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五じゅうろく

マラニュの矢が飛び去っていく紅烏(ベンガラス)を追う。


 ネリキリーは飛んでいく矢をめがけて、手を弓弦から放した。

 彼の矢は狙い通りに、マラニュの矢を落とした。


 再びマラニュの矢が空を飛んでくる。また、落とす。


 それ七度ほど繰り返すと、紅烏(ベンガラス)達は、矢の届かぬ彼方へ飛び去っていた。

 数は、20羽ほどだろう。


 ネリキリーは二本の矢が刺さった紅烏(ベンガラス)、それと自分とマラニュの矢を拾い上げて、養鶏所へと戻った。


「卑怯だ、妨害だ」

 マラニュが見届け役(サニワ)のマドレーヌとコナーに言い募っていた。

 ネリキリーの姿を認めると、マラニュは向き直り、蔑みの目を向けてきた。


「この卑怯者。自分の矢が届かなくなったからって、俺の邪魔をしやがって」


「と、彼は主張していますが、ネリキリーさんのご意見は?」

 マドレーヌがどこか恍けた口調でネリキリーに尋ねてきた。

「ご覧のとおり、自分はマラニュの矢を打ち落とした。依頼を受けた冒険者として」

「認めたな。失格、卑怯なお前は失格だ」

 マラニュが喜々とする。

 マドレーヌは大きく頷いて、裁定を下す。


「では、71対59でネリキリーさんの勝ちとします」


「なんでだよ、こいつは試合で俺の邪魔をしたんだぞ。失格で俺の勝ちのはずだ」

 マラニュは大声で怒鳴った。

「依怙贔屓だな。こいつが前からいるから、いや、俺がサラスーンの田舎の人間だから、不公平な裁定をするんだろう」


 マラニュはマドレーヌやコナーを射殺しそうな目で睨む。


冒険者組合(ギルテ)は、国によって対応を変化させたりはしません。よく聞いてください」

 マドレーヌが説明しようとすると、激高したマラニュが彼女に掴みかかった。


 コナーがマラニュを止めようとするが、マドレーヌ自身がふわりとよけた。


 掴みかかる相手が目の前からいなくなったマラニュは勢いを殺せず、前のめりになる。

 そこへカレヌが足払いを掛け、バンスタインとグッチオが取り押さえた。


見届け役(サニワ)に掴みかかるなど、それだけで仮登録を抹消されても文句は言えんぞ」

 バンスタインが渋い顔で言った。

「みなさん、ありがとうございます。でも、私の言い方も悪かったです。先に説明をするべきでした」


 マドレーヌは取り押さえられたマラニュの前にかがみこんで、顔を覗く。


「良いですか?ネリキリーさんは“依頼を受けた冒険者として”行動をしたとおっしゃいました。その意味が解りますか?」

 噛んで含めるような言い方だった。


「知るかよ。俺はまだ、仮登録だ」

 マラニュは拗ねたようにそっぽを向いた。


「最初の書類に書いてあったのですけれどもね。では、ネリキリーさん、説明をどうぞ」


 ここで、話を振るのか。

 ネリキリーは、マドレーヌに苦い微笑を向けた。しかし、相手は、屈んだまま、にこにことネリキリーとマラニュを交互に見ている。


「まず、紅烏(ベンガラス)は種の固定化をしている。冒険者組合(ギルテ)では種の固定化をしている魔物については、狩り尽さないと規定されている。確か、20条番台の半ばにそう書いてあったはずだ」


「第26条です」

 マドレーヌがネリキリーの言葉を肯定する。


「だから、一定数の魔物は見逃さなくてはいけない。群れは20羽ばかりに減っていた。マラニュの矢を見逃していたら、10羽そこそこしか残らなかったろう。だから止めた」


「だったら、なんでお前は外にまで魔物を追いかけたんだ」

 マラニュは納得がいかないと声高に言った。

「最後に射抜いたこの烏が、群れの頭だと確信したからだ。」

ネリキリーは手にした紅烏(ベンガラス)を持ち上げた。


「今回の依頼は魔物を撃退して、ここに来させなくなること。紅烏(ベンガラス)は賢い。群れの頭がやられれば、逃げ帰った奴らがねぐらで待っている仲間にそれを伝えて、向こう5年は来なくなるだろう」

