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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
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じゅうろく

ネリキリーが後ろ髪を引かれながら帰りの馬車に乗り込んで二日。


 もともと饒舌ではないイリギスだが、いつもに輪をかけて無口だった。

 ケルンも彼にしては口数が少ない。

 これは、オーランジェットから天馬(アイオーン)が来たことは他言をしないよう釘をさされたためでもある。

 うっかり話さないように級友にも当たり障りのないことしか話せない。


 代わりに寮で二人きりの時には、初めて間近に見た天馬(アイオーン)について、幻獣について、そして、竜王、フロランタンについて話し込んだ。


 フロランタンの話でもっとも有名なのは、「一つの約束」だ。


 まだ、世界が若い頃、

 フロランタンも若かった。

 自由きままなフロランタン。

 今日も大空から世界を眺める。

 あるとき、空に甘い匂いが飛んできた。

 なんだろうとフロランタン。

 みれば男が一人、お菓子を食べていた。

 竜が見つけたその男は、一つ、いかがと差し出した。


 竜はお菓子に目がないもの。


 フロランタンは喜んだ。


 甘くて、美味しい、素敵なお菓子。

「こんなお菓子は食べたことがない」


 もっと欲しいとフロランタン。


「自分の願いをかなえてくれれば、私も一つ願いを叶えましょう」


 男は快く承知をし、フロランタンにお菓子与えて言った。


「私は、私がお前の主人になることを願う。この約束は、私が与えたお菓子より美味しいお菓子を食べるまで破られることなし」


 それは竜の言葉の約束だ。


 フロランタンは一人の悪い魔法使いに囚われた。


 竜の力を手にした魔法使いは、村から人を追い出して、大地の小人(ドォーモイ)に大きなお城を立てさせた。


 次には、国の王様に王位を譲れと言い出した。


 竜の力を恐れた王はすぐに王冠を投げ出した。


 王さまになった魔法使い。行ったのはどんなこと?

