987 子どもの務め
「え~、っつーことで……」
改めて始まる農場学校。
先生が、数いる生徒たちに新入生を紹介する。
「新しい友だちのゴティアくんじゃ。皆仲よくし、共に勉学の道を進んでいくとよい」
「「「「「「は~い」」」」」」
農場学校に通う子たちは基本皆いい子ばかりなので、トラブルなくすんなり受け入れてくれる模様。
よかったウチの学校にはいじめなんて存在しなかったんだ……!
「控えよ下郎! ボクは魔王子ゴティアなるぞ!!」
しかし受け入れてもらう方に問題があるケースもあったり。
この歓迎ムードへ冷や水を浴びせるようにゴティアくんの方から辛辣な返答が。
「いずれ魔国を背負って立つ高貴なる存在のボクに、貴様らごとき下々の者が机を並べるなど言語道断! 魔王子たるボクにはすべて特別な待遇を要求する! ボクと厳選された優秀生徒だけの特進クラスを設立せよ!」
「こらッ! ゴティア!!」
「あいたッ!?」
慌てた魔王さんからのゲンコツがゴティアくんに下る。
でもまあ、アレは仕方あるまい。
「ウチの子が傲慢で申し訳ない……! 人に分け隔てはないと教えたつもりであったのだが最近目を離すとすぐ珍妙な選民思想に囚われて……!?」
たしかに、物心ついたゴティアくんに会ったのはこれが初めてではないが、前回見かけた時は市井の子どもらと楽しそうにプラモで遊ぶ屈託のない子だった。
それが今では、まるで物語の悪役にありがちな選民思想ゴリゴリ発言をして。
一体ゴティアくんに何があったんだ?
「……ハッ、魔王の息子ってだけでよくそんなに偉ぶれるもんだよなあ」
「何ッ!?」
誰だ売り言葉に買い言葉発現をしているのは!?
それは農場学校の並ぶ机から発せられた。生徒の一人……!?
「偉いのは何もテメエじゃねえ、お前の父ちゃんが偉ぇんだろう? それを笠に着てヒト様の頭を踏みつけるたぁ、とんだ勘違い野郎だぜ」
「魔王子のボクをバカにするのか!? 何者だ名乗れ!?」
「聞きたいか? だったら答えてやらぁ、オレの名はテトラ! 前人魚王ナーガスの次男坊よ!」
ああ、テトラくん。
そういえば彼も今農場学校で学んでいるところだった。
前人魚王であるナーガスさんの次男。ということは現人魚王であるアロワナさんの弟で、我が妻プラティの弟でもある。
かなりヤンチャで、プラティからも時折お仕置きされているが元気で将来有望な子だ。
「人魚族の王弟……!?」
「おう、ビビッたか? そりゃあお前自身が肩書きでビビらせようとしてるんだから、テメエも肩書きでビビらないと不公平だよなあ? でもオレは普段こんなことは言わないぜ、『王族だからってヒトを見下すな』とオヤジからもアニキからも口酸っぱく言わてるからなあ」
おお、テトラくんが王族の視点からとても教訓的なことを言っている。
これはゴティアくんにもクリティカルヒットだ!
「王族も平民も、学校じゃ関係ねえ。勉学で競い合うライバルだ。それを理解できないってんなら、せっかくの農場学校で学ぶ意味もねえぜ。とっととお城に帰って、メイドやら執事やらにチヤホヤしてもらうんだな!」
「…………!」
ゴティアくんは言い返すこともできないのか、グッと唇をかみしめている。
魔王さんも何も言わない。向こうの主張が正しいとわかっているからだ。
「いじめは、めー」
「えッ? 何!? ぎゃあああああああああッッ!? パロスペシャルはやめてやめてやめてッ!? 腕がちぎれる! 腕があああああッッ!!」
空気が重くなったところへ救いを差し伸べたのは、我が子ジュニアだった。
唐突に天から舞い降りたと思ったら、テトラくん相手に強烈な関節技を極める。
「いやいや別にいじめてたわけじゃねえだろ!? オレはただ正論をかましただけ……!?」
「もらはら、もらはらー」
「ぐおおおおおおおッッ!?」
ジュニアとテトラくんは甥叔父の関係に当たるので、とっても仲よし。
よし二人の息の合った賑やかしで冷めきっていた空気が温まったぞ!
あとは軌道を元通りに修正するのみ!
「それでは先生お願いします!」
『うむ』
満を持しての登場、それがノーライフキングの先生。
ゴティアくんはまだビビッて及び腰ではあるものの、しかしその実先生は怖くないよ大丈夫だよ。
「ノーライフキングの先生は、この農場学校のとりまとめ役であり、もっとも優れた教師でもある。何しろ不死者であるのだからな、過去千年の歴史を生で知っておられる文字通りの生き字引よ! ハッハッハ!」
魔王さんが何故か自慢げに語る。
今日の彼は授業参観的な立ち位置だが、その割にズバズバ切り込んでくるな魔王さん? 親バカか?
