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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
13/90

じゅうさん

「我らが小英雄達が来たぞ」

 おお、という歓声が上がった。


 庭に面した大広間に人々が集まっていた。

 シャルロットとアンゼリカ嬢を連れそい(エチケート)してきたネリキリー達は少し遅れて登場した。イリギスはまた一人。


 そこへ、先程の掛け声だ。

 ネリキリーは少し顔を赤らめた。

 掛け声の主はフォーク上級生である。酒を飲んでいるのか、相手の顔も赤い。


 無礼講の立食形式。

 ドーファン上級生に呼ばれ、一同は輪の中に入る。

 杯を手渡されるが、正式な飲酒年令は16歳。

 ネリキリー達は今の歳でも許される発泡水で薄めた甘い葡萄酒が注がれた。気分だけで、酒精はほとんどない。

 シャルロットとアンゼリカ嬢は果実水を貰った。


「それにしても、すごい活躍だったな。特にイリギス」

 ドーファン上級生がイリギスを称賛した。

「犬達と仲間の支援のおかげです」

「いやいや、狂戦化したエゾック数頭と飛びかまきり(グルーマント)とやり合い、すべてを倒すなど、さすがはオーランジェットの方だ」

 ボート伯爵が言うと、周りを取り囲む人々が賛同の声をあげた。

「イリギス様のあまりの勇姿に見とれてしまいましたわ」

 ヘルミーナ嬢がうっとりとイリギスを仰ぎ見る。

 セーブル上級生の姉君だ、と思う。


「あたくし、危うく結界の呪文を忘れるところでした」

 と別の奥方が続けた。ミジョリーナ・カスター子爵婦人と紹介された方だ。

 危ないなあ、と笑いの混じった揶揄(やゆ)が飛ぶ。


「もちろん、ドーファン様やクルトン様、ボトル様、ヨーク子爵に、ケトール少尉、べジタブール準男爵、そちらのケルン様?と小さな紳士さんのご活躍もありますけど」

 フォーク上級生の母君が笑顔を向けてくれた。

「軍人の務めですから。ご子息も、素晴らしい働きをしてくださいましたよ。将来、軍に入られるなら、我が隊に入って欲しいものです」

 名前を出されたケトール少尉が、まんざらお世辞でも無さそうに言った。

 フォーク上級生は上背もあるし、敏捷でもあるから、身体的には向いている。


「でも、一番、勇敢だったのは、アンゼリカ様だと思いますわ」

 シャルロットの声が上がった。大人の視線が下がる。

 従僕が給仕してくれたのか、シャルロットは彩りよく盛られた皿を片手に大人達を真っ直ぐに見つめていた。

 名を挙げられたアンゼリカ嬢は戸惑いの表情を見せていた。


 一瞬の沈黙が人々の間を通りぬける。

「娘をお褒め下さり、ありがとうございます。しかし、あれは勇敢というより無謀でした」

 ベジタブール準男爵が穏やかに言葉を発した。

「でも、(ミィオ)を救ってあげましたわ」

「自分を含めた他の命を危険にさらして、です。シャルロット嬢、あなた様の命も」

 シャルロットが、思いもしなかったというように目を開いた。

「でも、でも。」

 シャルロットは、自分がアンゼリカの名前を出したことで、アンゼリカが非難されていることに、困惑し、そして(いか)ってもいるようだった。


 ネリキリーは、アンゼリカが(ミィオ)を救出しに行ったことに、何の疑問も感じなかった。

 遅かれ早かれ、飛びかまきり(グルーマント)を排除しなくてはならなかったからだ。

 ついでに(ミィオ)の命を救えたのだから、良いことにちがいない。


「ビスコット、ご令嬢を心配する気持ちは解るが。イリギス卿とその学友が、強敵の飛びかまきり(グルーマント)を撃退してくれたのだから、終わりよければ総て良しだよ」

 ヨーク子爵が、ベジタブール準男爵の肩を叩いた。

「若さとは、すべからく無謀なものさ」

 そうじゃないか?とヨーク子爵に顔を覗き込まれて、ベジタブール準男爵は苦笑する。


 場の緊張が少し緩む。


 折よく、焼き上げられた怪角鹿エゾックが運ばれてくる。立派な角の生えた頭が飾られていた。


「さあ、本日の主役の皿が運ばれてきましたぞ。

 料理人の腕と我々の勝利を味わおうではありませんか」

 ボート伯爵の声にみんなが、杯を掲げる。

 もてなす側の年長者であるボート伯爵が見事な腕で、鹿肉を切り分けた。


 本来なら身分や年令で取り分ける順番が決まっているが、イリギスやドーファン上級生とともにネリキリーも押し出されて、最初のほうに肉切り分けてもらう。


「よく、シャルロットを守ってくれた。そう、飛びかまきり(グルーマント)は、倒した君やイリギス卿達のものだから、持って帰ってくれたまえ。鹿の角と肉はこちらで燻製したものを後から送ろう」

