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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
42/90

シガツ レイ ニチ

エイプリル・フールだというので、それにちなんだ作品を書いてみました。

楽しんでくれれば、幸いです。

 冬の終わり、もしくは春の始まりは、一年の中で「月のない日」から始まる。

 一ヶ月を30日、それが12回だと5日間が余ってしまうので、春の五月、夏の八月、秋の10月、冬の12月に一日増やす。

 それでも一日余るので、冬の終わり、春の到来を祝う日が三月と四月の間に取られた。

 これが、どこにも属さない日、楽日となった。


 この日には、王様や貴族が庶民のために、酒や果汁を給仕する。

 酒が入れば、羽目を外したくなるのが、人の常。

 たわいない冗談を言い合う風習が、やがて人にいたずらをしたり、かつぐ風習、「愚者の楽しみ」へと変わったのは、千年ほど前ということだ。


 愚者の楽日(クラウン・アルデス)


 かついだほうもかつがれたほうも笑って、春を迎える、空白の日。


 朝に弱いケルンに、ネリキリーはいつものごとく声をかける。

「ケルン、朝だよ」

 予想通りケルンは起きようとしない。

「起きないなら置いてくよ」

 軽く揺さぶってやると、やっとケルンは眠そうに目を開けた。


 愚者の楽日にはあちこちで屋台が出る。

 王宮や貴族、大商人などが振る舞う酒や果汁などの店だ。食べ物を提供するところもある。

 王様が全ての人に給仕をするのは無理なので、いつの頃からかこういう形になったらしい。


 人気の屋台は早々に品物が無くなるので、振るまいを貰いたかったら、早めに行かなければならない。

 去年はケルンが寝坊して、中心部には行けずにいた。


「分かった。起きる」

 ネリキリーの本気度が伝わったのか、ケルンはのろのろと起き上がって支度を始めた。


 二人でイリギスの部屋を訪ねるとすでに仕度をした彼が出てきた。

「おはよう。晴れて良かった」

「おはよう」

「おはよう。愚者の楽日は、空がまさしく能天気になるらしくて、この100年、カロリングの首都で雨になったことはない」

 ケルンが断言したが、目に笑いがうかんでいた。

「それ、本当?」

 ネリキリーは一応確かめた。

「ケルンの嘘ですよ。愚者の楽日にこの100年で、雨が降った日は23回あります」

 イリギスが否定した。ケルンはやっぱりすぐにバレるよな、と肩をすくめた。

「そうなんだ。それでも晴れるほうが多いのか」

 ネリキリーはイリギスの言葉に廊下の窓の外を眺めた。


 寮での朝食は取らずに出ることにする。

 外出届けはすでに昨日のうちにすましていた。

 屋台が出る中心部には、馬車で30分弱、徒歩で1時間くらいで着く。

 寮の門まで着くと、後ろから同級生のジャンニが駆け寄ってきた。

「ネリキリー、寮母さんがお前に渡したいものがあるって呼んでる」

 ネリキリーは一瞬、ジャンニが自分をかついでいることを警戒したが、たとえ嘘でも寮母さんの呼び出しなら、確かめなければならない。

「じゃあ、伝えたぞ」

 ジャンニは門の外に去っていった。

 三人は急いで、玄関脇にある寮母さんの控え室に向かう。


「私は渡したいものがあるなんて、呼んでませんよ」

 寮母さんがネリキリーを呼び出しているというのは嘘だった。最初に疑った通りだ。

「今日は愚者の楽日だものね」

 寮母さんは苦笑する。

「ちょっと待っていて」

 と彼女は部屋の中に引っ込んだ。それから手に小さな紙包を携えて戻ってくる。

「嘘を本当にしましょうね」

 寮母さんは茶目っけたっぷりに言って、ネリキリー達三人に親指の先ほどの紙包を三つずつ渡してくれた。

牛酪(ブロー)飴を作ったのよ」

 牛の脂肪分で作られる牛酪(ブロー)は焼いた麺麭(ナーン)に塗ったりするが、寮の食事では麺麭(ナーン)には安く大量に手に入るオルオ油ばかりだ。

「これは角黒毛牛(コーベ)の乳から作ったのよ」

 嘘か真かわからないことを寮母さんは言った。


 角黒毛牛(コーベ)は幻獣で、人には飼われていない。ただ、飼われている普通の牛とも交配を行うためその血を引く牛はいる。

 30年という幻獣にしては短い寿命であり、まれに本物の亡骸を手に入れたりして、食べた者の話が聞かれる。

 本物の角黒毛牛(コーベ)は信じられないほど旨く、その乳もとんでもなく美味しいという話だ。


 ネリキリー達は寮母さんからの飴をありがたく貰う。(寮母さんの言葉を疑う素振りなんて、とてもできない)


 イリギスの馬車で半分ほどの距離を稼いでもらう。中心部には人が多いので馬車の乗り入れは禁止だからだ。

 それから徒歩で中心部に行くと、すでにそこは人でいっぱいだった。

 はぐれないように三人でゆっくりと移動する。

「高いよー、まずいよー」

 愚者の楽日特有の呼び込みが行きかっている。中には【口がまがるほど美味しい】なんて看板が掲げられているものもある。

「あれって不味いってことでしょう?売れるの?」

 ネリキリーは隣にいるケルンを見上げる。

「どれくらい不味いか試してみる物好きな奴がけっこういるから、わりと売れるらしい」

 少し試したい気もするが、美味しいものを飲み食いにきたのだ。今年は見送っておこう。


 中心部の中で、最も人気なのは、王冠の看板がある「王の出店」だ。

 10台の屋台に、それぞれ長い行列ができていた。人のことは言えないが、まだ8時を少し回ったところだというのにだ。

 売り物は葡萄酒が1リーブで葡萄の果汁が半リーブ。

 古い時代には無料(ただ)だったそうだが、今は人も増えてお金がいる。

 杯は三口くらいで飲めてしまうほどの小ささ。けれど質は良いのでお値打ちである。


 変装した王様が売り子になる時間があって、それを見破った人は、一人一杯と決められている飲み物を、ただでおかわりができるらしい。


(クラウン)


