991 頭領決戦
「フン、堕聖剣の一族など所詮惰弱者の集まりよ! この妄聖剣ゼックスヴァイスの継承家系であるこのオレが真なる上位魔族の実力を示してやる!」
「だから派閥の長である僕の前でよく迂闊な発言ができるなあ」
対する農場側の二戦目の闘者は、人族だった。
ボクも何日か農場に通って見知った顔。
ボクと同じ飛び級入学者のネヨーテくんだ。
「リテセウス大統領に目をつけられて早期入学が認められたのだよな。ゴティア王子同様『まだ若い』ということで転移魔法使っての自宅通学となっているが……」
一戦目を終えたオソが解説してくれる。
その実、苦労性のネヨーテは自宅に帰っても済ますべき仕事が多くなり益々苦労が深まっているという。
「フン! 戦争に負けた人族ごときが魔族に盾突くなど笑止千万! 圧倒的な実力差でおのれの立場をわからせてやろう!」
「人族百裂拳」
「あばばばばばばばばばばばばばばッッ!?」
圧倒的な実力差でわからせられたのはジルベスター側の方だった。
ネヨーテは、一瞬にして勝利を掴んだ。
「農場で修行した人族は、生体マナを利用してとんでもない運動能力を得るのよね。即応性は魔法より遥かに高いから、戦争中人族がこの能力を会得していたら普通に負けてたかも」
試合を終えたオソが解説役に回ってくれた。
「ばば、バカな……! このズルベスターが推挙したエリートたちが、こうもアッサリ……!?」
「さあどうする? 四戦二敗、あと一回負ければキミの総合的敗北が確定するが?」
信じられないものを見るかのようなズルベスター。
それを煽るベルフェガミリア。
「か、勝ち誇っていられるのも今のうちですぞ。あとの二戦こちらが連勝する。さすれば二対二で勝ち星は並び、あとは最終決定戦をとればこちらの勝利だ!!」
「いつからそんなルールになったのやら。では三戦目に移りましょう」
そして農場側から進み出た三人目の闘者は……人魚族の王弟テトラ!?
「まどろっこしいぜ。残りの二人オレがまとめて相手してやらあ。オレが負けたらアンタたちの総合勝利でいいぜ」
「なッ!? 生意気な、その言葉負けたあとで後悔するなよ!!」
そして繰り出されるズルベスター側の残り二人。
「オレは怨聖剣継承家系の者! オレこそ魔王子ゴティア様の最高家臣として傍らに仕え続けるであろう!!」
「いいやそれは貪聖剣継承家系のオレの役どころ! オレこそが未来の四天王筆頭、魔軍司令だ!!」
魔王子のボクを差し置いて、何を勝手に決めておるのか。
しかし彼らの大口は長く続くことなく、即座にテトラ殿に蹴り飛ばされて青空の星となった。
キラーン。
「口ほどにねえ野郎どもだ。人魚族の、激流に鍛えられた尾びれは、陸人化薬で二本の脚に変わっても強靭さは変わらねえ」
「に、人魚族だと!?」
「おや、気づかなかったのか? 薬で姿を変えた人魚族と、人族の見分けがつかねえとは、そんな不見識さで王族の教育係が務まるのかよ?」
「なにぃいいいいいいッッ!?」
挑発されてズルベスター、顔を真っ赤にする。
「人族だろうと人魚族だろうとどっちだっていいわ! 我ら魔族には及びもしない下等種族なんだからな!」
「その下等種族に、アンタの選りすぐりの優等生たちは全滅だがな」
「煩い! アイツらが見込み違いのクズどもであっただけよ! 我ら魔族が本気を出せば、人族も人魚族もアッと言う間に滅ぼせるのだ! いい気になるなよ!」
「へぇ、そのセリフ、宣戦布告と受け取っていいのかな?」
「へ?」
あまりにも穏やかに、しかし重みのある声。
普段はおちゃらけているけどあんな声が出せるって、やっぱり人魚王族なんだな。
「ど、どいういう意味だ……?」
「オレは現人魚王の弟でな、今のお前のセリフ、そっくりそのまま兄ちゃんに伝えてもいいぜ? それでもし戦争が起こったら、きっかけはアンタってことだよな?」
「ひべぇええええッッ!?」
ちょ、ちょっとテトラ殿!?
