五じゅう
明け方から八つ葉楓の林でワームを狩り続けている。
昨日よりは少ないとはいえ、連日のワーム駆除。
みんな辟易した表情が現れていた。
時おり、「見つかったか?」「いや、まだだ」というやり取りが交わされていた。
ネリキリーは構えた槍を振るって、その木に取りついた最期のワームを狩った。
ワーワームが這い出た穴がないか、丹念に木を調べる。
木から這い出すワーワームは細いので、少し調べただけでは見逃す危険がある。
また、外側のワームが樹液を取り込むための穴もあるので、間違えないようにしなければならない。
どうやらこの木には潜んでいないようだ。
ネリキリーは大きく息を吐くと上を見上げた。
浅緑の葉の間から木漏れ日が射す。それだけ見ていれば、爽やかな春の景色だ。
ネリキリーは次の八つ葉楓の木に移ろうと辺りを見回した。
そして違和感を感じる。
一本の木にだけ、取りついているワームの動きが少ないのだ。
ワームはまず樹液を外側から取り込むために、木に穴を開けようとする。
その際に、かなり大きくうねるのだが、その動きが小さく感じた。
回りの木と比較すると葉の大きさもわずかに小さく、葉勢も多少悪い。幹にも力がないように見えた。
「コナーさん、バンスタインさん」
ネリキリーはワーム駆除を実質的に仕切っている二人に声をかけた。
二人はワーム狩りを中断して、ネリキリーが示す八つ葉楓の木の近くまでくる。
「言われてみれば、動きがにぶい気がするな。どう思う?」
バンスタインはコナーを顧みた。
「葉の勢いと言うのは私にはわからないが、葉が小さくは感じる。ただ、この木は他の木より小さく日陰になっているから、そのためかもしれない」
コナーは目を凝らして木を見つめていた。
「とりあえず、外のワームを駆除しちまうか」
バンスタインが一歩踏みこんで槍を打ち下ろす。
下ろした先からまた、振り上げワームを切り裂いていった。
鮮やかな手並み。相当な膂力が無くては出来ない動きだった。
その動きに見とれていると、カレヌが近寄ってきた。
「どうした、ネリキリー」
「いや、あの木にワーワームが潜んでいるのじゃないかと感じたので、コナーさんとバンスタインさんに報告をした。それにしても、バンスタインさんの槍使いはすごいな」
「バンスタインさんは武器の扱いなら、いま、メーレンゲを拠点にしている冒険者の中で、三指に入るからな」
ネリキリーとカレヌが言葉を交わしている間に、バンスタインはワームを駆除し終わっていた。
「どうだ、いそうか」
コナーが木に近寄っていく。
四人に増員された回収係りが駆除されたばかりのワームを拾い集めていた。
「いくつか穴が空いちゃいるが、さほど深くなさそうなんだよな」
ネリキリー達も裏側に回って調べてみた。ワームの開けた木肌からわずかに楓の樹液が滲んでいた。
「ネリキリー、これ」
カレヌが一つの枝を指差した。
枝の根本、幹との境の見つけにくい場所に小さな穴がある。
樹液は滲んでいない。
ネリキリーはカレヌにうなずいてみせる。
「コナーさん、見てください」
カレヌはコナーを呼んだ。
コナーは二人の方へ回り込んで、穴をつぶさに調べた。
細い針金を差し込み穴の深さを調べる。
半レーヌほどの針金が飲み込まれた。
「お手柄だな、カレヌ」
コナーがカレヌの肩を軽く叩いて労った。
「バンスタイン、見つかった。この木にワーワームが潜んでいる。回りの木からワームを一掃したら、取りかかろう」
「おうよ」
コナーの言葉を受けて、バンスタインは槍を軽く揺すった。
ワーワームの潜む八つ葉楓を冒険者の数人が取り囲む。
口にする魔導式は木を凍らせるためのもの。
幹や葉が白く凍っていく。
「誰か斧を」
コナーが言うと、冒険者の一人、グッチオが進み出た。
木を倒すべく斧が振るわれ始めた。木を凍らせて、ワーワームを休眠させる。それから倒して別の場所で燃やしつくす。
ワーワームにもっとも有効な手立てである。
幹に刃が食い込まれていく。
「そろそろ倒れる」
木を伐っている男の言葉に冒険者達は周りから退いた。
けれど、それは思わく道理にいかなかった。
斧が食い込む幹の下、広がる根からワーワームが姿を表した。
斧を振るっていたグッチオの腕から武器をはね飛ばし、その体に巻き付く。
ワーワームの太さは、筋肉質な男の腕ほどもあった。
微かな異臭がして、絡みつかれたグッチオの革の鎧を焦げ溶かす。
「くらえ」
バンスタインが槍を振るう。
しかし、捕らえられた仲間を傷つけるのを恐れて、速さ、鋭さは減じていた。
槍の穂先がワーワームの表面を撫でる。
たいした傷は与えられていないようだ。
ワーワームはグッチオの体を締め上げていく。
バンスタインが今度は魔法を乗せて槍でワーワームを突いた。
少しは効いたのか、ワーワームの躯が震えた。
捕らえられたグッチオが何か詠唱した。
ワーワームがさらに怯み、わずかに拘束が緩んだように見えた。
コナーが槍を閃かせて、ワーワームのグッチオの拘束を緩めさせる。
その動きを助けるように、バンスタインとカレヌも動いた。
上手い!
