五じゅうさん
グッチオはカレヌと一緒にやってきた。
「宿で会ったから誘ってきた」
「そういえば二人とも、同じ宿だったな」
「カレヌ、二日酔いで、クックルの玉子だけ集めて、早々に帰ってきたらしい」
グッチオはカレヌを親指で指差した。
「バンスタインにつられて飲み過ぎたよ」
カレヌはまだ怠そうに見えた。バンスタインの飲み方に付き合っていたら大抵はそうなる。
彼は底なしだ。
「買い物かあ、防具を新調するのか」
先日のワーム駆除を受けての発言をグッチオはした。
「いや、消耗品だ」
ネリキリーは短く答える。
「錆び止めの油か?」
冒険者らしい発想にネリキリーは、違うよ、と答えた。
三人はメーレンゲの官庁舎が右手に見える目抜通りを歩いていた。
冒険者組合やネリキリー達の宿がある西地区。そこから川を隔てた東地区は高い建物が立ち並ぶ。特にこの目抜通りは、様々な店が軒を連ねていた。
ネリキリーはその中の一つに入った。
リアクショー。
オーランジェットで知らない人間はいないだろう、老舗の高級菓子店である。
明るい店内は白を基調に青と金色の装飾が施され、女性好みに設えられている。
今も店内は女性客ばかりだった。
「女への贈り物か?」
グッチオが声をひそめて訊ねてきたが、ネリキリーが答える前に、馴染みの店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。ネリキリーさん、いつもご贔屓ありがとうございます」
若い女の声に引かれるようにグッチオとカレヌがそちらを見た。
そこには愛想よい笑顔でこちらを見ている売り子、ジュリエッタがいた。
「ごきげんよう、ジュリエッタ。いつもの菓子をもらえるかな」
ネリキリーはジュリエッタへ近づいた。
「かしこましました。琥珀飴と薄荷飴を一袋づつ。それから魔糖菓子を四つですね」
「よろしく頼むよ」
ジュリエッタは指定した品を上品な仕草で頼んだ菓子を用意する。
「では、80リーブになります。それから、新しい味の飴を三つ、おまけにつけておきました。お気に召したら、次回にご購入くださいね」
魔糖のような甘い笑顔と共に袋が差し出される。
「お連れの方は何になさいますか?」
笑顔のまま、ジュリエッタはグッチオとカレヌに向かって声をかけた。
「あ、えーと、何にするかな。たくさんあって迷うな」
カレヌは迷うと言っていながら、ジュリエッタの顔に釘付けだった。
無理もない。ジュリエッタは魅力的な女性だ。
「こちらはいかがですか?葡萄味の飴ですが、普通の飴より柔らかいのですよ」
ジュリエッタはカレヌに紫色の飴を勧める。
「柔らかい飴か」
横からグッチオが興味を示した。すかさずジュリエッタは、「ご試食なさいます?」と聞いている。
「ありがとう」
グッチオの返事にジュリエッタが飴の包みを手のひらに乗せて差し出した。
グッチオが飴をつまみ上げる。
「あ、俺もいいですか」
先を越されたカレヌがジュリエッタに言った。
「もちろんでございますとも」
白い手のひらに飴がまた乗る。カレヌは慎重にそれを取り、ジュリエッタの顔を見たまま包みを開いて口にいれた。
「甘い」
「飴でございますから」
カレヌの感想にしごく真面目な顔でジュリエッタは答えた。
「悪くないな」
グッチオが言うとカレヌが熱心に頷いた。
「そうでしょう。けれど、ネリキリーさんはあまりお好みではないようです。冒険者でいらっしゃるけれど、味の冒険はなさらないみたい」
ジュリエッタはちらりとネリキリーに視線を投げてきた。
ふくよかな唇を少しとがらせている。
「俺が買いますよ」
カレヌが勢い込んで言った。
「まあ、ありがとうございます。葡萄味だけでよろしいですか?苺味もお奨めですよ」
「じゃあ、それも」
カレヌは勧められるままに飴を購入する。
「30リーブになります」
一掴みほどの飴である。一つあたりの値段はネリキリーが買った飴の倍以上だ。
魔糖の量は同じなのに。
