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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
32/90

さんじゅうに

「どうぞ」

 扉を叩くとオルデン師が入室の許可をくれた。

「失礼します」

 とネリキリーが顔を見せると、オルデン師は珍しいものをみるような目で彼を見た。


「今日は私のところへ来る日ではないだろう」

 月曜日(アイン)の放課後。いつもならファンネルのところに行っている。

「今日はお休みを貰いました。調べたいことがありまして」

「魔法学のことだね」

「はい。治金(やきん)について少し」

 オルデン師はもっていた(ひつ)を机に置いた。

「錬金術にでも目覚めたか」

「まさか。金属、銀の形を変える魔法式を確認したいだけです」


「金属を取り出し、形を変える。すなわち冶金が錬金術の始まりではあるがな。目的は?何がしたい?」

 探るような目をしてオルデン師がネリキリーを眺めた。

 学術的な目的ではなく、女の子を喜ばせたいためと答えたら、あきれられるだろうか。


 ネリキリーは懐からなけなしの100リーブ銀貨五枚を取り出した。


「この銀貨を矢じりと水薬入れに形を変えたいのです」


 その答えでオルデン師はネリキリーが何故そのようなことをしたいのか、ある程度を察知したようだった。

 オルデン師は笑いをかみ殺したような表情(かお)をする。


 ネリキリーの頬が熱くなる。


 予定では、本だけを借りてすぐに退出する予定だったからだ。オルデン師が目的などを聞いてくるなど予想していなかった。


「よかろう。金属に働きかける魔導式を教えるのは、四年次からだが、予習をしたいというなら師として答えねば、な」

 オルデン師は立ちあがった。そして部屋を取り囲むようにある本棚の中の一角に移動する。

 ネリキリーも師の後について部屋を横切った。

「手を」

 常と同じようにネリキリーは本を受けとるべく、両手を差し出す。


 一冊、二冊。


 瞬く間に四冊の本が積みあがった。

「初歩の実践ならば、これくらいでよかろう」

 オルデン師はネリキリーに向き直って言ったかと思うと、すぐさま机に戻る。ネリキリーは本を落とさなようにして師を追う。


「一冊目は、冶金・錬金についての歴史書、二冊目は、魔法によらぬ鉱物の冶金の仕方、三冊目と四冊目が魔方式を用いた冶金に関する本だ」

 オルデン師の説明にネリキリーは三冊目の本をめくってみた。

 銀の溶解度は、水の沸騰温度の約9.5倍。

 ならば、そこまで加熱して、型に流し込めばよいか。


「安易なことを考えているな」

 オルデン師はネリキリーの考えを見透かしている。

 ネリキリーは本から目を話してオルデン師をうかがう。

「せっかく、金属に干渉する魔導式を使うのだ。鉱石から取り出す方法を試してみようとは思わないのか?」

「興味はありますが、鉱石を購入する伝手(つて)も買いに行く時間もありません」