ネリキリーは口の中で称賛した。
ワーワームの拘束がさらに緩くなる。
ネリキリーは槍を捨て、鎌を構えた。
グッチオに駆け寄る。
緩んだワーワームとグッチオの間に鎌を引っ掛けるようにして、力が任せに引き剥がした。
ワーワームが身をよじらせてネリキリーを振り払った。
グッチオの体がワーワームから解放された。
ワーワームの動きを予測していたネリキリーは、転ばずに体制を立て直す。
すぐさま、グッチオの腕を引いて、ワーワームから遠ざけた。
大気から水をつくり、仲間の傷を洗い流した。
グッチオの体は広範囲に爛れていた。
「後方へ下がってください」
ネリキリーはグッチオに声をかけた。
「わかった」
グッチオが短く答える。
人質を奪われたワーワームはコナーやバンスタインに体液を飛ばして近づかせないようにしていた。
自分の棲みかを守るようにトグロを巻いている。
じわりと幹から何かが這い出てきた。
別のワーワームだ。
「二匹いたのか」
コナーがいまいましそうに呟いた。
「だから、あんなに早くたくさんワームがわいたか」
バンスタインも苦虫を噛み潰したような表情だ。
さらに、八つ葉楓の広がった根から何匹ものワームがわいて出てくる。
皆かなりの大きさだ。
ワーワーム達が、一度に体液を浴びせてきた。
二匹のワーワームに呼応するように、新しく湧いたワームが冒険者達に襲いかかった。
ワームはこんなに速く動けたのか。
今までの一方的な駆除の時とは全く違う。
長い躯をくねらせ、ワームは冒険者達の足元を狙ってくる。
冒険者達は槍を下に向けてワームを突き刺していった。
いや、下からだけではない。
伸びた上方の枝からワームが降ってきた。
「なんだ、これ」
カレヌが叫びに近い驚きの声をあげた。
上から降ってきたワームは小さいが、頭や腕に落ちる。
異臭が男達から立ち昇る。一様に被った帽子が辛うじて防御してくれていた。
ネリキリーも例外ではない。
帽子に穴が空く。
ワームを振り払って、すぐに装着した。
その頭上を、風が吹きすぎた。
イーネスが放った風の魔法だ。
風が細く軽いワーム達をさらい、流れて地に墜ちる。
八つ葉楓の葉も風に吹きつけられて、かなりの量が落ちる。
楓をなるべく痛めないように駆除するのが望ましいが、これは仕方ない。
かたまったワームを冒険者が数名で駆除をする。
根本から湧くワームは少しは減ったのか。
「逃がすかよ」
バンスタインがワーワームに向かって槍を突きだした。
ワームの攻撃に気をとられている隙に、本命のワーワームが逃げだそうとしていたようだ。
ワーワームは躯をうねらせて槍から逃れた。
しかし、逃れた先にイーネスの槍が待っていた。
鋭く確実にワーワームの躯に突き刺さる。
鈍い音がしてワーワームの一部が引きちぎられた。
ネリキリーは鎖を振り回して、まだ落ちてくるワームを叩き落としながら走った。
狙っているのは、まだ木に取り付いているもう一匹のワーワーム。
ネリキリーは空いている片手を使って、隣に立つ八つ葉楓の枝に手をかけ、枝の上に昇った。
高さは二階程度。これならいける。
「無茶をするな」
コナーが叫んだが、ネリキリーは退くつもりはない。
ネリキリーに気づいたワーワームが威嚇するように、体液を顔面に吐いてきた。
鎌を持つ手で防ぐ。じりと手袋が溶けた。
熱い痛みが走る。けれど、そのまま跳躍する。
鎌をワーワームの躯めがけて振り下ろした。
薄緑の刃がワーワームの躯に食い込む。
自らの墜ちる力を利用して、敵の躯を切り裂いていく。
楓の木肌が四方に散った。
ネリキリーの攻撃でワーワームの胴が二つに分かれた。
ネリキリーは着地をして、最期飛びに備えた。
だが、それは来ない
敵は生きている。
分かれた片側がネリキリーを真似するように隣の木に跳躍した。
逃げるつもりだ。
「誰かとどめを!」
ネリキリーの鎌では届かない。
コナーとカレヌの槍が分かれた二つに向かった。
動きが鈍くなったワーワームの躯を槍が貫く。
ワーワームが身をくねらし、やがて動かなくなる。
ネリキリーは魔導式を展開して、自分の傷を洗った。
地上のワーワームもバンスタイン達の手で倒された。
