980 繁殖のトリック
クリスマス後のおめでた報告は、さらに留まるところを知らなかった。
「聖者よ聖者よ! やった! やったぞえ!」
そう言って駆け寄ってくるのは『アビスの魔女』ゾス・サイラさん。
このタイミングでその笑顔……ということは……!?
「授かったぞえ! わらわとオークボのベイビーが!!」
マジで!?
まさかのところからまさかの報告が!
ゾス・サイラの夫はオークのオークボ。そしてオークはモンスターだ。
モンスターと人類との間にこともできるの? という懸念はかねてからあったが、今回そんな懸念が囁かれる暇も与えずことはなった。
「やったー! これで産休とれる! 宰相の仕事からオサラバじゃぁああああああッッ!!」
その喜び方はどうなの? と思うが……。
「はぁ……! まさかわらわが母親になるとはのう。あッ、そういえばカープのヤツも身籠ったそうじゃのう」
えッ、カープさんも?
ウチのゴブリン・ゴブ吉と華燭の典を挙げたカープさんも!?
「お堅いアイツのことじゃから、ベッドでまで品行方正であると思ったが、そんなこともなかったようじゃな。さすがの鋼鉄女もクリスマスの放つ淫気には抗いがたかったようじゃ」
クリスマスをサバトみたく言うな!?
しかし同じく夫側がモンスターで、子どもを授かるのは難しかろうと言われていたカープ&ゴブ吉夫妻までも当たり前のように無事懐妊とは!?
しかもそればかりでなく……!
ドラゴンのブラッディマリーさんまでもが押しかけるようにやってきた。
「やったわ! やったわよ! 皇妃竜たる私がついに、ドラゴンにして初の懐妊をたっせいしたわよー!!」
ブラッディマリーさんまで!?
一体どういうことになってるんだ!? いくらクリスマスでも懐妊ラッシュが尋常じゃなさすぎる!?
これはいくら何でも非常事態なんじゃ!?
クリスマスの威力は異世界において、そこまでのものだったか!?
「旦那様~、冬も明けたことだから神様のところへ春詣でに行くわよ~」
俺が混乱困惑しているところへ、容赦もなくプラティからお出掛け要請。
ってちょっと待て!?
キミ妊娠発覚したてのデリケートな時期に、外出なんかして大丈夫!?
「大袈裟ねえ。外出ってもすぐそこなんだから大丈夫よ。ジュニアやノリトも待ちくたびれてるから早くいきましょう」
お、おう……?
家族全員が出かけるのに俺だけ同行しないわけにはいかんもんな。
で、どこに行くって言ってたっけ?
神様に詣で?
その言い方だと目的地はあそこか。
異世界天満宮。
いつぞや我が農場の敷地内に建てた神社だ。
なんで建てたかいまいち動機を忘れたが、こういう季節季節の節目を高らかにするために詣でに行くには絶好の場所だった。
「道真様―、います?」
『おるともよ』
おったよ。
こちらがこの異世界天満宮の祭神である菅原道真公。
俺の前いた世界では天神、学問の神様として有名だ。
そんな道真公が、こっちの世界にいて元々の世界は大丈夫なのかと言うと、それが大丈夫。
何故ならここ異世界天満宮はあくまで分社であり、総本社はちゃんと元の世界にあるので大丈夫よという理屈。
それでも訪ねるたびにちゃんといる道真公には『大丈夫か?』という思いが禁じ得ない。
本当に大丈夫?
受験生の願いはちゃんとあなたに届いている?
『心配せずとも、私はこの異世界にいながらちゃんと元の世界の本宮にも鎮座しておる。鏡面異行体とでも言うべきか。合わせ鏡に映るだけいくらでも鏡像が浮かび上がるように、神も寺社があるだけ数を増やせる。そのすべてが本体であり異体だ。神だからこそそういうこともできるのよ』
なるほどわからん。
とりあえず道真公がここにいても神様の業務に差し障りないことはわかった。
「では、今年も無事春を迎えまして、昨年までの平穏に感謝し、これからの一年の多幸をお願いします」
『よきかな』
こうして神様にお祈りして一年の始まりを寿ぐのであった。
『この一年皮切りに既によいことがあって、幸先いいのではないか? 慶事から始まる一年は大抵いいままに過行くものだ』
「それは……ッ!?」
さすがに神様にはお見通しであったか。
そうなんですよ、新たな命の誕生はもういいこと以外の何者でもありませんよね。
それがなんと一度にラッシュ。
なんか謀られたような偶然の一致が気になりますが、これだけいいことが目白押しであればきっと一年中いいことだらけでしょう。
……クリスマスとは決して関係ないとして。
『ふむふむそうか……そこまで喜んでくれたなら私も、神として頑張った甲斐があったというものだ』
「え?」
なんだその、一気に不穏となる言葉は。
……もしかして神様、なんかやっちゃいました?
