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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
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 イリギスの変調は、周りの人間達にも変化を与えた。


 優秀なイリギス。座学は完璧。しかし、実践はからきし。


 表面上は慰め、尊重する。裏と言うより深部ではかすかに侮る。自我を増大しがちな思春期の少年の集まりだ。優秀過ぎるイリギスへのやっかみもあったろう。

 彼らは密かにイリギスを呼ぶ。


 頭でっかち


 もちろん、全ての級友がそんな風であったわけではない。不思議なことにイリギスと交友がない者ほど、イリギスに心からの同情と応援をしていた。


「むしろ人間味があっていいんじゃない?」

 ケルンは彼の姉が送ってくれた菓子を口にいれながら言う。女兄弟の中で育ったためか、ケルンはかなりの甘党だった。

「いつも貰ってばかりで悪い」

 言いながら差し出された菓子をネリキリーもつまんだ。


「オーランジェットは魔力で満ち溢れているらしいからね。魔力が少ないカロリング(ここ)では上手くいかないのかもしれん」

「だけど魔力は自分の内から出すものだろう?」

「基本はそうだけど、幻獣や自然から取り出す場合もあるって。減った魔力だって魔糖で補えるらしい」


「魔糖かあ。ケルンは魔糖菓子を食べたことある?」

「とんでもない。あれ、親指の先くらいの大きさなのに、1個でも150リーブだぞ。すっごく高いんだ」

「見たことはあるんだね」

「姉たちに連れていかれたオーランジェットからの輸入品の店でね」

「さすがに都育ちだなあ」

 ネリキリーは素直に感心した。自分の故郷を卑下する気持ちはないが、王都の華やかさは珍しく楽しかった。

「だけど、珍しさだったらオーランジェットだよ、やっぱり。幻獣がいるんだぜ。幻獣が」


 空を飛ぶ馬(アイオーン)、精霊の乙女が混じる神正白鳥(グレイスブラン)いたずら妖精(パックパット)お手伝い小人(ノルルン)

 大の大人がよだれを垂らすほど旨いらしい角黒毛牛(コーベ)、火の山に住む炎の鳥(フェニクス)

人魚(マナナン)の女は服を着ないってほんとかな」

 二人は少し興奮した顔で笑いあった。


「でも、やっぱり、なんと言おうと竜だよ」

 数々の伝承や逸話を持つ幻獣の王、ドラゴーンは少年達の憧れだ。


「竜の中の竜、漂泊のフロランタンは別格として、ネルはどの竜が好き?」

「フロランタンを除くのか、難問だなあ。豪勇の西の黒龍(ジャンドーヤ)もいいし、賢者、北の青竜(シブースト)も捨てがたい」


「無敵の女王、黄金竜(クイニーアマン)を忘れてないか」

「ケルンはクイニーアマンが好きなのか?」

「まあね。自分の傍らに黄金の竜がいたら素敵だろ?人形(じんけい)はすこぶるつきの美女だっていうし」

「竜が人になるなんてほんとか?」

「伝説上ではね。人が想像した浪漫(アモーレ)かもしれないけど」


「消灯時間は過ぎているぞ」

 ふいに扉が開いて、断罪の御使い(セラフ)がネリキリー達の部屋に入ってきた。

 監督生のイリギスだった。話し込んでいて消灯の鐘を聞き逃したらしい。

 ただ、イリギスも制服を着たままだった。それを指摘すると寮母に仕事を頼まれたと返された。

「じゃ、お疲れだろ。甘いものでもどうぞ」

 ケルンが菓子を差し出すと、イリギスが一瞬目を泳がせた。


「いや」

 断りの言葉を言おうと開いた口に、ケルンが大胆にも菓子を放り込んだ。(無理矢理に押し込んだとも言う)

 イリギスは、一瞬目を開き(初めて見た表情)、ついで諦めたように咀嚼した。

「旨いだろ。自慢の姉のお手製だ」

「……」


「喉は(かわ)いてないかい?」

 ネリキリーはとっさにポット(サーブ)に残っていたお茶を魔法で温めて茶杯(テブラ)に入れて差し出した。

「温かいな」

「温めたから」

「魔法で?」

 ネリキリーは黙ってうなずいた。

「早いな」

 ネリキリーは意味が分からずにいた。

「魔法を使って温めるまでの時間が」

「慣れだよ」

 イリギスの心情を気遣ってかケルンが軽い口調で言った。


「慣れか。いつになったら慣れるのか」

「あの、イリギスはオーランジェットにいた時は魔法は使えたんだよね」

 ネリキリーは前から訊いてみたいと思っていたことを口にする

「ああ」

「その時はどんな風にしてた?」

「どんな風…。あまり考えなくても使えたから。手を動かすことと同じことだ」

「オーランジェットの人ってみんなそうなの。歩けば幻獣に当たるってのも本当かも」

「それは流石にない」

「ごめん。話がそれたね。あのさ、火を点けるって色々やり方があるだろう?」

「色々?魔道具か?」

「違うよ。魔法を使わないで火を点ける方法。例えば乾いた木をこすりあわせたり、火打ち石や拡大鏡(ループ)をつかったり」


「初めて聞いた」

 その答えにイリギスはやはりオーランジェットの大貴族なんだなとネリキリーは思った。

 カロリングでは魔法で火を点けるのは誰でも習う。だが、その前に火打ち石での火を点け方も大人から教わるのだ。

 その上、ネリキリーは兄から森の歩き方を教わる時に、様々な火の付け方を教わった。


「カロリング人は魔力が少ないから、魔法を使わないやり方も覚えるんだ。でね、そうしてやり方が色々あるように、魔法で火を点けるやり方も色々あるんじゃないかな?」

 ネリキリーは、言いながら燭台を持ってきて、火を点ける。

「魔導式だと魔力を蝋燭の芯に当てて摩擦熱で火を起こしていたけど、イリギスは以前は違う方法で火をつけていたんじゃないかと思う」

 ネリキリーは一度火を消す。


「試してみて」

 イリギスはネリキリーの顔をちらりと見てから蝋燭に向き直った。

 イリギスの魔力を漠然と感じる。

「魔導式を思い浮かべないで。オーランジェットにいたときのようにやってみて」

「忘れるのが難しいな」

 イリギスの強い記憶力が魔導式を鮮明に覚えているらしい。

「手を動かすように、火を点けられてたんでしょう。自然に、何も考えず」

 イリギスがふと力を抜いて、手にしたままだった茶杯(テブラ)からお茶を飲んだ。

 それからテブラを置いた瞬間、蝋燭に火が灯った。


「やったな」

 ケルンの歓声があがる。

「出来たね」

 ネリキリーも大きくうなずいた。

 イリギスは確かめるように火を消して、また点けた。

「ああ、間違いない」

 イリギスも小さくつぶやいた。

「このお茶は美味しいな」

 火のこととは違うことをイリギスが言う。

「優しい味だ」

 それから、端麗な顔に喜びの笑みを浮かべて言った。


「ありがとう」

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