「当然他の知識も広くて深い! 実はこの父も、先生に学んでいた時期があるのだ。教えられた知恵と知識は、魔国を治めるうえで大変な糧となった」
「えッ? 父上が!?」
ゴティアくん、唖然として父親と先生を交互に見る。
俄かには信じがたいようだ。
当然か、伝承だけでしかしらないならノーライフキングはヒトに教授する存在ではないのだから。
『……ゴホンゴホン』
散々持ち上げられてからついに先生自身が喋る。
『我が農場学校は、基本的に十五歳からの若い男女を入学対象としておる。ここで学んでいる者たちは皆、その年齢条件を満たしてやってきた。ゴティア王子は、いまだ十歳にも満たぬが、魔王子として既に充分な学識をえておること、そして将来国を率いる立場にあることからまだまだ学ばねばならぬことがある……ということから幼い年齢での入学が打診されてきた』
「はい!」
ビビっていた先ほどまでとは打って変わって元気よく返答するゴティアくん。
有能だといわれて自信が湧いたのかな?
就学年齢を満たさずの入学なんていわば飛び級だからな。飛び級こそ有能の証。
『しかしワシは……ゴティアくんの農場学校入学を認めません!!』
「「なんでーーーッッ!?」」
それに驚くゴティアくん本人と魔王さん。
まさかの入学拒否に動揺が高まる。
「どど、どういうことですか先生!? ウチの子が何か粗相を? あッ、やはり先ほどの傲慢発言がお気に障りましたか!?」
『あの程度生意気な子どもは毎年一定数おりますわい。しかし学んで励み、壁にぶち当たって乗り越えてを繰り返すうちに皆、思いやりを備えるようになっていきます。ワシが問題と見ておるのは……やはり年齢に関してですな』
「しかしゴティアは幼いなれど、もはや大人に劣らぬ学識を備えておりますが……?」
『この年頃の子どもにはもっと率先して経験すべきことがある。それは……遊ぶことじゃ!!』
遊ぶことぉ!?
先生の瞳が爛々と輝く。
「遊ぶことだって!? そんなの無駄でしかないじゃないか! 将来魔王となるボクには、無駄な時間なんてないんだ!!」
『必要な無駄というものはありますぞ。キミぐらいの子どもは大抵親に遊んでもらって、その記憶を胸に大人になるものじゃ。キミ一人そんな思い出を持たず、同じ思い出で結ばれた人々を治めることができますかのう?』
「!?」
『農場学校は全寮制で、一度入学したら親に会うこともなかなかできぬ。親離れもなったであろう十五歳以降ならともかく、まだ親も恋しいであろう幼子を引き離すことは、この学校では許せぬ』
先生ぇえええええええええッッ!?
先生の言う通りだ!
魔王さんから打診を貰った時は、ゴティアくんの将来のために最高の環境を! と思っていたけど、たしかに今のゴティアくんにもっとも必要なのは、お父さんやお母さんと過ごした楽しい記憶!
今、この時期でしか味わえない幸せ!
『さあ聖者様! アナタがお手本となりて魔王親子に見せておあげなさい! 親と子の交わりというものを!』
よっしゃー!
行くぞジュニア! 共に親子の仲睦まじさを示すのだ!
父子の代表的な遊びといえばキャッチボール!
ボールを投げ! そして投げられたボールを受け取るという単純ながらも情愛がこもる遊戯!
さあ来なさいジュニア! キミの全力の等級を父が受け止めてあげよう!
「いくぞー、さんだーばきゅーむぼーる」
ジュニアの投げた球は、数値で換算すると時速三〇〇メートルは超えるであろう、近距離パワー型のスピード&威力を持ったスーパーボールだった。
しかし父の威厳に懸けて取りこぼすことはできない。俺は全身でもってジュニアの豪速球を受け止め、踏ん張る脚が地面にめり込みつつも、煙を上げてボールは止まった。
「はっはっはー、いいボールを投げるなジュニアは! 末は大リーガーかな!!」
無分別に持ち上げられるのも子どもが幼いうちだけの特権!
我が子は天才だ!
「じゃあ今度はパパから行くぞ! 上手く受け止められるかな!?」
「ぼく、がんばるー」
「それでは投げるぞ! 消える魔球!!」
俺が放ったボールは、手から離れると同時に姿を消し去り、そして二度と姿を現すことはなかった。
「完璧にボールを消してもダメなのよ旦那様!!」
プラティのツッコミも冴えわたり、これでゴティアくんに年頃の父子の戯れを見せてやれたのかな? と思った。
「これが農場……恐ろしい」
* * *
結局その後の話し合いで、ゴティアくんは特別に自宅からの通学を許され、週に三日ぐらいの頻度で転移魔法でやって来ることになった。
残り週四の時間は、もちろん家族の時間に充てられる。
魔王さんも、先生から言われたことが胸に刺さったのか、忙しい政務の合間にも家族と過ごす時間を増やすらしい。
きっとそれが、どんな勉強よりもなお将来よい魔王が誕生するための下地になっていくだろう。
そして同時に、そうした環境の変化がさらなる問題を浮き彫りにさせていく……。






