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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
23/90

にじゅうさん

六日目 日曜日(フローラ)


「シュトルム・エント・ドラクルか。懐かしいな」

「ファンネルさんは冒険者をやるくらいだから、強かったのでしょうね」

「それが全然。廊下にはほとんど出なかったから、学年で最弱と言われていたよ」

 ファンネルの体つきは細身だが、それは引き締まっているからだ。

 動作も機敏で運動が苦手とは思えない。

 今も大きな円匙(エンシ)を使って庭を掘り起こしている姿は力強い。

 ネリキリーが怪訝そうにしていたからだろう、ファンネルが説明してくれる。

「体術は苦手でね。得意なのは弓。薬茶師(ヴァリスタ)のお師匠が実践派だったから、オーランジェットで、体術も少しは向上したけど」


 ファンネルは地面に円匙(エンシ)を突き立てた。

薄荷(スース)種は生命力が強いうえ、地下茎で繁殖するので厄介なんだよ。ここの庭は花壇になっていて、仕切りをきっちりとしているから、さほど広がっていないけど」

 ネリキリーは煉瓦の仕切りからはみ出して繁殖している緑の侵略者を刈り取り、二台ある手押し車の片方に乗せていく。

 ファンネルはそのあと円匙(エンシ)で地下茎を掘り起こして土を落としては、もう片方の手押し車に乗せていた。

「葉が手押し車いっぱいになったから台所の裏にある水場に運んで。(むしろ)が敷いてあるからそこに移してほしい」

「わかりました」

 ファンネルの指示に従って水場へ向かい、葉を降ろす。

 戻るとファンネルが土のついた地下茎を運んでいた。

「それはどうするのですか?」

「焼く」

 ファンネルの答えは簡潔明瞭だった。繁殖力が旺盛すぎて少しでも残っていると、すぐに広がるからだという。

「洗って干して風呂に入れてもいいけど、仕切りからはみ出した分だけでも葉がかなりあるしね。……葉の部分を帰りに少し持っていくといいよ」

「ありがとうございます」

 お互いに三度往復をして、薄荷(スース)の植えられている花壇の周りをきれいにした。


「次は薄荷(スース)をすすぐ」

 二人は葉のついた茎を軽くすすぐと筵にまた並べ直す。

「昼食を作って、食べ終えたら乾くから、束ねて小屋に吊るすから。あ、今日は昼食を作るのを手伝ってもらうよ」

「僕がですか?」

「そう、今日は卵や腸詰を焼くだけだから、料理なんてもんじゃないけど。やったことある?」

「川魚や狩りの獲物、ウサギや鹿をさばくくらいはできるんですが」

「さすがに農家の息子だね」

 ファンネルが勝手口をあけて中に入る。ネリキリーもそれに続く。


 白みを帯びた淡い黄色の壁。流し台は濃い茶色で、白い磁器の洗い場が嵌め込まれていた。

 洗い場につき出された金属の水口の栓を抜くと水が流れ出す。

「最新式の水栓に変えたいのだけど、それはもう少し後かな」

 ファンネルは汚れた手を洗うと、場所をネリキリーに譲る。

「うちの村では、手押し水揚機で、汲み上げますからやはり都は進んでますね」

 ネリキリーの村では、大きな家には、大抵、井戸があり手押し水揚機を使っていた。

 それで少し高い水槽に汲み上げた水を炊事場や風呂などに使うのだ。

 朝一番で、ある程度大きな子供がする仕事でもある。


 台所に入るとネリキリーは野菜を刻むように頼まれた。

「細かくしないでいいから」

 玉葱(ティアニー)甘藍(グリンボ)、きのこを粗く刻む。

 ファンネルは熱した鉄板に油を引くと刻んだ野菜を放り込んだ。塩と香辛料を振りかけて炒めると空腹を刺激する音が鉄板からたつ。

 さらに太い腸詰を6本追加する。

 腸詰の焼ける匂い。最後に鉄板の端に目玉焼きが作られた。

 ファンネルはそれをそのまま板を敷いた台所の卓に置いた。普通は使用人が食事をする場所である。

「食堂に持っていくと多少冷めるからここで食べるよ」

 昨日の繊細な食事と違って今日は豪快だ。

「別々に食べても旨いが、この薄焼きの麺麭(ナーン)に挟んでも旨いよ。辛子が平気ならそれもつけるといい」

 ファンネルの薦めに従って、いろいろと試してみた。飲み物は水にリモーネを垂らして蜂蜜を少し加えたもの。

「肉体労働の時には、酸味栄養素がいいんだよ」

 ファンネルが薬茶師(ヴァリスタ)らしい講釈をしてくれた。


 腹を満たした後は、薄荷(スース)を束ねて、乾燥用の小屋に吊るした。

「ここは前には、薬茶師(ヴァリスタ)が住んでたんですか?」

「俺も良くは知らないのだけどね。寮の玄関の脇に庭園にたたずむ女性の絵があるだろう?あれは昔のここの絵だってことだ」

「そうなんですか!?」

 毎日目に入る繊細な筆致の絵をネリキリーは頭に描く。その絵の中の庭園と幽霊屋敷となり果てた今の庭とがなかなか結び付かない。

「あんなに綺麗にはできないとは思うが、在りし日の庭を蘇らせるってちょっと風雅(ロマンセ)だよな」

 ファンネルは照れたように笑う。お師匠さんに無理やりなんて言っていたが、彼はここを買うために冒険者になったのかもしれないとネリキリーは思った。

「そろそろ三時だな、ちょっと待ってて」

 ファンネルは奥に入って戻ってくると小さな包みを手渡した。

「これ、今週分の126リーブ、確認して」