 ネリキリーは本で習い覚えた紅烏(ベンガラス)の習性をマラニュに教える。


「と、いうことです」

 マドレーヌが立ち上がって、両手を腰に当てた。

「それに、調裁(アジャステス)はしましたよ。マラニュさんの射落とした数に7つ加えて、ネリキリーさんの射落とした数を7つ減らして。実質数は78対51です」


「それを先に教えてくれれば、あんたに掴みかかることなんてしなかったのに。で、俺はどうなるんだ」

 それでも、マラニュは嘯くような口調で言った。しかし、体の力は抜けていた。


「もういいです。お二人ともマラニュさんを離してください。……マラニュさんの怒りは、私がはしゃぎすぎたからでもありますから。それを鑑みまして、それに対する処罰は無しです」

 バンスタインとグッチオがマラニュを開放する。マラニュはゆっくりと立ち上がった。


 マドレーヌは自分よりかなり大きい彼を見上げて言った。

「フロランタンの翼にかけて、見届け役(サニワ)マドレーヌ・ショコラーテは判定いたします。マラニュ・エラス、冒険者としての弓の腕前は合格です」


 マラニュが呆然とする。ネリキリーとの勝負に負けたので、冒険者としても駄目だったと思っていたのだろう。


「しかも、すごいですよ。総合的に見て、ここ二十年の登録試験で歴代、8位の好成績」

 続いたマドレーヌの言葉に、マラニュの顔に驚きと喜びが走った。

「まあ、俺の実力としたら、当然だ」

 すっかり立ち直っている。


 冒険者達も、良かったなと声をかける。

 ネリキリーも声を掛けようとしたが、マラニュは気配を察して遠ざかる。

 それを見ていたグッチオが肩をすくめていた。



「名勝負でしたな」

 撤収作業を終えると依頼人のリーエイトがネリキリーに話しかけてきた。

「ありがとうございます。ご依頼も完了出来て満足してます」


「次に何かあった時も、君に頼みたいですな。受けてくれますかな?」

 リーエイトはネリキリーの腕を見込んでくれたようだ。冒険者としてこれほどありがたいことはない。


「その時に受けられる状況でしたら、必ず」

「そうか、カスタード団に入られるのでしたか。かの団はオーランジェット中を駆け回っていますから」


 そんなことまで、広まっているのか。ネリキリーは少しだけ困った気持ちになる。


「まだ、合格すると決まったわけではありませんから」

「なんの。その弓の腕前だけでも価値はある。必ず合格すると信じておりますぞ」

 リーエイトは力強く断言してくれた。人からそういわれると、心強いとネリキリーは思った。


「ご期待に背かないよう、全力で挑戦します」

 ネリキリーは胸に手を置いて、礼を送った。



 冒険者組合(ギルテ)に帰るなり、ラスクがマドレーヌに声をかけた。

「無事でしたか」

「当たり前です。これでも冒険者のはしくれですから」

 軽い足取りでマドレーヌはいつもの席に戻った。

 ラスクも、気をとり直したように、今回の清算をしてくれる。


 マラニュは試験なので依頼料はない。倒した紅烏(ベンガラス)の引き取り分だけ。

 ネリキリーは冒険者組合(ギルテ)の依頼料、300リーブ、リーエイトからの依頼料の5割りの800

 リーブ、紅烏(ベンガラス)の売価、4680リーブ、合計5780リーブを受けとる。


 リーエイトの依頼料の半分は、元々の請負者であるグッチオに渡された。

「俺はなにもしてないけどな」

 グッチオは少し申し訳なさそうにしていたが、それも冒険者組合(ギルテ)の規程のうちだ。

 コナー、バンスタイン、カレヌもそれぞれ300リーブを受けとっていた。


「なあ、俺の取り分が51って言ってたが、計算が違わないか」

 マラニュがマドレーヌとラスクに尋ねている。

「最初の数が59だろ、それから7引くと52だぞ」

 マドレーヌは、あっと言う顔をした。


「すみません、言い忘れてました。最初の数は、紅烏(ベンガラス)の群の頭を両方に加算してましたが、実際の矢は先にネリキリーさんが到達していました。ですので、ネリキリーさんの権利になります。なので、マラニュさんの買取り上の数は51になります」

