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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
38/90

さんじゅうはち

「おはよう、よく眠れたみたいだね」

 ネリキリーは、ヴィンセント家の庭に出てきたイリギス達に声をかける。

 東の空は、黄金と薄紅色に染まり、アーデイス山脈の山頂から太陽が顔を覗かせ始めた。


「壮大な眺めだ」

 イリギスが眩しげに目を細めながら、それでも明けていく空と大地のさまを眺めていた。

「毎日見ている時は、あまり感じなかったけれど、王都から帰ると僕もそう思うよ」

 ネリキリーは手をかざして、森の向こうに連なる山々を同じように仰ぎ見た。


「アーデイス、神に準ずる山」

 呟いたのはオードブルだった。

 アントルメ大陸では、竜が羽ばたく(スター)(デイス)であり、(デイス)(スター)だ。この大陸で一番高い山であるアーデイス山脈は、天に一番近い所ということで、特別視されていた。幻獣も多く生息しているという。


 ただ、神代に、魔術王エルケルが破れた天を修復した場所とも言われている。

 破れた天に近いため、魔物がアーデイス山脈に多く生まれるのだとも。

 聖も魔も育む山々、それがア-デイスだ。


 その山に育まれた二尾狐(サキオーキ)がウィローと共に庭にやってきた。

 眠ったのはネリキリーと一緒だったが、イナリーは水を揚げに行っていたウィローに付き合っていた。


「おはようございます」

 大きなよく響く声。弟は今日も元気だ。

「あれ、シルコー兄さんは?いつもはイナリーを連れて森まで散歩するんだけど」

「今日は僕とイリギスが一緒に行くよ」

「イリギスさん達が?大丈夫かな」

 ウィローは少し心配そうな顔になり、ネリキリーに近づいてかがんでと合図した。

「毎朝、冬ショーロを少しずつ採るんだけど、場所を知られっちゃっていいの?」

 ウィローがネリキリーの耳にささやく。

「平気だよ。秘密を漏らすひとじゃないから」

 ネリキリーもささやき返した。


 ウィローの心配を晴らして、一同は森へ出発した。と言ってもほんのとば口で戻る予定だ。


 村の中でも森に近い場所に家を構えているため、半時間を少し回るくらいで、一番最初に二尾狐(サキオーキ)と遭遇した場所に着いた。

 もちろん、そのあとで雪が降ったため、ぐちゃぐちゃになっていた地面は真っ白に塗り替えられていた。

「こんな人家の近くに魔物が現れるなんてあまりないんだけどね。いま思えば二尾狐(サキオーキ)は冬ショーロを食べに来ていたんだろうね」


 イナリーはその場所にたどり着いたとたん、我先にと飛び出して雪を掘りはじめた。

 ウィローも小さな円匙(エンシ)でそこを掘る。

 一見、泥の塊のような冬ショーロが土の中から見つかる。イナリーが前足を伸ばす前に、ウィローが横からそれを採りあげた。

 小さな獣はクルルと抗議の鳴き声を出した。

「待てだよ。今日はお客さんが増えるから、たくさん採らなきゃならないんだ。たくさん見つけたらちゃんと食べさせてあげるからね」

 ウィローは言い聞かせるように言って、イナリーの背を撫でた。


 弟とイナリーだけに掘らせるわけにもいかないので、ネリキリーは自分も冬ショーロ狩りに参加する。

 イリギスも雪にかがんで手伝いはじめた。オードブルとクネルが参加しないのは警戒をしているためだろう。

 もともと、この辺りはネリキリーの冬ショーロ畑だ。村の人とウィローに教えたが、少し森の奥に進めば、まだまだ秘密の場所はある。

「イリギス、こっち」

 みんなに教えていない場所にイリギスを誘う。森に自然にできた道から少しだけ遠い木々の間。

 イリギスの後にオードブルが付いてきた。クネルはウィローを見守るようにその場に残ってくれた。


「雪の下なのに良くわかるな」

「採り尽さない限り、冬ショーロは毎年ほぼ同じ場所に生えるからね」

 それより、場所を知らないのに見つける二尾狐(サキオーキ)の方が脅威だよとネリキリーは続けた。

「イナリーに掘りつくされないよう、冬ショーロ狩りはほどほどにって、ウィローに注意しなきゃ」

 半ば、本気でネリキリーは心配する。


「これくらいでいいな」

 持ってきた袋が七分目になった。ネリキリーはイリギスに戻ろうと合図した。

「イリギスは、雪と土を掘るのも上手いね」

「掘るのに上手いも下手もないだろう」

「そうでもないと思う。意外に慣れている感じがした」

「冬にはアーデイス山脈に行っていたと言ったろう」

「レッシュレバーに行っているのかなって」

 ネリキリーはアーデイス山脈のふもと、温泉が湧くことで有名なオーランジェットの保養地の名を出した。

「確かにレッシュレバーにはグラッサージュ家の別荘はあるが、山小屋で過ごすこともある。魔物狩りをする予備訓練だ」

高等学院(リゼラ)に入る前だから、12歳以前からか。早いね」

「ネルだとて、狩りは早くから行っていたのだろう?」

「ここらは辺境って言われてもおかしくないほど、田舎だから」

来たからよく判るでしょとネリキリーは笑う。


 元の場所に戻ると、いっぱいになった袋を誇示するように高く上げたウィローがいた。

 イナリーは何故かクネルの腕の中でご褒美の冬ショーロを食べていた。


「毛が濡れてませんか」

 クネルの服が濡れて寒くならないかとネリキリーは心配した。

「いや、この子は体温が高いから」

 クネルが微笑を浮かべて、平気だと言った。


 急に陽が陰る。冬の森で過ごすたくましい鳥たちが一斉に飛び立つ。

 羽ばたきの音に、一同は空を見上げて、言葉を失った。



 大きな翅を持った蛾の魔物。霙蛾(シャクーガ)がそこにはいた。

 かなりの数の霙蛾(シャクーガ)が群を成して頭上にはばたいている。

 黒い縁取りに透明で深い青の羽を持つ見かけは美しい蛾だが、厄介な魔物だ。


 霙蛾(シャクーガ)の振り撒く冷たい燐粉は、吸い込むと風邪のような症状を起こすという。

 元気なものなら10日ほどで治るが、幼い子供や年よりはそれが原因で死ぬこともある。姫りんご(リープ・ポー)の木に卵を産み付けられれば、来年に葉を食い荒らされる可能性も捨てきれない。