「よし、あとはワームを一匹残らず、駆除していくぞ」
バンスタインが槍を高く上げた。
二匹のワーワームが完全に動かなくなると、それまでしきりに攻撃を仕掛けてきたワーム達の動きが鈍化した。
冒険者達に余裕が戻り、ワームを次々と駆除していく。
後方に下がっていた冒険者組合の職員がワーワームを保管箱に入れていた。
ワームが巣くっていた八つ葉楓にさらに斧を入れる。充分に切れ込みをいれてからテコを使った。
大地に響く音を立てて木が倒れる。
枝を取りさり、車輪のついた荷台に乗せた。
「根っこも掘らなきゃならんな」
バンスタインが円匙を持って掘り返しはじめた。
ネリキリーもそれを手伝う。かなり太い木の根っこだが、数人がかりで掘り起こした。土がついているが、移動の時の振動でこぼれていくはずだ。
連れてきた馬に引かせて林から出る。行先はこのような場合に使うために石で囲った焼き場だ。
冒険者達も騎獣に乗って付いていく。
ほどなく焼き場についた。
草一つない剥き出しの大地に膝の高さまで円を描くように石が積まれていた。
ネリキリー達はその中に運んできた木と根を横たえる。何名かの冒険者たちが火をつける魔導式を一斉に口にした。
ネリキリーはそれを少し離れたところで見ていた。炎が中央部から燃え広がっていく。
気が付くとカレヌがそばに来ていた。
「だいぶやられた」
カレヌはワームの体液で穴の開いた服をつまんでみせた。
「自分もだ」
手袋も袖もかなりひどい。
「だけど、これでしばらくはワームと格闘しなくてもいい」
カレヌの声は掛け値なしにうれしそうだった。三日続けてのワーム駆除はさすがに堪えたようである。
「そうだな」
ネリキリーも相槌を打つ。
「で、受けるんだろ」
カスタード団のことだ。今日の成果で決めるとカレヌに告げた。
無言でいるとカレヌがさらに言ってきた。
「だいぶ活躍したじゃないか。木に登った時は驚いたよ」
「昔から夢中になると周りが見えなくなるきらいがある」
ネリキリーは自嘲するように答えた。
その声が届いたのか、コナーがこちらを見た。彼は数歩ネリキリーによってきた。
「自覚があるのか。ならもう少し慎重になったほうがいい。君が飛び移った木にはすでに斧が入っていた。下手をしたら倒れてしまう危険性があった」
「ご心配をおかけしました。ですが、木の追い口はまだ足りませんでした。あの程度の衝撃なら倒れることはないと判断しました」
「君は、自分で木を伐ったことがあるのか」
いぶかし気な眼差しをコナーはネリキリーに向けてきた。
「さほど大きい木ではありませんが、少年時代に何度か」
故郷の村で森を管理するのは村全員の仕事だった。不要な木を切り倒して、薪に使用することも毎年のように行っていた。村の男の子は12歳になれば木を切る手ほどきを受ける。
コナーの問いかけで、貴族である彼が木を切ったことがないのが解った。
「そういや、ワーワームの棲かの楓とほかのやつと区別をつけたのも、ネリキリーだったな」
バンスタインが話に混ざってきた。
「小さなころから、果樹園と森の木を見て暮らしていましたから、少しは見分けがつきます」
「お前のところは果樹園か。俺のところではライ麦ばかり育ててたよ」
バンスタインは確かガリオベレンでは騎士だったと聞いた気がする。ということは、彼はもともとは平民で、叙勲されて騎士になったということだろう。
「ラスク氏が植物採集が特に上手いと言っていた新人か」
コナーが納得したと首肯する。ネリキリーとしては植物採取の腕は特にとつけられるほどではないと思っていた。しかし、植物採取を主とするものは少ないがゆえの評価と推察した。
カスタード団への仮入団の話からだいぶ話がそれていた。カレヌが少し不満そうな顔をしてネリキリーを見ていた。
迷いはまだある。しかし、ネリキリーはグッチオがワーワームに巻かれた時に、ラスクに是と答えると決めた。
少しでも人を危険から遠ざけたい。その思いがあると解ったから。
ラスクに回答をしてから、カレヌにはそのことを伝えよう。
燃える炎を見つめてネリキリーは冒険者として、もう一歩進みだす明日を考えていた。