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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
33/90

さんじゅうさん

 「鉛はみんなで分けあうことになりました。イリギスは金をもらい、銀は僕がすべてもらうことに」

 ネリキリーは銀の塊二つと鉛の欠片をオルデン師に見せた。

「ですので、こちらは銀の代金です」

 ネリキリーは500リーブを渡そうとする。


「私は魔導式を展開したものに贈ると言ったろう?」

 しかし、案の定オルデン師はお金を受け取ってくれない。

「ですが、最初のお約束では、代価を受けとるとおっしゃっていました。約束を違えたくはありません」

 いい募るネリキリーを見てオルデン師は、少し考えてから言った。

「では、最初の200リーブだけもらうとしよう」

 オルデン師がネリキリーの手から200リーブを取る。

 ネリキリーはほっとする。


「銀製品の製作手段は解るのかね?矢じりは簡単にできるが水薬入れは難しいと思うが」

「形を作ってなんとか作ろうかと思っています」

「では、明日にでもここを訪ねなさい」

 オルデン師がさらさらと住所と簡単な地図を書いてくれた。

「こちらは?」

「貴金属の細工師の工房だ。私の自宅でもあるが」

 驚きに言葉も出ないネリキリーにオルデン師が重ねて言った。

「私の妻が細工師なのだ。さあ、これを持って寮へ帰りなさい」

 先日取り上げた二冊の本をネリキリーに渡してオルデン師は、自分も本を読み出した。




 翌日、ファンネルのところに寄ってから、オルデン師の奥さんの工房に行くことにする。


「すみません、今日もお休みします」

 ネリキリーは昨日の出来ごとを簡単に話す。


「了解したよ。しかし、オルデン師は私がいない間にご結婚されていたのか」

「ありがとうございます」

 ネリキリーが行こうとすると、ファンネルが後をついてきた。

 ネリキリーがいぶかしげに彼を見二つに上げると、ファンネルは有無を言わせぬ顔で言った

「一緒に行くよ。オルデン師の奥方に挨拶したいし、お客さま用に、銀器を少し揃えたいなと思っていたから」




「いらっしゃいませ。夫から話は聞いてます」

 オルデン師の奥方は想像していた人物とまるで違った。

 ファンネルが手土産の香草茶を手渡すと嬉しげに受けとる。


「さっそく始めましょう」

 手順を丁寧に説明してくれる。色々な道具が並ぶ工房はとても興味深い。


 ネリキリーは自分が製錬した銀を溶かして、半分を矢じりにした。

 紐を通す円環をつける。

 これは怪角鹿(エゾック)の革紐を通すためのもの。



 次に形を使って、薬の入る部分を作った。

 四角い銀盤と飲み口の円包を、溶接する。


 余った銀を縦長の塊に、成型し直す。

 それを平らに伸ばして金槌で叩き、線引盤を通せるくらいに細くする。


 幾つもの直径が違う穴が空いている線引盤。それをくぐらせるように、銀を引っ張っていく。


 直径が大きいものから小さいものへ。

 自分の欲しい細さに。

 何度も引いて、引いて。


「出来ました」

 ここまで、銀を溶かす以外は、魔導式は使っていない。

 細工師の奥方にまずは自分の手でやり方を覚えたほうがいいと指導された。


 それから銀線を飾りに本体に巻き付け、溶接した。


 銀が熱くなり接着しはじめる。そこで、銀を水に入れて一度冷やす。

 もう一度、熱くして、完全に接着させる。


 親指ほどの高さの水薬入れが出来上がった。


「初めてにしては中々上手くできてるわ」


 オルデン師の奥方が評価をくれた。



 矢じりと水薬入れ。


「矢じりは一飾の首飾り(パンドラ)にするのね。だったらもう少し華やかにしてみない?」


 オルデン師の奥方がそう勧めてくれた。

 細工師の、しかも女性の勧めだ。より女の子が喜ぶものになるかもしれない。

「どんな風に?」

「矢尻の根元に金線を巻くのはどうかしら?」

 提案は魅力的だ。でも。


「金を買うのに300リーブで足りますか?」

「細い金線だから、100リーブで充分よ」

