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五じゅうなな

 素手、体術の試合は革のよろいを着用した状態で行われる。

 実際の戦闘時にどれだけ動けるかの指針だからだ。

 さらに、中級になるためには、鎖かたびらを着用しての試合が課せられる。

 上の級ほど、強い魔物と対峙するので、重いよろいを着て動けるかどうかを冒険者組合(ギルテ)に示さなければならない。


「まず、頭は狙ってはいけません。胴体に、相手より先に5回攻撃をいれるか、相手が転倒したら勝ちです」

 ラスクが説明した勝敗の判定はきわめて単純だ。

 今日はマドレーヌはいない。

 体術はラスクが審判をするので、受付にいる。


 見学者は30人。

 100人を越える希望者がいたのだが、体術を行う訓練所に入りきれなかった。


 両者が観客に向かって礼をとり、ついでお互いに礼をとった。

 審判のラスクが、右手をあげる。


「オルト《良し》」

 開始の合図と共にラスクの手が下ろされる。


 マラニュが体勢を低くしてグッチオを捕らえようと手を伸ばした。


 転倒させれば、勝利だ。体格が勝るマラニュが狙うのは当然だった。


 グッチオは、見越して合図と共に、後ろに引いていた。


 そのまま回りこんでマラニュの脇腹に拳を入れようとする。


 マラニュの身体が半回転して、グッチオの拳を払った。


 グッチオは払う手を掴んで、引き寄せる。マラニュの体制が崩れかけた。

 が、彼はグッチオのもう一つの腕を取って、反対に引きずり倒そうとした。


 グッチオが足払いを掛けた。マラニュがグッチオを突き飛ばすようにして手を離す。


 足払いを仕掛けていたグッチオの身体が揺らぐ。マラニュが踏み込んで、グッチオの腹に拳を入れた。


 グッチオは避けようとしたが、間に合わず、拳を受ける。


 ラスクの手がマラニュに向けて上がり、彼が1手目を取ったことが示される。


 見学者がどよめいた。冒険者として先輩であるグッチオが先手を取られたからだ。


 両者はにらみ合った。


「マラニュは図体が大きい割には、敏捷だな」

 コナーが講評する。

「弓矢の時は、あまり動かなかったから、もっと力任せにくるかと思ったんだけど」

 イーネスも予想外だと言った風だ。


 弓を引く速さはなかなかのものだったし、馬の乗り降りの動作も滑らかで機敏だった。

 反射神経はかなり良いと見ていた。しかし、ネリキリーも、今までの言動から、もっと力押しをするかと思っていた。


「でも、この方が面白いけど」

 イーネスは気楽に言う。


「なんだか、グッチオの動きが硬い気がする」

 気がかりそうにカレヌが言った。

「様子を見ているんじゃないか。これは冒険者組合(ギルテ)の登録試験だからな。闇雲に相手に突っかからず、相手の力量を見極めなきゃならん」

 バンスタインがカレヌに向かって言った。しかし、その目は、試合をしている二人から離れない。


 にらみ合っていたマラニュが動いた。正面からグッチオの胸に向かって右の拳で突く。

 グッチオが掌で防ぐ。マラニュが左拳を入れる、止める。入れる、止める。


 グッチオがマラニュに押されて、後退した。


 マラニュは大きく踏み出して、今まで狙っていた腹でなく、肩を狙った。

 グッチオの手が上がった手を掴み上げて、体を回転させた。


 回転の勢いを利用して、肘でマラニュの腹を打つ。


 入った。


 さっと、ラスクの手が上がる。これで一対一。


 観客が沸いた。


 グッチオはそのまま、マラニュを投げようとしたが、マラニュはその大きな体でグッチオを押しつぶそうとする。

 グッチオが体をひねってかわす。


 マラニュの足が上がり、ひねった体を狙った蹴りが入った。

 跳び退るようにグッチオがそれを回避した。


 続け様に、マラニュが、蹴る、蹴る。蹴る。

 グッチオは、手、足、手、を使って防御したが、最後の蹴りを食らう。


 再び、マラニュが有利になった。


「どうしたんだ、新人を試すと言っても押されすぎじゃ」

 カレヌが少しだけ心配げな声をだした。


 ネリキリーもマラニュの動きに驚いていた。

 決闘、対人戦に自信があるがゆえの、あのヴァリアでの態度だったかと思い至る。


 蹴りを警戒して、グッチオがマラニュから距離を取った。


