972 サンタの還る場所
大豆が雪のように積もる夜。
レタスレートによる押し付け気味、大豆プレゼント大攻勢はいまだ続いていた。
『ご主人様マズいぞ! このままじゃ街が豆に沈むのだ!!』
ヴィールですら危機感を覚えるこの状況。
いい加減にしろレタスレート! これがお前の望んだ理想郷だというのか!?
「え? そうよ当たり前じゃない?」
当然みたいな返しされた!?
「豆に囲まれて沈む! これ以上幸せな死に方がどこにあるって言うの!?」
「死に方って言った!?」
「それは言葉のあやとしても……かつての人間国王女として! 民草に至福を与えてあげたいと思うのは。私の中に最後に残ったノブレス・オブリージュ!! さあ皆、私からの最高のプレゼントを受け取って! パンがなければ豆をお食べ!」
「お前パンがあっても豆を食うだろうが!」
ダメだ。
レタスレートがらしくもなく王家の自覚を芽生えさせて歯止めが利かない!?
「さすがですレタスレート。それでは私もトナカイとしてプレゼントを提供しましょう」
さらにホルコスフォンまで続く!?
レタスレートの大豆豪雪でもうアップアップなのに、これにあの納豆天使まで加わったら!?
『あとトナカイは別にプレゼント提供するポジションじゃないのだ!?』
「さあお受け取り下さい。天使ホルコスフォンからの納豆瀑布を」
やっぱり納豆が来た!?
待てやめるんだホルコスフォン!! さすがに大豆に加えて納豆まで街中に溢れ出したら大惨事だぞ!
ヴィール、こうなったらブレスを吐いてでも止めるんだー!!
『この距離でブレスだしたら、下の街も灼熱だぞ?』さ、」
そんな弊害が!?
既にばらまかれている豆四千万粒がいい感じに断熱材になって、美味しい煎り豆ができませんかね!?
「さ、では納豆に埋もれ得てくださいねー」
ホルコスフォンもまた白いプレゼント袋の口を開ける。
あそこから洪水のような大量納豆が飛び出してくるのか!?
……と思ったが、その袋の中から出てきたのは納豆ではなかった。
ノーライフキングの先生だった。
「あれ?」
『少々はっちゃけすぎですの』
ゴツンゴツン!
先生からのゲンコツで豆コンビの暴走が止まった。
マンガみたいな見事なタンコブができておる。
『空間を歪めてワームホームを作るのに協力してほしいというから何事かと思ったら。向こうで大豆が見る見る減っていくのを見て背筋が冷えましたぞ』
この尋常ならざる豆流し込みは、先生の魔法によるものだったか。
恐らくあの袋と、農場にある豆蔵を直接繋いだか。
それでも街一つ埋め尽くさんほどの豆の量はおかしいんだが。
『こうなったのには聖者様の要因もありますぞ。ヴィールを引き連れて人間たちの街へ繰り出すなど、混乱するに決まっているではありませんか』
「はいぃいいいい……!?」
先生の然りの矛先がこっちにも来た。
しかし一言一句正論でこちらには反論の余地もない。
『クリスマス……なる催しではしゃぐのはわかりますが、何事も羽目を外してはいけませんぞ。いかなる楽しみも行きすぎれば他人の迷惑となりますゆえな』
「「「『すみません」」」なのだ……』
まさに俺たち、迷惑系パリピみたいになってしまっていた。
祭りの狂騒は恐ろしい。
『この街の人々もあいすみませぬのう。彼らは悪気はないのですが、無自覚にやりすぎるきらいがあって、いつもオーバーランしてしまうのじゃ』
「いたたたたたたたたたッ!?」「耳が痛いッ!!」
先生が代表して街の皆さんに謝罪する。
ノーライフキングがよりにもよって取りなすことがこの街の人々にとってポカンだろうが。
『せめてもの詫びと、皆々が健やかに冬を越せるよう祈りを込めて、この街に祝福を授けてしんぜよう。さあ聖霊よ、夜空に舞うがいい』
先生が杖を振ると、キラキラとした白い輝きが空中に舞う。
いくつも。
ソイツらが夜空に飛び回り、さながらイルミネーションのように夜を輝かせた。
「おお、これは……!?」
『ワシが聖属性となったから付き従うようになった聖霊たちですじゃ。こうして見た目に煌びやかなだけでなく、目にした人間に幸運を与えるそうですので、詫びの代わりにはちょうどよかろう』
夜空に舞う星屑の輝き。
同じ白色の粒でも、大豆とはだいぶ違う輝きに街の人々も目を奪われるのだった。
「何と美しい……!?」
「まるで心現われるかのような……!?」
「豆うま! 豆美味い!!」
いまだ地表に溢れかえる豆の美味さに心奪われているヤツもいるようだが……!
