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五じゅういち

 ワーワームを駆除した報酬は、素材として売った分も含めて2500リーブ近くになった。

 真証石(マーリア)を購入したばかりのネリキリーにとっては、ありがたい収入だった。


「新しい防具を買うぞ。絶対金属のやつ」

 革の鎧をところどころ溶かされた一人が言っている。

「あまり重いと動けなくなるぞ」

軽白金(パラディア)を使った鎧なら重くない」

軽白金(パラディア)の鎧?いくらすると思ってるんだよ」

 報酬を手にした冒険者達が、それぞれに帰っていく。


「ネリキリー、今夜は“瞑府の土産亭”で呑むから、お前も来いよ」

 バンスタインが言った。強面に温かみをそえる人好きのする笑顔だ。

「ありがとう。喜んで」

 ネリキリーは頷いて誘いに応じた。

「あ、ネリキリーさん、お疲れのところ申し訳ないですが、ちょっとお話が」

 ラスクが帰ろうとするネリキリーを呼び止めた。

「何か?」

 カスタード団のことだろうか。

 別の者が候補になり、自分は候補から外れたとか。

 ネリキリーはにわやに不安になった。

「クレマ・デサント氏の件で」

 そちらのことかとネリキリーは胸を撫で下ろした。

「わかりました。……悪い、少し遅れる。先にやっていてください」

 ネリキリーはラスクに残ることを承知してから、バンスタイン達に声をかけた。

「わかった。じゃあ、後でな」

 バンスタイン達が出ていく。


 冒険者組合(ギルテ)に一人残ったネリキリーは奥にある個室に案内された。

「証書に不備でもありましたか?」

 ネリキリーはラスクに尋ねた。

「それは問題ないです。しかし、額が高いので。新しい武器や防具でも買ったのかと思いましたが、その様子はないし」

 この一年、ネリキリーは切り詰めて生活をしてきた。金も冒険者組合(ギルテ)に預けるばかり。

 そこへいきなり預けた金のほとんどがなくなる買い物である。

「少し珍しい物を買ったので」

 ネリキリーは首に下げた銀細工の首飾りを引き出して振る。

 中で真証石(マーリア)が微かな音を立てた。

 ネリキリーも想定外だったが、丸い形の銀の籠を揺らすと透明な高い音が出るのだ。


「ああ、宝飾品でしたか」

 ラスクが納得したような顔になる。

「中にペガサス由来の物が入っています。身の守りに、買いました」

「冒険者は危険が伴いますから、護符(モナミ)を身につける人が多い。まあ、普通でも幻獣の羽や角は御守りとして人気がある。かくいう私もグリフォンの風切羽を持っていますよ」

「グリフォンですか。いつかは見てみたいものです」

 グリフォンは古詩にもドラゴーンと並んで出てくる幻獣の代表格だった。鷲の頭に翼、体は獅子。

「グリフォンは幻獣の中でも気難しいほうですからね。なかなか人の前に現れてくれません。ですが、空を飛ぶグリフォンはとても勇壮です」

「ラスクさんはグリフォンを見たことがあるのですか?」

 ネリキリーはラスクの話に釣り込まれた。

「たった一度きりですがね」

 それでもすごい話だった。

「絵や彫刻では良く見かけますね」

 グリフォンを題材にしたものをネリキリーはこの町でもいくつか見かけた。

「滅多に見られないからこそ、よく描かれるのでしょうな」

 ラスクはお守りを持っているくらいだから、グリフォンが好きなのだろう。嘆息の中に誇らしげな響きを含ませていた。


「ところで、ネリキリーさんは今度のワーワーム駆除でだいぶ活躍されたようですな。職員が言っておりました」

「おかげさまで」

 ネリキリーは無難な答えを返した。

「初期の頃の手ほどき期間を除いて、魔物狩りは避けていたあなたが、実はかなりの手練れだったとも言っていました。」

 大げさな表現にネリキリーは苦笑いを浮かべた。

「コナーさん達にも言いましたが、子供の頃の経験が役に立っただけです」

「そうですか?私には冒険者としての意識が変わった結果だと思ったのですが」

 ラスクの目の奥が光る。その強い光は、ラスクが冒険者として立っていた頃は相当な実力者だったことをうかがわせる。

「まいったな。ご明察です」

 ネリキリーは素直に降参する。そして背を伸ばしてラスクをまっすぐに見詰めた。


「先日、お話のありましたカスタード団への仮入団の件、お受けいたします」

 よろしくお願いしますとネリキリーは胸に手を当てる。

「やはりそうでしたか。ぜひ、正式に入団して私の目に狂いはないと思わせてください」

 ラスクはひとつ頷くと、了承の合図に拳を握って胸に手を当てた。

「全力を尽くします」

 ネリキリーは決意も新たにそう答えた。



 冒険者でにぎわう酒場、冥府の土産亭。

 あまり酒を飲まないネリキリーがこの店に来たのはほんの数回だ。

「はい、どうぞ」

 注文をしていないのに酒が出てくる。薄い金色の飲み物は発砲している。

麦酒(エラン)じゃなくてりんご酒(アプリオリ)が好きな人だろ」

 わずかに甘みのあるりんご酒(アプリオリ)を好んで飲んでいたのを店の主人が覚えていたらしい。

「ありがとう」

 主人に礼を言って受け取る。

 席にいるのは、バンスタイン、コナー、イーネス、カレヌ、グッチオとネリキリーの6人だった。


「全員がそろったところで、もう一度乾杯といくか。かんぱーい(ガウデアーム)