「逃げてばかりじゃ、勝てんぞ」


 マラニュが挑発する。


「そう急ぐなよ。せっかちな男は女に嫌われるぞ。我慢できなくて早く果てる男もな」


 グッチオがやり返した。マラニュの顔が朱に染まった。


 グッチオの目が細められる。


「お楽しみは、これからだよ。坊や」





 マラニュが矢継ぎ早に拳をふるい、グッチオの身体を狙い始めた。


 右、左、右、右。


 同時に、膝を使った蹴りを間に入れてくる。


 グッチオは、かわし、避け、はじく。


 防戦一方だ。


 相手が攻撃してくるところを、かろうじて防御している。


 鋭い拳がグッチオの左胸を突く。三撃目が彼の躰に入ってしまう。


 さっと、振り上げられるラスクの腕。その表情は審判らしく冷静だ。


 見学者がため息のような声を洩らした。


 ネリキリーは一歩前に乗り出す。

 自分が売られた決闘騒ぎなのに、グッチオに土をつけることになるのか。

 すべて自分が引き受けることができたら。


「口ほどもない」


 わずかに顔をゆがめてマラニュが言い放つ。今度はグッチオは言い返さない。


 マラニュの足が大きく振り上げられた。


 速い。


 いっそう速くなった蹴りがグッチオを襲う。


 入るか。


 思わず、申し訳なさで、目を瞑りそうになるのを、ネリキりーは堪えた。


 しかし、グッチオはそれを待っていたように、脛を掴み、相手の足をひねった。


 膝をつきそうになるマラニュ。だが、彼はグッチオの腕に拳を入れることで凌いだ。


 今度はグッチオが膝でマラニュを蹴りあげる。


 みぞおちに決まった。


 室内にいる見学者は固唾をのんで、中央を見つめている。ネリキリーの目の端にラスクが手を動かしたのが映る。


 間髪入れずにグッチオの拳がマラニュの躰に炸裂する。


 まるで太鼓をたたくような躍動感あふれる攻撃。


 攻撃の一つがマラニュの腹を突いて、ラスクの腕が上がる。三対三。


 マラニュは交差して防御していた腕を開いて、力任せにグッチオを押し返すが、グッチオは軽く跳躍して後退する。


 すぐさまグッチオの脚が回転するように弧を描き、相手の右の脇腹に蹴りが横なぎに入った。


 あっという間の逆転だ。


 マラニュが倒れそうだ。


 ネリキリーはそう思ったが、彼はわずかに逃げて、勢いを殺していたようだ。


 そのまま、彼は横飛びに、グッチオから距離を置く。


 グッチオの身体が、軽く跳躍するように上下に揺れている。


「マラニュは後がないな」

 バンスタインが呟く。


「バンスタインさんが言った通りでしたね」

 カレヌが前のめりになっていた体を戻した。ネリキリーもその動きにつられて姿勢を正す。


 マラニュは慎重になって、仕掛けてこない。


 グッチオの躰が誘うように揺れるが、マラニュは大きな体を少し縮めて、拳を構えている。


 跳躍していたグッチオが追い詰めるように前にでる。


 マラニュが斜め横にさがる。 前にでる。斜めに下がる。

 ゆっくりと回転するように、二人が移動していく。


 やがて、思い切ったようにマラニュが突進した。


 掌を広げ、繰り出されるグッチオの拳を押し込むように手を突き出す。


 グッチオが蹴り上げようとするが、マラニュも足をあげて防戦した。


 両手と両足が互いにぶつかり合い、攻防を繰り返す。


 お互いの攻撃がかすめるが、決め手になるほどの深いものはない。


 不意に、マラニュの巨体が沈み込んだ。


 すぐさま立ち上がり、頭で、グッチオの身体をはじき飛ばした。その時、マラニュが上げた頭が、グッチオの顎を突き上げた。


 グッチオは横転はしないものの、後ろによろめく。


「審判!」

 コナーの声が響く。


 今の攻撃に問題がないか、問いかける声。


 ラスクが両手をあげて、お互いに向かっていこうとする両者を一度止めた。


 副審を呼び寄せて協議を始める。


 マラニュは両足を広げて立ち、グッチオは顎と首をさすっている。


 どこか痛めたのだろうか。ネリキリーはその様子で心配になった。


 審判の二人が離れた。ラスクが口を開く。


「マラニュの頭の攻撃は、有効。だが、その後グッチオの顎を攻撃したとして、反則を取り、勝者はグッチオとする」


「えっ、それはないよ」

 審判に抗議の声を上げたのは、グッチオだった。


