じゅうよん
「私のかわいい従姉妹殿は今にもどこかに飛んでいきそうだね」
ドーファン上級生がシャルロットを抱き上げた。
「私を置いてきぼりにしないでほしいな」
コツンと額を合わせる。とても親密な感じだった。
いつもの風景なのだろう。大人たちは暖かな眼差しを送っていた。
「さて、そろそろ君は寝る時間だ」
「眠くありませんわ。馬車でも寝ましたし」
シャルロットが可愛らしくだだをこねる。
「たくさん寝ないと大きくなれないよ。シャルロットは大きく強くなりたいのだろう?」
「……好き嫌いをしないことが大きくなる秘訣だって兄さまはおっしゃいましたわ。だから、ちゃんと食べましたのに」
「えらいな。でも、眠りも大切なのだよ。ね、叔母上?」
「ええ、ドーファンの言う通りよ」
「わかりましたわ。兄さま、降ろしてくださいませ」
シャルロットはドーファンに降ろしてもらうと、一同に向き直る。
「では、みなさま、ごきげんよう。これからの時間をお楽しみくださいませ」
シャルロットが淑女の礼をしてネリキリーを見た。
ネリキリーは慌てて彼女の側に立ち、一礼をして彼女と共に部屋を出た。
きっと、彼女の忠犬に見えたろうな、と思いながら。
シャルロットを彼女の小間使いと共に部屋まで送った。
その際、彼女のトルファン(犬)を紹介されるなどという、幕間があったが。
ネリキリーは広間に戻る気にならず、庭へと出てみた。
庭では、手の空いた使用人や近隣の平民達が、狩りのおすそわけをほうばっていた。
人々の喧騒から少し離れた木立の影にしつらえられた長椅子を見つけ、そこに座る。
庶民の家にはあまり普及していない大型の硝子の窓。透明なそれが中と外を隔てていた。
ネリキリーは本来なら庭の側の住人だ。
かさりと音がして、柔らかな花の匂いがした。
「ベッラ・アンゼリカ」
「敬称は不要ですわ」
「ですが、貴女は貴婦人だ」
家柄だけでなく、立ち居振る舞いも、その心も。
僕とは違うと、ネリキリーは声を出さずに呟いた。
「美しいですわね」
アンゼリカ嬢がいう。
ああ、と硝子の向こうを見た。
イリギスが、シャルロットが、そして、おそらくケルンが分け入っていくだろう世界。
「どちらもですわ」
見透かしたようなアンゼリカの言葉。実際、見透かされているのだろう。
蝋燭が煌めく館の中とかがり火が燃えている庭をネリキリーは交互にみつめた。
「お嬢ちゃんとお坊っちゃんは、ちゃんとお食いになったか?」
座っている長椅子に男が寄ってきた。
酒に酔っているのか、もとからなのか言葉使いがおかしい。
「中でいただきましたよ」
「ダメダメ。中のなんて。俺らの勇者には俺らのご馳走をお食いになってもらわないと」
男はかなり強引にネリキリーをかがり火の回りに引っ張り出した。
アンゼリカもついてくる。
何かあったら、両方に大変だと気を引き締めた。
「俺らの勇者がきてくれさったぞ」
こちらを向いた顔の中には、勢子や御者をしていた者が何人かいた。
「こんな小さいのにグルーマントを倒したのか」
「こう、グルーマントの鎌を持って、跳びかかって行って。鎌が刺さると、羽が虹みたいにキラキラして溶けるように崩れた。あんなすごい魔法は見たことない」
身振りを交えて、一人の男が熱弁する。
「こっちの嬢さんは、森招きの猫を助けるために身を呈してかばってな」
「あんとき俺は拍手喝采したな」
「何で助けにいかなかった?」
「見とれちまって。すぐにシャルロット様ともう一人のにーさんが助けたし」
見た顔の勢子、スーチャがいた。
「ネリキリー様、ケルン様、イリギス様の連係がキレイで、邪魔しちゃいけないみたい気持ちになりましたよね」
「任せてれば、安心というか」
「凄いなあ」
皆が賛同するように、納得したようにうなずいた。
手放しな称賛にネリキリーはうれしくて、うれしくて、そして、こそばゆい気持ちになった。
誉められたかった。
凄いと言って欲しかった。
頑張ったとねぎらわれたかった。
そんな気持ちが心の底にあったことをネリキリーは自覚する。
アンゼリカの顔が赤いのも、かがり火の熱さのためだけではないと思う。
「エゾックの直火焼きだ」
あぶられた鹿肉、塩と香辛料だけの素朴な味が舌と腹を満たす。
ネリキリーとアンゼリカは、差し出された肉にかぶりつく。
熱い肉汁。
「こちらもお食べて、スジ肉の煮込みだ」
渡された椀には肉とたっぷりとした野菜。
あぶり肉と違って濃厚な味だ。こちらも旨い。
「旨いです」
素直な言葉が自然と出てくる。ネリキリーの感想に相手も嬉しげになった。アンゼリカがもらっている焼き林檎も旨そうだ。
暖かな料理に、暖かな人の笑顔。
秋の夜風は心地よく、振る舞われたご馳走をたらふく食べる。
「上とか下とかじゃない。どちらも旨くて、どちらも美しい」
ネリキリーは笑っていた。アンゼリカも笑っていた。
心の底から笑っていた。
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