五じゅうはち
短剣がぶつかり合う。
さっと引いて、グッチオが身構える。
マラニュも大きな体を前のめりにして相手の隙を伺っていた。
短剣での闘いに、派手な動きはない。
手を伸ばして突いては、引く。その繰り返しだ。
二人は円を描きながら、移動する。
マラニュの手が伸びた。ナイフのない左手でグッチオがそれを防ぐ。
近づいた躰をグッチオの短剣が襲った。飛び退ってマラニュがよける。
昨日の体術でも思ったが、大きな躰からは考えられないほど、マラニュは敏捷だ。
引いたマラニュを追って、グッチオの短剣が差し出された。
切っ先は潰してあるが、鋼の短剣である。まともに入れば、かなりの衝撃が襲う。
マラニュの短剣が振り上げられて、攻撃を防ごうとした。
実戦なら、マラニュはグッチオの手首や腕を狙うだろう。切りつけ、傷つければ、相手の力を削ぐことになる。
しかし、これは試合だ。短剣の有効範囲は、胴のみ。
もし、ネリキリーだったら、マラニュがあまり気にしていない左手を掴んで、隙を作るだろう。
ネリキリーはじっと二人の闘いをみながら、どうすれば、二人を倒せるか考えていた。
マラニュが短く小刻みに短剣を突き出しては引くことを繰り返す。
牽制と誘い。
彼はわざと隙を見せてそこにグッチオを誘い出したいようだ。
知ってか知らずか、グッチオはマラニュが見せた隙に短剣を差し込んだ。
それをかいくぐるようにマラニュの短剣がグッチオの胸を狙った。
さっと引き戻されたグッチオの短剣がマラニュのそれを弾こうとする。
短剣が音を立てて交わる。
ほとんど同時に、二人の短剣が落ちた。
マラニュとグッチオは落ちた短剣を拾い上げて、なおも戦おうとした。
そこへラスクの待ったが入る。
「この試合、引き分けとする」
二人はラスクを仰ぎ見た。不満がその顔に表れている。
「俺はまだやれる」
額に大粒の汗を浮かべながら、マラニュが言った。
「俺もだ」
首の汗を手で拭ってグッチオもマラニュに賛同した。
しかし、ラスクは大きく首を振った。
「かれこれ一時間半近くも戦っています。これはマラニュの腕を試すための模擬戦。すでに充分です。それと、今日は練習は無し。皆が依頼をこなす時間が無くなるし、私も仕事がたまってしまいますから」
メーレンゲの冒険者組合を束ねる身としては、当たり前の判断だろう。
今日の見学者は冒険者も多い。依頼が滞るのは冒険者組合の評判を落としかねない。
「やっぱりネリキリーにやってもらうべきだったか」
不完全燃焼という態でグッチオは嘆息を洩らした。
短剣はネリキリーの得意とするところだ。
初めはネリキリーが行う予定だったが、マラニュとの体格差を考慮してグッチオが行うことになった。
代わりにネリキリーは槍の馬上試合を行う。
両者が槍でぶつかり合う馬上試合は、力はもちろんだが、馬の操縦技術と、相手の力をどう受け流すかも重要だ。
先日のマラニュの乗りこなしを見て、ネリキリーに勝機があるという判断だった。
「鼻っ柱を折ってやろうとおもったのに、作戦を間違えたか。マラニュは見た目以上に敏捷だし、力も強い。槍の馬上試合で力比べをしたら、ネリキリーが分が悪いな」
水を飲み干しながらグッチオが言う。
いつものごとく、シュガレット草とアルミラッジを刈りに行く前に腹ごしらえをしているところだが、彼は試合で相当喉が渇いるようだ。
「麦酒が欲しいところだが、まだ昼だしな」
がっつりと二人は豚の厚焼きを食べる。
安くて量のあるこの食堂は冒険者に人気だ。愛想があまりない亭主が料理を作っているが、味もいい。
茹で野菜はネリキリーだけ頼んだ。グッチオは野菜は付け合わせだけで十分だと言った。
「負けたら負けたで仕方がないが」
「お前、奴とカスタード団に入るかどうかの賭けをしたじゃないか」
気づかわしげにグッチオが言った。
「マラニュに負けるようじゃ、カスタード団に入る実力じゃないってことだ」
ネリキリーは少し首を傾けた。
「それに、自分は勝つつもりでいる」
ネリキリーも水で喉を潤す。ここは味はいいが、味付けは濃かった。