975 喫茶店マスターの秘密
私はクレモン。
魔都に住むうららかピチピチの美少女よ!
しかしながら人生設計は堅実。
将来の夢は、官僚になって魔国のために働くこと。そのために今は学校で勉強中なの!
しかしながら長いスパンの夢を見る前に、足元の現実。
日々を健やかに、適度な刺激をもって生きるためには何より必要なのはお金!
田舎の両親からの仕送りだけじゃ心もとないので、学業の合間にできる時間をバイトに充てることにした。
学生だってお金は欲しいし、バイトの経験だって社会経験として将来きっと活きてくるはずよ!!
そんなわけで求人を漁ってみたけれど、完璧に条件に一致する勤め先と言うとなかなか見つからないものね。
こういうお屋敷勤めのメイドだと一日中拘束されるし、万が一にも屋敷の旦那様に懸想されでもしたらただでは済まないわ。
こっちのバイトはシフトの時間帯が合わないし……。
あっちのバイトは条件は合うけど、勤務先が遠い……、一日の交通費が時給と同額!
そっちのバイトは純粋に給料が安い!!
そうして様々にえり好みしていった挙句、やっと見つけた可もなく不可もないバイト先。
あまり贅沢ばかりも言ってられないので、私はそこに決めた。
幸い面接に行ってスムーズに採用された。
都合が合えば明日から来てと言われた。
なかなかフリーダムな職場のよう。
とはいえ私もお給料がたくさんもらえるなら否やはないので翌日から務め出すことにした。
うん?
何のバイトかって?
そう肝心なところをまだはっきりさせていなかったわね。
私が勤めることになったのは、最近できたばかりの喫茶店とかいうところ。
そこでできた飲み物なり料理をお客さんのところまでもっていく仕事なんだって。
何故か若い女がする方がウケがいいらしい。
最近は魔都のあっちこっちに増えまくって、同じ分だけウェイトレスの需要も上がっている。
……あ、ちなみにウェイトレスっていうのは件のお客様までメニューを持っていく女性の仕事とのこと。
同じ大学に通っている女性たちもウェイトレスのバイトをしている子たちが多く、『どこの制服が可愛い』とか『どこの賄が美味しい』とか、『どこの店が意識高い系で魔法タブレット持って仕事しにくる役人が多いか』とか話している。
私も目指すは意識の高い魔国官僚なので、そういう意識高いお店は憧れるけれど……。
でもそういうお店ほど、注文が呪文みたいだそうで私に処理しきれる自信がない!
そんな中で私が採用されたのは、注文が呪文のようだったりする大型チェーン店とは程遠い、個人経営の小さなお店。
しかも人通りの多い表通りから外れて、あからさまな裏路地にあるのよね。
これってもしかしなくてもハズレのお店じゃないの?
早速バイト先を間違えた?
採用されてから戦慄したわ。
しかもより不安を掻き立てられるのは、その喫茶店の店主。
マスターって言うらしいけど……。
そのマスターが何とも頼りないというか、つかみどころがないというか……。
たとえばある日のバイトでは……。
* * *
「マスター! また注文を間違えたでしょう!? ナッツじゃなくてココナッツが届いてましたよ!?」
「え? そうなのかい? いや失敗失敗」
この喫茶店のマスターは、名前がグレイシルバさん。
どんな時でも飄々と笑っている、よくわからない人だ。
「まあでも大丈夫だろう? ここに来る客は大体コーヒーばっかりでつまみなんて頼まないんだから。ナッツぐらい切れてしまっても文句は言わんよ」
「そういうことばかり言ってるからお客がですね!?」
「それよりこのココナッツ、ドリンクとして提供したら案外売れるんじゃないか? 何か穴開ける道具ないか?」
「真面目に聞いてください!」
という感じで経営がテキトー極まる。
こんなわやわやにやっててよく今日までお店がもったもんだと思うわ。
でもこのお店……大繁盛と言うほどでもないけれどまったくお客さんがいないというわけでもないのよね。
常に二、三人はちゃんとお客さんがいるし、そのお客もいい身なりでどこぞの貴族様なのか、裕福な商人であるのかがわかる。
カランカラン。
……ドアベルが鳴った。
あ、そう言ってる間にまたお客さんだ。
「こんちは~、グレイシルバくん遊びにきたよ~」
「コーヒー飲んだらさっさと帰れ」
マスター!!
なんてこと言うんですかせっかく来てくれたお客様に向かって!!
