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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
11/90

じゅういち

 狩りも終わりになって、やっと一頭の獲物に出くわした。


 ケルンとネリキリーが足止めの矢を放ち、イリギスがとどめを刺す。

 危なげなく怪角鹿(エゾック)を仕留めた。


 狩りの終わりを告げる角笛が聞こえてきた。

 秋の日は短い。

 ネリキリー達は、仕留めた獲物を勢子に渡さず自分達で運ぶことにした。


 日はまだあるが、館に帰る頃には夕日が見られるだろう時刻だ。


 狩った怪角鹿(エゾック)の数は87頭。

 かなりの成果だった。

 ネリキリーやドーファン上級生達は明日帰るが、大人達は二日ほど残って狩りを続けると言う。

 毎年、このような大規模な狩りで200頭近く狩り、その後は近隣のものが折々に狩れば、怪角鹿(エゾック)の害はほぼ防げるという。


 この季節、宮廷で役職を持たない貴族の中には、狩り場を渡り歩くものもいるということだ。

 空地までの道で一緒になったボート伯爵がこの季節の貴族の狩りについて話してくれた。


「では、ベッラ・アンゼリカ、よろしくお願いします」

 イリギスの指示通りに、ネリキリーはアンゼリカ嬢へ挨拶をする。

 ケルンがにこやかな顔をして、恨めしげにこちらを見ているが、(器用な顔だ)そ知らぬ振りをする。

 イリギスがシャルロットをエチケートすることは、ボート伯爵にも、本人にも快く承諾された。

 はにかみながら、イリギスに

「よろしくお願いしますわ」

 と挨拶するシャルロットに、ネリキリーは少しだけ、妹を盗られた兄ような気持ちになった。

 実際には、妹はいないけれど。



「まだ、生きてる!」

 和やかに、帰路の支度をしている中、勢子の一人が叫び声を上げた。


「シャルロット、アンゼリカ、動かないで」


 ネリキリーは二人を庇う。イリギスとケルンも同時に動いていた。


 勢子の叫びで、誰かが怪角鹿(エゾック)の息の根を止めずにいたと解ったからだ。


 数頭の怪角鹿(エゾック)が立ち上がっているのが見えた。


 まずいことに犬達の大半は、先に空地を離れていた。

 人間達は帰り支度をしていたために、武器を手放していた。

 今は残った犬が回りを取り囲んでいる。


 しかし、犬達は飛びかかる様子はない。

 怪角鹿(エゾック)の様子が明らかにおかしかった。


 鹿とは違う低い唸り声、体も大きくなっているようだ。

 ガレットの言葉が頭をよぎる。

「手負いの獣は危険だ」


 ネリキリーは、シャルロットより背の高いアンゼリカ嬢を乗せるため、邪魔になるかもしれないと弓を、馬車に預けた自分を悔いた。


「ここを頼む」

 イリギスがいつも身に付けている脇差し(チツルギ)を抜きながら、怪角鹿(エゾック)がいる場所へ走った。


 細身の彼の姿が犬達と共に怪角鹿(エゾック)に対峙する。


 イリギスは小さな炎を怪角鹿(エゾック)の足に点けて驚かせる。

 小さな跳躍をして獲物に迫ると、怪角鹿(エゾック)の角をかわして、脇差し(チツルギ)を急所に突き立てた。


 怪角鹿(エゾック)が横倒しに倒れる。


 犬達もイリギスに応えるように、他の怪角鹿(エゾック)に飛びかかった。


 その間をイリギスは軽やかな足取りで通りぬけ、次々と怪角鹿(エゾック)(ほふ)った。



 誰もがイリギスが獲物を狩りきると思った時に、新たな敵が彼に襲いかかった。



 誰もが予期せぬ空からの攻撃だった。





犬達が空に向かって吠えたてる。


 飛びカマキリ(グルーマント)だ。


 大きさはカラスほど、本物のカマキリと違い、鳥のように飛ぶ。

 前足はまさしく鎌のように鋭利だ。


 ネリキリーは図鑑でしか見たことがない。

 飛行能力がある分、怪角鹿エゾックより強敵なのは一目で解った。


 イリギスは初撃を脇差し(チツルギ)で防いだ。

 グルーマントはつかのま後退し、また攻撃を仕掛ける。


 犬達は、まだ一頭残っている怪角鹿(エゾック)と勇敢に戦っていた。


 パッと炎が散る。イリギスの魔法だ。


 だが、怯ませたものの、固い甲殻で守られた飛びカマキリ(グルーマント)には通じていない。


 イリギス!

  ネリキリーは声を出さずに友の名を呼んだ。


「早く、こちらへ」

 ボート伯爵の叱咤する声。

「子供と女性を避難させるのだ」


 ネリキリーは、その声で我に返る。

 シャルロットとアンゼリカ。まず二人を安全な場所へ。


 少し離れた所に女性と子供、そして馬を守るように男達がいた。

 飛びカマキリ(グルーマント)の強さに合わせた結界を作っているのか、男女の低い詠唱が聞こえる。


 見れば、何頭か怪角鹿(エゾック)が森から出てきていた。ドーファン上級生と数名の紳士達が対峙している。


 ネリキリーとケルンは女性達を庇うようにして馬のいる方へと向かった。

シャルロットを抱えあげ、走る。

 二人を家族に預ければ、イリギスの応援に行ける。


 その矢先、別の飛びカマキリ(グルーマント)が飛来した。先のより一回り大きい。


飛びかまきり(グルーマント)は何かを追っていた。

森猫、口に子猫をくわえた森猫が必死に走っていた。赤く汚れているのは血か。


飛びかまきり(グルーマント)の鎌足が、森猫の背に迫り、切り裂く。遊んでいるのか致命傷ではない。


アンゼリカが思わずというように駆け寄っていく。

乗馬用のムチを振り上げ、 飛びかまきり(グルーマント)を牽制する。

小刀を持ったケルンが走り寄った。


シャルロットが、ネリキリーの腕から飛びおり、自分の弓を構えて矢を放った。

狙いは正確だったが、引き手が弱いのか頭を掠めて落ちる。しかし、アンゼリカが猫を抱えあげるには十分だった。


ネリキリー達は全速力で走った。

シャルロットをかばって肩口が切られる。


一番弱いところを狙うか!

