五じゅうよん
「町中があなたのあなた達の話題で、もちきりですよ」
ラスクはしたり顔だ。
「いつも慎重なネリキリーさんが、決闘をするなんて思ってもみませんでした」
かたや、マドレーヌは笑っていた。
「模擬試合ですよ、マドレーヌさん」
ネリキリーは真面目な顔で訂正する。
「で、模擬試合は私たちが引き受けられますか?」
ネリキリーはラスクに尋ねた。
「こんなことになったら、他の誰が引き受けるというのですか」
ラスクはネリキリーを叱るような目で見た。
「ネリキリーさんは、登録から1年、グッチオさんは2年と9ヶ月と模擬試合の依頼を受ける条件は揃ってますが」
冒険者組合から出される登録時の模擬試合の依頼を受けられるのは、1年以上の経験を持つ者とされている。
また、下級から、中級へ上がる一つの条件として、新人との模擬試合の経験は必須なので、ネリキリーにとって損はない。
といっても、勝つことが条件である。
「一年そこそこで、模擬試合をする人なんて、そうはいませんよ」
「お相手の方は昨日の夕方、お菓子を抱えていらっしゃいましたよ。受け付け時間を過ぎていましたので、名前だけお聞きして、改めていらしてくださいとご案内しました」
マドレーヌはそこまで言うと扉の方を見て、あら、いらしたわ、と呟いた。
ネリキリーが扉を見ると昨日の男が、こちらを睨み付けるようにやってくる。
「おはようございます。マラニュ・エラスさん、昨日はお菓子をありがとうございます」
マドレーヌが明るい声で男に声をかけた。
マラニュ・エラスと呼ばれた男は、マドレーヌに向かって笑顔らしきものを浮かべた。
そして、ネリキリーとグッチオをことさら無視するような態度でラスクとマドレーヌに声をかける。
ネリキリー達は場所を空けて、依頼を見に行った。
今日は特筆する依頼はない。
「おはよう。さっそくだが、登録の手続きをしてくれ」
「承知いたしました。ではこちらをよく読んで、規約に納得いただいてから、この銀筆で、魔力を込めて、焼き焦がすように、記入をお願いしております。」
一番最初にネリキリーも書いた書類だ。
冒険者の等級の説明や依頼の受け方、依頼料の配分、冒険者組合の規則や、依頼を受けて失敗した時の責任について。
依頼内容に不備がなければ、依頼時に怪我や最悪死亡しても、本人の責任であり、冒険者組合はなんら責任を負うものではないと記されている。
もっとも、依頼料の百分の三は、怪我や死亡時のお見舞い金として積み立てられている。
したがって、死んでも葬式代金くらいは出せる。
名前、出身地、得意な武器などを記入する。
ネリキリーは得意な武器を鎌と書いて、それだけですかと尋ねられて、追加で弓矢と記入したな、と自分の時の事を思い出していた。
説明を口頭でしないのは、初等教育がおおむね行き渡っている竜翼の同盟国ではあるが、どの程度読み書きが出きるかどうかの確認でもある。
「内容について何かご質問がありますか?」
熱心に読んでいるマラニュに向かってマドレーヌが確認をした。
「貸し武器を壊した場合の損害金が時価ってのは?」
「武器を修繕、或いは作り直す時の金属の相場を加味して算出するからです。貸し出しの際に、算出して提示します」
マドレーヌがよどみなく答えた。
「わかった」
マラニュは大きく頷いていた。
「書いたぜ」
マラニュが書類から顔をあげると、マドレーヌは内容を確認して、承認の玉にかざした。
承認の玉は、普見者という魔物の目らしい。
その魔物の皮で作った紙に書かれた文字だけが、承認の玉に読み取れるという話だ。
「ありがとうございます。これで仮登録は終わりました。本登録となるには、いくつか試験を受けていただきます」
「知ってる。五つの武器を使う模擬戦を戦うんだろ。で、いつだ」
「模擬戦の相手を募集する依頼をだして、それに応じる人が出てきたらです。応じる人がなかった場合、冒険者組合の職員が行います」
マドレーヌはラスクをちらりと見た。
「あいつらが相手をすると約束した。そこにいるんだから、すぐできるだろ」
マラニュがネリキリー達に顎をしゃくった。
「それが、今回はその模擬試合を見たいという問いあわせ、というか依頼がいくつか入ってまして」
ラスクが困ったように言った。
「観客つきか。俺は構わないぜ。こてんぱんにやられるあっちはどうだかしれないがな」
模擬戦を見たい、そんなことになっているのか。
ネリキリーとグッチオは顔を見合わせた。
「俺はいいけど、ネリキリーは?」
「自分も構わないが、弓矢は今受けている紅烏を幾つ狩れるかで行いたいんだが」
依頼を受けているのに模擬戦のために完了が伸びるのはあるまじきことだ。
ネリキリーの言にラスクはしばし黙考した。
「いいでしょう。すべてを公開しなくちゃいけないわけでもありませんから。見届け役は、誰に」
「はーい、私が行きます」
ラスクの言葉の途中でマドレーヌが手を挙げた。
