997 マタニティラプソディ6:平民嫁の逆襲
私の名はバティ。
数奇な人生を送ってきた女。
魔国は国境近くの僻村に生まれ、そこへ旧人族軍が攻め込んで一家離散。
若くして天涯孤独となったのちは食うために魔王軍へ入り、意外とトントン拍子に出世して四天王補佐にまで登り詰めた。
そこからまた一波乱。
四天王アスタレス様が権力争いに破れて失脚。その補佐であった私も巻き添えを食い、事実上魔王軍から脱退した。
のちになんやかんやあってアスタレス様は返り咲き、一足飛びに魔王妃へとなられたが、私はいい機会と思い軍に戻らず正式に除隊。
子どもの頃からの夢を本格的に追いかけることにした。
それは被服師。
衣服をデザインし、みずから手掛けて制作する職業。
デザイナーともいう。
私が何故、被服師を目指したかというと生まれ故郷で両親が営んでいた仕事もまた被服師であったから。
もちろん田舎だったので村人の普段着を繕うだけの細々とした仕事だったが、幼い私は憧れをもって見ていた。
魔王軍人として相応の蓄えもでき、夢に挑戦できる余裕もできたとひた走ることになったのだが、それが予想以上のロケットスタートになった。
私の作った衣服は魔国の中心……魔都にてバカ受けし、売れに売れ、私が手掛けた衣服はトップブランドとして押しも押されぬ名声を築き上げている。
……。
こうして振り返ってみると、私の人生波乱万丈が過ぎね、って思えてくる。
山と谷の落差が急激すぎるというか、山も谷も一度ならず訪れるというか……。
まあ、現在のところ山の頂部分にいるから、こうして落ち着いて振り返りができているんだけれど。
そうして絶頂まで登り詰められたのも、ある幸運に出会えたお陰なのよね。上記の回想には語られなかったけれど。
農場と遭遇することがなかったら私の人生もここまで順風満帆ではなかったろう。
農場と聖者様に惜しみなき感謝を。
少なくともアスタレス様に向ける感謝よりは。
そして私の人生はそれ以上の絶頂も迎えた。
被服師という仕事に関してのみでなくプライベートでも記念すべき祝い事があった。
結婚。
魔王軍時代から交流のあった補佐官オルバと恋人関係になってから、なかなか結婚まで踏み出せなかった。
その理由は、身分さだとか、私の仕事とか色々あったが、つい最近なってやっと諸々の問題が片付いて待望のゴールイン。
一番の懸念であった被服師の仕事も問題なく続けられて、欲しいものをすべて手に入れたといっていい幸福の絶頂。
こんなに幸せで、そのうち大きなしっぺ返しでもない? と不安になるぐらいな私へ、このたびさらなる嬉しい出来事。
妊娠した。
夫オルバとの間にめでたき第一子懐妊。
やった!
体調に変化が現れた時はまず『仕事に支障が……』と心配になったものだが、原因がわかってみればむしろ喜び。
当然、愛する夫との間にその結晶を授かることも嬉しいが……。
……。
……それに加えて、散々かけられてきたプレッシャーを思うとねえ。
私が嫁いだオルバは、魔国内ではそこそこいいところの貴族階級の生まれ。
その伴侶となるからには私もまた貴族夫人となるわけ。
平民である私とは身分違いとなるのも当然で、恋人関係になってから結婚までが遅れに遅れた理由もそこにある。
そしてめでたくゴールインしてからもその問題は尾を引くわけで……。
お貴族様ともなれば当然持ち上がってくる問題が、跡継ぎになるのよね。
夫オルバには、受け継いで立つべき家門があり、さらにはそれを次なる世代へと引き継がせなければならない。
そのためにまず行うべきは後継者をゼロから創造すること。
つまりは子作り。
その責任はオルバの伴侶となった私にもあるわけで。
魔王軍四天王の座につける四つの聖剣継承家系。
その分家に当たる家柄で、いくつかある同じような分家の中で中位に属するオルバの家。
そんな格式ばった家なので、それはもう『子どもはまだ? 子どもはまだかしら?』というせっつき攻勢が激しいのなんのって。
それが良家の宿命と言ってしまえばそれまでだが、本当に『跡継ぎを生め』というプレッシャーが超高圧と申しますか。
年中行事で親戚その他が集まるたびに『妊娠した?』と挨拶代わりに聞かれるし。『まだです』と正直に答えたらあからさまに落胆されるし。
本当にストレスが溜まる。遠回しにグシグシ言ってくるところがまたムカついてくるのよね。
それでも『仕事なんか辞めて子作りに集中しろ』とまでは言われない。
何故かといえば私の作る衣服は、いまや魔国一のトップブランドで、魔王妃となったアスタレス様からも贔屓にされている。
その名声は、婚家の地位を高めることにも一役買っていて実際、私の作品を求める伝手になると人脈を作ろうとする実力者は多いそう。
その関係で『服作りを辞めろ』なんて正面から言われないのは助かるが、代わりに『側室を囲っては?』などという意見が出たというからホント助からない。
しかもその意見、結婚式から僅か三ヶ月後に出たというんだから益々信じられない。
何考えてるの、アホじゃねえの? って。
幸いオルバのお母様……私にとって姑に当たる御方が大層優しくて、そうした親戚筋からの心無い言葉から私を守ってくれた。
お義母様もまた前当主の妻という立場で、一人息子であるオルバのみしか設けられなかったことから親戚一同より突き上げを食らった過去があるらしい。
なんでよ?
