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新学期 ~ガールネクストチェア~

保健室により消毒をしてもらいガーゼを当ててもらって、昇降口の廊下に張り出してある新学級の名簿一覧を見てこれから一年間通うことになる教室と共に過ごすクラスメイトの名前を確認した。

といっても、二年から三年に上がる際は理文選択を変更する生徒のみクラスが変わるだけであるので新しいクラスの部屋番号だけを確認した。クラスメイトに関してはざっと見た感じ変更はないようだった。

【3-1】一二年生が授業を受ける中央棟から三年生だけの南棟への移動だった。

それも二年生の三学期の終業式の日に荷物を移動させたので場所も知っていた。


教室に入り黒板に貼られている座席表を確認する。噂によると三年生は一年中席替えをしないらしい。

「飛火野」の名前は中央男子列の後ろから二番目。悪くない座席だ。

後ろの席には我が親友であり昨年「ヒーロー研究会」の幹部を共に勤め上げた体重百キロ超えの心優しき巨漢「夏木」の名前があった。中学時代は気の弱い性格と太っていることを理由に壮絶なイジメを受けていたらしい。そしてその暴力を伴う陰湿で壮絶なイジメは彼に通常の学生が抱える必要のない多大なストレスを与え、その影響からも彼の肥大化は止まらない。

飽食による肥満でないことは毎日昼食時に見た彼のお弁当箱の大きさが証明してくれている。

中学時代は学校中からイジメられていたため友人は一人もいなかったらしいが、高校になり当時出席番号が近かったことから俺と同じ班になり、お互いにヒーロー作品が好きという共通の趣味から意気投合した。その後は他クラスの同じような趣味の人間を集めて「ヒーロー研究会」という同好会を立ち上げ、放課後には部室に集まり前日に見たアニメの内容や新しく出たコミックの内容を語り合ったり、近くのショッピングモールにあるフィギュアショップを見に行ったりした。

昨年の文化祭ではオリジナルの短編特撮映画を自主製作し、部室で上映し、自分たちで眺め、その活動以降大きな活動もないまま2月末に後輩へと引き継いで俺たちは引退した。

ヒーロー研究会のメンバーの中でこのクラスにいるのは夏木だけだったので、席が近いことはとても嬉しかった。


こけて保健室に寄っていたせいもあり始業時間ギリギリだったらしくそこまで確認したところでチャイムが鳴り始めた。

座席に向かうと遠近感を狂わせるかのような巨体の夏木がニコニコしながらこっちに手招きしていた。

「スザクおはよう。やったで席前後やで」

「いやー安心したわ。なっちゃんが後ろで。三年って席替えないらしいやん。後ろの方ってだけでもラッキーやのになっちゃんが後ろとか新学期早々めっちゃツいてるわ」

夏木だからなっちゃんと呼ぶ。そして彼は俺のことを下の名前でスザクと呼ぶ。

「ところでさスザク今日学校終わってからなんか予定ある?」

「いや特にないで。なんで?」

「高原イオンのビレバンのアメコミコーナー拡張したらしいで!」

「マジでか!それはヒーロー研究会としては視察に行かねば」

「なりませんな!まぁ俺らもうヒロ研引退してるけど」


話をしていると担任が教室に入ってきた。

担任は昨年と同じ地理の担当教師の増田郁氏だった。身長が150㎝台ということと名前のイクシから生徒たちからは陰で「ピクシー」と呼ばれている男だ。

板書をほとんどさせず配布した資料の空白に重要用語を埋めさせるスタイルの彼の授業は生徒の負担が少なく評判が良かった。最もその授業スタイルをとる最たる理由は彼が黒板の上部に手が届かないことを隠す為であろうことは高校生ともなればみんなが気づいていた。


教卓の正面、教室の後方のこの位置からは増田の姿は前の生徒達の頭や肩に隠れて見えなかったが、どうやら何人かの生徒から座席の変更の要望を訴えかけられているらしかった。後で聞くと言い増田はその生徒たちを席に返し、ホームルームを始めた。

新学期ゆえ、興奮した生徒たちの多少のざわつきはあるものの教室は教師の声を聞く体勢になった。


「皆さん、おはようございます!」

何人かの生徒がぼそぼそと挨拶を返す

「いよいよ皆さん三年生、受験生です。このクラスは全員が進学を希望するという事でこの一年間、勉強漬けの生活になるでしょう。先生は地理担当ということで中には授業を受け持たない生徒もいるかもしれませんが、担任として皆さんが志望校に合格できるように一生懸命サポートしていくので、皆さんも一緒に頑張っていきましょう!」

”受験”というワードを聞いてそれまで浮かれていた教室の空気が一気に重く沈んでいった。

増田も勿論それを察知したらしく

「はい、そんなに一気に落ち込まないー。テンション下がってる皆さんに嬉しいお知らせです。どうぞ入って来てー」

その声を合図に教室の前の扉が開き一人の女生徒が入ってきた。


もしや!とは思わなかった。この流れ。「だろうな」と思った。


増田に頭3つ分くらいの差をつけているその長身の女生徒は朝、俺にタックルを仕掛けてきたあの女生徒だった。


が、教壇の上に立つ彼女は朝のような横暴な素振りは一切見せず、会ってまだ二回目だが借りてきた猫をかぶっているのがありありと分かるほど、いやもうむしろ借りてきた猫を羽織っているのかというほど全身から大人しさと清純さと可憐さを放ちながら立っていた。