 イーネスが皆の音頭をとった。皆がごくごくと杯を空ける。

 ネリキリーも半分ほど一息に飲んだ。

「これで、ワームの長ったらしい姿とも来年までおさらばと思うとすがすがしいな」

 イーネスが陽気な声を上げた。

「ああ、酒が旨い」

 バンスタインが杯を空にして同意する。

「だけど、来年もワームは出るんだよな。また、鎧をぼろぼろにされるのか」

 カレヌが嘆いた。

「この町にいればな」

 バンスタインが骨付き肉に手を伸ばしながら言った。彼はそろそろ中級に上がるという噂だ。

 そうなれば、クレーム平原ではなく、南のビスコッテ丘陵に向かうのかもしれない。

 それとも。


「お前らも知っているだろうが、今、カスタード団で新人を募集している。俺はカスタード団に入ることを目指す」

 やはりというかバンスタインも冒険者組合(ギルテ)から声をかけられていた。

「私もだ。階級を上げるにはその方が早道と判断した」

 比較的静かに飲んでいたコナーも名乗りを上げた。

「なんだ、お前たちもか」

 イーネスが少し面白くなさそうに言った。ラスクはネリキリーに説明した時と同じようにイーネスに「あなただから」的なことを言ったようだ。

「俺も、俺たちも目指す予定です。な?」

 カレヌがネリキリーに相槌を求めてきた。ああ、とネリキリーは首肯した。

「先ほど、ラスクさんに正式に申し出をしました」

「やっぱりな」

 バンスタインが肉で口をもごもごさせながら言った。貴族出のコナーは少し眉をひそめていたが、注意はしなかった。

「おそらく、今日ワーワーム駆除に駆り出された冒険者は、全員、カスタード団へ入団する候補ではないかな」

 コナーがそう推察した。

「そうですね。多分」

 今まで黙っていたグッチオがコナーの意見を肯定した。


「俺もラスクさんからカスタード団の件は聞きました。一度は承諾しましたが、でも、俺は辞退をするつもりです」

 グッチオの言葉にみなが飲み食いを止める。

「なぜだ?お前、カスタード団に入るのが夢って言っていたよな」

 イーネスがグッチオに問いかけた。

「夢だったけどな。今回の件で、俺には無理だと判った」

 グッチオがネリキリーに視線を流した。

「ワーワームに締め付けられたとき、怖かった。だから俺、何もできなかった」

「だが、魔法で反撃をしたじゃないか」

 バンスタインが反論する。

「あれは、バンスタインさんがワーワームの締め付けを緩めてくれたからですよ」

 グッチオは頭を振った。


「俺、ネリキリーに後ろに下がってと言われた時、ほっとした。闘わなくていいんだって。ワーワームが退治された後のワーム駆除もあまりできなかった」

「命の危険があれば誰でも恐怖は覚えるものだ。一時(いっとき)そうなったからといって、ずっと続くとは限らない」

 コナーが慰める。

「そうですね。でも、俺は、“もう、いい”と思ってしまったんですよ」

 自嘲するような、でも明るい声でグッチオが言った。

「冒険者をするのは楽しかった。珍しい植物や魔物を狩るのも。金も普通より稼げるしね。カスタード団に入って、著名な冒険者と肩を並べる。そう想像するのは楽しかったけど、俺は、ここまででいい」

 言葉を重ねるうちにグッチオの顔にふっきれたような表情が浮かぶ。

「そうか。なら仕方ないな」

 騎士という身分を捨てて、オーランジェットに来たバンスタインは思うことがあったのだろう。グッチオの言葉に大きく頷く。


「でも、今すぐ辞めるわけじゃないですよ。いくつか簡単な依頼を受けているものあるから。それをきれいに片づけて。夏前に故郷に戻るつもりです」

「夏前か、ちょうどカスタード団の仮入団が終わる頃だな」

 グッチオの言葉を受けてイーネスがしみじみと言う。


「じゃあ、そのころに入団の祝いとグッチオの新たな旅たちを祝って皆でこの店に集まるか」

 弾みをつけるようにバンスタインが提案する。

「全員が合格するとは限らないぞ。誰か。いや、全員が落ちるかもしれない。候補者はオーランジェト中から集まるわけだから」

 コナーがバンスタインを諫めるように言った。

「そしたら、残念会も兼ねるさ。いいだろ?グッチオ、みんな?」

 やや強引だったが、ネリキリーに否やはない。彼が賛成というように手を上げると、皆も同様に手を挙げた。

「よし、前祝にも一度乾杯するぞ。亭主、今度は赤の葡萄酒を二本持ってきてくれ。これは俺のおごりだ」

 バンスタインの陽気な声が“冥府の土産亭”に響き渡った。

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