一人でも立派に跡継ぎを生んだんだからいいじゃないのよさ?
本当に文句しか言えないヤツは、どういう状況でも文句しか言わないらしい。
そういうクソみたいな連中に囲まれながら、思いやりのある夫と義母に支えられて何とか創作活動を続けてきた。
しかしそんな工房の日々についに終止符が打たれた!
何故なら念願の懐妊を果たしたから!
どうだテメエら! 貴様らが乞いに乞い願った跡継ぎがわたしのお腹の中にいるのよ!!
文句あっか? 文句あっか、あぁん!?
という感じで私は日々ますます絶好調!
妊娠初期で気分が不安定になっているという説もあるが、お陰で針の進みも加速して新作がどんどん縫い上がっていくわ!
現在私が意欲的にかかっているのは、妊婦用のマタニティドレスの制作。
なんでもここ最近やたらとおめでたの報告が上がって、世界中にベビーブームが巻き起こっているらしい。
私の知り合いでも何人からおめでた報告を受けていて、アスタレス様もまた性懲りもなく魔王妃の立場にして第三子を懐妊されたというから魔国全体がお祭りムードに包まれている。
お祭り=好景気。
なので我ら衣服業界にも関連した特需が巻き起こっていて、妊婦が快適に過ごすための衣服もあれば、生まれてくる子どもに着せるためのベビー服の需要も爆発的に上がっている。
そしてそれを一手に引き受ける立場にあるのが私なのよ!!
今現在は、自分自身のお腹の状況に気遣いながらも新たに上がってくる需要に全力で対応していきたい!
既に私の頭の中では、画期的なマタニティドレス及びベビー服のデザインが湧き上がっているのよ!!
ここまでアイデアが無尽蔵に湧き出してくるのは、私もまた妊婦であるという状況が大きい!
自分のことになると体感にリアルさが伴って、より精密なイメージができるってことかしら!?
オルバやお義母様などは『身重でそんなに根を詰めたら……』と心配してくださるが大丈夫よ!
伊達に庶民出身ではないわ!! 本質的なタフさには自信もあるし定評もあるのよ!
そんなわけで今日も貴族夫人を務めつつ、創作に邁進よ!
来週の納入日までに王侯向けマタニティドレス五着! ベビー服を百二十着!
それらを設えたあとは……!
私自身のマタニティドレスの制作に取り掛かる!
私だって一世一代の妊娠出産!
その時期に最高のオシャレを楽しみたい!
最高の一作を創造するために、予行練習ができるっていうのは売れっ子の強み!
大きな声では言えないが、ここまで制作した衣服全部、自分で着る用の本命の試作品ってことよ! はーっはっはっはっは!
そんなことを思っていたら、私が暮らしているオルバの邸宅に来客が。
例の親戚筋。
テメエらが散々催促してきた妊娠への祝辞はそこそこに、別の用件を切り出してきた。
「あの以前お願いしたドレスは完成してますでしょうか?」
「は?」
何のこと?
まったくもって覚えがない。……いやいや、思い出してきた。
そういえば妊娠発覚する前に、勝手に押しかけてきて跡継ぎができないことに散々嫌味を言われたあとに依頼してきたんだっけ。
『石女なら、せめてこれぐらいは役に立ってくださいよ』などとほざいて。
どうせ、この親戚筋のことだから、私の作品を貢物にでもしてどこぞの権力者に取り入ろうとしてるんだろうけれど……。
笑顔で返答してやった。
「制作に取り掛かってすらいません」
「なんですってぇえええええッッ!? 困ります! 先方には明日にも最高の逸品をお届けすると約束してるんです!!」
知らんがな。
しかし今こそ意趣返しの絶好チャンスと見極め、最大の笑顔を作って言う。
「すみませんねえ、皆様念願の跡継ぎがお腹に宿りまして、つわりやら何やらで思うように作業が進まないんですの。もし無理して流産にでもなったら親戚一同様に申し訳が立ちませんもの。理解してくださいますわよね」
もちろんウソで、実際は創作意欲が溢れ出してるんだが、それをわざわざ明かしてやる義理はない。
「それとも、身重の体で無理して作業しろと? 跡取りの誕生は一族の悲願……と仰ってましたわよねえ?」
「う、ぐ……!?」
よっしゃぁああああああッッ!!
見たか、このバティは魔王軍士官時代からやられたらやり返す女よ!
相手のしかけてきた攻撃を利用してやりこめる!
あまりにも綺麗な報復で、決まると気持ちいいぃいいいいいい!!






