五じゅうに
残りの依頼を手伝ってくれないか。
いつも通り朝一番で冒険者組合に来ると扉の前にグッチオ立っていて、そう言いだした。
「それは構わないけれど、私でいいのか?」
これまで、グッチオとはさほど交流はない。ネリキリーは単独行動を好んでいたし、グッチオはバンスタイン達と組んでいることが多かった。
「お前がいいんだ」
グッチオは冒険者を辞める。今まで一緒に組んできた人間とは、お互いに気を遣うのかもしれない。
「分かった。私で良ければ」
昨夜、彼は簡単な仕事だと言っていたし、カスクード団の仮入団まで、二週間ある。
誰かと組んで依頼をこなすのはネリキリーにも、よい経験になる。
「ただ、シュガレット草の採取を一週間分受けていて」
「毎日やっているやつか。いいよ。俺も同じ依頼を受ける」
二人で冒険者組合の中に入るとマドレーヌが笑顔で挨拶をしてくれた。
「おはようございます。お二人連れとは珍しいですね」
後半はいつも一人で来るネリキリーにかけられた言葉だろう。
「おはよう。しばらく、二人で組んで依頼を受けることになったんだ。先日受けていた、アルミラッジ狩りと紅烏の捕獲をネリキリーと二人の契約に変更してほしい。それから、シュガレット草の採取を俺も受ける」
グッチオはよどみなくマドレーヌに契約変更を告げる。
「了解です。ちょっとお待ちくださいね」
マドレーヌは机の中から依頼書を取り出すと何事か書き加えて、承認の玉にかざした。
承認の玉が緑に光る。
「ネリキリーさん、手を」
ネリキリーはマドレーヌに言われるまま、承認の玉に手をかざすと、玉が透明に戻った。
「契約が成されました。では、速やかに完遂させてくださいますように」
マドレーヌがお決まりの台詞を口にした。続けてグッチオがシュガレット草の採取の契約をする。
「これで、しばらくは二人で行動することになる。よろしくな。相棒」
グッチオはすがすがしい表情で手を差し出した。ネリキリーは冒険者の習慣に従って、その手を軽く叩いた。
マドレーヌがそんな二人を笑顔で見守っていた。
「ネリキリーはいつもその馬に乗っているよな」
スプラウトを引き出しているとグッチオが言った。
「一番、馴れてるから」
「馬との相性は大切だけど、ネリキリーはカスタード団に入るんだろ?他の馬や別の種類の騎獣に馴れていたほうがよくないか?どんな騎獣でも乗れるように俺は毎日違わせていたよ」
グッチオはそう言いながらも、今日はネリキリーと同じエポナの血を引く馬を選んだ。
「冒険者はそんなに色々な騎獣に乗らなきゃならないものなのか」
ネリキリーは馬とトナイオンと天馬しか乗ったことが無かった。
それもトナイオンと天馬は一度切りだ。
「クレーム平原は馬が一番いいけど、小象や駱駝もいるから、いろいろ挑戦するのは面白いだろ?」
グッチオは借り出した馬、ダービセットに乗った。
「面白いとか、考えたことはなかったな」
「お前は真面目そうだものな。すごく効率よく依頼をこなしてる感じ。ほとんど午前中に依頼を終わらせてるよな」
「朝早く、動くのが習慣になってる」
農家では、朝日が出ると同時に起きだすのが当たり前だ。
「俺たちは夜遅くまで飲んでたりするからな。毎日、早起きは中々できない。そうしなきゃならない依頼なら明け方前に起きるし、3日、4日なら徹夜も厭わないけれど」
徹夜は初期の頃に一、二度したくらいだった。植物採集を主にしていると無理をする必要はほとんどないからだ。
「クレーム平原で徹夜をするような依頼はそうないと思うが」
「メーレンゲ近辺ではそうだけど、平原の中央にある泉の近くに夜光狼がたまに出現する。昼には水酔馬が出る場合もあるから、そうそう眠れないのさ」
グッチオはそういうと、思いついたように言った。
「そうだ。カスタード団に仮入団する前に、二人で泉に行かないか。晄蓮が開くのが見れるぞ」
「水酔馬が出るかもしれないのでしょう。二人じゃ危険じゃないか?」
ネリキリーはスプラウトをダービセットに少し寄せる。
「晄蓮が咲くときは不思議なことに、水酔馬は現れないんだ」
大丈夫だよとグッチオは請け負う。
「朝に開く晄蓮は綺麗だぞ。だが、繁殖しすぎるのは問題になるから、そろそろ間引きの依頼が出るはずだ」
「そういうことなら」
ネリキリーはグッチオの提案を了解した。
「楽しみだな」
まるで、遊びに行くかのようにグッチオは言った。昨夜、冒険者を辞めると言ったことが嘘のようだ。
しかし、グッチオは生き生きとした声で言う。
「帰る前に、いろいろ見ておきたいんだ。付き合わせて悪いけど」
いや、とネリキリーは首を振ることしかできなかった。