 このまま行けば、村へ向かう。なんとかしなくては。


「皆、口を手巾(ハンドル)で覆え」

 ネリキリーが言うよりより早く、イリギスが声を出す。


 みんなが一斉に手巾(ハンドル)で口と鼻を覆い隠した。

 イナリーはすばやくネリキリーとウィローの間に入る。


 大人の男の手の平の大きさの霙蛾(シャクーガ)には弓は有効な武器ではないだろう。

 虫取り用の布を張った網で捕獲するのが一番に思える。


 オードブルが外套を脱いだ。

 それで霙蛾(シャクーガ)を叩き落とそうという意図だ。

 他のものそれに習う。


 外套を振り回して何匹かの霙蛾(シャクーガ)を地面へとはたき落とした。


 けれど、数が多い。


 攻撃を始めた人間たちに向かってくる霙蛾(シャクーガ)達。


 その名の通り、冷気を操るのが得意だ。群れの羽ばたきが冷気を含んだ風になる。


 まともに浴びれば、手足が凍りつくというのは本当だろう。


 ネリキリーは横飛びに風を避ける。イリギスも反対側によけた。


 幸いなことに風の速さはさほどでもない。


 イナリーが体を震わせて炎を放つが、それは小さく、一、二匹を倒すのが精一杯だった。


 それでも確実に霙蛾(シャクーガ)を減らしていた。


 ネリキリーも魔導式での撃退を試みたが、集団へ熱をぶつけることはできず、一対一になる。ひどく効率が悪く、外套ではたく方が多くの霙蛾(シャクーガ)を落とせる。


 敵のはばたきがウィローに向かった。


 クネルがウィローをさっとかばって抱き上げた。エポナの血を引く馬を御するだけあって力強い。


 それを見てイリギスが彼に指示を出す。


「クネル、そのまま、その子を抱いて村へ向かえ」


「私はあなたの護衛です」

 クネルは片手にウィローを抱えたまま、外套を振り回した。

「相手は霙蛾(シャクーガ)だ。後れをとる相手ではない。それにオードブルがいる」


 確かにオードブルは強い。


 無駄がない動きで確実に霙蛾(シャクーガ)を叩き落とし、翅から起こる風をこともなげに回避していた。


「相手は数が多い。何匹かは取りこぼれてしまうかもしれない。村に知らせれば松明をもって撃退できるだろう」


 イリギスは言いながらも外套をひらめかせる。


 イナリーを見ても判るように、冬に活動する霙蛾(シャクーガ)は熱に弱い。松明があれば確実に退治できる。


「わかりました」

 外套を肩にひっかけ、クネルは主の言葉に従うべく、後ずさっていく。


「クネルさん、弟を頼みます」

 ネリキリーはクネルにお願いの言葉を一声かけた。ご心配なくと心強い返事が返ってくる。


 彼が村へ速足で向かう気配を感じた。しかし、彼はいくらも進めなかった。


 主であるイリギスが大きく声をあげたからだ。


首雀シュジャクか」


 ネリキリー達の前に新たな敵が現れた。



 ネリキリー達は首雀(シュジャク)に対して身構えた。


 茶色に黒の模様の頭は雀に似ている。ただ、羽根先はわずかに青みを帯びていた。

 話によると、虫や小動物も食べるが、雑食で作物も食べる。

 それだけなら大きい雀というだけだが、人ほどの大きさに育った成体は人を襲うことがある。


 人の目を狙い、それを食らう。


 目の前の首雀(シュジャク)はネリキリーとほぼ同じ程度の大きさだ。


 だが、首雀(シュジャク)は襲ってこない。


「蝶を食べてる」

 後方からウィローの声がした。

 霙蛾(シャクーガ)を本でも実際でも見たことのないウィローが、綺麗な翅を持つそれを蝶と誤認したと判る。


「戻れと言ったはずだ」

 イリギスが後ろを振り返りもせずに言った。

「イギリス様、首雀(シュジャク)が出た以上、下手に動くいて戦力を分散させるのはよろしくないかと。首雀(シュジャク)がこのまま満足して帰るならよし。もし、襲ってくるならここで倒すのが、得策かと存じます」