「オレだって他のお客さんにはこんなこと言わんよ。でもホラ、コイツはここにサボりに来ているから」
「それは誤解だよ。自主的にとった職務中の休憩さ」
「そう言って勤務時間の大半休憩しているんだろ? お前しか決められない大事な判断とかもあるんだから、せめて執務室にはいてやれよ」
「いいんだよ、私にしか決められないことは大抵魔王様に持ち込めばいいように決めてくれるんだから」
「それやったら魔王がお前に全権預けた意味がないだろうが」
「はぁあ、私は適当な立ち位置で穏やかに過ごせればよかったのに。責任ある立場になんてなるもんじゃないね」
えッ? 何この人……?
もしかして偉い人なんです?
「ただのしがない魔軍司令だよ。でも今すぐにマモルくんにでも譲ってあげたい」
魔軍司令って……たしか魔王軍のトップポジションでは?
ではもしかして、この御方が、魔王様から魔王軍の指揮を委ねられた四天王ベルフェガミリア様!?
……いや、ウソよね?
あれでしょう?
飲み屋なんかによくいる、自分を大きく見せようとするホラ吹きみたいなヤツでしょう?
それでもさすがにベルフェガミリア様の名を騙ってはただじゃ済まないんじゃないかな?
そんな人が出入りしていて大丈夫なのこの店?
とばっちり食らったりしない?
「まあグレイシルバくんも、サボりとわかっていてすぐさま私のことを追い返さないだけ同罪だよねー」
「サボりまでもお客様だからな。こっちも商売でやってるからには稼がないと潰れてしまう。ということでコーヒー一杯飲んだらさっさと帰れよ」
「妥協点そこかー」
私、思ったよりヤバいバイト先に来てしまったんじゃ?
マスターはヘラヘラして頼りないし、明らかに商売人として迂闊だからいつ笈瀬が潰れてしまうかわかったもんじゃない。
まあ、バイトの私としては学業が成って正式に官僚になれるまでの間魔で務められればいいんだけど。
およそ一、二年ぐらい……、それまでもつかしら?
あんな方言癖のあるようなお客の出入りを許しているようなお店だから、もっと他にも迂闊なことをしていそうよね。
もしそれでお上から咎めだてされて私にまで累が及んだら……?
……うん。
転職しよう。
私が無事完了になれるかどうかは学生時代のこの数年間にかかっている。
その貴重な時間を乱されるわけにはいかないわ!!
ここはもっと平穏で、安全で、できればもう少し時給の高いバイト先に変えるべきだわ!
そう思って再び求人を漁ると、なんかよいものが見つかったわ。
素人歓迎! 資格経験、必要なし!
勤務時間、好きな時に好きなだけ!
給金、能力に応じていくらでも!
その他、交通費自由! 賄いあり! 正社員採用あり! アットホーム!!
凄いわこんなにいい条件のバイトがあったというの?
最近出てきた募集らしく、前の時には見つけられなかったのはしくじりだけど、今からでも遅くない!
とにかく面接だけでも応募して、上手く採用となったら喫茶店の方には退職の届け出をしてしまえばいいわ。
普段の経営もひたすらテキトーなんだし、バイトが一人辞めるとしたって、そこまで気にしないでしょう!
私はクレモン! いずれ魔国の官僚となる女!
そんな私が、学生時代の段階で躓くわけにはいかないのよ!
* * *
そして、何とか取り付けた面接当日……。
私の未来は、躓くどころか暗雲に閉ざされております。
「バカな条件につられてホイホイ集まってきた娘どもはこれで全部か?」
「へい! 思った以上に上玉が揃いましたぜ!」
なんだか薄暗い倉庫めいた場所に、私と一緒に十人ぐらいの若い女性が、それ以上の人数の男たちに取り囲まれていた。
あの……ここが面接会場でしょうか?
「察しの悪い娘がいるなあ。お前らは売られるんだよ。ワシらの商品としてなあ」
男たちの真ん中にいる、いかにも一番悪そうなオジサンが言った。
「これがワシらの商売よ。魔都の可愛げな娘どもをさらって、地方の悪徳領主やらに売りさばくのさ。多少の手間で莫大な賃金、なあいい仕事だろう?」
それはアナタたちにとって!
私にとっては損しかない!
なんてことなの!? 美味い話に乗せられて犯罪者に狙われてしまうなんて!
このままでは私の官僚人生が!
お願い誰か、私のピンチを救って!!