腰の位置は横に立っている増田の胸の位置くらいにあるのではなかろうか。

地面から長らく続いた足はついに腰になったかと思う間もなくすぐに胸のふくらみが始まる。

そして普段見慣れた男の肩幅とは全く別物の薄く狭い両肩の上にはさらに小さな頭部。しかし教室の後方からでも分かるほど大きな瞳と高い鼻とうるんだ唇が確認できる。

そしてふわりと流れる髪の毛がより一層彼女に別次元の美しさを纏わせている。

小さく縮こませた肩から伸びる長い両手は前で組まれ、その両手はさぞ重たそうに学校鞄を持っている。

少しうつむき加減で教室中からの好奇の目に恥じらいでいるように見えたがその目はなぜかしっかりと俺の方を見据えていた。

眼があった瞬間、彼女の口元が少し動いたような気がした。


突如現れたこれまで見たこともない美少女の登場から数拍間を空けて、男子が過半数以上を占める理系のクラスには男の熱気と言語化できない歓喜のうなり声が立ち込めはじめた。


「はい、静かに!自己紹介してもらうから静かに聞く!じゃあナギサさん、これ使って」

そういわれるとナギサと呼ばれた女生徒はカバンを教卓横の机に置き、増田からチョークを受け取り黒板に向かった。


まるで歴史的瞬間を目の当たりにしているかの如く、全男子が固唾を飲んで彼女の後姿を見守る。もちろん少数派の女子も転校生を見てはいるのだが、男子との熱量の差は大きい。

もしも視線が熱量を持つ光線なら彼女の後頭部はたちまちマッチ棒のように発火していたであろう。

それほどの男子視線の集中であった。


チョークが黒板に当たるカツカツという音が止んだ。チョークを置いてこちらを向いた彼女が自己紹介を始める。

「皆さん初めまして、渚 美夜です。ニューヨークのイーストタウン工科高校から転校してきました。

ずっとアメリカに住んでいましたが両親が日本人なので日本語は話せます。

でも日本の文化や奈良県の事は詳しくないので教えてください。

皆さんこれからよろしくお願いします。」

そういってペコリと頭を下げると教室中から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「カッケー!帰国子女やで」「チョー美人」「ミヤちゃーーん!」「惚れた!一目惚れした!!」「ヤベ―――」

およそ知性を必要としなさそうな言葉があちこちから巻き起こった。

増田が何度か声をあげそれを鎮める。

「はい、じゃあ渚さんに質問ある人・・・あ~じゃあ吉岡」


吉岡。勉強も良くでき、スポーツもこの学校の花形クラブであるバスケットボール部のレギュラーメンバーに選ばれるほどよくできる。顔も良く、女子からの人気は一際高い。だが性格の悪さから男子からの人気はすこぶる低いが、学年の頂点に君臨する彼の恩恵にあやかる為に群がる男子もいる。

何もかも抜きんでている彼は挙手の速度も誰よりも早く、増田が質問の有無を問う3秒ほど前からずっと手を挙げっぱなしにしていたのだ。

「え~、ミヤちゃんは彼氏とかおるんですかぁ?おらんかったらどういう人が好みか教えて欲しいのとメルアド教えて欲しいのと、あと俺今フリーでーす。」


何という手の速さだ。いけ好かないがこれがオスとして正しいふるまいなのかもしれない。

あまりの軽薄さに思わず感心しかけていた。

渚美夜は一体どう答えるのだろうか。クラス中の男子の祈りの混じった期待がわずかな沈黙を埋める。

「えー、プライベートな質問がいくつもあったのですが、まとめて答えるとするなら”自分で探すからあっち行ってろ”です。失礼な言い方たっだらゴメンね。日本語まだ慣れてなくて。」


時間としては1~2秒だったのだろうが教室の中にはおよそ体感時間にして10秒以上もの間が流れた。

吉岡が口をパクパクさせ何が起こったのか事態を処理しきれないまま力なく椅子に沈んでいった。

そしてどこからともなくゆっくりと拍手が聞こえてきた。俺だった。


日ごろ嫌がらせをしてくる嫌いな奴が泡食らっているのを見るのが無意識に拍手を送るほど痛快なものだったとは。

ハッと気が付くと吉岡とその取り巻き達の視線で針山のようになっていた。

また聞こえるように陰口を叩かれる。

おずおずと両掌を小さく上げ降参の意を示し俯いた。


「ハイ、これ以上渚さんが困る質問が出てもあかんからな。質問コーナーはこれで終わり!あとは休み時間にでも個別に聞きなさい。えーじゃあ渚さんの席はあそこの空いてるところね」


(あ、増田が逃げた)

大人だって俺たちと同じような気持ちになるんだ。年齢を重ねるにつれて気づくことが多くなったことの一つだ。俺だって増田の立場だったらこの状況さっさと終わらせるに決まってる。

俯きながらそう思っていた俺に横から声がかけられた。


「隣だね。ヨロシク!」

振り向くと渚美夜がカバンを机の横にかけながらコチラに向かって笑顔を向けていた。

き、綺麗すぎる。

心構えしないまま女子の、しかも美人の顔を正面から見てしまった。

直視しているのか目をそらしているのか自分でも分からなかった。

おそらく直視はしていないのだろうが、一瞬見たその笑顔が目に焼き付いている。

実際は眼はクルクルと宙をさまよっている。

「あ、うん、よろしく」


女の子と一日に二回会話をしたのは

半年前の文化祭前日の準備の時「ガムテープ貸して」に対しての「あーえーっと俺らのとこもないわ」

とその後その女子が「私たちガムテープ使い終わったから持ってきたったで。使う?」「ありがとう」

以来である!


そう、俺は女子とまともに会話をすることができない。

だがしかし、そんな日々も今日から変わるかもしれない。

期待が膨らんでパンパンに膨張していくのが分かる。

頭の中では今日行われた会話が何度もリピートされていた。

半年ぶりの参考資料である。これを生かして次の会話をより一層いいものにしなければいけないのだ。

脳みそのタスクはもはや増田の声を聞く処理を放棄していた。

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