 オードーブルがイリギスに提言した。

「良いだろう」

 イリギスの手の中の外套が逃げ出す霙蛾(シャクーガ)を阻む。


 イリギスへわずかに視線を向けると、目の端にしゃがみ込んで、懸命に雪玉を作っているウィローの姿が映る。

 先日の二尾狐(サキオーキ)との遭遇でネリキリーを救った雪玉だ。


 ネリキリーは手にした外套を放り出すと弓を番えた。背が低いネリキリーは霙蛾(シャクーガ)を落とせる範囲も狭かった。イリギス達が10落とすところを、6か7の割合だ。

 今は、こちらを襲うかもしれない首雀(シュジャク)に集中することに決めた。


 目の前の霙蛾(シャクーガ)が燃え落ちる。

 イナリーが放った火の魔法。炎は先ほどより大きい。使い方を覚えてきたようだ。


 試しにネリキリーも対象を一匹から二匹に対象を広げた。


 EGO OPT V1B DIPTR//F1am


 霙蛾(シャクーガ)の二つの翅から青白い炎が燃え立ち、二匹の青い蛾が火の軌跡を描いて雪の上に落ちた。


 もう一度。


 弓を構えたまま、魔導式を展開すると、今度は三匹の霙蛾(シャクーガ)が燃え尽きた。


「ネル、あまり無理をしないほうがいい。魔力切れになる。これからが本番だ」


 以前の飛びかまきり(グルーマント)の時のネリキリーの様子を覚えているためか、イリギスが忠告をしてきた。

「平気だ」

 構えた弓を動かさずにネリキリーが応えた。


 矢の先で首雀(シュジャク)が蛾を食べるのを止めた。


 自分の餌を横取りする人間達に怒りの目を向けてきた。


 静かな冬の森に高い鳴き声が響く。


 その響きが消え去らないうちに、首雀(シュジャク)が急襲してきた。


 弓を構えていたネリキリーが矢を放った。

 が、敵の速度を見誤り、体をかすめただけだ。


 隣でイリギスが魔導式をつぶやいていた。


 EGO OPT Ara FRG //cons Vent// FRG InImI


 空気が冷たい塊となり、風となって首雀(シュジャク)にぶつかった。


 敵が体制を崩す。ネリキリーは畳み掛けるように再度、敵を射る。


 首雀(シュジャク)の羽がぶわりと膨らみ、風を呼んだ。

 軌道が逸らされる。


 イリギスの冷たい風も、あまり効いていないようだ。


 霙蛾(シャクーガ)を好んで食べるが故に、冷たさに耐性があるのだろう。


 イナリーが炎の魔法を放つが、それも相殺されてしまう。


 オードブルが細い金属片を投げた。


 やっとまともに攻撃が入る。


 その武器が鮮やかに魔物の胴体を切り裂いた。


 しかし、このままでは膠着が続く。


 まだ、霙蛾(シャクーガ)も舞っていた。


 どうすればいい。


 ネリキリーは自分に問いかけた。



 傷つけられて激昂した首雀(シュジャク)が、オードブルめがけて飛来する。


 敵はまっすぐにオードブルの目を狙ってきた。


 オードブルが短剣で打ち払う。短剣がかすめた先から、血の粒が四散する。


 首雀(シュジャク)が後退して大きく羽ばたいた。


 空気が震えて小さな粒となり、オードブルにぶつかる。

 避けきれず、オードブルの頬に細かい傷が走った。


