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996 マタニティラプソディ5:そして父になる

 私の名はオークボ。

 オークのオークボである。


 今日も仕事終わりに農場に併設してある居酒屋バッカスで、一杯ひっかけてから帰る。


「……オヤジ、焼酎お湯割り、お湯少な目で」

「最近よくお越しになりますねお客さん」


 そうだろうか?

 そうかもしれない。あるいは毎日飲みに来ているのかも。


 しかしそれも仕方がない。

 私がここで一杯か二杯飲んでくるのは仕方のないことだった。


 仕事終わりから自宅へと帰る。

 ビジネスとプライベートの境界というべきこの僅かな時間に、物思いにふける静けさが欲しかったのだから。


 私が静寂を求める理由。

 孤独で、何者にも遮られることもなく考えておきたい内容は……。


 ゾス・サイラの妊娠について。


 ゾス・サイラは私の妻。

 数年前に所帯を持って、今もつつがなく暮らしているものの、ここ最近になって衝撃の事態が発覚。


 ゾス・サイラが私の子どもを身に宿したというのだ。


 夫婦なのだから、その間に子を授かるのは当然と言われるかもしれぬ。

 私だってそう思う。

 誤解してほしくないのは、私は妻の妊娠そのこと自体は嬉しいと思っている。

 この上なく嬉しい。

 この世にこんな幸福があるものだろうか!?

 いやない。


 私とゾス・サイラが愛し合った証だ。

 それを疑う余地などどこにあるだろうか。

 しかし私には、それにも増して喜びも覆い尽くしてしまう戸惑いがあった。


 モンスターであるこの私が、子どもを授かるなんて……。


「オヤジ、焼酎お代わり、今度もお湯割りで」


 酒が早くなくなる。


 私はオーク……モンスターの一種で、いわゆる擬人モンスターという振り分けに入れられる。


 この世界においてモンスターは、生物を模した亜生物と言ったような存在だ。

 仮初の生命……と言ってもいいのか。


 世界中を環流するマナが、ある場所で行き詰まり滞留を起こし、そして濃密化したところに生まれいずるのがモンスターだとされる。

 実際にはその前にダンジョンが出来上がるのだが、ダンジョン内でさらに凝り固まったマナが形をもってモンスターへと変貌する。


 そんな特異な発生の仕方をする生命などいない。

 モンスターは、世の異法則が生み出した悲しき生命モドキとすら言われている。


 そんな私が、意識を持ち、みずからの考えを持ち、様々なものを感じ、汲み取り、そして自分の想いを発することができる。

 そうできるようになったのはひとえに我が君・聖者様と、その聖者様が治めるこの農場のお陰。


 それだけでも大いなる奇跡であるというのに、愛する女性と結婚をもし、さらにはこたび子を授かろうとまでしている。


 どこまで行くんだ、私は?

 こうして悩むのは今回が最初じゃない。

 結婚の時もまた、大いに悩んだものだった。


「オヤジ……お湯割り」

「今度は薄めで作りましょう」

「濃いめだ」


 ニセモノ生命でしかないモンスターが人の親になる?

 そんなことが許されるのか?


 子どもについては、結婚前にも頭を悩ませた問題だ。

 結婚するからには、そういう問題にもブチ当たるかもしれないという大まかな予想でしかなかった。


 しかし本当に子どもができるとは。

 できるなどと、まさか思っていなかった。


 この地上に住む人類とは違うモンスターの私に。


 だからなおさら戸惑っている。

 本当にゾス・サイラに宿った命は私の子なのか? 間違いないのか? もし間違いないとしてモンスターの私などに父親の資格はあるのか? ちゃんと子どもを一人前に育てられるのか?