ネリキリーが手を出さない理由もその辺りにある。
ネリキリーにとって魔糖を使った飴は、魔力を補う消耗品であり、嗜好品ではない。
グッチオは飴を舐めながら、焼き菓子を物色していた。
なかなか良い男ぶりのグッチオに店の女性客が視線を送っていた。
「ネリキリー、お前、常連みたいじゃないか。どれが旨い?」
グッチオがネリキリーに訊ねてきた。
「あまり焼き菓子は買わないんだ。食べる時は併設されてる薬茶店で茶と一緒に食べる」
「お前、一人でそんなことしてたのか」
グッチオが揶揄するように言った。
「初めてここに来たときに、入るかどうか迷っていたら、ヴァリアなら、入りやすいだろうと、中から出てきたご婦人に勧められたんだ」
母より少し上くらいのご婦人だった。
贅沢な大きい硝子の窓越しに、中を覗いていたネリキリーに親切にも声をかけてくれたのだ。
「よし、時間もあるし、三人でヴァリアに入ろう」
カレヌを促すグッチオに、ネリキリーは声を低くして言った。
「かまわないが、この時間はご婦人ばかりだぞ。夕方や日曜は男性客もちらほらいるが」
「望むところだ」
グッチオは明快に返事をした。
男三人で薬茶店に入ると、ご婦人方の注意が一斉にこちらを向いた。
あからさまに目を向けるもの、ちらちらと視線を投げるもの、それぞれだ。
ネリキリーが一人で入店した時は、ここまでの注目はなかった。仕事帰りに茶を飲みに入った男や夫婦連れがいたからだ。
若い男女が連れだって来ていることもある。
そのあたり、オーランジェットはカロリングより開放的だ。
もちろん、女性は日が落ちる頃には家に送り届けられる。夜に出かけることもあるが、それは音楽会などの催しものに出掛ける時だけだ。
注目を浴びてグッチオは平然としていたが、カレヌは腰が引けていた。馴れているネリキリーも少なからず押される気持ちになる。
「こちらへどうぞ」
これは男の案内係が席に誘導する。
席に着くと女の給仕が品書きを持ってくる。
「カミツレのお茶に、季節の果物の海綿菓子を」
ネリキリーは特に品書きを見ることもせずに注文をする。
あとの二人は品書きに見て悩んでいたが、グッチオが給仕に尋ねた。
「このフロランタンっていうのは?」
竜王の名前を聞いて、ネリキリーも興味を惹かれる。
「先ごろ、カロリングで流行っているお菓子なんですよ。甘扁桃の品種、ノパレイユを薄切りにして生地に乗せて焼いた」
給仕が説明をしてくれる。
「カロリング、ネリキリーの故郷だな。知っているか?」
カレヌがネリキリーに話を向けた。
「いや、初めて聞いた」
「ネリキリーさんはカロリングの出身なんですか、どうですか、食べてみませんか」
給仕はネリキリーに問いかけた。
「エクセ―ルをすでに頼んだから」
「フロランタンは軽焼きなので、一枚単位で注文できますよ」
給仕は熱心な口調で勧める。ネリキリーはそれにほだされて1枚を注文をした。
「じゃあ、俺も同じものを」
グッチオがネリキリーに追従した。最後に残ったカレヌは悩んだ末に。
「卵液蒸しとフロランタンを二枚。お茶は同じカミツレでいいです」
と注文した。
「承りました」
自分のおすすめが通ったせいか、給仕は足取りも軽く厨房へと戻っていった。
「ここは、かわいい給仕が多いな」
カレヌはあたりをさりげなく伺い、給仕の様子を追っていた。青にさりげなく金が入った衣装も彼女らの魅力を引き立たせている。
「給仕だけじゃない。客もいい女が多い」
隣に聞こえないようにグッチオが低く言う。ネリキリーは口には出さず、相槌だけを打った。
お茶が先に給仕される。
男三人でお茶を飲む。たわいない話をして。ネリキリーには久しぶりのことだ。
「ネリキリーとグッチオは二人で行動してるのか。いいな、俺も混ざりたい」
羨ましそうにカレヌが言った。
「カレヌはコナーやバンスタイン達と一緒に依頼をこなしてるだろう。そのほうが勉強になるし、効率もいいだろう?」
グッチオが不思議そうだ。