 再び襲う敵の爪をイリギスが短剣を振るって差し止めようとする。


 敵は刃を避けてイリギスの腕につかみかかった。

 食い込む爪にイリギスの顔がかすかにゆがんだ。


 人間たちが反応するより早く、イナリーが首雀(シュジャク)に炎をぶつける。


 敵の羽先がわずかに焦げた。

 火の魔法に対する耐性はやや低いと見てとり、ネリキリーは魔導式を組立てた。


 さほど大きくない炎はすぐに消えた。

 首雀(シュジャク)は警戒して上昇し、旋回を始める。


 その間も、クネルは一人、霙蛾(シャクーガ)を対処していた。体格にあった大きな外套を振り回し、魔物が飛び去るのを阻止してくれている。


 いや、ネリキリーの小さな弟も懸命に戦っていた。作った雪玉を投げては霙蛾(シャクーガ)にぶつけている。

 ウィローの唇から、小さく洩れているのは魔導式だ。


 EGO OPT Nix Ba1 V1B//Aq


 雪の玉が空中で溶けて、水となり霙蛾(シャクーガ)の翅を濡らす。動きが遅くなったそれをクネルが叩き落としていた。


 イリギスと目が合い、お互いにうなずく。


 ネリキリーとイギリスはウィローが作った雪玉を手にして、首雀(シュジャク)めがけて投げつける。


 二人はウィローが呟いていた魔導式にさらに付け加える。


 ……V1B//Aq aute FERV//Tang INIM   敵に触れしとき、水よ、沸きあがれ。


 熱湯となった水が首雀(シュジャク)にぶつかる。


 魔物はひときわ大きく鳴いた。耳をつんざく悲鳴。よろよろと魔物は逃げようとした。


 すかさずオードーブルの細い金属片が投げられ、魔物は地へと墜落した。


 ネリキリーは先日の戦いを教訓にして、首雀(シュジャク)に近づいて鎌でとどめをさす。


 脅威が去った安堵感と、ここに来なければ討たれなかっただろう首雀(シュジャク)にかすかな哀れみをもって。


 休む間もなく、ネリキリー達は霙蛾(シャクーガ)退治を続けた。


 ウィローが戦力になると認識したイリギスは、もうクネルに連れて帰れとは言わなかった。




 やがて一同は、視界に入る全ての霙蛾(シャクーガ)を退治する。

 数匹の取りこぼしはあるかもしれないが、村の脅威になるほどのものではない。


「しばらくは、お年寄りと子供には口に布を巻いてもらえばいいね」


 普通の音量でネリキリーが言うと、イリギス達は怪訝な顔をした。

 巻いた布で声がくぐもり、聞こえなかったようだ。ネリキリーは声を大きくして再度、同じことを言った。


 ああ、とイリギスが首を縦に振った。


 イナリーが落ちた霙蛾(シャクーガ)を食べていた。

 そうか、二尾狐(サキオーキ)は昆虫も食べるのか、とネリキリーはその様子を見守る。


 クネルが首雀(シュジャク)の死骸を検めてから、拾い上げていた。


「蝶がきれいだから、持って帰っても大丈夫かな?」

 魔物の脅威が去ったばかりだというのに、ウィローはそんなことを聞いてきた。


「鱗粉に気を付ければ持って帰れますよ。翅についている鱗粉は1日もすると魔力を失うので、それからは加工が可能になります。粗材として売るのも良いでしょう。でも、蝶ではなく蛾ですよ」