 マドレーヌは慌てたようすで、説明する。


「そういう理屈か。だけど、あんた、いろいろ説明が足りないぞ。冒険者組合(ギルテ)の職員としてそれでいいのか?」

 マラニュは呆れたような声を出した。

「良いのです。私は冒険者組合(ギルテ)の看板娘、癒し担当ですから」

 マドレーヌは誇らかな笑顔で言う。

 ラスクが、まったくと言った顔で、マドレーヌを見た。


「ところで、俺は歴代8位だったよな。上のやつらの名前を聞いていいか?」

 マラニュがマドレーヌに問いかけた。


 ネリキリーは冒険者組合(ギルテ)から出ていこうと踵を返した。


「三位はそこにいるネリキリーさんです」

 マドレーヌはいきなり、ネリキリーの名前を出した。マラニュが殺気だった目を向けた。

 周りの冒険者も、ほう、と言う声を出す。


 グッチオとカレヌは、ネリキリーが試験を受けた時に一緒にいたので、平然としていた。


「一位は、ロマさん、二位はなんとお隣にいますラスクさんです」

 マドレーヌはラスクに向かって拍手をする。

 マラニュのラスクを見る目が変わった。

「20年近く前の話ですよ」

 ラスクは照れたように謙遜する。

 マドレーヌは十位までの名前を言う。予想通り、ファンネルやフィフ、ジュレの名前がある。


「ロマさんも、ラスクさんも冒険者としては現役を退いてますから、実質上、弓矢の腕の一番はネリキリーさんですね」


 マラニュはネリキリーを睨んで、呟いた。

「長弓同士なら負けない」

 ラスクがそれを聞いて穏やかに言う。

「どの武器が最適か、その判断も考慮にいれての評価ですよ」


「……で、次はなんだ」

 マラニュは苦虫を噛み潰したような顔だ。

「素手ですね」

 マドレーヌがマラニュに答える

「じゃあ、次の相手は俺だな」

 グッチオが片方の握った手を、もう片方の掌にぶつける。


「マラニュさんは連続になってしまいますけど、体力を測る意味もありますので」

 マドレーヌさんが説明する。良いのです、とは言っていても、説明不足と言われたのが堪えたらしい。


「それは解ってる。で、時間は?」

「明日の10時です。見学希望の方は入れていいのですよね」

 ラスクがマラニュに確認した。今日、負けたので、考えが変わってないか確かめたようだ。


「サラスーンの男は前言を翻さない」

 マラニュが断言した。

「では、グッチオさん、明日はお願いします」

「任しとけ」

 グッチオは軽快な声でラスクに返事をした。



 マラニュがみなを押し退けるようにして、建物から出ていく。


「利かん気が強い奴だな。仲間との意志疎通も冒険者としては大事な資質だぞ」

 コナーは珍しく怒ったような口調だった。

「精一杯背伸びをしてるんだよ。そういうお年頃なのさ」

 バンスタインは、そんなコナーをなだめる。

「お前だって、身に覚えがあるんじゃないか?」

「ないとは言わないが」


「まあ、弓の腕は確かだったし、強気なのは悪いことじゃない。ネリキリーも少しは見習ったほうがいい」

 バンスタインは、ネリキリーに向かって言った。いきなりお鉢が回ってきたネリキリーは面食らう。


「見習う、ですか」

 何をと問いかけたのが、バンスタインには解ったのだろう、彼は答えをくれる。

「お前、弓の腕について話が出た時に、逃げ出そうとしていたろう?あんな時は泰然としてりゃいいんだ。事実なんだから」

 バンスタインはネリキリーを見下ろした。