「二人とも強いから、確かに効率はいいよ。ただ、カスタード団に入るって話があってから、力が入っちゃって、少し空気が重い」
「贅沢なやつだな」
軽くいなすようにグッチオが言った。
「今受けている依頼は契約し直したばかりだし、お前もしばらくは動けないだろう?……紅烏の依頼が終わったら、平原の中央のシェランの泉に行くからお前も来るか」
グッチオはカレヌを誘ってから、ネリキリーに尋ねた。
「カレヌと一緒でもいいよな?」
「かまわない」
水酔馬がでないと言っても、夜光狼がうろつく場所だ、三人なら心強い。
「日にちが合ったら、ぜひ行きたいな」
ネリキリーの言葉を待ってカレヌが誘いを前向きに受けた。
「だけど、常連になるほどネリキリーが甘いもの好きだとは知らなかった」
つくづくとカレヌが言うので、ネリキリーは苦笑を禁じ得ない。
「昔から甘いものは好きだが、自分が魔糖菓子を買うのは、カロリング出身だからだ。二人と違って魔力が少ないからね」
オーランジェットの動力は魔力が主だ。魔導式こそ使わないが、冒険者組合の契約や湯を沸かすきっかけなどで、日常的に魔力を奪われる。自然に取り込むに任せていては、たまに足りなくなることがある。
そして、先日購入した真証石。
使うと、どことなく怠くなる。それは石から魔力を取り出すきっかけに自分の魔力が使われているからだろうと推察した。したがって、まだ魔糖の在庫はあるが早めに今日買いに来た。
「魔力を使ったら、すばやく補給しなくちゃならない」
ネリキリーは軽く肩をすくめた。
「そういうことか」
カレヌの目に気の毒そうな色が浮かんだ。
「でも、オーランジェットはカロリングに比べて、魔糖が格段に安いからな。その点は助かっているよ」
給仕が菓子を運んでくる。
「おまたせしました」
ネリキリー達の前に甘い匂いを乗せた菓子が並べられていく。
苺や木苺がこぼれんばかりに乗った海綿菓子
薄切りの甘扁桃が生地に敷き詰められて、白い粉砂糖が振りかけられたフロランタン。
「甘扁桃を竜の鱗に見立てているのか」
グッチオが納得したという声をだす。
「お持ちかえり用には粉砂糖はあとから振りかけるようになっております。かけずに食べても美味しいのですけれど、白彩の竜ですから」
カロリングで作られた菓子だというのに、給仕は自慢げだ。どうしてだろうといぶかしんでいると給仕が答えを教えてくれた。
「実はですね、このお菓子の考案者は、オーランジェトの血を引く方で、冒険者としても薬茶師としてもオーランジェットで修行なさった方なんですよ。このフロランタンは、なんでもお弟子さんと一緒に考えたそうです」
そこで、給仕は秘密めかして続ける。
「しかも、しばらくこの店で薬茶師として働いてらしたこともあるんです」
笑顔で語る給仕の言葉にネリキリーは一つの名前が浮かぶ。
「ファンネル・メルバ」
ネリキリーは思わずその名前を口にだしていた。
「ネリキリーさんはファンネル様の名前をご存じなんですか。やはりカロリングでも有名なんですね」
給仕はとてもうれしそうに言った。
ネリキリーは菓子のフロランタンを手に取って一口かじった。
あまい粉砂糖が口の中でほどけ、香ばしく焼かれた甘扁桃が後を引く。
「ええ、よく知っています」
菓子を飲み込んで、ネリキリーは給仕に答えた。
「なんだ、入るなだとぉ」
大きな声が店内に響いた。
出入り口の方がなにやら騒がしかった。
「男性がお断りなのか?、あそこにいるじゃねーか」
ネリキリー達を指差す男は大剣をもっていた。
「ですから、店内に大きな武器の持ち込みはご遠慮していただいておりまして」
「冒険者の町、メーレンゲだろ。それに魔物がうようよいるオーランジェットで、剣を離したら危なくてしょうがねえ」
男の態度も話し方も乱暴だ。
聞くところ冒険者のようだが、貴族の出も多い冒険者では、荒くれといった体の冒険者は珍しかった。
店内にざわめきが広がり、騒ぎを嫌った女性客が帰り始める。