 ネリキリーは四冊の本のうち、必要な部分だけ先に読むつもりでいた。

 贈り物を作ったあと、四冊の本を熟読すれば良いと。


「鉱石なら私の家にある。明日、渡そう」

 オルデン師の申し出にネリキリーはとんでもないと首を振る。

「いえ、譲っていただくなどできません。第一、これは僕の私的な贈り物です」


「やはり、誰かに贈るのか。最初から鉱石には代価を払ってもらうつもりでいる。200リーブで、150オル分の銀が取れる鉱石を売ろう」

「150オル。それは銀貨5枚分と同じ重さではないですか。いただけません」

 ネリキリーは余計に遠慮する気持ちになった。


「未精製の鉱物の状態だ。だいたいそれくらいの値段だよ。輝銀鉱と含銀方鉛鉱の二種類。魔法によらぬ冶金の本を読みこんで、明日までに魔法式を組み立てるようにしなさい」

 オルデン師はネリキリーに課題を出し、読んでいた本を取り上げた。


「これは明日までお預けだ」

「ですが」

「銀貨を溶かして形作るだけなら、魔法を使えば然程(さほど)の労力はいらない。だが、労力が大きければ、女性の心に訴えかける力も大きくなる。手間は惜しむな」

 まさかのオルデン師の指南であった。

「それに興味が一番あるときが、学ぶに一番適している。今のネリキリーはその状態だと感じる」

オルデン師がネリキリーを見据える。


「見よ、そしてすべてのものから学べ」


 二冊の本をネリキリーに渡して、行きなさいとオルデン師は指示をした。





 鉱物から金属、この場合は銀だ、を製錬する。

 銀は様々な形で存在するが、今回の鉱石はいちばん一般的な輝銀鉱と含銀方鉛鉱。


 輝銀鉱と含銀方鉛鉱に熱を加えて、粗鉛を作る。


 P1umb et Argen FRAN // CONsper

 P1 et Ar CON V1B // Ca10 // LIQU

 P1 et Ar CON LIQU FAG // MISSA 


 更に灰を入れた壺の中で粗鉛を精錬して銀を取り出す。


 MISSA V1B P1// OXIDA atqu MANE// ARGE atqu FAG//MISSA


 ほんのわずかに金が混じっているかもしれないが、目的は純銀を作ることではないので、さらに精錬のための魔導式は今は考えない。


 砕いた輝銀鉱たちを水銀に溶かして、水銀を気化する方法もあるが、これは気化水銀の毒のが強いため、鉛より危険であると思い止しにする。


 今のところ、水銀を使う方法はネリキリーには難度が高い。



「何をそんなに熱心に読んでいる?」

 講義の間の休憩時間にも本を読んでいるネリキリーが気になったのか、イリギスが声をかけてきた。

「冶金は語る。魔法なき錬金術、著・エルンスト・ファルゴナール」

 ケルンが表紙に書いてある題名を読み上げた。

「錬金術?賢者の石(アンパッシオーロ)を作る気か」


「オルデン師にも似たようなこと言われた。そんな大それたことは考えていないよ。なんたってアンパッシオーロ(見果てぬ夢)天上の青(アーディン・アイ)を宿す薔薇と同じく不可能の代名詞だからね」