捕食の定石とはいえ、ネリキリーの頭に血がのぼる。


「もうちょっとだ」

誰かの声がして、 飛びかまきり(グルーマント)に石つぶてが投げられた。


四人は結界の中に入った。

結界に近づけない 飛びかまきり(グルーマント)は、一人のイリギスに向かっていく。


「シャルロット、借りるよ」

 ボート伯爵のもとへ駆け寄り、シャルロットを預けながら、彼女が背負っていた子供用の弓を半ば強奪するように借り受けた。


 反転してイリギスの近くまで駆け戻る。

 視界の隅にケルンが、ボート伯爵から杖を強引に借りているのが目に入った。


 イリギスは苦戦していた。

 犬達がいるとはいえ、二対一。


 ネリキリーは弓を構えた。


 子供用の弓。威力は小さい。矢じりも潰されている。


 が、ゆえにイリギスに当たっても問題はない。


 飛びカマキリ(グルーマント)の動きを牽制できればいい。


 立て続けに三本の矢を射る。

 動きを邪魔されて敵に隙が生じる。


 気配を察したのか、大きいほうの一匹がこちらに飛んできた。

 ケルンが杖で向かえ討つ。


 杖が空気を切り裂いて飛びカマキリ(グルーマント)(はね)に当たった。


 グギギキ、と金属をこするような鳴き声を飛びカマキリ(グルーマント)があげる。


「そう、(はね)だ、(はね)が急所だ」

 どこからか、飛びカマキリ(グルーマント)の弱点を示唆(しさ)する声が飛んできた。


 ケルンが飛びカマキリ(グルーマント)の相手をしてくれる間に、イリギスの敵へ矢を放った。


 飛び回る敵の速度を見越して、頭を狙う。

 予測通りに、(はね)に当たった。

 (はね)から、細かい粒子が飛ぶ。いくらか敵の動きが鈍った。

 イリギスが、魔法を交えながら、飛びカマキリ(グルーマント)(はね)を削りとっていく。

 明らかにイリギスが優位にたった。



 ケルンの杖をかいくぐって、飛びカマキリ(グルーマント)がネリキリーに向かってきた。


 ネリキリーは、とっさに弓を大降りして払う。


 飛びカマキリ(グルーマント)の鋭い鎌足が弓弦を断ち切った。


 敵の鎌足がネリキリーに届く寸前、ケルンの杖が割って入った。


 ネリキリーは手にしていた矢を両手で持ち、相手の鎌足の関節めがけて突き刺した。

 そして、後ろに飛びすさる。

 間をおかず、振るわれた杖が鎌足に叩きつけられ、敵の武器がもがれた。


 ネリキリーはとっさにそれに飛び付く。

 怒り狂った敵が、今までの倍の速さでネリキリーに迫った。

 ふたたび振るわれる杖。


 ネリキリーは、その隙をつく。


 EGO OPT……


 魔導式を呟き、鎌足に渾身の力を込めて飛びカマキリ(グルーマント)(はね)に叩きこんだ。


 飛びカマキリ(グルーマント)(はね)が光を帯びた瞬間、それは焦げて崩れた。


 敵が地べたに墜ちる。


 もがく敵の首の付け根に鎌足を突き刺し、止めを与えた。


 ふわりと、足に力が入らなくなり、ネリキリーは膝をついた。

 視界の向こうに飛びカマキリ(グルーマント)怪角鹿(エゾック)をみごとに倒したイリギスが見えた。


「腰が抜けたか?」

 ケルンの言葉に笑って答えようとネリキリーは試みたが、体に力が入らない。

 ケルンの顔色が変わった。

「ネル、大丈夫か、ネル」


 イリギスが、駆け寄ってきた。

 怪角鹿(エゾック)を片付け終えたのか、ドーファン上級生達も走ってきた。

飛びカマキリ(グルーマント)にやられたのか 」

 ドーファン上級生が言った

「小さな傷はありますが、問題ないものばかりです」

 ネリキリーの体を確かめていたケルンが答えた。

「まさか毒が」

 ボトル上級生が呟いた。

飛びカマキリ(グルーマント)に毒はありません」


「だ、大丈夫です。ただ、足に力が…入らなくて、ちょっと…めまいがす…るだけで」

 ネリキリーは切れ切れに言う。

 イリギスが近くに転がっていた飛びカマキリ(グルーマント)の死骸を見て言った。

「魔法を使った?かなり強力な」

雷電(らいでん)の…魔導…式を」

「魔力欠乏の症状だ。まったく無茶をする」

 イリギスは屈みこんで、小さな、飴のようなものをネリキリーの口の中に入れてくれる。


 それは、口の中を甘さで満たした。

  軽くかむと、はかなく壊れ、中からいっそう甘やかな液体が溢れた。


 それは、舌に、体に溶け込み、軽い悦びにも似た感覚が走った。


「こ…れは」

魔糖菓子(リ・ボン)だ」

「あま…いね」


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