じゅうはち
思わぬ成り行きで、入ってくるお金が少なくなった三人は、当初予定していた料理店に行くのをやめにした。
地元の民であるケルンに案内されたのは、少し余裕がある暮らしをしている人が利用する、こぎれいな食堂だった。
なかなかかわいい看板娘が二人で給仕をしていて、足取りも軽く次々にかかる注文をさばいていた。
イリギスはこのような食堂は初めてらしく、なにくわぬ顔をしているが、自然なふりにみえるようにしてあたりを見回していた。
といってもネリキリーも三回目の、しかも同い年の友人達だけの外食に少しばかりうわずった気分だった。
「ここは、ひき肉を使った料理の美味さで知られているのだけど、なかでもタタルハーグが旨い」
ケルンがお薦めを教えてくれる。
「じゃ、それで」
「わたしも同じものにしよう」
ケルンが手をあげると給仕の娘さんがすぐさま注文を取りに来てくれた。
「エッセン氏はかなり鑑定士として優秀ですね」
イリギスがリモーネの発泡水割りを口にした。
「エッセンは、オーランジェットで特級鑑定士を取ってる。魔物の素材についての知識はカロリングで、五指に入る実力者と言われてる」
「特級鑑定士ですか。特級ですとある程度の強さの魔物を狩った実積が必須。あの隙のなさも納得です」
「特級はオーランジェットでしかとれないよね」
ネリキリーが言うとイリギスは苦笑した。
「取れなくはないですが、他国では特級を取るために狩らなければならない強さの魔物が出ないですから」
「店を出す条件の一級なら、うちの国でも取得出来るんだけどな」
ケルンはどこか悔しげな顔をしていた。
「うちの商会も魔物素材を扱ってるけど、鑑定士は一級どまり。量、質ともにエッセンのところには敵わない」
ケルンが言うにはシュトゥルーデル商会が扱っているのは主に国内の魔物で、エッセンはオーランジェットからの輸入品が多いということだった。
ただ、シュトゥルーデル商会は様々な物品を手広く扱っているので、しばしばお客をエッセンに紹介している。父親とも個人的なつきあいもあり、ケルンとは以前からの顔見知りだそうだ。
注文をした料理がきたので話を中断する。
給仕の女性が飛びきりの笑顔で料理を置いてくれる。
「お熱いので気をつけてください」
牛のひき肉をつなぎでまとめて焼いてある。うえには濃厚で食欲をそそるたれがかかっていた。
食前に胸の前で手を組み「グラーシャ」と挨拶をする。
肉に切れ目を入れるとじわりと肉汁が溢れた。
すかさず切り分けた塊を口に入れる。
濃厚なたれに絡まった肉の旨さ。ネリキリーは夢中で食べた。
付け合わせの野菜もかなり美味しい。
ネリキリーが故郷で食べていた取り立ての野菜には負けるけれど。
会話は
「旨い」「美味しいな」「そうだろ」
の三つの言葉で成り立っていた。
ついてきた麵麭もフカフカしていた。最後のたれまで麵麭でさらって食べ終える。
腹も心も満足して勘定を払う。
30リーブ。
以前に兄さんに連れて行ってもらった食堂での払いは二人で15リーブだった。
料理は違うので一概には言えないが、やはり、少し高い。
帰寮するとネリキリーは寮母さんに呼び止められた。実家から何か届いているという。
ネリキリーは後の二人に先に部屋へ戻ってくれと頼み、受けとり手続きした。
寮母さんはかなり年上だが、毅然としていて規則には厳しい。
寮生に慕われつつも恐れられている。
規則にしたがって中くらいの箱の中身をその場で確認した。
中には手紙と姫りんご。
可愛らしいそれを五つほど寮母さんに進呈した。
彼女はとても嬉しそうに受け取ってくれた。
ネリキリーが部屋に戻るとイリギスもいた。
自室に帰らずケルンとネリキリーを待っていたらしい。
ネリキリーは姫りんごを水差しの水を使って洗い、二人に手渡す。
「何か剥くものを」
と言い出したイリギスに笑って言う。
「これは皮ごと食べるんだよ」
ネリキリーは見本を見せるように丸かじりをした。
ケルンも躊躇なくかぶりついたのを見て、イリギスも一口かじった。
「酸味がさわやかで美味しいな」
イリギスが感想をよこす。
「うちの村の自慢の一品だからね」
ネリキリーは気をよくして村について少し話す。
「春になると姫りんごの花が一面に咲いてとてもきれいなんだ。冬は少し雪が多いけど、暖炉で保存していた姫りんごを串に刺して焼く。甘みが増したそれを熱々で食べるのは寒いからこそ、よけいに旨く感じる」
「それ、やってみたい。もらった保存箱がさっそく役に立つな」
ケルンが箱の方に振り返った。
「それまで残っていたらね」
どこからか聞きつけて姫りんごの奪取に寮生が襲撃してくるかもしれない。
十代の食欲の前には、身分の上下なんてあったものじゃない。
ケルンは、真剣に対策を考えようと言った。
「姫りんごの花はきれいだし、実はかわいいから、赤ちゃんや女の子の誉め言葉によく使われる。あと、姫りんごを一口かじって女の子に差し出すのは、好きだっていうことらしい。兄さんが言ってた」
「じゃ、女の子の返事は?」
とケルンが尋ねてきた。
「受け取って食べてくれれば、わたしも。受けとるだけなら、少し考えさせて。今はいらないは、ごめんなさい」
今はいらない率は割りと高いらしい。
「男はせつないな」
言いながらケルンが二つ目を洗っていた。襲撃されなくても冬まで持ちそうにない。
「これはお前が取っておけよ」
四つ目を食べ終わったケルンが、エッセン氏から受け取った金が入った革袋を差し出した。
ネリキリーは思わずイリギスを見た。五つ目を手にしていたイリギスが承知しているという動作をする。
「これはみんなのものだろう?」
「俺たちは短剣の仕様をあれこれ追加したからな。それで費用がかさんで、残りはこれだけになった」
「僕の鎌は元々が高かった」
倍近くもだとネリキリーは主張する。
「でも、狩りで一番、活躍したのはネルだし」
「違うだろ。一番はイリギスだろ」
「私には特に必要のないものだ」
イリギスのお金に頓着しない様子にネリキリーはいらだった。灰色の雲が心にかかったように感じる。
「ほどこし?」
思ったよりも固い声にネリキリー自身も驚く。
「そうではない」
「そんなんじゃない。これは正当な報酬さ」
二人が同時に否定する。では、何だというのだろう?報酬というなら、これは皆が力を合わせた結果だ。そう、力を合わせた結果なのだ。
困り顔のイリギスとケルン。
二人の表情には好意と困惑と自分たちの行動が受け入れてもらえない悲しみとかすかな怒りが見て取れた。
友情と自尊心。
ネリキリーは二つを天秤にかける。
結局、ネリキリーは友情を取る。今までもそうだった。ならば、今も、これからもそうであっても良いだろう。
「……そんなに僕に貰ってほしい?」
ネリキリーはできるだけ軽く伝わるように言った。笑顔も添えて。
「あ、ああ、もちろん」
「ぜひ、貰ってくれ」
ほっとしたようにイリギスとケルンの身体から力が抜けた。
「仕方ないな。そんなに言うなら貰っておいてあげるよ」
ケルンの鼻先から浚うようにして、金袋を奪い取る。
「後で返してくれって泣きついても、返さないからね」
おどけるように手にした革袋を鳴らすと、ネリキリーはそれを自分の寝台に放り投げた。