 これは、一昨日(おととい)、ファンネルとルベンス講師がライサンダー夫人に話していたことの受け売りだった。


「魔法を使わない錬金術の本をなぜわざわざ読んでいる?」

 魔法なきという言葉に引っ掛かりを覚えたらしく、イリギスがさらに問いかけてきた。


「鉱石から魔導式を使って銀を製錬するのだけど、オルデン師にまずはこれを読んで、自分で式を組み立ててみなさいって言われた」


「魔法は物理を超越しないという持論のオルデン師らしい指導の仕方だな」

 イリギスが苦笑した。


「ただしくは、人の操る魔法はだけどね。オルデン師は魔法にあまり大きな期待というか、大きな力を求めることを良しとしていないみたいだから」

「この国一番、いや、オーランジェットにも名が知られたオルデン師が?」

 信じられないというようにイリギスが眉を上げた。


「過ぎたるは及ばざるが如し。そういえばオルデン師はたまに講義で口にするな」

 ケルンが何気なく言った。

「魔法が制御できずに、大やけどなんてこともあるからね。魔力が凝って攻撃性に突出して、進化をしたと言われているのが魔物だしさ」

 ネリキリーは本にしおりをはさむ。


「でも、オーランジェットでは魔物の家畜化もしているんだろう?」

 ケルンがイリギスを見やる。

「魔物の家畜化はシュガレット草を魔糖に精製したあとの残滓を餌に混ぜて馴らす。しかし慣れない魔物のほうが多い」


 だから、魔物狩りをする冒険者が重宝されていると、イリギスは答えた。



◇◇◇



「銀を製錬するなら、見学してもよいかな」

 すべての講義が終わり、オルデン師の元へ行こうと思っていると、イリギスがそう言い出した。


 目的が目的なので、ネリキリーは少し躊躇(ちゅうちょ)する。

「あ、俺も」

 ケルンが片手をあげた。


「僕も見てもいいかな」

 ロイシンがおずおずと言うと、フェノールが「私も後学のために」と身を乗り出した。マルトとジョバンニがそれに便乗する。


「私も監督生として立ち会おう」

 ルシューが言えば、クレソンが、監督生は関係ないだろう、とまぜっかえしながら、

「もちろん俺も行くけどね」

 すでに決定したように言い出した。


 いつもはあまり交流のない者たちも、なんだかこちらを伺っている。


 冶金・錬金術は男の好奇心をくすぐるようだ。


「……分かった。オルデン師に聞いてみる。あと、僕が製錬に失敗しても笑わないでくれるなら」


「当たり前じゃないか、なあ、みんな」

 ケルンが代表して請け負ったが、ケルンがいちばん心配なんだよ。

 心の中で返すネリキリーだった。



「と、言う訳なんです」

 ネリキリーは級友が銀の製錬を見学したいという旨をオルデン師に申し出た。

「製錬方法と組み立てた魔導式を話しなさい」

 皆の申し出の是非は言わずに、オルデン師はネリキリーに指示を出した。


 ネリキリーは鉛と灰の性質を利用した銀の製錬を選んだことを告げて式を書き出す。


「純度を増すための精錬には連係を使っているのに、製錬には使っていないな」

 オルデン師は言った。

「鉱石には鉛と銀が含まれていますから、ひとつひとつ確実に魔法を導きたくて」

「まあ、良いだろう。単純だが、効果はある。

 それに複雑な物が良いとは限らない」

 ただ、とオルデン師は言う。


「酸素を送り込む魔導式が抜けている。そのほうがより早く高温になる。従って、この式は70点というところだな」


 ネリキリーは、そうだったと自分の単純な失敗を悔やんだ。


「ご指摘、ありがとうございます」

 礼を言うネリキリーにオルデン師は目を細めた。


 魔導式を修正する。


 製錬の作業は次のように。


 P1 et Ar CON V1B ut MITT Ox // Ca10 // LIQU


 精錬も変更だ。


 MISSA V1B ut MITT Ox P1// OXIDA atqu MANE// ARGE atqu FAG//MISSA


 変えた式を見て、オルデン師がよろしいとうなずいてくれた。


「これなら、失敗はなかろう。では、実験室へ移動する。外にいる見学希望者に先に行って待っているように伝えなさい」


 ネリキリーは、部屋の外で待つ級友たちにオルデン師のへの言葉を告げた。

 皆が一様に実験室へと移動する。

 かなりの人数が集まっており、他の学級のものもちらほらいる。



 ネリキリーは鉱石を持ってオルデン師と共に実験室へ向かった。


「さて、諸君。これからネリキリー君が二つの鉱石から、銀の製錬と精錬を行う。これは私がネリキリー君に出した魔導式の課題に対する検証のためだ。しかし、見学希望者の向学心を汲んで公開することにした」

 オルデン師は集まった一同を見回した。

「ネリキリー君、魔導式を書きなさい」

オルデン師はネリキリーに魔導式を板書させてから、鉱石を皆に見せる。


「輝銀鉱と銀含方鉛鉱だ。ネリキリー君、この二つの鉱石と銀の冶金ついてと式の解説を」

 ネリキリーは付け焼き刃の二つの鉱石についての知識を披露した。


「というわけで、鉛は他の卑金属ともに酸化して、灰に吸収されて、銀が残ります」

 板書した式と対応する部分を示しながら説明を終えた。


「魔導式を展開し、魔法で金属を製錬すると、時間の短縮化が図れる。ただ、人の扱える魔力は少ない。ゆえに、安定性を確保するため、魔力を溜め込む性質がある魔物の骨や角などを加工した蓄魔力装置を補助として利用することが多い。ただ、カロリングに流通する物は魔力蓄積量が高くないため、普通の火力を利用しているところも多い」