 それはたくさんの悪いこと、それから、ほんの少しの良いことを。


 けれど、良いことをしたと思っても、終わりは必ず悪いことになる。



 たとえば、嵐が怖いからと竜の力を使ったならば、山には水が足らなくなって、山が大火事に。


 たとえば、狼が多いからとすべての狼を退治したならば、次の年にはウサギが森を枯らしてしまう。


 とうとう魔法使いは世界をすべて欲しいよと、回りの国に竜と幻獣をけしかけた。


 ああ、憐れなフロランタン。


 嫌々、戦争に行く途中、甘い匂いに気がついた。


 みれば小さな男の子と女の子が、小さなお菓子を差し出してる。


「どうか竜の王様よ。このお菓子をあげるから私たちを食べないで」


 竜はお菓子に目がないもの。


 フロランタンは差し出された男の子の小さな手からお菓子を食べた。


 なんて素敵な甘い味。

 オーランジェ香る酸っぱさに、とろける黒い砂糖蜜。


 こんなお菓子はみたことない。

 世界で一番素敵だと、フロランタンが言ったとき、前の誓いは破れ去る。


 自由きままなフロランタン。


 小さな二人に問いかけた。


「小さなかわいい解放者。ひとつ、願いをかなえよう」


「もう願いはかなったよ。あなたは私たちを食べないから」


 無垢な言葉に竜は喜びをうたう。

 うたは空に伝わって、主が自由になったこと、幻獣達に伝わった。


 ああ、憐れな竜の主人。

 誓いが破れるとしるやいなや、すべてを捨てて逃げ出した。


「一つの願いに一つの望み。どうかもう一つのお菓子もおくれ」


 女の子にそう言った。


「それなら、私と一緒にいてちょうだい」


 空っぽになったお城には、竜と小さな子供たちが住み着いた。


 竜はお菓子に目がないもの。

 毎日ねだるそのお菓子。

 子供は作るそのお菓子。

 無垢な子供のお願いは世界に優しいものばかり。



「その話なら、俺は最後の願いのが好きだな」

 ケルンが言った。

 一つの約束はいくつか筋立てが違うものもある。

 その一つ、

 フロランタンを助けたのは、

 男の子一人で、解放後の願いは


「僕と一緒に、悪い魔法使いをやっつけて」


 フロランタンは、

「それこそ、我が望み」とかつての主である魔法使いを男の子と共にやっつける。


 それから、男の子に

「お前の願いは我が望み。お前の願いは叶えていない」

 とまた、願いを言えという。


 すると、男の子の望みと、フロランタンの望みは、またしても同じ。


 それが繰り返され、オーランジェットの建国に繋がっていくという筋立てだ。

 武勲詩的になっているので、ある程度の年齢になった少年にはこちらが人気だ。

 ネリキリーもケルンと同様、こちらを好ましく思っていた。


「オーランジェットの死の間際がいいんだよな」


 ケルンは【最後の願い】をそらんじてみせる。


【オーランジェットの傍らに、気高き竜は膝まづいた。

「わが解放者よ、いまこそ望みを願うがよい」

 王は答える。その問いに。

「汝が自由であることを」

「そなたが我を解放した。もとより我は自由の身。汝が願いを言うがよい」

「時の果てまで、汝が世界を愛するように」

「その望みは我のもの、さあ、願うがよいなんなりと。もし、汝が願うなら、魔力がすべてつきるとも、死より君を取り戻さん」

「ああ、我が優しきフロランタン。私の真なる願いはただひとつ。そなたの友となることぞ」

 王は、最後に言いおいて死出の道へと旅立った。

「ああ、我が同胞(はらから)、我が友よ。そは、名にかけて我が望み。さあ、最後の願いを言ってくれ」


 されど王は目も開かず、口を開かず、誇り高きフロランタンは、生まれて初めて涙したのだった。】


「この話、男の子と女の子の話の方は、悪い魔法使いは死なないんだよ。そこが、スッキリしない」

「子供向けだから。男の子だけの話は、割りと残酷なところある」

「魔法使いの腕を食いちぎるところとかか」

「フロランタンは、皆の英雄竜だから、子供には、悪者でも人を食いちぎるところは話たくないのじゃない?」

「そういうもん?」

「でも、竜は人を食べるものだという認識は、どちらの話もあるんだよ」

「子供たちが【食べないで】って言ってるものな。竜は何食べるんだ?」

「たいてい、何でも?古代象(ナーマンジャ)を丸のみした話もあるよね。お菓子好きは確実だけど」

「竜をはじめ、幻獣は甘党だよな」

「ケルンは幻獣のこと言えない」

「お前だって」


 二人でたあいない話していると、部屋が叩かれた。

 ドアの外にはイリギスがいた。

「ドーファン上級生が先ほど帰寮した。明日の放課後、話があるそうだ。場所は私の部屋を提供した」

 ネリキリー達はイリギスの言葉に黙ってうなずいた。