「不可抗力だし、すっきりしないだろ。俺も、お前も、見ているみんなだって」

 なあ、とグッチオはまず、マラニュを見てから、見学者を見渡す。


「規則は規則だ。例え不可抗力でも、彼の動きが、頭への攻撃になったことには変わりない」

 厳格にラスクが言った。


「それはそうだけど、あいつは冒険者として失格なんてことには、ならないか?」

 グッチオはラスクに歩み寄った。


「それは大丈夫だ。彼の動きはとても良かったし、君からも四手を取った。充分合格範囲だよ」

「なら、いいんだ。良かったな」

 グッチオはマラニュに声をかけた。相手はグッチオに向かってかすかに頷いた。



「じゃあさ、マラニュ、これから二人で、体術の練習をしよう。攻撃の制限はなし、相手を床に倒したら負けで」

 グッチオの言葉に一同は驚きの声を上げた。


「グッチオ、それは」

 ラスクが静止の言葉を掛ける。


「これは、名誉の問題だから」

 グッチオは首を左右に振った。


「それなら、決闘を申し込まれたのは自分だ。自分が相手になる」

 ネリキリーは前に踏み出した。グッチオがそれを片手で制した。


「確かに申し込まれたのはネリキリーだが、あの時、マラニュはオーランジェットは、と二度口にした。国の名誉はその国の人間が守るべきだろう?」

 グッチオはマラニュに向き直る。


「受けるよな?」

「むろんだ」

 マラニュは大きく頷いた。その目に真剣なものが宿る。


「よし。あ、ラスクさんは帰ってもいいですよ。練習だし」

「馬鹿を言うな。見届けないわけにはいかないだろう」

 ラスクは怒ったように言い放つ。


「じゃ、ついでに合図だけください。あくまで練習ですけれど」

「分かった。両者、位置に着きなさい」

 ラスクは二人を促した。一番初めの位置に二人は戻り、お互いに構え合う。


「オルト」

ラスクの真剣な声が辺りに広がった。


 マラニュの拳が、グッチオの顔面に向かって伸びる。

 グッチオは軽快な足取りでそれを避けた。


「固さがなくなったな」

 バンスタインが安心させるようにネリキリーに言った。

「そんな、悲壮な顔をするな。グッチオは自分自身のために闘っているんだ。お前が責任を感じることじゃない」

「そうそう。見ろよ。奴は楽しそうじゃないか」

 イーネスも顎をしゃくるようにする。


 確かに、先ほどまでのグッチオの固さなくなり、上へ下へと、流れるように攻防を繰り返している。

 翻弄されているのは、マラニュの方だ。


 繰り出された拳をはじき返えされ、蹴りだした足を叩き落とされる。


 マラニュがいら立ったように、顎めがけて拳を振り上げた。

 グッチオは横に回転するように、それをかわす。


 その勢いのまま、グッチオの足が横から振り上げられて、その膝が相手の脇を襲う。


 マラニュが避けるために後退した。


 曲げたグッチオの足が、伸ばされ、さらに回転してマラニュの首を捕らえた。


 大きな体が、崩れ落ちる。


 マラニュはグッチオの脚に絡めとられて、床へと倒れ伏した。




 あっさりとマラニュを床に沈めたグッチオは、見学者に礼を取る。

 マラニュが遅れて立ち上がる。彼は黙って礼を取ると、そのまま室外へと出て行った。


「お疲れ」

 イーネスがグッチオに近づいて肩を叩いた。

「相変わらず、お前の足技はえげつないな」

「そこは華麗って言って欲しいね。ああ、暑いな」

 グッチオは革のよろいをその場で脱ぎはじめた。相当に暑いらしく、下に着た服も大きくくつろげる。

 引き締まった胸板が露わになった。

 何人かいるご婦人が、少しだけ視線を逸らす。

「男の胸なんて見たくねーぞ」

 と見学者から野次が飛んだ。しかし、ご婦人方の目はちらちらとグッチオを見ている。需要はあるらしい。

 グッチオが笑いながら服を直すと、ご婦人たちは少し残念そうにしながらも、男たちと共に彼を取り囲んだ。



「試合も練習も終わりました。皆さん、解散をお願いします」

 グッチオへの称賛が一段落した頃、ラスクが一同に声をかけた。

 あと半時間もすれば昼時になる。

「次も期待してるぞ」「応援しますわ」との声を残して、見学者たちがその場から去っていった。


「俺たちも稼ぎに行くか」

 バンスタインがコナーらに声をかけた。

「そうだな。行くぞ、イーネス、カレヌ」