 オルデン師は蓄魔力装置の解説を加えてからネリキリーに向かって指示を出した。


「よろしい。では実地しよう。ネリキリー君、鉱石の半分をを炉に入れなさい」


 オルデン師の言葉を受けて、炉に鉱石を入れて魔導式を展開する。


 EGO OPT P1umb et Argen FRAN //CONsper

 EGO OPT P1 et Ar CON V1B ut MITT Ox // Ca10 // LIQU …………


 ………………ARGE atqu FAG//MISSA


 30分ほどで、銀が精錬されてひとつの固まりとなった。


 名前のとおり銀色に光を放っていた。


 150オルより多い気がする。

 精錬していない鉱石はあと半分ある。

 鉱石にどれくらいの量が含まれているかは解らないので、多目に用意してくれたのか。


 出来た銀の固まりをネリキリーは手に持ってみる。

 手に握りこめるほどの大きさ。

 銀の製錬はすでに確立されていて、正しく理解して、正しく手順を踏めば誰でも銀を取り出すことができる。


 なのに、この達成感。気分が高揚している。


 オルデン師が鉱石から銀を精製することを勧めてくれた理由が分かる。


 知る喜び。知は力なり。


 気がつけば、同級生たちが周りを取り囲んでいた。



「やったな」

 ケルンがネリキリーに近づいて言った。

「持ってみていい?」

 ロイシンの問いかけにネリキリーは銀塊を差し出した。

「ちゃんと銀になってる」

 ロイシンが銀を見ながらつくづくと眺める。

「当たり前だろ」

 マルトが少しあきれたような声をだした。

「それはそうだけど、製錬したばかりの銀の塊なんて初めて見るし」

 銀塊は順番に見学者の手を渡っていった。

 みんな、軽く興奮しているのが分かる。

 最後に手にしたのはイリギスだった。

 彼はいつも通り冷静な顔で重さを確かめるようにした後、肩に手をおいて、ネリキリーに銀を返してくれた。


「誰か残りの鉱石を使って、製錬を行いたいものはいるか」

 オルデン師が頃合いを見計らって一同に声をかけた。

「私が試してみてもよいでしょうか」

 ルシューが前に一歩踏み出した。

 ネリキリーは最初に見学したいと言い出したイリギスが申し出るかと予測していたが、違った。

 オルデン師も意外そうだった。


「よろしい。やってみなさい」

「はい。よろしくお願いします」

 ルシューは軽く頭を下げてから、鉱石を炉に入れる。


 EGO OPT P1umb et Argen FRAN // CONsper……


 ルシューは慎重に魔導式を展開していった。


 しかし、製錬は出来たが、精錬の式を上手く繋ぐことができない。

 再度、ルシューが精錬のための式を行おうとすると、オルデン師が「止めなさい」と彼の腕に手をおいた。


「無理に展開すると、魔力の欠乏が起こる。ルシュー君の製錬は、ネリキリー君より幾分か速かった。魔力を込める量が多かったということだ」

 オルデン師はルシューに説明する。


「金属への働きかけは魔力の消費が速い。ましてや、連続で魔導式を展開するならなおさらだ。自らの魔力を調整することが必要だ。何回か行えばコツが掴めてくる」


「ネリキリーも初めてのはず」

 ルシューの小さな呟きを拾ってオルデン師は、微笑をした。

「ネリキリー君は他のものより、調整を上手くできる。これは小さな頃から日常的に魔法を使っていたためだろうと私は推測している」

 確かにネリキリーは農家の出だ。簡易な日常に使われる魔法は使用人が行ってくれる貴族より使う頻度は高くなる。

 魔力を使っての水の汲み上げは、子供の頃から行っていた。


「君は騎士になるべく育てられている。騎士の最後の砦は、魔法によらぬ体力、技術、精神力。出来ないことを悔やむのではなく、騎士たる資質が高いのだと考えなさい」

 オルデン師がルシューを諭した。

「そういたします」

 言葉を受けてルシューが姿勢を正した。


「誰か続きを行うものはいないか」

 オルデン師の声に、皆がお互いの顔をみる。

 他者の魔法の影響をうけたものに、また魔法をかけるのは少し難しい。

 前の術者の影響が残るからだ。影響は時間の経過とともに消えるが、粗鉛にはルシューのそれが今はまだ強く残っている。


「では、私が行いたいのですが、よろしいでしょうか?」

 イリギスが片手をあげて申し出た。

「よいだろう」

 オルデン師の許可を得て、イリギスが進み出た。


 イリギスが息を吸って吐き、呼吸を整える。



 EGO OPT P1um 1IQUE aute DIVI//P1U et AG et AURM atqu FAG//MISSA



 低く呟かれた詠唱はネリキリーのものとは微妙にちがう。