「ですが、」

 遠慮しようとしたネリキリーの横からケルンがにこやかに割り込んだ。


「ありがとうございます。記念になります。しかし、シャルロット嬢の弓は感服しました。あの腕がなかったら、猫達も命が無かったし、アンゼリカ嬢も怪我をしていたかも知れません」

「少々おてんばが過ぎる」

「生意気なことを申しますが、それは伯爵の勇猛果敢なお血筋ではありませんか?お借りした杖にも鋼が仕込んでありましたし、かつては騎士団で鳴らしていたと父より聞いております」

「お父上は、確か」

「シュトゥルーデル商会の会頭をしております。奥方様には以前、お品物を収めさせていただいております」

「まあ。シュトゥルーデル商会のご子息でしたのね」

 ボート伯爵夫人が初めてケルンと会ったような顔をした。

「はい、その節はありがとうございます。また何か探し物がございましたら、いつなりとお申し付けください」

 ケルンは紳士然とした礼を夫人にした。


 社交はケルンに任せて、ネリキリーはエゾックの肉を味わった。

 鹿の背中の部位。ほのかに赤みが残る焼き加減。

 肉の旨みを爽やかなソース(カレーム)が引き立てる。


 シャルロットは早くも食後のお菓子(ソーテルヌ)を食していた。


 子供の退場は早いから。


 ネリキリーは自分もシャルロットと共に退場したいと考えた。

「美味しい?」

「美味しいか不味いかにこだわるのは、令嬢(ベッラ)がすることではないと教わりました」

「誰が言ったの?」

「家庭教師ですわ」

「それは間違ってるね。ごらん、みんな美味しいものを食べて嬉しそうだ」

「お母様も笑ってますわ」


「私も美味しいものは目がない」

「奇遇ですね。私もですわ」

「イリギス様、アンゼリカ様」

 近づいてきたイリギスとアンゼリカにシャルロットは笑顔を向けた。

「私の父は準男爵、平民ですから敬称はいりませんわ」

 貴族の伯爵令嬢シャルロットのほうが、年は下でも身分は上だ。

 しかし、シャルロットは首を横に降る。

(わたくし)はアンゼリカ様を尊敬しておりますもの。敬称はその尊敬の心から出るべきものですわ」

 しごくまっとうな言葉だった。


「それはアンゼリカ嬢が猫を救ったから?」

 イリギスが訊ねたら。

「そうですわ」

「確かに彼女は勇敢だった。尊敬に値する。でも、アンゼリカ嬢のお父上が言うのもあながち間違ってはいない」

「どういう意味ですの」

 イリギスまでアンゼリカを貶めるのかと、シャルロットはキッと睨む。

「私なら猫より貴方達を選ぶ」

 イリギスの言葉に今まで黙っていたアンゼリカ嬢の口から、思わずというように疑問がこぼれた。

「命に貴賤はあるのかしら」

「貴賤ではなく、優先順位の話ですよ。でも、あなたも猫ではなく、イノシシやカエルだったら助けなかったのではないかな」

「それは…」


「そうだなあ、俺もイリギスより、かわいいシャルロット嬢やアンゼリカ嬢を選ぶ」

 いつのまにかケルンが近寄ってきていた。

「僕もお二人を優先するな」

「ネルも私より彼女らを選ぶ?」

「普通そうだよね。イリギスは強くて彼女たちは、まだ弱いから」

 違うかなとネリキリーは言った。

駒将棋(チャット)だと一番強い王様が守られてるけどな」

 ケルンの言葉にネリキリーも言う。

「実際の戦いでもね」


「王も、いや、指手も駒を犠牲にして勝利をもぎ取ることも、ままある」

 イリギスはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「戦いにおいて何を優先するか、将は勝利のために常にそれを考え、実践しなければなりません。

 命を救いたいと思う心は尊いもの。

 けれど、王の腕とて、総てを拾いあげられるわけではない。いかに少ない犠牲でどう多くを救うか。お父上はそう言いたかったのだと思います」


 イリギスの言葉が一同の胸に落ちる。さりげなくこちらを伺っていた、他の客達にも。

 イリギスは、盟主の国オーランジェットの未来を担う人間の一人だから。


 ただ、一人を除いて。

「でしたら、王様は総ての人を救えるほど強くなればいいのですわ。(わたくし)も強くなってお手伝いいたします。努力もしないで最初から諦めたら、それが()()ですもの」

 シャルロットは小さな胸を張って高らかに宣言する。


「シャルロット、貴方は黄金の翼を持っていらっしゃるのですね」


 イリギスが彼女をフェニクスの翼に例える。

 炎の中に自ら飛び込み、死から再生する「不死鳥」


 イリギスから、けして揶揄ではない、感嘆の言葉が洩れた。

 

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