『実は最近、友人ができてな。いや神としての友であるのだから友人というより……友神か?』
そんなことはどうでもよい。
俺の予感がどんどん嫌な方へと傾き始めているんですが? 俺の取り越し苦労であると証明していただけませんか神様?
『それでは紹介しよう! 私の新たなズッ友、クロノス殿だ!』
『こんちゃーっす』
そして現れる新しい混乱の元!
古き主神クロノスさん!
一体何がなんでこんなことに!?
『いやいや、事の始まりは聖者よお前からだぞ。私は、お前の願いを聞き入れ、一念発起してみたのだ』
「は?」
『その際にご協力してくれたのが、この菅原道真公だ。公は快く協力してくださり、しかもそれがきっかけで大いに意気投合してな、それで今はこんなに仲よしなのだ!!』
肩を抱き合ってワハハと笑う二神。
まったく世界観の違う神々が何故そんなに気が合うのか。疑問に思うと同時に、なかなか空恐ろしい。
「あの、それで……まったく別の神様である道真公にまで協力をお願いして、一体何をやらかした……もとい、しでかしたんです?」
『訂正しても意味が変わってないな』
うっせえ、それぐらいこっちはテンパっているんだよ。
神のやらかしは、人間にとっては生死を分ける大事になると神話の時代から決まっている。
俺は今を置かずに問いただすことしかできない。
『フッフッフ……きっかけはクリスマスよ』
どっかのテレビ局のキャッチコピーみたいに言うな。
しかしかまわずクロノス神は言う。
『クリスマスが私を讃える祭りでないことは残念だったが。それでもできる範囲で私の讃えてくれようという聖者の心遣いに感じ入った。そこで私からもクリスマスに何かめでたいことをしようと力を入れてみた』
な、何を一体なさったので?
『私が神として司るのは、農耕だと知っているであろう。農耕とは生と死の営み、種が土に落ち、根を張り芽吹いてたくさんに茂り、身を結んで新たなる種を放つ。そのサイクルを永遠に重ね続けることだ。そしてそのサイクルは、ヒトの営みにも当てはまる』
それはつまり……。
人が生まれて結婚して、子どもが生まれてって繰り返しのことですか?
『私はクリスマスのよき日に、サイクルが滞りなく遂行されるようにと祝いを施したのだ。たくさん励め、たくさん殖えろ、と……』
じゃあ、ここに来てクリスマス発起のベビーラッシュがたくさん判明したのは……。
「元はアンタの仕業だったということか!?」
『嬉しいだろう? 新たなる誕生は、すべての生命にとっての喜びだ。これ以上ない祝い事だ。それを我が記念日となるクリスマスに行えること、農耕神として嬉しく思うぞ!』
だからアンタの日じゃねーんだって!
クリスマスは!!
するってーと、この春に判明した懐妊ラッシュの黒幕は、農耕神にして生めよ殖やせよの神クロノスだったということか!?
善意百パーセントでとんでもないことを仕掛けてきやがった!?
『農耕という生命の礎を司るがゆえに、安産多産も領分であるこの神クロノス! 伊達に「お前の子どもが刺してくるよ」と予言されながら、それでもかまわず子を生ませ続けてきたわけではない! 命を削って子を育むのは女だけではないということよ!!』
何の自慢にもなってねえ。
しかしクロノス神がそれほどまでに繁殖に命を懸けてきた神様だということはわかった。
そんな神様の介入にかかっては、やっぱり人類も安産多産になるのは避けがたきことなのかもしれない。
しかし……。
「そうなると、ここに道真公が介入する余地がどこにあるって言うの? ほぼクロノス神単独の仕事じゃん」
『フフフ、わからぬか?』
不敵に笑う道真公。
この人が含みを持たせると本当に怖い。
クロノス神と菅原道真公。
この二神のタッグの末にどんな結果が地上へ将来するのか?
続く。






