964 忘れられた聖日
そんなわけで放心してしまった聖女さんは、先生が引き取って帰って行かれた。
これから彼女がどんな生活を送るかはやや不明ながら、若くして身を散らした分、期せずして得た新たな生を謳歌してほしいものだ。
そしてここからはまた俺たちの生活にスポットを当てていきたく思う。
今は冬、なかなかに寒い。
農場生活も長くなって防寒設備も充実してきたものの、やはりこの芯から響くような寒さは応えるなあ。
それが冬。
この冬の寒さ、そしてここ最近身辺を賑わせた聖女騒ぎからある俺の記憶を呼び起こした。
そうだ俺がかつて暮らしていた世界にも、寒さと聖なるものに関係深いものがあったではないか。
聖なる日。
聖夜。
真冬真っただ中の十二月二十五日。
そうクリスマスである。
一年に数多くあるイベントの中でも群を抜いて賑わい、歌い喜び、祝う日。
これまで向こうの世界の習慣を数多く、こっちの異世界へ取り入れてきた。
そんな俺だが今日にいたるまでクリスマスには一切触れなかった。
本来であれば真っ先にネタにしてもよかっただろうに。
それが今の今まで忘れ去られたのは何故か?
俺が……!
思い出したくなかったからだ……!!
大体なんだチクショウ!
カップルでイチャコライチャコラしやがって!
クリスマスが本来どういう日なのかわかってるのか!?……とクリスマスカップル批判者は大抵、起源を論ずる。
わかっているさ……!
そうやって“そもそも”論を展開することそれ自体がもはや敗者の行為だということに。
わかっているのに語らずにはいられない……!!
そう、クリスマスとは聖人の誕生日!
人類すべての罪を背負ったという救世主が、厩にて生を受けた日とされている!
もっと遡れば古代ヨーロッパの冬至を祝う日ともされていたが、んなこたぁどうでもいい!
要するにクリスマスの本意と、カップル同士がイチャコラすることに因果関係はないってこと!!
それなのにとってつけたような理由でイチャコラしやがって!
曲がりなりにも『聖』の冠がつく日に、汚らわしい煩悩を高めるんじゃない!
すぐ六日後に、除夜の鐘でリセットされるからって野放図に高めていい理由にはならんぞ!!
なんと罪深い日本人、業深き日本人!!
一年の中でこの日ほど、日本人に生まれたことを恥ずかしく思う日はない!
…………。
という風に思っていたわけだ、常日頃から。
嫉妬だよ。
ハイわかっています。
当時、常に独り身であった俺は、聖なる夜にカップルとすれ違うたびに、暑苦しいまでに燃え上がる嫉妬魂に身を焦がしたわけだ。
それが、この世界に渡ってきても自然と記憶を封印し、遠ざけてきた。
冬には新年あけましておめでとうさえあればよいのだ!!
しかしながら……。
クリスマスは何も恋人たちにだけ重要な日ではない。
恋人たちと同じくらい……いやそれ以上に十二月二十五(二十四?)日を待ちわびている存在もいる。
それが子ども。
それはそうだろう、何しろクリスマスはよい子の下へ、サンタクロースがプレゼントを届けに来てくれる日なのだから!!
子どもらにとって、それはあまりに貴重な日。
基本子どもらにとって確定でプレゼントを貰えるチャンスはたったの二度。
誕生日かクリスマスしかない。
その三六五日のうちのたった二日の片方。
それを思えば子どもらにとってこそクリスマスは貴重でかつ特別な日だ!
それに比べればカップルなんてほぼ毎日イチャついてるんだから別にいいだろ!!
嫉妬による発言。
俺もまた二児のパパとなったからには、一人者だった時には縁もゆかりもないクリスマスにもしっかりと向き合わねば。
この世のすべてのお父さんはサンタさんでもあるのだ!!
ジュニアもノリトもだいぶ育ってきたことだが、だからと言って今年から始めても遅くはない。
異世界クリスマスの開催じゃあああああああッッ!!
* * *
そして。
異世界クリスマスを執り行うにあたって俺がまずすべきことは……。
プレゼンである!
どうせ俺が何かやりだすと皆が気づいて寄ってきて、大事になってしまうのは今までの経験でわかっている!