 言われるままネリキリーは中身を確認した。言われた通りの硬貨が入っている。

「お疲れさま。来週もよろしく」

「ありがとうございます」

 薄荷(スース)も三束を貰ってネリキリーは寮へと戻った。 



寮の玄関に入って、なんとなく飾られている絵を眺める。


 季節は春だろうか。

 若い緑と優しい風合いの花に溢れた庭園の中に、辺りを慈しむようなまなざしの女性が描かれていた。

 絵は、風が彼女の髪をなぶっている瞬間を捉えている。それが彼女をより生き生きとさせていた。


 しばらくその場でたたずんでいると、イリギスとケルンが連れ立って帰ってきた。

 その後ろには、オードブルが見える。

 イリギスとケルンは門のところで会ったらしい。

「今日はちゃんと一人で起きて家に帰ったぞ」

 ケルンがふんぞり返る。

「それはすごいね」

 ネリキリーは小さな拍手をした。イリギスが二人のやり取りを見て小さく噴き出す。

 ケルンとオードブルの手には大きな袋が抱えられていた。ケルンの袋の中身は姉妹からの差し入れのお菓子だろう。

 しかし、オードブルが持っている袋、おそらくイリギスのものだろうそれの中身は見当がつかない。


 手にしているものを疑問に思ったのはお互い様だったようで、

「それは?」

 イリギスがネリキリーの抱えている薄荷(スース)を見た。

 ネリキリーはいたずら心を起こす。

「この絵の中の庭から摘んできた」

 玄関にかけられた絵を指で示す。イリギスは目を(しばた)かせた。ケルンは眉をひそめている。

 ほとんどお目にかかることのないイリギスの面食らった表情に、ネリキリーは相好を崩す。


「なんてね。お手伝いに行った家の人からお駄賃にもらったんだよ」

「そうだよな。絵の中からなんて物語じゃあるまいし」

 ケルンがうなずく。

 イリギスは絵とネリキリーと見比べた。

「そういえば、なんとなくこの女性とネルは似ているな」

 イリギスの言葉にケルンとオードブルも絵とネリキリーを交互に見た。

「髪の色も目の色も違うじゃないか」

 ネリキリーの言葉はイリギスのいたずら心も刺激したらしい。絵の中で優しく微笑んでいる丈高く美しい女性と自分が似ているなんて。

 からかっているとしかネリキリーには思えなかった。

「たたずまいというか、緑の、植物の中にいるのが」

 イリギスの言葉は煮え切らない。

 ただ、ネリキリーが女みたいだとからかっているわけではないらしい。


 そうだよな。イリギスはケルンじゃない。


「緑滴る田舎育ちだからね、僕は。それに今、薄荷(スース)を持っているからそんな感じがするだけじゃない」

 ネリキリーは薄荷(スース)の束を振った。清涼感のある香りがふわりと広がる。


「新鮮だから、生葉でお茶が入れられるよ。お菓子とよく合いそう」

 ケルンの持つ袋にネリキリーは視線をやった。

「はいはい、いつもの通りイリギス様と私のかわいい子に渡してって箱がちゃんとあるよ」

 ケルンが袋をゆすった。やはり、ケルンはネリキリーをからかうのがお好みらしい。

 ネリキリーは少しばかり憮然とする。ケルンの姉上に直接に言われたなら、笑って流せるが、男のケルンに言われるのは少しばかり癪に障る。


 明日の朝、起こしてやらないからなと、ささやかな意趣返しをネリキリーは想像する。


「いつも申し訳ないですね」

 紳士なイリギスが恐縮した。

「申し訳ないなんて思わないで、美味しく食べてくれれば、姉妹たちも喜ぶよ」

 イリギスは清雅な笑みを浮かべて、いつも美味しいと思っている、と告げた。


「オードブル、ここまででよい」

 イリギスが従者(バレ)から荷物を受けとる。

 寮生以外の者が立ち入るのは、ちょっとした手続きがいるから、その手間を省いたのだ。

 行こうと、ケルンが体で合図をした。

 久しぶりに三人で連れ立って寮の奥へと進む。

 最後にネリキリーはもう一度、絵の中の女性に視線を投げた。

 ネリキリーの動きにつられたのか、オードブルも絵を眺める。

 そのオードブルに軽く会釈(えしゃく)をしてから、ネリキリーは階段を昇り始めた。



 イリギスの袋の中身は、甘橘(オーランジェ)の実だった。

 イリギスを訪ねたオーランジェットからの客人の土産。

「だけど、半分は5年次に渡さなきゃならない」


 階段を上がりながら、昨夜のシュトルム・エント・ドラクルの話をする。

 ケルンがネリキリーの行動をやや大げさに語った。終始部屋の中にいて見てないはずなのにだ。

「さすがに俺らのネルだよな。イリギスもそう思うだろ?」

 我がことの、というより、孫を褒める祖父のようにケルンが言った。

 ネリキリーは面映ゆくなりつつも、ケルンの仲間意識がうれしかった。


 明日の朝、起こさないのは止めにしよう。


「そうですね」

 イリギスの視線は優しかったが、

「私もいたかった」

 と、ぽつりと漏らす。

「うん、寂しくなったか?だけど、今日のお茶会も、返礼のシュトルム・エント・ドラクルも当然、参加だからな」

 ケルンがイリギスの顔を覗き込んだ。

 イリギスに対してここまで言うのは、校内広しといえど、ケルンだけだ。

 さすがは鉄の心臓を持つ男と言われているだけのことはある。


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