そのことが男のを余計に苛立だせたようだ。男は吐き捨てるように言った。
「オーランジェットの人間はよそ者をバカにして、冷たいんだな」
罵倒しながらも、男は帰ろうとしない。案内係りと揉め続けていた。
ネリキリーはみかねて、立ち上がった。
男の言葉を聞いて、オーランジェットの産ではない自分が話したほうが角が立つまいと思ったからだ。
「どなたか知らないが、ここはお茶を楽しむところだ。非力なご婦人方も多い。大剣など、廻りを威嚇するような武器の持ち込みの制限は妥当だと思うが」
ネリキリーは穏やかに声をかけた。
「なんだ、きさま」
男はネリキリーに居丈高に問う。
「ここの客だよ。大剣を店に預けたら、我々の席に来ないか。どうやら同じ冒険者らしいし、この町に来たのは初めてのようだ。よければここでの作法を教えるよ。自分もカロリングから一年前に来たときに色々と戸惑ったから」
ネリキリーは友好を表すために同席を提案する。
が、相手は聞き入れない。
「カロリングから?甘やかされた坊っちゃんが冒険者気取りか。飼い慣らされた犬みたいな顔をしやがって」
久々に犬に例えられ、ネリキリーは苦笑を洩らした。
それが相手の気に触ったのか、男はいきなり、首に巻いていた大型の手巾を抜くと、ネリキリーの顔を打つ。
ネリキリーはとっさに一歩下がって回避しようとした。しかし、直撃は避けられたが、布が頬を掠める。
「何のつもりだ」
「分からないか?それとも坊っちゃんは怖くて分からないか振りか?」
嘲笑うような口調で相手はネリキリーを見下ろした。
「決闘を申し込むと?」
ネリキリーは静かに問いかける。
「それ以外の何があるって言うんだ」
「この国では私闘は禁じられてる」
ネリキリーが手巾で打たれたとたん、立ち上がったグッチオが背後から言った。当然カレヌも一緒だ。
「よその国から来たみたいだが、旅に出たらその土地の風習に従えって言葉を知らないのか」
カレヌが少しきつめの声をだした。
「坊ちゃんのお守りかよ」
男は威嚇するように二人を睨めつける。しかし、少しだけ声が小さくなったようだ。
「それは違うな。反対だ。彼は私を助けるほど強い」
グッチオが、だから、大人しく去れと店の外を示した。
「この小さいのが?」
男は小ばかにするようにネリキリーの顔を覗き込んだ。
ネリキリーここ数年でかなり背が伸びた。それでも体格が良いものが多い冒険者の中では背が低いほうだ。
目の前の男はバンスタインに匹敵する体躯を持っている。ネリキリーの頭のてっぺんが相手の鼻頭に届く程度の差がある。
「背の大きさなど関係ないさ。ネリキリーは強い。冒険者組合からカスタード団に推薦を受けるくらいだ。ちなみに俺もだけどな」
カレヌが相手を挑発するように言った。
「カレヌ、それは」
ネリキリーはその言葉に危うさを覚えた。
案の定、男はいきり立つ。
「こんな弱そうな坊ちゃんが冒険者組合からの推薦を受けただと、笑わせるな。俺が怖くて決闘もまともに受けられないくせに。この店もだ。こんな大きな店構えをしてるのに、俺一人を受け入れることもできやしない。は、何が、オーランジェットは、自由の翼の国、リアクショーのおもてなしは天下一品、誰をも王様にしてくれるだ」
店中を見渡して、客に聞こえるように言ってから、男はネリキリーに視線を戻した。
「受けろよ。決闘。作法を教えてくれるんだろ?俺の国じゃ、決闘を申し込まれて受けない男は、不戦敗と大声で言いながら町中を歩くことになっている。俺の国の作法をまずは尊重しろよ」
ネリキリーは男の目を見る。
「いいだろう。受けよう。ただし、私闘ではなく、公式戦として受ける」
「どういうことだ」
「君はこの町の冒険者組合に登録にきたのだろう。初回の登録時には実力を図る模擬戦が行わる。剣、弓矢、槍、短剣、素手の五つだ。冒険者組合は模擬戦の相手を依頼として募る。その依頼を自分が受けよう。すべての人間が一人で受けられないので、うちの三つまでだが。……これなら君も私闘で冒険者の登録を拒否されることもない」
