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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
25/90

にじゅうご

夜の8時半を少し回ったところで、茶会はお開きになる。


 カラン、カラン。

 ネリキリーが自室に入ったとたん、聞きなれた鐘がネリキリー達の耳をうつ。

 シュトルム・エント・ドラクルを仕掛けられるギリギリの時間。


 ケルンとネリキリーは瞬時に廊下へと飛び出す。

 三年次の全員が、手巾(ハンドル)を取り出して、首にまき、下階を目掛けて走り出した。

 目指すのは、最上級生の住まう二階。

 シュトルム・エント・ドラクルの返礼だ。

 二階の廊下では部屋から出てきた上級生がちらほらといる。

 しかし、主力はまだ上がってきていない。

「行かせるな!」

 上級生の誰かが叫ぶが、もう遅い。


 先頭の一団は二階の最奥に到達していた。

 イリギス、ケルン、ネリキリー、ルシェーとクレソンは二階の入り口で、ドーファン率いる上級生の主力を待ち構えた。

 他のものは扉を開けて中に入り、あらかたの部屋を攻略する。

「残っている部屋は?」

「6、8、10、13、14、15の6部屋だ」

 フェノールの明確な声。

 つまり、ドーファン、フォーク、クルトン、セーブル、ボトルの五名は参戦可能。加えて、フロスト上級生かペーリエ上級生のどちらか。

 奇襲したというのに、これだけ部屋が落ちていない。上級生はやはりあなどりがたい。


「お前らー」

 怒髪天をつくという形相のフォーク上級生がかけ上がってきた。

 その後ろにはドーファン上級生らの姿と8号室のフロスト上級生もいた。


 先ほどまで穏やかに会話していた両陣営だが、まさしく竜の嵐のごとくぶつかりあう。


 フォーク上級生にはルシュー、クレソンが二人がかりだ。イリギスはドーファン上級生とフロスト上級生、ケルンはクルトン上級生を相手どる。

 その中をボトル上級生がすり抜ける。

「ボトル先輩がぬけた!」

 ネリキリーは6号室の扉に取りついて開けようとしているマルト達に警告する。

 マルト、ジャンニ、フェノールが向き直り、ボトル上級生を取り囲んだ。


 ネリキリーはセーブル上級生が相手だ。

「ほんとに子犬のような顔をして」

 次々と攻撃を繰り出すセーブル上級生に、

「お医者さん志望にしては格闘が上手すぎます」

 と返す。

「病弱な体を鍛えるために、努力した」


 襟元に伸びてきた長い手を防ぐために、とっさに両腕を交差し、阻む。

 そのまま、素早く両手を広げてセーブル上級生の手を払いのけた。

 ネリキリーの動きを見澄ましたように、セーブル上級生が動く。

 するりと手首を取られて、セーブル上級生の身体に引き寄せられる。

 あっと思う間もなく抱きしめられたかと思うと、次の瞬間、体を離された。

 セーブル上級生の手にはネリキリーの手巾(ハンドル)