 ネリキリーは、よろしくお願いしますともう一度作業台に向かう。


 細い金線を熱する。細工師の人は【なます】というようだ。

 柔らかくなった金線を矢じりの根元に五回ほど巻いていく。

 最後に、金だけに魔導式で溶接した。


 EGO OPT AURM 1IQUE //TEna ARGE


「どうですか」

 ネリキリーは奥方とファンネルに問いかけた。

「なかなかよ。ネリキリー君は勘がいいわ」

「前の銀だけも良かったけれど。金をいれると確かに華やかになりますね」

 ファンネルが矢じりを取り上げて眺めた。


 二つが完成した。

 オルデン師の奥方がお茶をふるまってくれる。


 アンゼリカ嬢が矢を受け取りに来てくれるのは、今週の土曜日(サヴァ)なので、間に合って良かったとネリキリーは安心した。


 ファンネルは奥方から銀の匙などを購入していた。

 かなり安かったようで、ファンネルはほくほく顔になる。


 工房にあったもので特に美しいのが、金線と銀線を使った細工ものだった。


 しろがねの花、昆虫、この国の象徴である葉の円環(カロリング)

 首飾りや服止め、髪飾りになっているのもあるが、金と銀を使ったフェニクスを象った大作もある。


 なので、自分も銀線を作ってみたくなり、水薬入れに使った。

 矢じりにも金線を使えて満足だった。


「奥方の細工物はほんとに素敵ですね」

 ファンネルが機嫌よく褒める。

「知り合いにだけお譲りしているの。半ば趣味みたいなものね」

 奥方は褒められて嬉しそうだが、少し肩をすくめるような仕草をした。


 上、中流の女性が働くのが好まれない風潮だ。

 ひそやかに細工師として仕事をしているのだろう。

「あまり工房に人は入れないのよ。ただ今回は旦那さまの生徒さんが銀細工を作ると聞いて、興味を持ってしまって。旦那さまに私から教えたいってお願いしたの。製錬は旦那さまが自分が教えたいからって譲ったけれど」


「突然、もう一人押しかけてしまって申し訳ありません」

 ファンネルが軽く頭を下げた。

「ファンネルさんはリゼラの近くの幽霊屋敷を買い取られた方よね。私も会いたかったから」

 うれしいわと奥方はファンネルに笑いかける。


 ネリキリーはできた矢じりに触れた。

「助かりました。塊を削って作ろう思ってましたから」

「それでも出来なくはないけれど、大変よ」

 ほがらかに奥方は言った。


 ネリキリーとファンネルはあらためてお礼を言って、オルデン師の奥方の工房を辞去する。




「あの線細工は綺麗だったな。私の店においてもらえないかな」

 帰り際、ファンネルがそんなことをいう。

「でも、趣味の範囲っておっしゃってましたよ」

「あの技術は趣味を越えてるし、かなりの作品が残っていた。もったいないと思わないか?」

 ファンネルは真顔だ。


「私の店は中心部から少し離れているしね。なにか売りになるものがあれば心強い」

 オルデン師の奥方の金属細工を店におけないか真剣に検討をしているようだった。

「もちろん、私の薬茶師(ヴァリスタ)の腕が一番の売りだけどね」


 ネリキリーはファンネルが料理を出せば、売りになるだろうなと思った。

 けれど、それでは薬茶師(ヴァリスタ)としての時間が減るとファンネルは言っていた。

 金や銀の細工物を仕入れて売るなら時間はかからない。


「作品を作る喜び。でも作品を気に入ってもらえる喜びは創作者にとっては必要だと思う。知り合いに認めてもらうのもうれしいものだけど、未知の人にも喜んでもらいたい。人と人を癒して繋ぐものになれば。私の店もそんな風になれたらいいなと思う」

 ファンネルは自分に言い聞かせるように話す。


 ファンネルにとって店は一つの作品なのか。


 詩人が詩を語るように。

 物書きが書物を記すように。

 絵描きが絵を描くように。

 彫刻家が石を刻むように。

 音楽家が曲を奏でるように。


 いや、ファンネルの言葉によるなら、人が仕事をする、ということは、すべからく自分を表現する作品づくりなのかもしれない。


 自分と他の誰かを楽しませ、喜ばせるための。


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