寮の貴賓室は王族などが入寮した際に使われる。

 実は、ドーファン上級生は公爵家の人なので王家の血を引いている。

 この部屋を使う資格は十分だが、入寮当時は王家の第二王子が使っていて、入れ替わりにイリギスが留学してきた。

 本人は開かれた貴族を目指しているらしく、初めから普通の部屋を希望していたらしい。


 さすがに使用人は置けないのでイリギスが手ずからお茶をいれてくれた。

 ドーファン上級生を含めて四人分。


「結果をから言えば、脅威はとりあえず無くなった」

 ドーファン上級生が切り出した。

「とりあえず?」

 イリギスが尋ねた。

「あのあと我々はオーランジェットの方達とつぶさに森を見て回った。しばらくは怪角鹿(エゾック)しかいなかったのだが」

 ドーファン上級生は少し言いよどむ。


「あまり人の入らない森の奥に、雄と雌の飛びかまきり(グルーマント)が一匹づついた」

「雌の!つまり種の固定化が始まっていたというわけですか」

「そういうことだ。オーランジェットからの調査隊が生け捕りにして行ったよ」

「生け捕り」

 ネリキリーが呟く。

「魔物の研究に使うのだそうだ。それにしてもあの三人は強い。生け捕りという枷があるのに、瞬く間に倒したよ」

「あの三人は最上級の冒険者ですから」

 イリギスが当然だというように相槌を打った。

「彼らは冒険者なのですか?」

 ネリキリーは驚いた。てっきりオーランジェットの将校だと思っていたからだ。


「オーランジェットが、魔物についての案件で、軍隊の者を他国に派遣すること滅多にない」

 軍は自国を守る機関だからとイリギスが説明してくれた。

「冒険者の方が身軽で、他国に行く手続きも簡単というのもある」

 とは、ケルンの補足だった。

「雌が現れたということは、種の固定化が始まっていたと言うことですね」

 イリギスが話を戻した。

「そうなる」


 通常、魔物は自然発生だ。無性もしくは雄ばかりが発生する。

 しかし、繁殖力を持つ種類の魔物もいる。

 オーランジェットでは猪豚の魔物ビックリーやフラウ蜂、銀鶏クックル等が家畜化されているという。

 始まりの町と呼ばれるメーレンゲ近くの草原が、天然の牧場になっていた。

 そのような場所がオーランジェットでは幾つかある。


 種の固定化は魔力の量に関係するらしく、オーランジェット国以外では見られない。


 無性単性からの変化は危険視されていた。

 繁殖力が上昇し、特に昆虫系の魔物は数倍にもなる。三百年以上前になるが、目が届きにくい辺境で村の半分が潰された記録もあった。


飛びかまきり(グルーマント)も通常のかまきりのように卵を生むらしく、棲息地の回りの木から見つかった。卵のうちに出きるだけ始末をするつもりではあるが、見逃す危険もある。来春に飛びかまきり(グルーマント)の調査と討伐をする」

 それから、とドーファン上級生は一同を見回した。

飛びかまきり(グルーマント)の出現は秘密でもなんでもないが、種の固定化については一部の者しか情報を公開しない方針になった。

 いたずらに民を怖がらせないための配慮だ」

 その分、監視や調査は厳しく行う予定だという。


 イリギスが一呼吸おいて問いかけた。

「承知しましたが、ではなぜ私たち三人に話をしたのですか。秘密にするなら無事に討伐が終わったと言えばいい」

「君達がグルーマントを狩った当事者だったからだ。出来れば、来春の討伐に加わって欲しい」

 三人はそれぞれ思案顔をした。


 ネリキリー独りでは魔物を倒せる自信はないし、学業との兼ね合いもある。


 親がなんていうかなーと、跡取り息子のケルンが首をひねった。

「オーランジェットの人も来るんですか?」

「いや、次回は参加はされない。魔物狩りは本来なら当事国が担う責任だ。今回は、フロランタンの目にとまり、このような形になったが、私もボート伯爵も調査は検討していた」

天馬(アイオーン)は来ないのか。来るのだったら、行きますと即答したんですが」

「カロリングの者だけでは討伐に不安だと言うことか」


「違いますよ。ただ、天馬(アイオーン)がまた見たいだけです。それに、オーランジェットの方々とお知りあいになれるなら、親も説得しやすい。商売に繋がるかも知れない縁は逃すな、が家訓ですから」

 かなり、あからさまな本音をケルンは洩らす。


「あ、イリギス、お前とはそんなつもりで友達になった訳じゃないからな」

 解っているとイリギスは苦笑いをしてうなずいていた。

 実際、イリギスが魔法学でつまずかず、あの時ネリキリー達に注意をしなければ、ネリキリーとケルンは、イリギスの級友の一人という立場のままだったろう。


 検討しますと、三人は答えを保留にした。

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