ダメですよ、そんなカンタンに戦争なんて! アナタ前に『肩書きを笠に着るな』みたいなこと言ってませんでしたっけ?
「へへッ、ゴティアいいことを教えてやらあ。権力で好き放題するヤツを叩き潰すのに一番スカッとするやり方は、より大きな権力をぶつけてやることさ!」
そんな自信たっぷりに言われても!
「どういう顔ぶれだ……! 魔王軍で話題になった天才児に、新人間国の王に嘱望されている若きエリート、それに現人魚王の弟だと……!? そうそうたる顔ぶれじゃないか……!!」
そのかんもズルベスターは、わなわなと震えていて……。
「汚いぞ! そのような優秀人材ばかり揃えてくるなんて!!」
「いやアナタの方だって上位魔族のエリートを取り揃えてきたんでは?」
「あんな連中、そちらの素晴らしい才能に比べればゴミも同然だ! 彼らのような若き天才こそ、私が教え導くに相応しい! 全員私が引き取ってしんぜよう!」
「は?」
何を言ってるんだズルベスターは?
彼が何を言っているのかわからないのは、ボクの理解力が足りないからなのか?
「聞いてはいけませんよゴティア王子。あんなアホの理屈をいちいち間に受けていたらアナタの若い感性が歪んでしまいます」
「魔王子の教育を代々引き受けてきた我が家だからこそ、見込みある才能の引き受けは当然のこと!! その三人とゴティア王子の教育は私が担当し、授業時間も周六日に戻す! それで万事解決です!!」
「それ以前に、勝負に負けたら引き下がるんじゃなかったでしたっけ? 約束はどうした?」
「真に重要な教育の前では些細なことです! 新に優れた才能こそ私の教育を受ける資格がある!」
「しかしゴティア王子を含めて彼らは既にある御方の指導を受けている。だからこそここまで立派に成長したんです。そこにアナタの付け入る隙はありませんよ」
農場学校のことは巧みに隠しながらベルフェガミリアが正論で諫めてくる。
しかし目が血走ったズルベスターにはもう何も通じない。
「私より優れた教育者がいるものか! どこの田舎教師か知らんが、私の方が教育者として優れているのは考えるまでもない! 私が彼らを指導すれば、より成長できるのは自明の理だ!」
「その無根拠な自信はどこから来るんだろうかね?……ああ、面倒くさい」
ベルフェガミリアが珍しくゲッソリした表情になっていた。
「だったら、もう一度勝負といこうではないですか」
「勝負だと?」
「先ほどは教え子同士の勝負でしたが、今度は教師が優劣を競うのです。勝った方がより優れた教育者。……いかがかな?」
「望むところだ! 私とて若き才能を導く者として、いささか腕に覚えがある。イモ臭い田舎教師など一瞬で屠ってくれよう!」
ズルベスター自信満々。
「それで、肝心の田舎教師はどこにおるのかね!? 生徒だけを現場によこして自分は不在など、やはりこの素晴らしい英才たちを教え導く資格はないな!!」
「まあ、そうやすやすと姿を表せない理由がありましてね。しかしズルベスター殿が命に代えてもあの方に挑みたいというなら仕方ない。その望みを叶えてあげましょう」
「え?」
あくまでズルベスターの希望に沿ったかのような言い方。
「じゃあ、早速あの御方を召喚して差し上げよう。あの御方が現れたら、気兼ねなく存分に戦うがいい」
そしてベルフェガミリア、手で印を結ぶとブツブツ呪文を唱え始める。
それに応じて空間が歪み、漆黒の穴が生じて、その穴を通して出てくるのは……。
ノーライフキングの先生。
それを見てズルベスターは腹の底からの悲鳴を上げる。
「どっしゃあああああああああーーーーッッ!?」
『ことの流れは把握しておりますぞ。さあ魔族の教育者よ、このノーライフキングたるワシと心行くまで争い合おうではないか』
いきなり現れた最恐最悪を前に、ズルバスターは驚き混乱するばかり。
「ノーライフキング!? のーらぁぁああああいぃいいい……!? 兵士! 出あえ出あえ出あえぇえええええッッ!! 魔王城にノーライフキングが乗り込んでくるなど、魔国始まって以来の大ピンチぞぉおおおおッッ!!」
『ヒトの話を聞かんヤツじゃのう』
先生がいきなり現れたら大抵の人はそうなると思うんだが。
しかしながらズルベスターは大抵の人以上のノーリアクションで、自分の教え子だという上級魔族の師弟たちを押し退けながら逃げ出し、壁まで辿りつくとそれ以上は逃げ場がないとばかりに、その場にうずくまってしまった。
頭隠して尻隠さずな体勢。
これが大人の態度なのだろうか?