 やられた。


 昨日の上級生はやはり手加減していたのだ。


 呆然とあたりをみれば、フォーク上級生に手巾(ハンドル)を取られたクレソンと目が合った。

 フロスト上級生はイリギスに取られたらしく、首に手巾(ハンドル)を巻いていない。


「6、8落ちたあ」

「13もだ」

 同級生の声が響く。

 残りは、10号室のセーブル、14号室のフォーク、15号室のドーファンの三人のみ。


 ケルンにセーブル上級生が近づく。身構えるケルン。

 両者がぶつかるかと思いきや、セーブル上級生が身を翻して、ルシェーの背後に回った。

 後ろ襟を片手でつかみ、もう片方で手巾(ハンドル)を抜く。

 虚を突かれた形のルシェーは何が起こったか把握しきれないようだ。


 いや、虚を突かれたのはルシェーだけではない。ケルンもだ。

 入れ替わるようにフォーク上級生がケルンの腕に手を伸ばしていた。

 あっけなく体勢を崩されるケルン。

 フォーク上級生の指がケルンの喉元に迫り、つかんで引く。

 その一瞬後、

「14号開けた!!」

 の高らかな声。

「ここまでか」

 フォーク上級生が手取った手巾(ハンドル)をケルンにほらよ、と放った。


 イリギスはドーファン上級生、セーブル上級生の二人をかわし続けていた。

 作法とはいえ、二人に囲まれているイリギスを見ているだけなのがもどかしい。


 あと二部屋。


「15号室!」


 三人掛かりで開けていた15号室がようやく開いた。

 同級生の二人が中へと雪崩こみ、もう一人が10号室へと駆け寄る。


 ドーファン上級生の身体から力が抜ける。

「あとは頼む」

 セーブル上級生が短くうなづいた。


 イリギスがそのセーブル上級生に足払いをかけた。難なくセーブル先輩はかわす。

 足払いをかけたことで、イリギスの体勢が悪くなった。すかさず、セーブル上級生が間合いに入ろうとした。

 そこは、イリギス、跳躍して回避。さらに踏み込むセーブル上級生。

 イリギスは伸ばされた相手の腕を捕らえにいく。


 ふっとセーブル上級生の姿が消える。

 腰を落とし、イリギスの手を下からつかみ上げた。

 セーブル上級生の顔がイリギスの喉元の押し付けられたかと思うと、

 彼は手巾(ハンドル)を口を使って奪い取っていた。


「10号室、攻略!!」

 最後の扉が開かれる。


「負けてしまいましたか」

 イリギスの手巾(ハンドル)を口から外してセーブル上級生は苦笑している。

「こちらは洗って返しますよ」

 セーブル上級生が戦利品の手巾(ハンドル)をイリギスに示して言った。

 それからドーファン上級生を振り返る。

「すみません、ドーファン、一歩及びませんでした」

「いや、いい。久しぶりにお前の本気を見せてもらった」

 ドーファン上級生が首を振って答えた。




「セーブル上級生ってあんなに強かったのか」

「僕も驚いた。体が弱いっていっていたのに」

「そうなのか?嘘だろ」

「今じゃなくて小さな頃だけど。魔力過剰で苦しんでたって。そのあと、体を鍛えたって」

「鍛えすぎだろ、イリギスがあれだけ押されるの初めて見た」


 そのイリギスはドーファン上級生に話しかけられている。

「まさか、茶会が終わったあと仕掛けられるとは思わなかった」

「一番、効率が良いと思いましたので。試験期間が始まる前に終わらせてしまいたかったのですよ」

「合理的だが、お茶会の後を狙ってと、不快に思われるとは思わなかったのか?」

「そのような禍根を残すような心根を持つ方はいらっしゃらないと思っております」

「我々は、な」

 かと言って、とドーファン上級生はイリギスをたしなめる。

「親しく交流した後に行うことでもあるまい。下級生に一定の条件で、シュトルム・エント・ドラクルの権利が与えられるのは、交流の一環、一種の遊戯であって、報復のためではない」

 イリギスはドーファン上級生の言葉に対して、軽く頭を下げた。


「その場にいたかった」とのイリギスの言葉を優先して、お茶会後にシュトルム・エント・ドラクルを仕掛けることを賛成した。それはもしかしたら、軽率なことだったのだろうか。


「まあ、いいじゃないか。イリギスだって昨日の祭りに参加したかったんだろうに、いない時を選んだんだから。お互いさま、お互いさま」

 フォーク上級生がからりとした声を挙げる。

 シュトルムの最中は恐ろしいほどの気迫だったが、終わってしまえば禍根を残さないさっぱりとした性格なのだろう。


「私、個人としてはイリギスに勝利したので、満足してるよ」

 セーブル上級生は、いい人なのか、少し意地悪なのかよくわからない。

「ただ、お茶会の当日の返礼は禁止にしたほうが良いかな。疲れてしまうから。……それから、消灯時間が近づいてます。私は思わぬ運動の汗を流して寝たい」

 セーブル上級生は冷静な人だった。


 セーブル上級生の言葉に、一同は明日が月曜日(アイン)だということを思い出す。

「わかった。では、今回のシュトルム・エント・ドラクルは仕舞だ。みな、速やかに部屋に戻れ。くれぐれも寮母さんの手をわずらわさないように」

 ドーファン上級生が言うと、五年次も三年次も蜘蛛の子散らすように自室へと戻って行った。


 この寮で最強なのは、ほかでもない、普段は穏やかな寮母さんなのだ。


魔物の設定をあとがきに書いてみました。


【シュガレット草】

魔糖の原料。

正成と精製されて下糖 (褐色糖)と上糖 (純白糖)に分かれる。

魔法薬には必須。

最上級のものは、魔糖菓子(リ・ボン)として使用される。


特徴は

腐りやすく (あしが早く)

動きも速い。 (脚が速い)

東方では、逃芦と呼ばれている。

ゆえに、冒険者の間では、シュガレット草は、生物(なまもの)が合言葉である。


怪角鹿(エゾック)


大きな角を持つ鹿型の魔物

体格は普通の鹿より少し大きい。

前足を利用した足蹴りと跳躍力を活かした飛び蹴りが得意。

しかし、動きが単純なので仕留め易い。二人以上で対応すると良い。

急所は角と角の間

癖がないので、調理次第でおいしくいただける。

角は体力回復、怪我の治りを早くする効果あり。

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