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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
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じゅうご

短い休暇も今日で終わる。


 あれから、アンゼリカとネリキリーを探しにきたケルンに、

「何でこんなところで抜け駆けしてるんだ」

 と文句を言われて、最後のあぶり肉と焼き林檎のひとかけらが奪われた。

 それを潮に、庭の宴会はお開きになった。


 宴会で、アンゼリカが「ヴァリスタになりたい」と秘密めいて言ったのはケルンに話したほうがいいだろうか。


 上流階級の女性が職を持つのは好ましくないとする風習は、だいぶ緩和されたとはいえ、根強く残っている。

 薬茶師(ヴァリスタ)は、大勢の人に接する。

 旧習を重んじる人は眉をひそめるだろう。


 やはり話すのは止めておこうとネリキリーは思った。他人が打ちあけた話を別の人にむやみに話すのはよくないことだ。




 館に残る人達にネリキリー、イリギス、ケルンの三人で、いとまごいの挨拶をする。

 シャルロットとアンゼリカと子猫(ミィオ)、そしてドーファン上級生達は館の外まで見送ってくれた。


 そこで一同は、束の間、言葉を忘れた。


 空から居ようはずもないもの達が降りて来たからだ。






天馬(アイオーン)だ。」

 ケルンが信じられないと言うように呟く。

 ネリキリーは身動きもできない。



 天馬(アイオーン)は三頭。その一頭一頭に人が乗っていた。

 妙齢の美しい女性が天馬(アイオーン)から飛び降りた。

「派手なご登場ですね」

 イリギスが旧知のようすで声をかける。

「緊急に来る必要があると判断してな」


 天馬(アイオーン)が次々と降りてくる。


「イリギス、これは?」

 初めの驚きから覚めたのか、ケルンが好奇心を(あらわ)に問いかけた。

「闖入者?」

 イリギスが少し首を傾けて疑問形で言った。どうやらイリギスにも不測の事態らしい。



 イリギスが声をかけた女性が優雅に一礼をした。

「ご無礼いたします。私はオーランジェットより参りました、エターリア・ヴヴァロア。こちらで発生しました魔物の調査と討伐に参りました」

「魔物の調査とおっしゃいましたか?」

 ドーファン上級生が物怖じせずにエターリアと名乗った女性に問いかけた。


 隣でケルンが低くささやく

「現王家に連なる方が直接?」


 ネリキリーも驚いていた。ヴヴァロアと言えばオーランジェットを統治する王家の家名である。

「はい、この辺りでは、およそ見かけない飛びかまきりだった(グルーマント)が時期外れに出たとの報告がございました。よって念のため調査と場合によってはその討伐を」

「私はオーランジェットへ調査の依頼などしておりませんが。叔父上が?」

 天馬の来訪を聞きつけて慌てて出てきた様子のボート伯爵にドーファン上級生が問いかけた。

「私もしておりません」


「ということです。確かに飛びかまきり(グルーマント)は滅多に発生しませんが、皆無というわけではない。現に15年以上前のことではあるが小規模の群が発生した」

「存じております。ただ、その時は、夏の初め。グルーマントが通常発生する時期と一致しております」


 ドーファン上級生とボート伯爵が顔を見合わせた。

 ボート伯爵がためらいがちに言った。

「わたくしどもも、本日よりグルーマント狩りを行うことになっておりました」

「ならば、私たちも同行させていただきましょう」

「待っていただきたい。こちらはオーランジェットに、調査すら依頼していないのですよ。主権を侵害なさる気か」

 ドーファン上級生がやや語気を荒くする。


「たかが、二匹の飛びかまきり(グルーマント)にオタオタしていたんだろ。素直にお任せしますって言えばいいのに」

 一人言というには大きすぎる声だった。大柄な男がめんどくさいというような顔をして立っていた。種類は判らないが、大きな剣を腰にさしいる。

「フィフ、ひかえろ」

 エターリアが男をたしなめるが、フィフと呼ばれた男はどこふく風と

「エターリアもまどろっこしいこと言ってないで言ってやればいいんだよ、主命だと」

 ニタリという感じの笑顔を浮かべる。

「主命?オーランジェット王の?」

「いえ、もっと上つ方です」

 フィフの隣の槍を装備している別の男が硬質な声で言った。

「竜王フロランタンからのご命令です」


 漂泊のフロランタン。


 その名が出されてざわつきがさらに広がる。


「それはまことに?」

 ボート伯爵の声が震えていた。

「お疑いか?」