 オードブルがウィローの問いに答えてくれた。


「こんなに綺麗なのに、蛾?蛾って茶色っぽいものばかりだと思ってた」

 ウィローが先ほどの首雀(シュジャク)の鳴き声に負けないくらいの声をあげる。


 確かに、霙蛾(シャクーガ)の翅は宝石のように美しかった。


 改めて周りを眺めれば、雪の上に青い翅が散らばり、青い絵の具で描かれた絵のようになっている。

 その眺めは、闘いの後とは思えないほど幻想的だった。


 わずかな痛みを内包する幻想的な風景だな。そんなふうにネリキリーは感じる。


 痛み。


 ネリキリーはイナリーを拾ったために、魔物の死に哀れみを感じている自分を自覚した。



 二種の魔物を倒し終えたネリキリーの耳に首雀(シュジャク)の高く啼く声が聞こえた。

 その声は近く、明らかにこちらに向かっている。


 まだ、終わりではないのか。


 立て続けに起こる非常事態に、ネリキリーは少し疲労を感じ始めていた。

「ウィロー、こっちにくるんだ」

 霙蛾(シャクーガ)を拾い集めていたウィローが走ってくるが、足を滑らせ、転倒した。

 イナリーが大丈夫かと近寄ってきた。ネリキリーは弟に駆け寄ると助け起こす。


「雪玉をまた作っておいてくれ」

 みなのところに駆け戻るとイリギスがウィローに声をかけた。

「了解!」

 小さな男の子の明快な返事に、鼓舞されてその場の空気が変わる。


 ネリキリーは弟の声に励まされて、雪玉を両手に持つ。

 今度はイリギスだけでなく、オードブルとクネルもウィローから雪玉を受け取っていた。


 森の奥から現れたのはやはり首雀(シュジャク)。しかも、三匹もだった。


 が、対処方は出来ている。雪玉を投げつけ、魔導式を展開すればいい。


 闘いの昂ぶりから神経が冴え、周りの様子が手に取るようにわかる気がした。


 その研ぎ澄まされた神経が別の気配を感じた。雪を踏む獣の足音。森の奥に別の生き物がいる。


 ネリキリーは魔導式を立てながら両手の雪玉を首雀(シュジャク)に投げると、今度は弓を番えて、森の奥へと連射した。


「やめてくれ、味方だ」

 森の奥から人の声がして、大きな角を持った獣に乗った二人組が現れた。

 ネリキリーは射るのを止めたが、矢は番えたままにする。

「あなた方はだれですか?」

「オーランジェットのものだ。詳しい話は首雀(シュジャク)を倒してからにしよう」


「もうイリギスさん達が倒すよ」

 ウィローが見知らぬ二人に誇らしげに言った。

 その言葉通り、イリギス達三人は、それぞれが首雀(シュジャク)を倒しそうだ。

 イリギスは最初に使った氷の風を使い、足止めをしてから雪を投げていた。

 イナリーも魔法を用いて、敵の足止めをしていた。

 そして、ウィローは作った雪玉を順番に三人に渡してる。


 三羽の首雀(シュジャク)は速やかに狩られていった。


霙蛾(シャクーガ)がいない分、楽だったな」

 イリギスは一言、ネリキリーに声をかけてから、見知らぬ二人の男に向き直った。


イリギスの脇に立つオードブルが声をかける。

魔法生物局(マキューショ)の方ですね」

 確認というより、事実を言っているというオードブルの言い方だった。


「さようで。あなた様がブラウニー子爵様ですね」

 獣に乗ったまま、イリギスの方を向いて片方の男が言った。イリギスは無言だ。


 あげく、「ネル、ウィロー、怪我はないか」とネリキリー達を心配する声をかけてくる。

「大丈夫だけど」

 ネリキリーは魔法生物局(マキューショ)をちらりと見上げた。彼らは眼中にないというようなイリギスの態度にいつものイリギスとは違った硬質さを感じる。


「これはご無礼を」

 もう一人の男が気が付いたように獣から降りた。もう一人にも降りろと合図をする。

 先に馬を降りた男は背が低く、少し太りじしだった。雪の中だろうか、雪だるまを連想させた。

 最初にイリギスに、ブラウニー子爵かと訊ねた男は、背が高いが細くて手足が長く、どこかカトンボを思い起こさせる。


