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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
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じゅうしち


その日のうちに、狩った怪角鹿(エゾック)の肉と角。それに飛びかまきり(グルーマント)がイリギスの元に届けられた。

 肉は中のものが腐りにくくなる魔法がかかった箱に入れられて。


 中身をとりだしても、三年ほど魔法の効果は続くそうだ。


 さすがにオーランジェットはやることにそつがないと、ケルンがしきりに感心する。

「この箱、俺たちで貰っていいよな」

 とイリギスに確認するのも(おこた)らない。

 イリギスの返事はもちろん、「よい」だ。

 これで、寮の部屋に食べ物を持ち込めるとケルンは喜ぶ。


 グルーマントはケルンの知古の店に売ることになった。

 後学と娯楽を兼ねて直接持ち込みをすることにした。


「素材を売った帰りに料理店で何か食べよう」

 誰ともなく言い出した。

 ネリキリーは食堂や料理店での外食なんて今までに二回しかしたことがない。


 一度は高等学院(リゼラ)に合格したとき。

 村の宿兼食堂で家族全員で祝ってくれた。

 村の全てが顔見知りという土地柄なので、その時食堂にいた人が代わる代わるお祝いを言ってくれた。

 九分九厘が果実水とはいえ、初めて酒を飲んだのもその時だ。

 盃を干すときの晴れがましい気持ち。

 家族の嬉しそうな顔。

 思い出す度に、懸命に励まなくてはと気が引き締まる。


 二度目は高等学院(リゼラ)の寮に入るとき。

 王都まで送ってくれた兄が、奮発して奢ってくれた。前の日残りを使って、昼時に提供される安価な定食だったが、ネリキリーにとっては十分なごちそうだった。


 そんな記憶を振り返りながら、ネリキリーはケルン、イリギスと連れだって街を歩く。

 ネリキリーとってはまだまだ珍しい街並みだ。


 王都でも指折りの繁華街の一角に魔物の素材を扱っている店はあった。

 同じ通りには上流階級御用達の店が軒を連ねている。

 魔物の素材は高級品なのだ。

 カロリングで滅多に出ない魔物の素材はオーランジェットからの輸入に頼るしかないから。


 先の楽しみを胸にネリキリー達は、店の扉を開ける。


「いらっしゃいませ」

 仕立ての良いお仕着せを着た店員が、ネリキリー達を出迎えた。

 ケルンが名前を告げた。

「お待ちしておりました」

 店員はにこやかにネリキリーを店の奥にある部屋に案内された。

代表(メイガー)、ケルン様がお見えになりました」

 ネリキリー達を、中にいた紳士が立ち上がって出迎えた。

 思ったより若く、三十代の後半くらいに見えた。

「ケルン坊っちゃん、この度はご利用ありがとうございます」

「坊っちゃんは止めてくれ」

 とケルンは抗議してから、彼はネリキリーとイリギスを相手に紹介した。

「これは、はじめまして。わたくしはこの店の主人でエッセン・レムシャイトと申します。どうぞお見知り置き願います」

「さっそくだが、これを査定して買い取って貰いたい」

「拝見いたします。……これは。飛びかまきり(グルーマント)ですね。ランバート会頭(メガディス)からケルン様達が魔物を狩られたと聞いておりましたが。これを狩るのは大変でしたでしょう」

「たいしたことないよ」

 ケルンはどうということないという(てい)を装う。


 エッセンは飛びかまきり(グルーマント)を子細に調べた。

 その間に、先ほど案内してくれた男性がお茶を運んでくれた。

「一体は多少損なわれているとはいえ、翅まである。と、これは」

 もぎ取られた鎌足をエッセンはこぶしを口に当ててじっと見つめた。

 それからおもむろに何かの道具を取り出した。

 聴診器に似たその道具を鎌足に当てる。

 難しい顔だ。


「この、もがれた鎌足は今はお引き取りしないでおきましょう。」

「売り物として何か問題があるのですか?」

 ネリキリーは鎌足をもいだ直後に武器として使っている。何らかの損傷が出来ているのかも知れない」

 ネリキリーの心配をよそにエッセンは品質について太鼓判を押した。

「こちらの鎌足は素材としては特級品。非常に稀な品です」

 評価との矛盾にネリキリー達は頭をひねる。


「あまりに高価すぎて金の用意が、今は難しいと言うことか?」

 商家の息子らしいことをケルンが口にした。

「まさか。第一、ケルン様方はこちらの価値を解っておられなかった。知らぬ顔をして買い取り、好事家の手に売ればかなりな利益をあげることが出きるでしょう」

 エッセンは何を言い出すのか。

「しかしながら、鑑定家の自負が皆さまにこの品の真価を告げよと言っております」

「エッセン、もってまわった言い方は止めてほしいな」

 ケルンの軽い非難をまるで無視して、エッセンはさらに勿体(もったい)ぶって言った。


「驚くべきことにこの鎌足は()()()()()()。」



 エッセンは何を言ったのだろう。


 鎌足がいきている?