 フロランタンの名前を出した男がボート伯爵に視線を向けた。

 ボート伯爵はかぶりを振った。

 フロランタンの名を出すことは、それだけで誓約と同じ意味がある。


 その名はそれだけ重い。


 ボート伯爵がいったん中へと即したが、エターリア達は首を振った。

 ボート伯爵達は森へ行く準備をするため、中へと戻る。


 オーランジェットは大陸の盟主。

 それは、フロランタンが幻獣の住みかとして、その地を定めているから。

 人の王家はいわば、フロランタンの宮宰のようなもの。


 フロランタンは世界の守護者。

 最初の竜にして、混沌の魔神を倒したもの。

 魔力の恵みを人にもたらしたもの。


 今もフロランタンは世界を見守っている。

 大いなる竜王の翼の(もと)で、我々(衛星国)は、魔物に侵されることのない平和な営みを送っている。


「では、私たちも足止めということですか。エターリア」

 イリギスが珍しくもいらだだしそうな声を上げた。

 帰りの仕度はもうできている。後は自分達が乗り込むだけだった。


「お帰りくださってけっこうですよ」

 大剣を持つ男が先ほどより大分(だいぶん)ていねいな言葉で答えた。

「エターリア?」

 イリギスは男を無視して、エターリアに眼差しを向けたままだった。

「フィフの言葉通り、お帰りくださって大丈夫です。飛びかまきり(グルーマント)が出た状況は、あらかた話を聞いております」

 それを聞いてケルンがネリキリーにささやいた。

「あの場に本竜(ほんにん)がいたのかね。もしかして、俺、話をしていたりして」


 漂泊の、と付くだけあり、フロランタンは、気まぐれに人の姿で世界を見て回っていると風評されていた。


「竜王の目と耳も、多いゆえ」

 ケルンの声が聞こえたか、エターリアが言う。


 竜王の目と耳。

 フロランタンは自らの鱗を核に識獣(シキ)を作り、人々を見守っている。

 それも昔から言われている風評のひとつだった。


「ミィオ」


 どう行動すればいいのか、判じかねているとアンゼリカが抱いていた子猫が、自己主張するように鳴いた。

 話の流れだと、自分が竜王フロランタンの識獣(シキ)だと主張しているように見えた。


 もちろん、そんなことはあるはずない。

 識獣(シキ)は作成者の色を帯びるという。

 フロランタンは白銀の竜。アンゼリカの|子猫は、青みががった灰色の毛並みをしていた。


「それが助け出した子猫(マミィ)か」

 フィフがアンゼリカに近づいた。体が大きいので威嚇しているように見えた。


 アンゼリカが子猫をかばうように抱き締め、アンゼリカをかばうようにシャルロットが前にでる。

「いい、連係だ。」

 男は、笑って一歩下がった。

「大切にしてやるといい」

 そしてふと思いついたように言った。

「天馬に乗ってみたくないか」

 突然の誘いにアンゼリカもシャルロットもどう反応していいのか判らない様子だった。


「フィフ、我らは遊びにきたわけではない」

 槍の男がフィフを睨んでいた。

「そういうなよ。ジュレ。ここの連中を待つ間だけさ」

 フィフという男は、かなりのフロランタン(自由・気まま)な性格らしい。


「乗るのは遠慮いたしますが、近くで見たいですわ」

 小さなもう一人のフロランタン(自由な人)が言った。


 恐れを知らぬシャルロット。


「僕もよいですか。近くで見たいです」

 勇気を出してネリキリーも言った。

 学院(リゼラ)に帰る前に天馬《アイオーン》をもっと近くで見たかった。

 本音を言えば、彼らの調査に付いて行きたかったが、イリギスはともかく、ネリキリー達は足手まといだろう。


「よいでしょう」

 意外なことに許可を出したのはエターリアだった。

「フリスト」

 エターリアが呼ぶと一頭の天馬が近づいてきた。

 白い毛並みが美しい。

 続いて、フィフともう一人のジュレも自分達の馬を呼び寄せた。

「ロータ」「スルーズ」


 ネリキリー達が天馬に夢中になっている傍らで、エターリアがイリギスと会話していた。

 声は聞こえない。今回のことの確認だろうか。

 エターリアと目が合うと、微笑ましそうな顔をされた。

 話はもしかしたら、イリギスの学院(リゼラ)生活についてだったのかも知れない。


 ボート伯爵達が出てきた。昨日とは違い、きちんと武装している。

 ご婦人方も礼装で全員が揃っている。


「では、申し訳ありませんが、私たちは学院(リゼラ)へ帰らせていただきます」

 イリギスが改めて皆へ礼をほどこす。


 ボート伯爵とオーランジェットからの来訪者は森へ、ネリキリー達はリゼラ(日常)へ向かった。






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