 彼は、鉛を灰に吸収させず、鉛、銀、金を一度に取り出すつもりのようだった。


 10分もすると炉の熱が冷えて、中身を確かめて見ることができた。


 中、小、極小の三つの金属の塊。

 極小のものは金色に光っていた。


 一同は賛嘆の声をあげた


「すばらしい。さすがはイリギス君だ」

 オルガン師も称賛をイリギスに贈る。


「いっぺんに三つなんて考えなかったよ。イリギスはすごいなあ」

 イリギスの行った精錬はネリキリーにとって驚異だった。

 ネリキリーは魔法によらない冶金の方法を式化しただけ。

 銀と金を分けてもいない。


「ネルの式と冶金についての説明から思いつきました。初めての試みで、少々不安でしたが、上手くいって良かったです」

イリギスがオルデン師に向かって言った。


「不安そうになんて見えなかったよ。僕にもできるかな」

「落ち着こうと自分に言い聞かせていた」

イリギスがネリキリーに向かって笑いかけた。

「僕にもできるかな」

 三つの金属を見て、ネリキリーの学術的好奇心がうずく。


「粗鉛を酸化させずに、三つの金属に製錬するには、かなりの魔力が必要だ。魔力が高く大きなオーランジェットの人ならではの冶金術。くれぐれも、今は他のものは真似をしないように」

 興奮ぎみなネリキリー達にオルデン師はやんわりと忠告を与える。


 金属を次々に手渡ししていた同期生が一様に落胆の色を現した。


「二十歳になるまで魔力の成長はつづく。今は無理だが、五年次には試すことができる。成功するかしないかは本人の資質によるが」

 それでも、意気のあがらない顔の一同にオルデン師は言葉を投げかけた。


「先程もいったが、出来ないことを悔やむことはない。人には向き不向きがある。魔力の多寡が人の優劣を決めることではない。まずは、見て、知る、そして、志す。これが肝要なことだ」

「分かりました」

 オルデン師の暖かい言葉に励まされ、一同は返事を返した。

「それでは、解散しよう。精錬した金属は、魔導式を展開したものにそれぞれ与える。ルシューとイリギスは二人で分けなさい」


「いえ、私は遠慮させていただきます」

 すぐにルシューが声をあげた。

「だが、ルシュー、製錬を行ったのは君だ。私は……」

 イリギスの言葉をルシューは首を左右に振って遮る。

「いや、私には他に欲しいものがある。オルデン師、私に残った炉の灰をいただけないでしょうか」

「それは構わんが」

「ありがとうございます。先ほどオルデン師がおっしゃった騎士としての心得を胸に刻みます。そして灰は灰の役割がある。金銀を取り出すときに果たすべき役割が。私はかような騎士になりたい」

 ルシューの真摯な言葉にオルデン師は大きくうなずいた。


「灰の騎士か、よかろう、持っていくとよい」



 オルデン師がネリキリーに後で部屋にくるように言って、実験室を出ていく。


「ルシューが灰の騎士、ならネルは銀の魔導師にイリギスは金色の伯爵、いや王立女学院(カル・デ・リア)では王子さまって呼ばれているらしいな」

 ケルンが陽気な声をあげた。


「王子さま」

 皆が一斉にイリギスを見た。

「止めてくれ」

 イリギスが眉を寄せた。しかし、そんな顔もさまになる。ネリキリーは王子さまと呼ばれるのも分かる気がした。

 自分の銀の魔導師は面映ゆいが。


「じゃあ、俺たちは鉛?」

 ジャンニがふざけて情けない顔をした。

「いいじゃないか、鉛。鉛にだって役割がある」

 クレソンがルシューの言葉を借りる。


「毒があるけどな」

 マルトが両手を広げた。

「一筋縄ではいかないってことで、それはそれで格好がよいさ」

 クレソンが笑っていなす。


「高級な硝子にも使われているみたいだよ」

 ネリキリーは手にしたばかりの知識を披露した。


「鉛で作られた人形が、体を溶かして愛を告げるおとぎ話がありましたね。少し悲しい話ですが、私はわりと気に入ってます」

 フェノールが少し感傷的に語る。


「じゃあ、俺たちは鉛の一党で」

 ジャンニの意見に、もう少し格好がよい名がいいと誰かが言った。


「鉛の竜鱗(りゅうりん)というのはどうかな」

 ケルンが提案する。

 一同は、それはいいなと賛同した。


「私も金の……より、そちらが良いな」

 イリギスがにこやかに言う。

「あ、僕も」

 ネリキリーも手をあげる。

「ネルのは、良い名だろう。だいたい私は王子ではないし」

 イリギスの声がわずかにムキになる。

 ケルンがやれやれと言う風に肩をすくめた。


「仕方ないな。金錬の公子にしといてやる」

 なぜか、ケルンは偉そうにそう宣言をした。



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