 ネリキリーは確かに飛びかまきり(グルーマント)に止めを刺した。現に遺骸がここにある。


「今、見た通り、魔力の感知拡大用具を使用して、魔力の流れを観ました。魔力は生きているうちは体の中を巡るように流動しています。死んでしまうと魔力の流れは止まり、徐々に消滅してゆく。しかし、この鎌足は極ゆっくりとですが、魔力が流れているのです。確認してみますか?」

 まっさきにケルンが計測器を受けとる。

「本当にゆっくりで微細な振動があるでしょう?」

 しばらくじっとしていたケルンが言った。

「言われればそんな気もする」

 次にイリギスが道具を受けとる。彼は試してみると顔色を変えた。

「微かですが、本当に揺れていますね」

 最後にネリキリーが探知のため道具を借りた。


 たゆたうような揺れ。拡大されていても、よほど集中しなければ判らないような微妙な震えが感じられた。


「ご納得いただけたようですね。この事象はいくつかの例が文献にあります。強力な幻獣が自らの意志で体の一部を分け与えた場合が多いようですね。 一角獣(カルタゾーノ)の司、ユニコーンが女騎士のルピュセルに与えたのが有名です。次いで言語を理解する魔物の討伐時、言語を操る魔物の出現は稀なもののうえ、100回に一回程度と文献にはありました」

 エッセンはネリキリーが返した道具を丁寧にしまった。


「昆虫系が【活性】、こういう状態を鑑定士の間では【活性】と言うのですよ。……は今まで私は聴いたことがありません」

 かまきりは繁殖行為中にメスに食べられても、しばらく生きていますから、その特質が作用したのかもしれませんね、とエッセンは宛推量をした。


「【活性】した素材は普通のそれより何倍も強度が強い。ましてや初めて狩った得物とお聞きしております。わたくしどもに売るより、武器として仕立ててご自分達で持っているほうが、よろしくはないですか?」



初狩の記念。


 ネリキリーはエッセンの言葉に心惹かれる。

 けれど、【活性】した鎌足は一本しかない。

「ネリキリー、作って貰ったら?」

 【活性】した鎌足がネリキリーの物であるかのようにケルンが言った。

「そうだな。それが良い」

 イリギスも賛成をする。

「僕が?でも、イリギスはともかく、ケルンだって初めての狩りだったよね。それにこの足を撥ね飛ばしたのはケルンの杖だろう。」

 ネリキリーはその権利が自分のものだけではないと主張する。

「最後に敵の鎌足を使って飛びかまきり(グルーマント)を倒したのはネルなんだし。

 俺はまだくっついてるもう一本の鎌足を貰って短剣でもつくる」

「では私はネルの援護で倒した飛びかまきり(グルーマント)の鎌足で短剣を二本作って、一本を記念にネルに送ろう」

「イリギス、俺には何もないの?」

 すねた振りをケルンがする。

「商売の縁によらない友情を送ろう」

「そうきたか」


 エッセンさんの目がネリキリーを捕らえる。

 笑顔なのに強い圧力を感じた。

 一番弱いところを狙っている。


「仕立てるにしても僕には先立つものがありません」

 ネリキリーは正直に言う。

 既製品ではなく、一から(あつら)えるなら、相応の値段になる。まして、とても珍しい品物を使うのだ。

 残念だが、イリギスやケルンとは違い、ネリキリーには自由になるお金はない。


「それ以外の素材はお引き取りいたしますので、それからお支払下さればよろしいですよ」

 エッセンはにこやかに持ち込んだ素材の算定を開始した。

 7頭分の怪角鹿(エゾック)の皮や角、鎌足四本分を除いた飛びかまきり(グルーマント)二体。

 申し訳ないが、粉々になった飛びかまきり(グルーマント)の翅は引き取れないと言われた。

「せっかく集めて下さいましたが、細かすぎて利用ができないのですよ。さて、鹿分が2100、かまきり分が、鎌足を差し引きまして3000でお引き取りいたします」

 部分別の詳しい数字もあげてくれて、ケルンがふむふむとうなずいていた。


「四本分の武器のお仕立ては()はコロハガネで作製しまして、滑り止めに狩られたエゾックの皮を巻く形で。代金は【活性】分、一本1500、その他が一本800で、三本。しめて、3900リーブでいかがでしょう」

 それが妥当な値段なのかネリキリーには解らなかった。彼はイリギスとケルンの顔を伺った。


 おもむろにイリギスが口を開く。

「うちの二本の柄尻には、我が(いえ)の紋章を象嵌して貰いたい」

「あ、俺も入れたい、家紋。自分の物だって感じで気分がいいよな」

「ネリキリー様はどうなさいます?」

 イリギスとケルンの頭の中では、飛びかまきり(グルーマント)の鎌足で武器を造ることは決定事項のようだった。

 ネリキリーも二人が乗り気なら反対する理由はない。

「僕はできるだけ、原型を損ねず、飾りのない方向で」

「鎌状に仕立てると言うことですか」

「はい、飛びかまきり(グルーマント)を狩った記念ですから」

 答えてから、ふと思い付いて、ネリキリーは提案した。

「柄尻に取り外し出来る鎖を付けられるようにしていただけませんか」

「鎖鎌になるようにですか?」

「そうです。飛び回る魔物を牽制できれば良いなと思いましたので。あ、…かなり高くなりますか?」

 ネリキリーがおずおずと切り出すとエッセンは

「それくらいなら追加料金はかかりませんよ」

 と言ってくれた。


 イリギスやケルンが握りの形にこだわったり、鞘の皮の色を染めて欲しいと注文したりで、結局、素材の売値と仕立て代金の差は250リーブ。


 エッセンが250リーブを金庫から取り出すと、代表してケルンが受けとった。

「では、鎌と短剣のご注文確かに承りました。品物が出来しだい寮までお知らせいたします。遅くとも1ヶ月内には納品いたしますので楽しみにお待ちください」


 三人はそれぞれエッセンと握手をして店を辞した。


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