「受付はどうするんです」
ラスクが渋面を作った。
「誰か別の人に、ランガンにでも手伝ってもらってください」
「あなたは看板娘でしょう?看板はいつでもそこにあってこそ看板なんです」
「ひどい、私を物扱いした。言いつけてやるー」
マドレーヌは泣く真似をして、目に手を当てた。
「……わかりました。行ってきてください」
ラスクがしぶしぶといったように折れた。
「わーい、久々のお出かけ仕事だ」
「おい、こんなちっちゃいお嬢さんで大丈夫なのか?」
傍若無人だったマラニュがまっとうなことを言った。ネリキリーも心配になる。
「大丈夫でしょう。見届け役はもう一人付きますから」
コナーさんあたりに頼むかとラスクさんは一人言を言った。
「俺だってその場にいたんだ、見届ける権利がある」
カレヌが強く主張した。
「コナーとカレヌが抜けるんじゃ、今日は依頼をこなすのは止めにして、俺たちも見学に回る」
バンスタインが顔に笑いを張り付けながら言った。
イーネスも、一日くらいは大丈夫だろうと同意する。
冒険者組合に駆け込んできた、ハギスたちも加わって、大所帯の狩りになる。
「これ以上は、いくらお金をくれても受け付けませんよ」
どこから噂を聞きつけたのか、集まった町の人にラスクさんが釘をさした。
「依頼人の私達もかね」
その中で初老の夫婦が言った。城門の外、クレーム平原との境に土地を持つ、リーエイト夫妻だった。二人はそこでクックルの養鶏場を営んでいる。そこへ七日前ほどから、昼過ぎに紅烏がクックルを狙って襲来するという。
放し飼いのクックルを鳥小屋に入れて被害を最小限にしていたが、フンをまき散らし、いたずらを繰り返すので、退治を依頼したのが四日前。ワーワーム騒動で、日程がずれていた。
ラスクは二人の顔を見て、沈黙した。
養鶏場の仕事自体はほとんどを雇人が行っているが、依頼の名義はこの人である。そして、リーエイトは三十人会に名を連ねている一人でもある。
「手負いの魔物は危険が増しますから」
ラスクはやんわりと断ろうとしたが、リーエイトはバンスタインとイーネスを示して言った。
「そこの二人も同行するのだろう?二人を紅烏退治の間、私たちの護衛に雇おう」
「それはいいな。今日のあがりも確保できる」
バンスタインの声は明るい。
「大歓迎」
とイーネスも両手をあげた。
「わかりました。急いで処理をします」
ラスクは紙と銀筆をもって、書類を書きはじめた。
賑やかな一行が町の門を出る。
一見してこれが魔物狩りの冒険者達とは見えないかもしれない。
中心にいるのは、マドレーヌだ。
脇にはびったりとコナーがついていた。
その後ろにいるマラニュは、仏頂面だった。一番後ろで付いて行くしかないことに不満があるらしい。
「もうすぐ着きますよ」
マドレーヌが少しだけ振り帰ってマラニュに声をかけた。
マドレーヌは横座りではなく、馬に跨がっている。体の線があらわになる乗馬服は少女と大人の女性との中間にある彼女に似合っていた。
振り返ったため、体の曲線が強調されていた。
マドレーヌの言葉通り、養鶏場の柵が見えてきた。
魔物の対策のために、かなり高くしっかりしている。
養鶏場を預かっている使用人が出迎えて、現状を説明してくれた。
紅烏は日に日に数が多くなっていると言う。
「ほら、あそこに5羽旋回してますでしょう。クックルが庭に出るのを監視してるのです。クックルが草むらにしか玉子を産まないのを知っているのですよ」
クックルは三日に一つの玉子を生むが、時間は決まっていない。ゆえに、少なくても日に何度かは庭に出さなくてはならない。
「庭に出しますとね、監視役の紅烏が高く鳴いて仲間を呼び寄せるのですよ」
「じゃあ、とっととクックルを出せよ。俺が狩り尽してやる」
マラニュが勢い込んで言った。長弓を手に持ち、すぐにも矢を射かけそうだ。
「養鶏場を一周していいですか?」
ネリキリーはリーエイトとマドレーヌとコナーに確認を取った。
「私はかまわんよ」
即座にリーエイトは承諾した。
見届け役の二人が「君も見て回るといい」とマラニュに言った。
「こんな見晴らしがいい場所で、地形把握は必要ないと思うんですがね」
文句を言いながらも、ネリキリーが動き出した反対方向に向かっていく。
ネリキリーとマラニュが戻ってくると、マドレーヌが初めの立ち位置を示す。
「ここに二人で並んでもらってから、クックルを10羽庭に放ちます。それを開始の合図とします。いいですね。あと、リーエイトさんは、危ないですから、小屋のほうへ寄っていてください」
一同がそれぞれ移動した。
「お前は短弓か。勝負あったな」
マニュラがネリキリーの弓を見て侮るように言った。
確かに、短弓は長弓に比べて、射程距離も威力も少ない。
しかし、短弓には短弓の長所もある。
「クックル放ちますよ」
マドレーヌの声が届いた。
さあ、狩りの始まりだ。