 コナーが呼びかけるとグッチオと談笑していた二人はグッチオとネリキリーに挨拶をしてから、コナー達の後を追った。


 最後に残ったネリキリーとグッチオ。

 再び革のよろいを着こんだグッチオにネリキリーは言った。

「もったいないな」

「何がだ」

「冒険者を辞めることが」

 制限を解除した後のグッチオは強かった。こちらが羨ましくなるほどに。

 そう彼に伝えると、ありがとう、と言って彼は外へと出るように促した。



「俺の得意なのは対人戦なんだよな」

 先ほど、マラニュを挑発した声とはまるで違う静かな声でグッチオは言った。

「虫や獣型の魔物もそこそこ行けるが、どうしても対人間用の動きをしてしまう」

 春先の暖かさを含む風が吹きすぎていく。


「で、この前も、とっさに動作を誤って、ワーワームに捕まった。そのまま手にした斧を振り下ろせばいいものをためらって、な」

 どうして、そこまで戦闘技術が対人用になっているのか。

 問いかけようとして、ネリキリーは口に出すのを中止する。

 グッチオにとって聞かれたくない話したかもしれないからだ。


「冒険者になって三年で、まだ下級だ。下級のまま、ゆるゆる冒険者を続ける奴もいるが、俺が目指していたものとは違う。様々な魔物を狩らなきゃならない冒険者に、俺は向いてないってことさ。お前とは違う」


「ぼっ、いや、俺は冒険者(アルチュール)に向いてるか?」

「向いてるだろ。魔物が行き交うクーレム平原が牧場に見えるくらいには」

 グッチオは先日のネリキリーの言葉を引き合いに出す。

「まあ、マラニュも相当向いてると思うがね。もしかしたら、魔物を倒すだけなら、奴のほうがお前より適性があると俺は見た」

 グッチオがマラニュをそう評価する。


「どんなところが?」

「奴は目の前にいる敵を倒すことにためらいがない。ネリキリーは違うよな」

「魔物を倒す時には、是非については考えないようにしているつもりなんだが。それに子供の頃から森の生き物を食べるために狩っているぞ」

 ネリキリーは、普通の生き物も食べるし、魔物の肉も食べる。幻獣だとて、必要になれば食べると思う。

 今、頻繁に乗っているスプラウトが何かの拍子で死に至り、肉を食べるような場面になったら、ためらいなく口に入れるだろう。


「だが、必要以上に狩りたくはない。だろ?」

「食べるために狩る。もしくは害をなすから、狩る。害にならなければ狩らない。当たり前のことだ。魔物も世界の一部。だからこそオーランジェットでは、種の固定化がされた魔物を絶滅させないんじゃないか」

 ネリキリーは魔物を狩りきらない理由をそう聞いた。

 以前に知り合った魔法生物局(マキューショ)の人間も、魔物の有効利用と共存を模索していた。

 危険には対処をしろと厳命はされたけれど。



「理屈はそうだ。だが、魔物を狩りたいから狩る。思う存分魔物を狩れるから、冒険者になるってやつも少なからずいる」

 俺も少しそういうところがあるけれど。

 グッチオは「さっきも楽しかったしな」と笑った。


「名誉のためじゃなかったのか」

 心を動かされたのにと、ネリキリーは思った。

「もちろん、オーランジェットの名誉が一番の理由だ。だが、鼻っ柱の強い奴を倒すのは面白いだろ?」

 くすくすと笑うグッチオは少し性格が悪く見える。

「それに、ほんとに冒険者になる前に、高すぎる鼻は折られておかれたほうがいいんだ。実際に依頼をこなす前にな。謙虚さと慎重さが身に着くし、先輩の冒険者の言葉に耳を傾けやすくなる」

 確かにマラニュの勝気さは、冒険者向きの資質だが、同時に身を危うくする危険性を秘めている。


「さて、明日も奴の自惚れを叩きつぶそうぜ。俺たちが入った時に先輩にやられたように、な」

 俺が最後にできる後輩への指導の一環だ。

 言ったグッチオの顔が一瞬、陰る。


「なら、自分の体術の練習相手にもなってくれ」

 ネリキリーはグッチオに申し出る。

 彼の体さばき、足技を間近に見て習得しておきたい。

「なに、ネリキリーも俺に叩きのめされたいの?」

「どっちが、叩きのめされるかは分からないさ」

 ネリキリーは、少し強気に言ってみる。

「言うな。いいぜ。マラニュとの試合が終わったら、相手をしてやるよ」

 グッチオはとても楽しそうに大きく伸びをした。

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