973 登山サークル
まだまだ冬の寒さ厳しい頃。
招かれざる客がやって来るのはタイミングを選ばない。
「ゴールデンバットだ」
「帰って」
まーた来やがったよこのS級冒険者。
農場の場所が割れてからホント気軽に訪れるようになった。
S級冒険者ゴールデンバット。
これでも人族を代表する最強冒険者の一角。
数少ない自力で農場に辿りつける一人で、その分こっちの都合も考えずに押しかけてくるため、タイミングによっては本当に今すぐ帰ってほしくなる。
「まあ、幸い今は真冬で暇ではあるからな。相手してやるか。とりあえず茶漬け食う?」
「このS級に貧相なもてなしだが、どんなメニューでも美味しく食べて血肉に変えるのが冒険者の素養。遠慮なくいただこう」
そう言ってお茶漬けをサラサラ流し込むゴールデンバット。
まだ京都の風習はこっちに伝わっていないか。
次にコイツが来る時までに周知させておこう。
「うむ! 腹いっぱいになったところでオレの相談に乗ってもらおう!」
さらに訪問の用件は頼みごとだった。
厄介事になる予感しかしない。
「あの……俺が相談に乗らないという選択肢は……?」
「アンタらは知っていると思うがな。このたびオレは冒険者ギルドから独立し、新たな団体を作ることにした」
「え?」
「聞いていなかったのか? あの高らかな宣言をした場所は他ならぬ、この農場だろうに?」
いえ、存じておりますよ。
あのS級試験の時でしょう?
同じくS級冒険者だったシルバーウルフさんが引退を表明し、その穴を埋めるために新たにS級冒険者を選び出そうとした。
その会場に選ばれたのがここ農場。
そこへ乱入したのがこのゴールデンバット。
S級冒険者の双璧を成したライバル同士として、コイツはシルバーウルフさんに『辞めるな』『続けろ』と散々ゴネた挙句に、自分も冒険者を辞めるなどとほざいておった。
「アレ本気だったの!?」
覚えていました。
その発言自体は覚えていましたよ。
でもまさか本気で辞めるつもりだったとは思っていなかった。
精々めんどくさい彼女がことあるごとに『別れる!』と脅しかけるのと同程度のゴネ回しとしか思っていなかったんだ。
マジかよ。
「そんなことになったらシルバーウルフさんガチ困りなんじゃ?」
そもそもこないだのS級昇格試験だって、シルバーウルフさんが現役を退くということから開催された、いわば穴埋め人材探し。
シルバーウルフさんの引退理由は、こないだまで兼任であったギルドマスターの職に専念したいというからであり、それに倣ってギルドマスター夫人である同じくブラックキャットさんもS級冒険者を引退した。
夫婦揃って最高峰の冒険者というのも凄まじい話だが……。
元々五人メンバーであったS級冒険者の内、二名が同時に引退し、さらに続いて目の前のコイツまで脱退したら欠員合計三人になっちゃうじゃん?
そんなん冒険者ギルドにとってはとんでもない穴じゃないか。
肝心のS級試験で補充できたのも結局一人だけだったし。
「新人含めてS級三人じゃシルバーウルフさんも頭抱えちゃうよ。キミも意地張ってないで戻ってやりな? 頭を下げにくいんだったらさ、俺が付き添ってやるから……」
「なんでオレをとりなす方向に進んでいるのか!? 違うだろう! オレとシルバーウルフのライバル関係は次のステージに上がったということだ!」
そんな競争心自体シルバーウルフさんは昇華して新たなステージに立ってるんですけど。
個人同士の優劣に執着しているのはアナタだけですよ。
「アイツがギルドマスターになって冒険者ギルドを盛り立てていくなら、こっちもまったく新しい団体を作り、それを冒険者ギルド以上の大組織に育て上げることでアイツより優れていることを証明する! オレは生涯アイツに負けないのだ! 生涯無敗こそ究極最強冒険者たるオレに相応しい!」
でもアナタ割とけっこう負けてるでしょう?
俺が目撃したものだけでも二、三件はあるんじゃない?
「それゆえオレはもう冒険者ギルドを脱退し、S級冒険者でもないただのゴールデンバット! そこのところ弁えておいてほしい!」
マジで辞めたの?
シルバーウルフさん白目剥いていなかった? 冒険者としての実力だけはホント筋金入りだからなこの問題児?