ならばもう先んじてこちらが企画段階から提案し、何をするかをしっかり説明する!!
何故今回に限って、そこまで説明を徹底するか!?
それはもちろんクリスマスの趣旨をしっかりわかってもらうためだ!!
クリスマスとは!
古の聖人の誕生を祝う日!
けっして色ボケ男女が欲望をぶつけ合う日のことではない!!
断じてない!
そのことを皆に知っておいてほしい!
まだクリスマスのことを何も知らない異世界にキミたちに!
クリスマスとは!!
世が救われることを祈った聖人へ、想い馳せ、彼と同じ清らかな気持ちを皆で共有するための日!
けっして性欲に溺れ、世界に煩悩をバラ撒く無知蒙昧の輩の日ではない!!
嫉妬から、やや表現が過激となっております!!
……と、いうわけだ皆さん!
わかったかな!?
「わかった……というか……!?」
俺の面前には既にプラティ、ヴィールを始め農場の主だった面々が居並んでいた。
冬の手持無沙汰な時期とはいえ、よくここまでスンナリ集まったものだ。
「要するに……なんだ? ご主人様はつがいが憎たらしいのか?」
「そこじゃない! それも正しいけど、重要なのはもっと別なとこだ!!」
「旦那様自身がもうプラティとつがいなのに、他の番が憎いなんておかしいのだー」
うぐぅッ!?
ヴィールからの正論百tパンチ!?
それはそうなんだが、かつて偉大なる先人はこうも言った!
――『オレは自分がリア充となった今でも、他のリア充が憎い』と!!
人が人を愛する権利を持つように、誰もがリア充を憎む権利を有するのだ!!
「というわけで俺は今年、アベックどもの愛欲に塗れた欺瞞のクリスマスではなく! 真に清らかなクリスマスを開催したい! 皆の協力を! 切に期待する!」
「まあ皆、冬は基本暇ではありますからイベントは大歓迎ですが……!?」
「今年はオークボ城も早めに終わったし……!?」
「私は豆さえあれば何でもいいわ!」
「私も納豆が……!」
住人たちの反応も概ね良好だ。
これならば俺の思った通りのクリスマスが近々開催されるに相違ないが……。
「……フッ、大体わかったわ」
何か自信たっぷりに呟きだしたのは、プラティ?
オレをもっとも理解してくれる愛妻のプラティなら、さらに俺の想いを汲んでくれることだろう!
「旦那様も水臭いわね……そんな重大な日を今まで告げずにいたなんて」
「え? そんな重要?」
「重要よ! とてつもなく重要よ!!」
そんなに奮い立つほどのことでしたかね?
プラティがそこまで激烈に反応するなんて……。
まさか!?
クリスマスの暗部、リア充の乱痴気騒ぎに気づいてしまったか!? 明敏で勘のいいプラティなら語っていないことまで把握することも充分あり得る。
「アレでしょう? そのクリスマスってのは聖なる人の誕生日なんでしょう?」
えッ? うん……。
そうだけど?
「つまり旦那様の誕生日ってことじゃない!!」
あれ?
いやクリスマスは俺じゃなくて聖なる人のですね……。
……。
あッ。
俺も聖なる人だった!?
この異世界に渡ってきて幾星霜。
それは俺自身が聖者と呼ばれ続ける年月と、ほぼ同等だった。
当初こそ“聖者”なんて言われることに面映ゆさしかなく、言われるたびに否定していたような記憶もあるけど、慣れって怖い。
今じゃもう聖者と呼ばれることに何の抵抗感もなく、あまつさえ自分から聖者と名乗るようになった始末!
聖者と聖人。
意味合い的にどう違うんだ?
日頃から聖者と呼ばれ慣れている俺が、もう異世界ではあっちの聖人さんと混同されてしまうことに!?
何て恐れ多い!
「アタシの愛する旦那様の誕生日とあっちゃー祝わないわけにはいかないわよね! よし、やったるぞ野郎ども! 日頃世話になっている旦那様のために最高のクルシミマスにしてやるんだわ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」」」」
ああッ! 結局クリスマスが歪んで異世界に伝わってしまった!?
呼び方も微妙に間違ってますし!