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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
24/90

にじゅうよん

 食堂を借りてのお茶会の準備は、上級生と下級生の交流のためにシュトルム・エント・ドラクルの攻守共に行う。


 一年次に対して初めてシュトルム・エント・ドラクルを行うのは、三年次と決められていた。

 四年、五年次だと、新入生が緊張しすぎるし、二年次だと、部屋の攻略もお茶会もまだ慣れてはいないためだ。


 つまり、ドーファン上級生のいる今の5年次は、ネリキリー達にシュトルム・エント・ドラクルの手ほどきを初めてしてくれた学年だった。


 夕食が終わり、他の学年が食堂から去る。


 あらかじめ上級生が頼んでおいた茶器が、食堂の配膳係から渡された。

 上級生が奪っていった菓子に加えて、かつて寮生だった(マター)らの供与や上級生自身のいくばくかの差し入れもある。

 その中でイリギスの甘橘(オーランジェ)が彩りを添えていた。


 型式は立食。

 互いに茶注壺(ルテ)を持って茶を注ぎあう。

 本来のお茶会の作法(モラール)とは異なるが、より多くの交流をはかるために、そういう型式になった。

 今ではリゼラ・デ・リアの茶会と言えば、立式の茶会と同義語だ。


 22時に消灯になるため、今日は一時間ほどで終了の予定だ。


「先日の狩りでも思ったが、君は勇敢だな」

 イリギスを取り囲む人の群れから抜け出して、一息ついていると、空になった茶杯を差し出しながら、セーブル上級生がネリキリーに声をかけてきた。

「勇敢と言うより、夢中になると、回りが見えなくなる(たち)みたいです」

 ネリキリーはセーブル上級生の器に(ルウ)を注ぐ。

 赤みを帯びた茶色の水色(すいしょく)も香りも良い。

 自分の器にも注ごうとして、セーブル上級生に止められた。

「お互いに、がここでの作法(モラール)だ」

 一年次にかえったかのような自分の行動に、ネリキリーはちょっとだけ羞恥を覚える。


 シュトルム後のざっくばらんな茶会、正式な場としての茶会、両方の作法(モラール)をネリキリーは、セーブルを含む上級生達から学んだ。


 思えばあと一年もしないうちに彼らは卒業してしまう。

「セーブル上級生は高等学院(リゼラ)の卒業後はどうされるのですか」

 少し唐突な問いだったかも知れないが、ネリキリーは彼がどんな未来を思い描いているのか、興味を持った。

「私かい?大学(コーリッジ)に行くつもりだよ」

 ネリキリーは何となくほっとした。

 王立の大学(コーリッジ)は隣接と言っていいほど近く、進学組は、たまにこちらに顔を見せるからだ。

「やはり学ぶのは法律学ですか?」

 確かセーブル上級生の家は、いわゆる法服貴族で父上は高等法院の裁判官のはずだ。

「いや、私は法律より医学に興味があってね。そちらの学部を目指している」

「医学ですか」

 意外な選択だった。

 医者は、爵位を継がない貴族の次男や三男が選ぶ職業ではある。

 しかし、セーブル上級生のどこか鋭利な雰囲気は、ネリキリーの村の隣町、一帯の郡都にある診療所の医師とは違っていたからだ。


「今はなんともないが、小さな頃は魔力に対する取り込み過剰があって、熱をだして寝込むことがたびたびあった」

 魔力の取り込みと貯める能力が、体力に対して高すぎて、病気のような症状を出す子供がたまにいる。

 だいたい、大きくなれば自然に治るが、稀には亡くなる子供もいた。

 ネリキリーが狩りで経験した魔力欠乏もそうだが、魔力が多くても少なくても、体に変調をきたすのだ。


「たいていは治ると言っても、やはり何日も続く熱は辛い。体力を奪われて別の病気にかかる場合もある。魔力病だけでなく、普通の病も癒せるような医者になれれば、と思うよ」