先生のお陰で、街の人々にもクリスマスの素晴らしさが伝わったであろうか?
まさに先生は、クリスマスの使者だ!!
……ん? 待てよ?
先生の本名ってトマクモア。
教会の認知された聖人の。
聖トマクモア。
サントゥマクモーア。
サンタクロース!?
この世界のサンタクロースこそが、先生だった!?
『「ア」→「ス」の辺りに大分無理が見えますのう』
そこから先生のお陰で何とか街の人々と和解できた俺たち。
街の大人たちと手を取り合い、子どもたちにプレゼントを渡し、一緒に豆を食って宴もたけなわとなって帰ることになった。
さすがに世界中回るのは無理だった。
* * *
農場に帰ってきた俺。
帰宅すると同時にドッと疲れが押し寄せてきた。
先生からは俺とレタスレート、ホルコスフォンを含めて後日反省解することを告げられた。
まあ致し方ないな。
さすがに今回の俺はパリピすぎた。
反省を次のクリスマスに活かしていくとしよう。
しかし、まだ今年のクリスマスは終わらない。
まだ肝心かなめに一番重要なことが残っているからだ。
そう、どれだけよそ様の子どもにプレゼントを渡そうとも、自分たちの子どもを忘れてはならない。
自分の子どもこそが一番可愛いのだ。
そんな我が子ジュニアとノリトだからこそ大トリに持ってきた。
やはり真のクリスマスプレゼントは、このもが寝ている枕元にそっと置いておくものだからな。
「プラティ、子どもたち寝た?」
「万事オッケーよ」
プラティの協力を得て、グッスリ眠っている子どもらの下へプレゼントを持っていく。
まずは、長男のジュニアだな。
「無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故……」
「よく眠っているな」
相変わらず寝言が独特だが……。
「ジュニアも大分育ってきたから、知的なプレゼントを選んだぞ」
枕元に忍ばせるのは、1/1スケール三十三間堂千手観音像。
ジュニアが前から欲しがっていたものだ。
入手経路は、こないだのS級試験で知り合いになった大日如来さんからレプリカを譲ってもらった。
そしてノリトはもうすぐお喋りもできそうなため、喋ったら返事してくれる系の機能がついたDX仮面セイジャーアクションフィギュアをプレゼント。
二人とも翌朝は、どんな顔でおはようを言ってくれるのかな?
今宵一番重要なサンタクロースのお役目を果たして、俺は眠りについた。
そして翌朝……。
「パパ! パパ! パパパパパパパパパパパパパパパパ……!!」
起床と共にジュニア大興奮。
枕元にあったプレゼントが余程嬉しかったのか。
「ジュニアがいい子にしていたから、サンタさんが来てくれたかな?」
「パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッッ!!」
ジュニアが言語を失った……。
そんなにも嬉しかったのか、千手観音像?
子どもに喜んでもらうというもっとも重要な目的を果たし、俺の第一回異世界クリスマスは幕を閉じたのであった。






