだ酒のせいか少し、紅潮している。

「その熱意にほだされたって、支配人も言っていた」

 バートネは隣のマライアに同意を求める。主にヴァリアで給仕をしている。くるくると良く働く少女だと思った記憶がある。


「ジュリエッタは結婚より自立がしたいのよね」

 マライアが微笑む。カレヌが少しばかり上ずった声でジュリエッタに尋ねた。

「結婚をするのが嫌なんですか?」

「まさか。良い縁があれば、もちろんします。ただ、何かあった時に自分が働けるような技術を持っていたほうがいいかと思って」

 ジュリエッタは即座に否定した。

「そうだな。特に冒険者を旦那に持ったら、何があるかわからないし?そういった意味では、ジュリエッタさんのような女性は、冒険者にとって理想だとも言える」

 さらっと、イーネスが当回しにジュリエッタを褒めた。


「そんな方がイーネスさんにも現れると良いですね」

 ジュリエッタもさらりとイーネスを躱した。そして、彼女は話題を魔糖菓子(リ・ボン)の作り方に戻す。


「お菓子、魔糖菓子(リ・ボン)は材料はわりと少ないですけど、手間がかかります。薬酒と糖液を混ぜ合わせるのに、かき回すのではなくて材料を交互に別の器に移し替えて、融和させますの」

「そうそう、木箱にすごく細かくひいた豆粉敷きつめて、穴を作って、それに混ぜた汁を入れていく。それを6、7時間寝かせて、丸くなるようひっくりかえして。少しのことで穴が空くから、繊細さが必要なんだ」

 アベッセがここぞとばかりに力説した。

「手間暇がかかっているのだな。食べるときには一瞬で、まるで甘い雪のように、口の中でほどけるが」

 コナーは魔糖菓子(リ・ボン)の味をそう表現する。

 リアクショーの面々が、それを聞いて嬉しそうになる。


「ネリキリーさんは、魔糖菓子(リ・ボン)をかなりお買い上げくださっていますけど、本当にお好きなんですね」

 弾むようにジュリエッタがネリキリーに言った。

「そうだね。魔糖菓子(リ・ボン)はまさしく魔法、幻獣のように人をひきつけるお菓子だよね。もちろん、それ以外のリアクショーのお菓子も美味しいし」

 コナーの言い回しにつられたようにネリキリーは、魔糖菓子(リ・ボン)について話す。

「誰かにおいしいと思っていただけたら、職人はそれだけで、作ったかいがありますよ」

 バートネが大きな声で言うと、「売ったかいもありますよ」と売り子のケティがまぜっかえした。


「では、みなさん、今日はごちそうさまでした」

 ごちそうになることを遠慮する男性陣にコナーが、その分、明後日、ネリキリーを応援してくれと言う。

 危険が伴うが冒険者の実入りはいい。見習いの給料の数倍は稼いでいるだろう。

「それは言われなくても応援します」

 二人は力強く請け合ってくれた。

 女性たちは、ほとんど方向が一緒だということで、連れだって帰っていった。


 ネリキリー達は橋を渡って、冒険者たちが暮らしている地区へとゆっくりと向かった。

「ああいう、市井の人たちの生活を魔物から守るために私たちはいるのだな」

 コナーがしみじみと呟いた。

 声こそ出さなかったが、一緒にいる者たちは同じように思っていただろう。

 ちらちらと揺らめく魔法灯が四人の影を道に描いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