 ネリキリーは、イリギスやオードブル、それにクネルなどをから、オーランジェトの人はすらりと背が高いか、大柄で筋肉質な人ばかりに思っていた。

「改めまして、(わたくし)魔法生物局(マキューショ)のカーネビ・エトウフェと申します。こちらは同輩のフーシュ・コアントロ」

 コアントロと紹介された男が軽く会釈をした。


 イリギスはちらりとその男を眺めて、カーネビに名を名乗った。

「イリギス・グラッサージュだ。こちらは、ネリキリー・ヴィンセントと弟ごのウィロー」

「初めまして、ネリキリー・ヴィンセントです」

「ウィローです」

 カーネビはネリキリーとウィローに笑顔を向けてくる。


「ああ、彼らが二尾狐(サキオーキ)を馴らしたという人達ですか。で、こちらが、 問題のサキオーキ」

 カーネビとフーシュの二人はイナリーに近づいた。

 イナリーは警戒してネリキリー達の後ろに隠れた。

「おやおや、魔物にしては臆病な質なんですな」

 カーネビが苦笑した。


 それにしても、とカーネビが、まだ雪の上に残されている首雀(シュジャク)霙蛾(シャクーガ)の亡骸を手で示す。

「これは見事なものだ。これだけの魔物を狩りきるとは」

「ただ、できれば二羽と数匹は生け捕りにしてほしかった」

 残念そうに、フーシュがこぼした。

 いきなり現れて無理を言うとネリキリーは思った。

 ファンネルが、魔法生物局(マキューショ)がイナリーを欲しがるかも知れないと警告してきたことを思い出す。

 だが、イナリーをこのままに家におくためには、彼らの協力が必要なのだと思い直す。


「このままだと、冷えてしまいます。弟はまだ小さいですし。家に参りましょう」

 ネリキリーは一同に提案したが、カーネビが首を横に振った。

「これから、あと三人くる」

「ずいぶんと人数が多いな」

 イリギスがいぶかしげに言った。

冒険者組合(ギルテ)も確認したいと要請があったのでね」

 カーネビはしばらくここで待ってくれという。

 「ちょっと遅くなるが、三人がくれば全員で、トナイオンに乗れるので。そちらは、ちょうど五人、いや、五人と一匹か。まあ、全員が相乗りできますよ」

 相手は良い提案をしたと思っているようだが、ネリキリーは目の前の二人と相乗りするのかと、心が重くなった。



 ネリキリー達はふたたび魔物(モンターゴ)の死骸を集めていく。

 その作業をネリキリー達より熱心に魔法生物局(マキューショ)の二人は手伝ってくれた。

 首雀(シュジャク)の亡骸を騎獣の後ろに乗せてもくれた。


 やがて雪を踏む獣の足音が聞こえてきた。カーネビが言った通り三人の人物が現れる。うちの二人をネリキリーは知っていた。

 飛びかまきり(グルーマント)が現れた時にやって来た冒険者の二人。

 槍と大剣を帯びたあの二人だ。


 もう一人は初めて見た顔だった。

 彼が現れたとたん、イリギス、オードブル、クネルの背筋が伸びた。

 いったい、誰なのだろうとイリギスは彼をまじまじと見上げた。

「イリギス、オードブル、クネル、久しぶり」

 少ししゃがれたような、良く響く声がイリギスを呼んだ。

「お久しぶりです。ロマ・タブラージュ」

 イリギスが挨拶を返す。

「タブラージュ殿、遅かったですな」

 カーネビが冒険者の代表なのだろう、ロマに声をかけた。

「あなた方が首雀(シュジャク)を生け捕りにしてほしいとご依頼されたのでしょう」

 ロマの代わりに、槍の男が応えた。

「これは失礼。で首尾は?」

 カーネビが問いかけると、今度は大剣の男が、後ろを見ろと顎をしゃくる。

 大剣の男の後ろには縄目をかけられた首雀(シュジャク)が積んである。

「さすがは、冒険者組合(ギルテ)の顔と呼ばれるお三人だ」


 さらに美辞麗句を並べそうになるカーネビを制するようにイリギスが言った。

「ロマ、申し訳ありませんが、こちらも魔物を狩りました。亡骸は魔法生物局(マキューショ)の二人に乗せてもらったので、我々は徒歩で行きます。こちらの小さなウィローと二尾狐(サキオーキ)だけ、あなたに乗せていただけますか」

