四じゅうきゅう
太陽の光がわずかに地平に残る頃、ワームの駆除を終える。
駆除したワームが多すぎて、容器が足らなくなるほどだ。まだ地面に散らばるワームをよけながら、冒険者たちは、重い体を騎獣に乗せた。
冒険者組合まで帰ると、ラスクとマドレーヌが一同を待っていた。
「お疲れ様です」
マドレーヌが詰所に腰を下ろした冒険者たちに飲み物を配ってくれた。
あたたかなお茶が喉を潤していく。
「ありがと。だが、お茶じゃなくて酒が良かったな」
イーネスがお茶を飲みながらマドレーヌに声をかけた。
「ここではお酒は禁止です」
律儀にマドレーヌが反論を返す。イーネスはそれを聞いて笑う。
そう返されるとわかっての発言だった。殺伐としたワーム駆除の後に愛らしい少女の声を聴きたかった。
おそらくそんなところだ。酒が欲しいというのは本音だろうが。
「ラスクさん、ワームの駆除ですが、依頼の条件変更はどうなりました?」
先の三人は八つ葉楓から出る樹液を集めて売っている三店舗からの依頼。
彼らは、メーレンゲの町に採取の許可を受ける代わりに、ある程度、林の保全管理を義務づけられている。
例年だと最初にでたワームの駆除を冒険者組合に依頼し、後は通常の保全作業をすれば、それで事足りる。
しかし、今回はそれでは終わらなかった。
あれほどワームが発生すれば、本来の所有者である町が駆除の費用を出す必要性が出てくる。
「三十人会の動議は通った。後は町長からの依頼書を待つばかりだ」
「明日の朝、日の出と同時に事を始めんと、またワームが大量に発生ってことになるぞ」
バンスタインがワーワームについての懸念を洩らした。
「議会もそれは分かってますよ。ただ、金額がね、町長のお気に召さないようで」
ラスクは少し言いよどんだ。
「今の町長はしまり屋 だからな。で、いくらだ?」
バンスタインが依頼料を確かめる。今日は、緊急ということで、依頼料を定めずに動いたが、冒険者としてはネリキリーも気になるところだ。
「今日の分は、一人頭、500リーブで。ワーワームが駆除できらた、3万リーブですよ」
ラスクが金額を提示した。
冒険者組合に2割の手数料を支払うので、400リーブ。
駆除したワームを引き取ってもらい、先に採取していた蜂蜜やシュガレット草、ルッカルッカを合わせれば、800リーブにはなるだろう。冒険者になって日の浅いネリキリーにとってはかなりの実入りだった。
「安いなあ」
しかし、3年近く冒険者をしているイーネスは不満だったようだ。
「あれだけ、ワームを駆除してそれだけか。昨日の駆除代は550リーブだぞ」
「今日は、その依頼人も手伝ってましたからね」
ラスクは少し困ったような顔で言った。
冒険者でなくとも、時間をかければ駆除できる、そう判断されたのか。
「ラスク、ワーワームが駆除できたら3万リーブということは、成功報酬ということですか?」
コナーがもう一つの条件を確認する。
「ええ、まあ」
「ということは、見つけるのに何日かかっても支払われるのはそれだけか」
バンスタインも嘆息する。ワーワームが取りついた八つ葉楓はそれだけ見つかりにくいのだろう。
明日、何人で行くは分からないが、今日よりは少し多いはずだ。
仮に、20人として、一人1500リーブ。一日、もしくは二日なら、かなりの金額だが、それ以上になると、別の依頼をこなした方が稼げる冒険者もいるはずだ。
「八つ葉楓が枯れちまっても困るしな」
バンスタインが仕方ないと肩をすくめた。
「明日、すぐに見つかるかもしれないし」
イーネスが楽観的なことを口にした。
「私もそう願っています」
ラスクがしみじみとした口調で言った。
それから、今日の分の依頼料をそれぞれ精算してもらう。コナーなどは現金を貰わず、そのまま預かってくれと言っていた。
◇◇◇
「一緒に食事をしないか」
カレヌが誘ってきた。断る理由もないのでネリキリーは承諾する。
いったん宿に戻って革の胸当てを脱いでから、待ち合わせの酒場に向かう。
カレヌは先に着いていた。
「待たせた」
「いや、俺も今来たところだよ。腕にワームを受けたから着替えてた」
カレヌは二の腕を指さした。
言われてみれば、上着の色が違う。
「昨日は、一回も喰らわなかったんだけどな」
軽いため息をつくと、カレヌが片手をあげて給仕を呼んだ。
あいにく、カレヌが狙っていた娘ではなく、若い男のほうだった。
カレヌは葡萄酒といくつかの料理を頼んだ。
ネリキリーは給仕に頼む。
「葡萄酒を柑橘で、半分に割ってもらえるかな」
「良いですよ」
給仕が笑って受けてくれた。
「まるで子供みたいな物を頼むんだな」
カレヌは信じられないという目でネリキリーを見る。
「明日も早いからな。深酔いしたくない」
店内の席は7割りくらいが客で埋まっていた。