ネリキリーの提案に男は少しの間をとった。
「いいぜ。俺に損はないしな。お前が負けたら、カスタード団の推薦を辞退しろ。俺が負けたららなんでも言うこと聞いてやる」
傲岸に男は言った。
「なら、俺も模擬戦に志願しよう。数が足らないから、二人で二つと三つ。ちょうどいいだろ」
グッチオもそう言いだした。
「グッチオだけ良いかっこするなよ。俺も」
とカレヌが言ったが、グッチオはそれを制した。
「お前が依頼を受けると、コナーやバンスタインも乗り出すかもしれん。それは不公平だろ?ネリキリーは今のところ俺の相棒だし。俺たちに任せろよ」
「そうだな、今回は大人しく観客に回ってくれ」
ネリキリーもそう言った。
「話は後にしろ。俺はそのちびと闘えればそれでいいんだ。いいか、必ず試合えよ」
男はネリキリーに念を押した。
「フロランタンの翼にかけて」
ネリキリーは胸に手を置く。
男は鼻を鳴らして、おなざりに自分も胸に手を置いた。
「よし、お前、菓子を200リーブ分適当に用意しろ。今日はそれで帰ってやる」
男は固唾を飲んで成り行きを見守っていた案内係に命じる。
「お代はいただけますので」
「当たり前だ。俺を何だと思っている」
男は100リーブ銀貨を2枚、案内係に放った。
案内係が店に行くと、持ち帰りの店のほうからジュリエッタがやってきて、菓子を詰めた袋を持ってきた。
「お待たせしました、お客様。こちらをどうぞ。初めてのお客さまということで、新作の飴を五つほどおまけさせていただきました」
彼女は愛想のよい笑顔で袋を渡す。
「ふふん、いい女だな。小売の店のほうは噂通りのもてなしのようだ」
「おそれいります」
ジュリエッタは男を外へと誘導した。
男は店を出る前に「逃げるなよ」とネリキリー達に声をかけて出て行った。
「ありがとうございます。助かりました。今日は支配人が不在でして、わたくしどもも判断がつきかねて」
案内係の男がネリキリー達に礼を言ってくる。
彼は実は小売りの方の責任者らしい。
「いや、却ってこじれさせてしまったかもしれない」
「とんでもありません。あの調子じゃ売り子や他のお客様にご迷惑がかかりましたでしょう」
ところで、と案内係りは眉をひそめた。
「決闘などと物騒な話になってしまったようですが、大丈夫でございますか?」
「決闘ではなく、冒険者組合の登録のための試合ですよ。ご心配なく」
ネリキリーは相手を安心させるように微笑んだ。
「ネリキリーは弓と短剣にかけちゃ、メーレンゲの|《冒険者組合》の中でも名手だ。剣や槍と体術は俺が引き受けるし」
グチッオが案内係りの肩を叩いて言った。
「さようでございますか。ですがわたくしどもにできることがありましたら、なんなりとお申し付けください。おう、そうそう」
案内係はヴァリアに残っていた客に声をかけた。
「皆さまお騒がせしました。見てのとおり、この三方でおかげで事なきを得ました。みなさまにはご迷惑のお詫びとしてお帰りに、新作の焼き菓子をお配りしますので、どうぞお持ち帰りくださいませ」
店内がほっとした空気に変わり、婦人方のため息が聞こえる。
喉が渇いたと追加のお茶を頼む者もいた。
ネリキリー達も席に戻って、すっかり冷めたお茶を飲もうとすると、給仕が新しいお茶とフロランタンを持ってきてくれた。
飲み食いをしている間、婦人たちの視線を痛いほど感じる。次の客もちらほらとやってきた。
三人は立ち上がって、お代はいらないというヴァリアの者に、強引に金を渡す。
「お礼です。中にフロランタンと飴が入っております」
ジュリエッタが手を握るようにして、大きめな袋を渡してくれた。
カレヌもグチッオも顔がにやけていた。
ネリキリーも少しばかり、微笑を浮かべている自分を自覚する。
外に出ると、そろそろ点灯士が活躍する時間が近づいている。
「飲むか?」
と誘うグッチオに、ネリキリーは珍しく積極的に承諾した。