 イリギスもむくつけき男との相乗りは微妙だったらしい。

 そう宣言すると、クネルに指示をだしてウィローとネリキリーが拒絶する間もなく、ウィローをロマの騎獣に乗せてしまう。


 イナリーはオードブルに捕まっていた。

「よろしくお願いします。……この人は信頼できるひとだから。ちゃんとイナリーを抱いていなさい」

 折り目正しくオードブルがロマに言ってから、ウィローに優しく言い聞かせる。

 ロマが任せろと、ウィローが分かったとうなずいた。

 イリギスの従者であるオードブルがそう言うなら、間違いないだろう。

 弟を預けることに少し不安もあったが、ネリキリーも、弟を頼みますと会釈をした。


 どこか不満そうな魔法生物局(マキューショ)の二人と冒険者三人と連れ立って、ネリキリー達はすっかり長くなった朝の散歩を終わりするべく歩き始める。


 ネリキリー達は無言で歩いていたが、ウィローは違った。

 最初は緊張していたようだが、持ち前の明るさでロマに話しかけていた。

「こんな獣、僕、初めて見ました」

「だろうね。私も初めて乗ったから」

「初めてなんですか。すごく慣れているように見えた」

「動物に好かれる(たち)なんだ」


 会話を聞いて魔法生物局(マキューショ)のフーシュが口を挟んだ。

「これはわが魔法生物局(マキューショ)が生み出した新しい生物(ヌールキャピレ)馴鹿(トナッカ)天馬(アイオーン)を掛け合わせてできた、トナイオンという動物なのだよ」

「トナッカ?北のサミーユに住んでる動物だよね。氷の上を上手に滑る」

 ウィローが声を弾ませて言った。


「物知りだな」

 ロマが感心した。フーシュがここぞとばかりに知識を披露する。

馴鹿(トナッカ)は姿は鹿に似ているが、鹿と違って、雌でも角があるんだ。それに、普段は出ていないが、氷に乗る時は、蹄の真ん中の部分から縦長の固い爪を出す。だから、氷の上でもすいすいと滑って移動できるのだ」

「この子たちも氷の上を滑れるの?」

「もちろんだとも」

 すごい、と無邪気に喜ぶウィローにフーシュはまんざらでもない顔をしていた。


 昼も間近になった頃に家に着く。

 ネリキリーの家の周りには、この寒いのに人だかりが出来ていた。ヴィンセント家に賓客が来ていることが村の住人に伝わった結果だろう。

 冬の娯楽の少ないこの時期、村の外からの客人は例えそれが普通の人でも注目される。

 ましてや、こんなにも毛色の違った客人たちならなおさらだ。

 ネリキリーが配慮は一日しか持たなかった。


 その人々は見たこともない獣と、それに乗っている男達にさらに目を見張っていた。

 ざわめきが人々の間に広がる。物見遊山な気持ちで集まってきた村人は、明らかに異質な人間と荷として乗せている魔物の姿に怯えている。


 しかし、ウィローはそんな雰囲気をものともせず、大きく手を振った。

「ただいまー。みんな、僕たち魔物をたくさん倒したんだよー」

 さらに、誉めて、褒めてとイナリーがクークーと鳴く。少し甘えた高い鳴き方。

 それにつられてか、幾人かがウィローに手を振り返した。


 ロマと大剣の男フィフが笑って手を振る。

 槍を持ったジュレは無表情のままだが、手を振る村人に会釈をした。

 イリギスは手を振りこそしなかったものの、微笑みを浮かべて応えた。オードブルとクネルもそれに習っていた。

 とたん、歓声が沸く。主に女性の声で。

「君の弟は大物だな」

 イリギスが耳元でささやいた。

「僕もそう思う」

 ネリキリーは、「ネルー、あとで話を聞かせろよ」と叫ぶ幼なじみに、分かったと合図をしながら同意した。


 いつの間にか魔法生物局(マキューショ)のカーネビとフーシュも手を振っていた。


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