 先頭の男が、(から)になった杯を差し出してた。王様ならば、杯におかわりが注がれ、違うと売り子の手が差し出される。

 給仕の手が差し出されて、男は残念とばかりに一杯の倍の値段である罰金2リーブを払う。

「王様の変装は年々上手くなっていて、声色も使い分けてるって噂だ」

「だが、誰かは当てるのだろう?」

「子供が当てることが多いから、王様が何か手がかりを与えているんじゃないかな。どうする?並ぶか?」

 ケルンが親指で列を指した。

 いや、いいとイリギスが首を振った。イリギスが並ぶと違う意味で人だかりが出来そうである。いまもイリギスの華やかな美貌に視線が集まっていた。


 三人は王の屋台から少し離れたところにある屋台に並ぶ。

 同じく葡萄酒と葡萄の果汁が並んでいるが、行列の陰に隠れているためか、並んでいる人数が少ない。

 太り気味の壮年の男が、三人に葡萄果汁の杯を渡してくれた。

 適度な甘みが喉を通る。

「これ、美味しい」

 ネリキリーが声を挙げると、男が顔を崩す。

「そうだろう。王の屋台に負けてない味だと俺は思うね」

「ここはどこの方の屋台なんですか」

「内緒だ。大ぴらにはしたくないとのお館さまの意向でね」

嘘だ(クラウン)

 ネリキリーの後ろに並んでいた青年が屋台の男の言葉を否定した。

 今の短いやりとりのどこに嘘が入っていたのだろう。

「王様に負けないではなく、王様のより旨い、だね」

 青年は小声で言った。

「嘘でもうれしいことを言ってくれるね」

 男はさらに笑み崩れる。

お世辞(うそ)ではないさ。毎年飲み比べているが、こちらのが旨い。おかわりもできるし」

 青年はささやくような声でいうと、今度は酒の方をと、1リーブを屋台の男に渡す。

 つられるようにネリキリー達も、もう一杯頼んだ。

 その光景に引かれてか、はたまたイリギスと青年の様子の良さに引かれてか、何人かが屋台に寄ってきた。


「しまった」

 青年が小さくつぶやくと、あたりに聞こえるような声で言い出した。

「美味しい、美味しい、ここの葡萄酒はなんて美味しんだろう」


 旨いが、不味い、不味いが旨いの、クラウン・アルデス。


 寄ってきた人間の半分が去っていく。

 残って試した者たちは、一口飲むなり、心得たような顔をして。

「なんだ、これは、美味しいじゃないか。けしからん」

「こんな美味しいものを売っていいと思っているのか」

 と口々に言った。青年は安心したようにネリキリー達に片目をつぶった。

「これで来年分も安泰だね」


 さんざん屋台を巡ってからネリキリー達は寮へと戻る。

 寮では、有志のマター講師(レックス)が給仕をしていた。その中にはディゴヤ師やルベンス講師の姿もあった。

 おかずは、クラウン・アルデスにあやかって、衣をつけない「空揚げ」。

 これは(マター)達の給仕と共に、高等学院(リゼラ)での伝統だった。

 食べ終わると、初めて食べる1年生に空揚げが何の「肉」でできているかが明かされる。

「嘘だろう」「騙されたあ」と一年が叫ぶのもお約束であった。

 ネリキリー、イリギス、ケルンも1年の時に見事に騙された。



「今日は雨が降らなくて良かったね。さすがは100分の23」

 食後のお茶をイリギスの部屋で楽しみながら、ネリキリーはイリギスとケルンに笑いかけた。

 口の中には寮母さんからもらった飴。濃厚な飴はとても美味しく、角黒毛牛(コーベ)の乳というのもまんざら嘘ではなく思える。

 するとイリギスが、からかうように言う。

「そのことなんだが、実はその確率は、オーランジェットのものなんだ」

 ネリキリーは目を丸くした。そういうことか。

 イリギスもちゃんと愚者の楽しみを仕掛けていたということだ。

「オーランジェットの愚者の楽日(クラウン・アルデス)もこんな感じなのか」

 ケルンがまいったなと両手を頭の後ろで組んだ。

「オーランジェットでは、子供たちのいたずらが多い。靴をこっそり裏返しにしたり、杯をさかさまにしたりね。たまに幻獣が人に紛れていたずらをすることもある」

「さすが、幻獣の国。だけど、幻獣にいたずらされたら、手も足もでなさそう」

「紳士の帽子に花をつけたりと、たいていは平和ないたずらだけどね」

 イリギスは故郷を思い出したのか、ちょと遠い目をした。



「さてと、そろそろ引き上げるよう」

 ケルンが腰を上げた。

ネリキリーがふと見れば外には綺麗な(シン)が見える。

 月のない、始まり(アル)終わり(デス)でも、空に月はかかる。


「おやすみ、イリギス。明日も晴れるね。愚者の楽日の翌日は100分の46で雨が降るらしいけど」

 え?と自分を見つめるイリギスの目の前で、ネリキリーは微笑みながら扉を閉めた。


 かつがれたふりをして愚か者を演じる。これもこの日の楽しみ方のひとつだから。



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