 考えれば考えるほど不安が募る。


 ゾス・サイラのことは愛しているし、子どもが生まれることも嬉しい。

 しかし愛することにも嬉しいことにも責任が伴う。私にその責任を果たすことができるのか。

 そう思うとひたすらに苦しいのだった。


「……何を思い悩む必要がある?」

「なッ? その声は……!?」


 気づくとカウンター、席一つを空けた向こう側に座っている客がいた。

 小柄で、いかにもすばしこさそうな痩躯……。


「ゴブ吉殿……!?」

「マスター、彼にミネラルウォータ-を私の奢りで」


 ゴブ吉殿の注文でオヤジが素早くグラスに水を注ぐ。


「体内に入ったアルコールを薄めるがいい。妊娠中の彼女らは酒が飲めないんだ。酒の臭いなんてさせて帰ったら顰蹙を買うぞ」

「そういえばゴブ吉殿のようもオメデタだそうだな。……なんというか、その、おめでとう」

「お互いにな」


 ゴブ吉殿は私同様に農場で暮らすゴブリン……モンスターだ。

 そして私と同時期に結婚し、配偶者に子どもが宿ったのまで同時期。


 同じ問題を一緒に受け止めてきた同市ともいうべき存在。


 彼はどのように思っているのだろう?

 私が受け止め切れないほどに悩みまくっている結婚や出産の問題を、彼はどのように受け止めているのだろうか?


 俄然興味が湧いた。


「なあゴブ吉殿、貴殿は今どのような気分なのだ?……その、カープ殿がオメデタだと聞いて……」


 カープとはゴブ吉殿の細君の名だ。


 二人は周囲が見て引くほどの……いや呆れるほどの仲睦まじさで、二人が熱々なところをよく見かける。

 そんな彼は、この事態をどう捉えているのか?


「もちろん、嬉しいが」

「嬉しいのは私も同様。しかし我々には嬉しいだけでは済まされない……」

「嬉しいだけだが!」


 あまりにもゴブ吉殿がキッパリ言うので、私も気圧されてしまった。


「……マスター、マティーニを」


 マティーニ!?

 カクテル出すの、ここ居酒屋じゃなかったっけ?


 出されたマティーニを一気に飲み干すゴブ吉殿。


「いいかオークボ殿、貴殿が思い悩んでいるのは容易に想像がつく。貴殿は真面目だからな。一つだけ確かに言えることがある。悩んでも答えが出ないことに悩み続けるのは時間の無駄だ!!」


 ババーンと勢いよく突きつけてくる言葉。


「我々にはそんなことよりも、今すぐにするべきことがあるのではないか!? 子どもが生まれる日に備えて怠りなく準備していかなければならない! 悩んでいる暇などないぞオークボ殿!!」

「そ、それはそうか……!?」


 そうなのか?


「悩んだってどうしようもないことはどうしようもないのだ! なるようになるしかない! 腹を括るしかないぞオークボ殿! こうしている間にもゾス・サイラ殿のお腹で、貴殿の子はすくすくと育っているのだからな!!」

「ゴブ吉の言う通りだ」


 さらに居酒屋店内で、別の声!?


 振り向けば、そこでカウンターに膝を乗せて立っているのは……!


「我が君!?」

「聖者様!!」


 私とゴブ吉殿揃って声を上げた。


 我らが主にしてもっとも偉大なる御方、聖者様!!


「バッカスさんケータリングセット一つ」


 我が君は、居酒屋のマスターに颯爽と注文を投げかけて、改めてこちらへ向く。


「何から何までゴブ吉の言う通りだぞ。親に悩んでいる暇などない! 今既に二児のパパであり、三人目がさらに生まれようとしている俺が言うんだから間違いない!!」


 そうだ。

 父親で言えば聖者様は我々よりも遥かに先輩!


 その言葉だからこそ胸にしみいる共感する!!


「そして今、もう一つ確実に言えることがある!」


 確実に言えること!?

 それはなんです、我が君!?


「飲んでないで早く家に帰りなさい。身重の奥さんが待っているというのに」

「「ハイ……」」


 聖者様自身も、居酒屋バッカス特性のケータリングセットを手にいそいそと帰っていった。

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
[一言] 聖者、流石に3人目ともなると佇まいが小慣れて来てるなぁ…w
[良い点] ゴブ吉カッコイイーーー! 二人に父親としての覚悟を解くキダンも良い主してるぞー!
[良い点] 聖者様が、良い【先輩】をしている。 [気になる点] オークボ達にとって聖者は主であると同時に育ての親。 と、なると産みの親はノーライフキング先生という事になるのだろうか? [一言] 先輩…
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