週の半ばにこれくらいなら、なかなか繁盛しているといえるだろう。
回りを観察しているネリキリーにカレヌは、
「ここは初めてか」
と尋ねてくる。
「ああ、宿で取ることも多いからな」
「ネリキリーはあまり、人と群れないよな。仕事も一人でやることが多い」
「皆の足を引っ張りたくないんだ。小心者なんだよ」
酒と前菜が運ばれてくる。
二人はどちらともなしに杯をあげて乾杯し、喉を潤した。
これを初めて飲んだのは、カロリング。
そばにいたのは……
よそう。
ネリキリーは自分が感傷的になっていることに気づく。
春だからだ。きっとそうだ。
ビックリーの背の肉を焼いたものが、甘藍の千切りの上に乗せられて運ばれてきた。
噛みごたえのありそうな厚い肉だ。
カレヌは一口に切り分けることなどせずに塊にかぶりついた。
ネリキリーも同じように肉に食いつく。
「お前さ、無理とか言ってたけど、ワーム倒せるんだな」
カレヌはネリキリーが先日、ワーム狩りをためらっていたことを引き合いにだした。
「慎重にやればな。救った楓の木は俺が一番少ない」
「確かに慎重だよなあ。ワームの最期跳びを喰らわなかったの、お前だけじゃないか?」
「装備が弱いし、金もないから。穴が空くのは困る」
「そういうことか」
カレヌはどうやら納得してくれたようだ。
しかし、カレヌの本題は別にあった。
「ネリキリー、お前、カスタード団に誘われたろ?」
次の肉をとろうしていた手を止めたネリキリーを見て、カレヌはやっぱりと口を動かした。
「実は俺も誘われた」
意外な話ではない。カレヌは腕のいい冒険者だ。同じ頃に冒険者になった者より、頭一つ分は抜けている。
「で、受けたのか?」
「当たり前だろ。カスタードだぞ。すぐに承知したさ。お前もだろ」
「返事を保留にしてもらっている」
「そうなのか?てっきり今日ワームに挑んだのは、カスタードに入るつもりで経験を積むためだと思った」
カレヌは少し驚いていた。
「たまたま依頼人が冒険者組合に来ていた時に居合わせただけだ。それに少し高い買い物をしたから、稼ぎたくてね」
ネリキリーは止めた手を動かして、肉を口に運んだ。
「誘いには乗らないつもりか?」
「……迷っている。団に入れば、組織の決まりに縛られることになる」
最大の悩みだった魔法に関しては、真証石を手に入れたことで軽減したが、大きな集団の中にいればさまざまな制約が出てくるだろう。
自分が思うより多くの魔力を求められるかもしれない。
「自由気ままでいたいのか。だが、単独だと冒険者としては頭打ちだぞ。階級も上がらないしな。合格できるかは別として、仮入団でも良い経験になるぞ」
カレヌはラスクと同じようなことを言った。
確かに集団戦の経験がないと、上級以上の冒険者にはなれない規定がある。
「やけに勧めてくるな」
ネリキリーは苦笑めいた笑いを洩らす。
「俺たち、同期みたいなものじゃないか」
「同期か」
「そうだ。同じくらいに冒険者になっただろ」
カレヌの言う通り、二人は一年前の同じ頃にギルテの扉を開いた。
「お前だって、一旗上げたくてカロリングからわざわざ冒険者になりにきたんだろ?俺はオーランジェット生まれだけど、平民だからな。名をあげるなら、冒険者が一番手っ取り早い」
「カレヌは目指すものがあるんだな」
ネリキリーは目の前のカレヌを改めて眺める。
「ああ、俺はロマ・タブラージュみたいになるのが夢なんだ」
海獣殺しのロマ。
懐かしい名前だ。
カスタード団のかつての副団長にして、3年前に海の魔物であるケストスを倒した功績を持って、今はオーランジェットの将軍位にある。
潰れかけた子爵家を継ぎ、冒険者として名を上げて、平民より貧しい暮らしから這い上がったオーランジェットの英雄。
初めて会った時は、彼が大陸全土に名を轟かせる前だった。
どこか、場所を定めていないような、漂泊者の佇まいを見せていた男の姿をネリキリーは思い出す。
「大きく出たな」
ネリキリーは二杯目を空にする。薄まっているとはいえ、普段はほとんど酒を飲まない彼は酔いを感じていた。
「夢は大きく見なきゃな」
カレヌは胸をはった。
「ネリキリー、どうだ?俺と一緒に名を上げようぜ」
威勢の良いことを言っても、カレヌも不安があるのかもしれない。
だから、比較的交流のある自分を誘っているのか。
オーランジェットの地で新しい縁が生まれるだろうか。
ネリキリーは考える。
「明日、ワーワームを退治したら答えを出すよ。自分が少しはやれると分かったら」
「本当に慎重なんだな」
カレヌは少しあきれた声を出しながら、杯を干した。
「お姉さん、おかわり」
今度こそ給仕の娘に持ってきてもらうために、カレヌは声を出して注文する。
カレヌは娘に注がれた四杯目の酒を満足そうに飲んだ。