地面に着く程垂れた耳をしたアルミラッジ。
草原の中に探していた魔物が数匹いた。
普通の兎より一回り以上大きく、額には短いが、鋭い角が生えている。
兎の姿に似た魔物アルミラッジは可愛らしい外見だが、油断は禁物だ。
兎と違って肉食に傾いており、かなり凶暴である。
うっかり手を差しのべようものなら、指が食いちぎられる。
もっとも普通の兎も同じ檻でたくさん飼うと血を見るまでけんかする。雄同士なら必ずと言って良いほどの確率だ。
子供の頃に近所の家で兎を飼っていた。成熟する前に雄は離した方がよいのだが、それが遅れ、血にまみれた兎をネリキリーは見たことがある。
「アルミラッジは種の固定が行われているのは、知ってるよな」
「もちろん」
グッチオの問いかけにネリキリーは答える。
「アルミラッジは、兎と違って、春と秋の二回が繁殖期だ。兎より節操があるな」
グッチオは唇の端をあげてネリキリーを見た。
「その分、成長が早く大人になるのも二週間。妊娠期間も十日かそこらで、爆発的に増える。そのあたりは兎の繁殖力より上である」
ネリキリーは以前に読んだ魔物についての説明をそのまま引用した。
「当たりだ。だから、春と秋に一定数以下まで狩らなきゃならない」
グッチオの台詞は翻って一定数は残すという意味だ。
オーランジェットに来て驚いたのは、種の固定化をした魔物は狩りつくさないということだった。
かわりにワームのように自然発生する魔物は徹底して退治、駆除される。
草むらを動くアルミラッジを刺激しない距離から観察しながら、何匹いるかを確かめる。
「小さいのを二匹くらい残せばいいな」
グッチオが呟いた。
となると、一人、六匹はアルミラッジを倒すことになる。
二人は馬上からアルミラッジ目掛けて矢を射た。
矢は二匹のアルミラッジに突き刺さる。
異変を察知したアルミラッジが大きく跳ねた。
小さな四匹の個体が茂みの中に身を潜めた。
成体に近いアルミラッジが、射られたもう一匹の矢を耳で引き抜こうとしている。
ネリキリー達は二回目の矢を放った。
矢を抜こうとしていたアルミラッジが跳び跳ねて、矢を回避し、最初の獲物に第二の矢が立った。
アルミラッジはそれきり動かなくなる。
ネリキリーは続けて別のアルミラッジに矢を放つ。
一本は命中。
けれど、もう一本はアルミラッジの耳が振り回され弾かれる。
アルミラッジの耳はまるで手のように器用だった。そして、金属のように堅い。
「走るぞ」
グッチオの合図にネリキリーは弓を短槍に持ち変えた。
四方に散っていくアルミラッジを追いかけて、スプラウトを走らせる。
矢が刺さったまま走るアルミラッジにとどめをさした。
その間に他のアルミラッジは逃げ去っていく。
うさぎも速いが、アルミラッジはさらに速い。
エポナの血を引くスプラウトと互角か、短時間ならそれ以上に。
スプラウトの胴に軽く蹴りを入れて速度を増した。
アルミラッジの後を追って、開けた草原を走る。
まだ少し冷たい風がネリキリーの髪をなぶっていく。
アルミラッジの姿を見失うまいとネリキリーは目を凝らした。揺れる下草が獲物の行方を教えてくれる。
追いついた。
ネリキリーが槍で突こうとすると、アルミラッジはとび跳ねてそれをかわした。
相手も必死だ。なかなか一筋縄でいかない。
「すばしっこいな」
スプラウトを反転させて逃げようとするアルミラッジの退路を塞いだ。
それを見越したようにアルミラッジが大きく跳躍した。
尖った角と固い耳がネリキリーの脇腹を狙ってくる。
ネリキリーは回避しようと馬上で大きく体勢を崩した。
回避はできた。しかし、アルミラッジは馬を跳び越す。
そして、またこちらに跳躍した。体勢を崩したネリキリーは完全に回避できない。
脇腹を耳で強かに打たれる。
いつの間にか別の個体も寄ってきていた。三匹の兎に似た魔物がネリキリーを襲ってくる。
とび、はね、繰り返し攻撃をするアルミラッジ。攻守の逆転。
獲物だと思っていたそれが、捕食者の姿に変わる。
「アルミラッジの耳を生やすとは良く言ったものだ」
体勢を立て直しながら、スプラウトに合図をしてその場を一度離れる。
アルミラッジは後を追ってきた。
並走し、跳躍して、攻撃の手を緩めることはない。
ネリキリーがアルミラッジを何度か狩ったことがあるのは、夏の終わりと、冬。
繁殖期でないアルミラッジは単独行動をする。
集団のアルミラッジがこんなに強いとは想像していなかった。
「やはり魔物だな」
手にした槍を大きく振ってネリキリーはアルミラッジの攻撃をけん制した。
ネリキリーは走るのを止める。