「成績をどうこう言われるのが、苦手で。それに、つよくはなりたいけれど、あまり、目立ちたくはないんです」

 ネリキリーの言葉を聞いて、バンスタインは吹き出した。

「お前、決闘騒ぎを起こしておいて、目立ちたくないとか」

「騒ぎを起こすつもりではなかったんですよ」

 ネリキリーはため息をつく。本来は、ヴァリアでの騒ぎを収めたかったゆえの行動だ。


「サラスーンは名誉のための決闘が盛んです。決闘士(チャンピア)と言う職業まであります。代理で決闘を行うのを職業にしている人たちです。マラニュさんが血気盛んなのは、名誉をことのほか大事にするためだと思いますよ」

 マドレーヌがとりなすように言った。

 机に座っている彼女はとても落ち着いて見える。

 掴みかかるマラニュをかわした時の動きは、目を見張るものがあった。

 不思議な少女だ。


「ネリキリーは戦闘の時は、強気なのにな。今日も立て続けに弓の連射をしているときは、怖いくらいだった」

 グッチオが感想をもらす。

「人のこと言えるかよ。だけど、ネリキリーはほんとに連射が速いよな」

 カレヌがつくづくと言う風に言う。


「16の頃まで、身長が五レーヌ、1ダレヌ2レーヌを少し越すくらいしかなかったんだ。だから、長弓よりは短弓が扱いやすかった。それに森の近くで育ったのでね」

 短弓は森のでの狩りでは主力だ。


「今日は、単弓で複合弓でもないだろ。同じ短弓でも、いつも使ってる複合弓のほうが、威力も飛距離も段違いなのに」

 カレヌはネリキリーが身につけている弓を見て尋ねてきた。


「何羽か、生きて捕獲が依頼の条件だったから」

「合計8羽が生きてます」

 マドレーヌが数を言った。

「15羽はいけると思ったんだけど、加減を間違えたかな」

 ネリキリーは小さくぼやいた。


「あの場面で、強弱までつけてたのか」

 コナーが、まいったと言うように顔に手を当てた。

「みんなだって、それくらいはできるだろう?」

「普通の狩りならな。速さを競っているときには、……微妙だな」

 バンスタインは、少し悔しげな口調だった。


「だが、カロリングには魔物はでないだろう?本当は冒険者になるつもりはなかったって、聞いたけど、なんでこんなに弓の腕を磨いたんだ?」

 イーネスが不思議そうに言った。

 そんなことをイーネスに話したろうか。

 何度か一緒に飲んだ時に話したかもしれない。陽気な彼は、とても聞き上手だから。



「カロリングで負けたくない子がいたんだ。七つも年下だったが、弓の才能が群を抜いてた。それと、成り行きで弓矢作りに興味をもったからかな」

 別に自分は競争心がないわけではないという意味も込めてネリキリーは話す。


 いつかは抜かれるかも知れないと思っていても、できるだけ先に延ばしたい。

 ささやかな男の矜持だ。


「その子が、万が一冒険者になったら、自分の記録はもちろん、ひょっとしたら英雄(ユリウス)ロマの記録だって抜くかもしれない」


 誰だ、それは?

 問いかける冒険者達に

「秘密だ」

 と、笑ってはぐらかす。


 カロリングの伯爵令嬢が冒険者になる。

 そんなことは、あり得ないことだ。


 ネリキリーは小さな狩りの女神(アクティア)の姿を思い浮かべる。

 最後に会ったのは、彼女がまだ十歳の時だった。


 シャルロット。


 その名前をネリキリーは声にならないように、舌の上で転がした。



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