「ふっふっふ……、組織を支えていた大黒柱が追放されることで立ち行かなくなり『ざまぁみろ』という話が昨今巷ではやっているらしいではないか。奇しくもそれと似たような構図。これからの俺の逆転劇に、衆目が熱狂するのではないか?」
いやいやいやいやいや。
アナタは勝手に自分の都合で脱退したんでしょう?
それを追放モノとはおこがましい。
そもそもシルバーウルフさんは賢明にして人情味もあるから、アナタの脱退には反対したんでは?
むしろ全力で引き留めたでしょう?
こんな正確に難ありのヤツを、実力があるというだけで慰留させねばいけないなんて。
シルバーウルフさんの胃中を察する。
「まあ、『籍は残しておく』とは言われたな」
ほら、やっぱり!
それのどこが追放モノだよ!? 全国の理不尽に追放された主人公たちに謝れ!!
「わかったよ。キミがこれからすぐやるべきことは、シルバーウルフさんとこに行って地面に額叩きつけて許しを請うことだって。そして冒険者ギルドに戻りな」
「だからなんでそんな消極的なことを言う!? 男たる者、一度決めたことなら断固としてやり通す! オレはそうしてS級冒険者になったのだ!」
メガトン級の成功体験を持つ男はこういう時に己を曲げない。
「それに、オレの中にあるのはシルバーウルフへの対抗心だけではないぞ! オレは、兼ねてから抱き続けてきた野望を……S級冒険者となってなお追い求める新しい夢を、これをいい機会に花開かせようと思う! そう思って新団体を立ち上げたんだ!!」
うん?
どういうこった?
新団体?
それをもってシルバーウルフさん……今や冒険者ギルドを一手にまとめる……に対抗するってらしいが、そんなこと現実的に可能なの?
相手は、キミやシルバーウルフさんよりはるか前の世代から連綿と続いてきた大組織・冒険者ギルド。
ぶっちゃけシルバーウルフさんは、それを受け継いだに過ぎない。
だからこそ身の丈に合わないギルドマスターの職を真っ当しようとアップアップで頑張っているのではないか。
そんな巨大な組織にゴールデンバットは、昨日今日立ち上げた新団体で立ち向かえると。
本気なのか?
そうすることでシルバーウルフさんと同じ土俵で戦おうという意図はわかるが……。
で、その新団体とは?
「登山サークルだ!!」
……。
……ん?
「登山サークルだ! ここまでいれば賢明な聖者はすべてを察してくれるものと思う!」
いや、相手の理解能力にすべてを託すのやめなされ。
「登山サークルで、冒険者ギルドに対抗しようとするの?」
「その通り」
「山を登るサークルで?」
「その通り!」
いやいやいやいやいやいや……。
まずは話をまとめよう。
情報整理するうちに心も落ち着いてくるもんだ。
まず、なんで登山サークルかってこと?
そう言えばこのゴールデンバットは、登山が趣味……というよりライフワークな男だった。
世界中の山ダンジョンを制覇し、まさに『そこに山があるから登るのだ』と言いそうな人。
趣味が高じて、山に関する本まで出版し、それが何百万部刷りのベストセラーになったぐらい。
「あの時オレは思った……自分の生涯を懸けるほどに高まった山への想いを、もっともっと突き詰めてみたいと。冒険者という枠に囚われれず、山を愛する気持ちに邁進するのに、これこそいい機会だと!」
「それで登山サークルを?」
「その通り! 山を愛する者たちが集まれば冒険者の総数などすぐさま超える!
そうして山を究め、シルバーウルフを上回れば一石二鳥! オレの輝かしい経歴に一層箔がつくというわけだ!!」
「はいはい……」
はーい。
「そこで聖者よ! まずはお前を我が登山サークルの会員に招きに来た! お前ほどの実力者ならその資格がある!!」
なんかの相談かと思ったらまさかの勧誘!?
ダイレクト!?
「我がサークルに、聖者が加入したとわかればきっとシルバーウルフも度肝を抜くだろうからな! さあ聖者よまずは手始めに山頂アタックを目指そうではないか! 希望の山はあるか? ハイキング、トレッキング、クライミング、どんな種類でもかまわんぞ!」
え? 登山ってそんな種類とかあるんです?
そこから学ばなきゃいけないズブの素人なんですけれど?
「ちなみに……その登山とやらはいつ決行する予定なんです?」
「今からだが!」
アホか。
今の季節を何だと思ってるのさ?
冬だよ!?