すでに最初にアルミラッジを見つけた場所近くまで戻ってきていた。矢を受けて横たわったままのアルミラッジの姿が見える。
その向こうには、やはり戻ってきたグッチオの姿があった。
ネリキリーの急な停止に対応できなかったアルミラッジが少し先にいた。
自分たちの獲物、ネリキリーを倒そうと勢い込んで戻ってくる。
胴を狙って跳びこんでくるアルミラッジ。ネリキリーは槍を掌の中で滑らせて短く持つ。
その跳びこんでくる勢いを利用して、槍の先をアルミラッジに突き刺した。
ほぼ同時に左手で鎌を引き出す。刃は出さない。そのままアルミラッジの角を防ぎ、魔導式を展開する。
1APS Duc mag //Cab V1B//F1am
ろうそく程度の火をアルミラッジの角に点ける。
それはてきめんに利いてアルミラッジは動きを止めた。
だだ一匹、動かずにいたアルミラッジが不利とみて逃げ始めた。ネリキリーはすばやく鎌を仕舞って追跡する。
ネリキリーが追いつく前に、グッチオがその獲物にたどり着いた。
グッチオの槍が動く敵を掬いあげるように転倒させ、槍を突く。
それを見届けたネリキリーは放り出してきた獲物を回収に戻った。
茂みの中からまだ幼いアルミラッジを捕獲する。
茂みは隠れるには最適だが、跳ねて逃げるのには適さない。
四匹のうち雄と牝の一組を予定通りに解放する。
後の二匹は。
ネリキリーは耳が動かないようにしっかりと押さえるようにして両手で固定する。
幼体のアルミラッジの耳はまだ柔らかい。
「よし、そのままにしていて」
グチッオが刃を閃かせて、アルミラッジの角を落とした。
かすかな鳴き声が痛々しいが、ネリキリーは表情を殺して、心の耳を塞ぐ。
続けてもう一匹。
角を落とすと、アルミラッジは力がつきたようにぐったりとなった。
角を落とすと凶暴性が薄れ、人の手で飼えるくらいに大人しくなる。
ただし、成熟前のアルミラッジに限りであり、角を落とすと繁殖もしなくなる。
「寿命も短くなって、3年くらいになる。角なしアルミラッジは愛贋物として人気があるんだ。引き取り高も高い。成長が早いので幼体の捕獲は難しいからよけいにな」
二匹を籠の中にいれながらグチッオが言った。
「角ありを飼うことはできないのか」
アルミラッジの最大の特徴である角がある方が、飼うのなら、らしくて良いのではないかとネリキリーは思った。
「好事家が飼いたいということはあるらしいが、アルミラッジの縄張りは広いからな。それに環境の変化に弱い。クレーム平原の植生を再現させて塀で囲むことのできる土地を持つ、資産家じゃないと無理だな」
「冒険者組合には専用の牧場があるが、そこでは?」
「ギルテの牧場は主に騎獣用。それにクレーム平原自体がギルテの牧場みたいなものだろ」
言われてみれば、平原の植物を採取し、そこに棲む魔物を狩って数を調整するギルテの仕事は農家や牧場主に似ている。
「違いは危険が多少大きいってところか。冒険者と言っても家業の農家とあまり大差ない気がしてきた」
ネリキリーは広がる平原を柔らかな眼差しで見渡した。
グチッオがそんな彼を見て、複雑そうな顔をしたことに気がつかずに。
「今日はシュガレット草がいつもより少ないですね」
ラスクがかすかにがっかりした声を出した。
「アルミラッジ狩りを主にしましたから。いけなかったですか?」
いえいえ、とラスクは首をふった。
「アルミラッジは今が狩時ですから。ただ、ネリキリーさんの苅ったシュガレット草は質が高いので評判がいいのですよ。魔糖は天然ものに限るなどという人もいますしね」
ラスクはてきぱきと計算をしてくれる。
「ネリキリーさんは、アルミラッジは子が一匹。一匹が気絶しての捕獲で、合計五匹。シュガレット草の魔力残存が86で、4かけ10で640リーブですね」
「半額は預かっておいてください」
ネリキリーがラスクに言うと、相手は少し嬉しそうになる。
「グチッオさんは一匹の子と6匹で合計が7匹。シュガレット草の魔力残存は67ですか。2.5リーブで合計が775リーブですね」
「500リーブはそのまま預けるよ」
「ありがとうございます」
ラスクは今度はあからさまに嬉しそうになった。
「これからどうする?」
グチッオの問いにてっきりこのまま別れると思っていたネリキリーは、少し悩む。
時間は、3時近い。
いつもなら、宿で休んだり、町をぶらついていたりする時間だ。
「宿で平服に着替えたら、買い物をする予定だ」
「ネリキリーの宿は、グレイスブランの足だったか」
「そうだ」
「じゃあ、宿で待っててくれ。こっちも着替えたら迎えに行く」
グチッオに笑顔で言われて、ネリキリーは待っていると返事をせざる得なかった。