 セーブル上級生の真剣な言葉にネリキリーも襟を正す。また、その真剣さがネリキリーは嬉しかった。

「僕は魔導式の研究をしたいんです」

 思わず自分の夢を聞いて欲しくなるほど。


「魔導式は、外界へ放つ魔法を制御するためのものです。でも、体内の魔力の制御に応用できる式が見つかれば、セーブル上級生のお役にたてるかも知れませんね」

「魔導式の医学への応用か。定理を覚えるばかりでそんな考え方はしたことがなかったな」

「僕もいま勢いで言ったことですから、実際にできるかどうかは未知数ですけど」

「いや、自分の進む道を肯定してくれてうれしいよ」

 セーブル上級生の顔に一瞬、陰りがさす。

 彼が誰かに医者への道を否定されたことをネリキリーは察した。おそらくは家族。

 法曹界で活躍するお父上を持つ身、そして貴族の次男は長男の予備という立場だと聞く。

 優秀なセーブル上級生は法律家になることを期待されていたことは想像できる。

 案の定セーブル上級生はこう言いだした。

「父をはじめ家族は法律家になれというのだけれども、私に言わせれば裁判官や弁護士も医者も同じだよ」

「人の役に立つ仕事ということですか」

 それもあるが、とセーブル上級生は瞳をきらめかせた。

「暇な方がいい職業というところだよ。裁判官や医者が暇なら、世の中が平和で人々が健康であるということだからね」

 もし、そうなったら、次は何を目指すかな、とセーブル上級生は笑う。


 面白い考え方をする人だな。

 ネリキリーはセーブル上級生の笑顔を目を大きくして見ていた。



 セーブル上級生と話していると、ふと視線を感じた。

 見上げるとイリギスがこちらを見ていた。

「お話しできて嬉しかったです」

 ネリキリーはセーブル上級生にそう告げて、イリギスを囲む賑やかな一団に戻った。


「お茶は足りてますか?」

 手にした茶注壺(ルテ)を目立つように掲げて、ネリキリーは彼らに言った。

 空になった茶杯が次々に差し出される。


「人気だな」

 ひとしきりお茶を入れると、ドーファン上級生が返杯をしようとしてくれた。

 茶注壺(ルテ)にはあまりお茶が残っておらず、満たされたのは器の半分ほど。

「足らないか」

 ドーファン上級生は別の茶注壺(ルテ)から継ぎ足そうとする。

 するとイリギスがそれを止めた。

「ドーファン上級生、お待ちください」

 イリギスは甘橘(オーランジェ)を手にしていた。

「ネル」

 呼ばれるままに近づくと、イリギスはネリキリーの茶杯にオーランジェを絞り入れた。

 甘さを帯びた鮮烈な匂いが香り立つ。

わが国(オーランジェット)ではお茶をこのようにして飲むこともあるのですよ」

 イリギスは絞り終えた果物の皮を卓に戻し、指に付いた果汁を優雅に拭う。


「夏に冷やしたお茶とオーランジェを割ったものを飲むのは知っていたが、暖かいお茶でも飲むものなのだな」

 ドーファン上級生がイリギスの顔を見る。

「ドーファン上級生がお飲みになったのは、果汁と茶を二分割で透明な硝子(シスル)の高杯に入れてありませでしたか?」

「確かにそうだ。以前に父とオーランジェットを訪問した際に出された。甘さの中に塩味がある不思議な飲み物だった」

「お客へのもてなしと、暑気払いに作られる夏のお茶ですね」


 ネリキリーはおそるおそる手にしたお茶を口にする。香りはいいがお茶の渋みが多くあまり美味しくない。

「ネル、飲みにくかったら砂糖を入れてごらん」

 露骨に顔をしかめたのが分かったのか、イリギスが砂糖を入れることを即す。

 砂糖を入れると格段に飲みやすい。

「イリギス、飲みやすくなったよ」

 周りにいた者たちが次々と試し始める。

「紅茶を濃くしなければ、砂糖なしでもいいな」

「俺はさわやかな後味で、砂糖なしのほうが好きだな」

 好奇心が旺盛なケルンは、イリギスの言う砂糖と塩を加えた紅茶のオーランジェット割りを試していた。


 食堂の中がにわかに活気づいた。


甘橘(オーランジェ)は我が国の象徴ですから、さまざまに利用されていますよ」

 イリギスが言えば、すかさずケルンが甘橘(オーランジェ)についての知識を披露した。

「知ってる。砂糖漬けや、砂糖煮はもちろん、料理のたれ(カレーム)から、香水、入浴剤、あまり知られていないが、汚れ落としの洗剤まで作られている」

 ケルンの言葉に、そうだとイリギスがうなずいた。

「だけど、ほとんど国外に出回らないんだよなー」

 ケルンがため息を洩らす。


甘橘(オーランジェ)なら、国内でも生産されているよね?」

 ケルンの嘆息が大袈裟に聞こえたネリキリーはケルンに尋ねた。

 カロリングでも北の方に位置するネリキリーの村では栽培に適さないが、南の地方では栽培されていた。

「種類がちがう。カロリング(うち)のは、少し小さくて酸味が強い」

「そうなんだね」

 りんごはよく食べてきたが、甘橘(オーランジェ)に馴染みのないネリキリーは、ケルンの言葉に得心する。


「竜翼の誓約の盟主たるオーランジェットは輸入も輸出も少ない。物も人も」

 ドーファン上級生がイリギスを見ていた。

「私としてはより良い関係を保つために、多くの交流を望んでいるのだが」

 ドーファン上級生はカロリングとオーランジェットとの国交のあり方、物流の少なさに不満があるのだろうか。


「この甘橘(オーランジェ)は輸出を増やすのは難しいですね」

 イリギスはドーファンの言葉を受けて言った。

甘橘(オーランジェ)は人間も好みますが、幻獣もお気に入りですので。実が大きくなる前に食べてしまう幻獣もいます。さらに、果物だけではなく、金翅鳥(オウレリ)などは(サティン)の糸を採るための錦糸蝶(アウレリ)を好んで食べますから、養蝶家には害鳥扱いですよ」

「幻獣って割りと食いしん坊なのか」

 クレソンが素朴な感想を洩らす。

「幻獣の王と呼ばれる竜が、シュトルム・エント・ドラクルの語源になったくらいですからね」

 イリギスは目に笑いをたたえた。


「それを口実にしちゃうあたり、人間が一番食いしん坊かも」

 ジャンニが何気無く言うと、一同は、卓に乗っている、あるいは手にした菓子を見た。


「でも、美味しいは幸せだよね」

 食いしん坊かも知れないが、目の前の口福をネリキリーは口にし、一同もそれに習った。

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