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「シュガレット草、30キロ、魔力の残存率の平均が73。上物ですね」
シュガレット草用の量と品質が書かれた伝票を見て鑑定人兼会計のラスクが言った。
シュガレット草は持ち込まれる量が多いので、まず、倉庫に運びこむ。
そこで倉庫係が確認し、伝票を冒険者に渡す。
冒険者は他の品と伝票を持って、改めて鑑定人のもとへ行く。
首都では鑑定人も、もっと専門的に分かれているという。
「キロ3リーブとして90リーブ、クックルの卵が10掛ける20で200リーブ。締めて290リーブになります」
ラスクが銀貨2枚、半銀貨1枚、銅貨40枚とを差し出した。
受け取りながらネリキリーはふとわいた疑問を口にした。
「クックルの玉子の採取が相場より1割高いが、何か理由があるのですか?」
「魔物の発生率が上がっているのですよ。だから討伐依頼が多い。どうしたってそちらに手が取られる」
もともと採取は依頼料が安いから人気がないし、とラスクは苦笑した。
「だから、定期的に受けてくれるネリキリーさんみたいな人は、実は組合としてはありがたいんですよ」
ラスクが板についた愛想笑いを浮かべていた。
おそらくは、繁殖期の魔物を狩っている冒険者たちにも似たようなことを言っているだろうなとネリキリーは思った。
別にそれは悪いことではない。ギルテがどのような依頼でも平等に取り扱っている証しだからだ。
「ネリキリーさんは、今後も採取中心に単独で、やっていく予定ですか」
「いや、そう決めているわけでは。でも、なぜ?」
「採取一本だと、階級もあがりにくいし、万が一採取中に魔物に出くわした時に危険度が大きい。ギルドとしては末長く冒険者をやっていただきたいわけですよ」
ラスクは辺りに人がいないか確認するような仕草をした。
それから、少し声を潜めて話を再開する。
「で、ですね。今、新しく仲間を募集しているところがありまして、カスタード団はご存じですか」
「名前だけは。老舗ですね」
「ええ、老舗ですから、長く冒険者をやってる人もいます。その内の何人かがそろそろ引退をしたいとなりましてね。だから数名、紹介して欲しいとの申し出がギルテにきたのですよ」
「カスタード団なら自分のような新人でなくても、入りたい人間はいくらでもいるのでは?」
「もちろん、もちろん」
ラスクは大きくうなずく。
「だから何人かに見習いとして仮入団してもらってから選抜する予定なんですよ。ただ、仮でもカスタード団でしばらく過ごせば良い経験になりますし、例え選ばれなくても、組合から推薦されたことは実績になりますよ」
「でも、なぜ俺に?」
「冒険者らしくないからですね」
「えっ?」
「冒険者は、一攫千金を狙ったり、名を成したいというような、欲が顕に出ている人間が多い。良くも悪くもね。ネリキリーさんはそれを感じられない」
「欲は人並みにはあると思いますが」
「人並みではなく、人の二倍も三倍もが当たり前なのが冒険者というものですよ。ただ、それだと団の、しかも、すでに色が固まっている老舗ではいざこざの元になる場合がある。だから、私は初心者でかつ、オーランジェットの外からきたあなたを押したいと思ったのですよ」
それにとラスクは続けた。
「カスタード団は、個人で依頼を受けることも許している。空いた時間に採取依頼も引き受けてくれるような人なら、こちらも万々歳というわけです」
ラスクはネリキリーの目を見て、あなただから、ここまで本音で教えるのですよと付け足してきた。
二、三日の猶予はあるというので、ネリキリーは返事を保留にしてもらった。
ニコニコと笑うラスク(とマドレーヌ)に見送られて組合を出る。
ネリキリーはそのまま投宿している宿に戻ると重い武装を解いた。
水差しに入った水を陶器の杯に移し、リモーネを搾って、蜂蜜を加えて喉を潤した。リモーネの酸味と蜜の甘さがネリキリーの体に活力を与えてくれる。
「カスタード団か」
名を売りたいと多少なりとも思う冒険者なら、飛び付く話だろう。
だが、ネリキリーが冒険者でいるのはオーランジェットに滞在し続けるためだった。
もともと彼はオーランジェットの産ではない。オーランジェットの衛星国カロリングの片田舎で生まれた。
豪農というほどではないが、小作人を何件か抱えるかなり裕福な農家の次男。
跡取りではないため、兄を手伝うか、もしくは家を出ることになる。
ネリキリーは家を出ることを選んだ。
学費を払う余裕が彼の家にあったことに加え、彼の魔力が平均よりやや高いことが彼を後押しした。
衛星国家であるカロリングでは、国全体の魔力の総量が少ない。従って取り込める魔力も少ない。代わりに人に害をなす魔物も滅多に発生しないし、発生しても弱い魔物ばかりである。
人々の魔力も低く、あれば便利な力ていどのもの。
が、それでも魔力の高さは評価の基準のひとつである。
初等教育の四年と中等教育の三年を終えて、13歳で首都にある王立高等学院に合格した。
高等学院ではまず三年は学問の基礎を学び、その後専門に分かれ二年の学習。合計五年間を学院で過ごすことになる。
そのあとさらに高度な学問を学びたければ大学に進むことになる。
コーリッジに進むのは、学者や上級官僚、法律家や医者などだ。
ネリキリーはそこまで望んでいないが、地方の役人や教師になれればと漠然と思っていた。
生まれ育った家を離れた時は、彼はまさか国まで離れるとは思いもしなかった。
旅立ちの始まりとなったリゼラでの日々を彼は思い返す。