しかもズルベスターはただの大人ではなく、子どもを教え導く教育者のはずだ。
そしてこの場には、彼が教え守らねばならない生徒らがいる。
彼は自分の身を挺してでも子どもたちを守るか、そうでもなければせめて教師という立場から、もっと知性や機転の利いた逃げ方はできなかったのか。
ボクの中で立派な大人……という虚像がガラガラ音を立てて崩れ去っていくのだった。
* * *
いや、ボクだってわかっているさ。
誰もがあんなダメな大人ではない。父上のように本当に立派な大人もたくさんいるのだと。
しかしそうでない者も一定の割合いるんだってことは今日得た教訓だろう。
「ズルベスターは、一部の上級魔族から金銭を受け取っていた。袖の下ってヤツだね」
状況が落ち着いたあとベルフェガミリアは言った。
先生はいまだこの場にいらっしゃって『召喚したことは多いが召喚されたのは貴重な経験じゃのう』とマイペースしている。
「魔王子の学友は、上級魔族にとって人生もっとも早く来る出世のチャンスだ。将来王者となることを約束された子どもに近づき、お気に入りになれば、いずれ重要ポストを任される可能性は高い」
「そうですね……」
今日戦った彼らも『未来の四天王』を豪語してはばからなかったし。
彼らにそういう野心があったことは否定できない。
「さらにそうした幹部候補もまとめて“教え子”という名目で抱え込めば魔王家教育係の影響力は計り知れないものになる。ヤツらの家は先祖代々そうやって自分たちの地位を保ってきたのさ」
「くだらない、そんなもの何の役に立つって言うんだ……!」
地位を得るのならば実力で抜擢されないと意味がない。
それを縁故で勝ち取ろうなんて、実力不足を認めるようなものじゃないか。
ボクが魔王になったら、そうやって出世しようというヤツにどんな役職も与えたくない。
「色んなヤツがいるものですよ。国という巨大な単位になればなおさらたくさんね。それを束ねて、見てくれだけでも一つにまとめるのがトップの仕事です。アナタのお父上は、今のところそれをキッチリこなしている」
「父上が……」
「ズルベスターなどという小人を取り上げたのも、過去の慣例に倣って保守的な考えを持つ連中を安心させるためです。そう言ったヤツらは魔王様と考えは合わぬでしょうが、それだけを理由に切り離せば魔国なんてアッという間に消え去ってしまいますよ」
いろんな考えを持つ人々が集まってできた魔国。
それをまとめ上げるために父上は日々考えているのだな。
「ま、今日のようにアホが自分から切られる理由を用意してくれたのはラッキーですけどね。ここまでの大失態を犯したからには保守派だって擁護できんでしょう」
父上はそこまで考えてボクを農場に送り込んだのだろうか?
「それはあくまで副次的な狙いで、あくまでアナタに成長してほしいというのが一番ですよ。今日のことも勉強になったでしょうし、充分アナタはお父上から期待されていますよ」
ベルフェガミリアは言う。
そうだ、ボクは未来の魔王。
これぐらいの人の汚いところを見たからって、これでへこたれたりなんかするか。
父上の期待に応えるために、これからも農場で頑張って勉強していかねば!
ここから少しお休みをいただきまして、次回の更新は4/15(土)の予定です。






