963 聖遺物
これは迂闊だったかな。
たしかに幾多もの世代を断絶して現世に戻て来た聖女マラドナさんにとって旧人間国の王族はデリケートな問題だ。
もう少し、認識に入るタイミングを伺うべきだったのかも?
……しかし今やレタスレートの存在は、この農場の中でも指折りに大きいからなあ。
先生やヴィールやプラティに準ずるものがある。
しかも人間国の王女(元)であることが理由ではない、ってところが恐ろしい。
彼女が農場で大きな存在感を示しているのは、何よりその豆好きなところから。
農場の中でも一際大きい、あの豆蔵に聖女さんの視線を寄せ付けないというのも無理がある話だろう。
あと日本語的に、“豆蔵”なのに一際大きいというのもまた珍妙な話。
「やっぱり聖女さんにとっても王族は重要な存在なんです?」
「もちろんです! 人間国の王族こそ本来、天空の神々より権能を授かった刃なる神の代理人! 我ら教会は、その王族から儀式の執行を任されたも者たちに過ぎないのですから!」
へー、そういうもん。
聖女さんにとって王族が尊敬すべき存在であるということは理解できた。
ではレタスレートを呼ぶとしよう。
どうやって呼ぶかって?
それがアイツを呼び出すには特に簡単な方法があるのだよ。
ちょうどポケットに忍ばせていた豆を一粒、地面にポイと。
豆が地に落ちた音を聞きつけて……。
「ここに! 今ここに豆が落ちた!!」
ほら光の速さでやってきた。
豆あるところに必ず現れる女レタスレート。
豆が地面に落ちる音に限って、三百メートル先からでも聞き分けることができるってどういう能力?
まあ豆なのだから地面に落ちても芽を出して生い茂るだけだからいいんだろうけどね。
「あッ、セージャ。私を呼ぶのにいちいち豆を落とすのやめてくれる?」
「でもキミこの方法で必ず一秒以内に駆けつけてくるじゃん」
それよりもキミに会いたい人がおり申す。
こちら三百年前の聖女マラドナさん。
「ははぁーー!! 王族の玉体に拝謁し、恐悦至極に存じ……!!」
「うわぁ!? 何この人!?」
ジャンピング五体投地してくる聖女さんに、さすがのレタスレートも恐れて引く。
「いや久々にビビッたわ。まだ私に対してこんな態度とる人いたんだ……!」
レタスレートのその態度も、ここに来たばかりの頃は想像もつかなかったけれどね。
今は自身ですっかりアイデンティティを確立させて……。
「国民が王族に礼儀を払うのは当然にございます。まして私は、王族を格別お支えすべき教会の一員。ゆえになお一層の忠節を示さねば……!」
「その王族も教会も、今はないんだけれど……!」
いかに現代の人とはいえ、王族当人であるレタスレートこそが現状を正確に把握している皮肉。
しかしそれでも聖女さんの、この王族への全力屈服っぷりは目を見張るものがあるが……。
「えへへ……、実は私、こうして王族に拝謁させていただくなんて実は初めてで……!」
「なんと?」
「だからなんというか舞い上がっちゃって……!」
それは意外な。
聖女なんて言われるぐらいだからそれはもう毎日のように王族ごときと目通りしているイメージだったが……。
「とんでもない! 教皇や枢機卿ならともかく、王族に拝謁できる資格は聖女なんかにはないわ! 聖女という役職自体に、そこまでの権限が与えられてないのよ!」
「セージャはピンとこないだろうけれど、以前の人間国じゃ王族の扱いはそれはもう厳格だったのよ。俗世としっかり隔離されて、それこそ一部の資格ある者しか謁見不可能だったんだから。貴族位のない一般庶民じゃあまずお目にかかれない、珍生物みたいな存在だったんだから」
レタスレート本人から言われると重みが違いますな……!?
「長き世代を隔てて王族に邂逅できたのはまさに運命! 神のお導きに違いありません!!」
だからその天空神は今、封印中なんですって。
「いいえ、豆の神のお導きよ」
「新しい宗教を興さんでくれる?」
最近のレタスレートのあいい活躍っぷりを見るにマジで教祖にでもなりそうで怖い。
「いいえ、これぞ神が与えた運命の機会です! ああ神様感謝します! 清廉なる人族の王者に、アレを献上できます!」
「アレ?」
また不穏な単語が出てきた。
「今こそあれを……しまった! 生き返った私は生前の持ち物を何一つ身に帯びていなかったんだわ!!」
でしょうね。
何せアナタ、数時間前まではただの白骨だったんですし。
「いや待て! もしかしたらあのノーライフキングが私の遺品を保管しているかも!? 几帳面そうな物腰だったし望みはあるわ!!」
“私の遺品”などというなかなかのパワーワード。
しかも聖女さん、先生のことを怨敵認定しながら、そこへ頼るのもどうなの?
「王女様今しばらくお待ちください! すぐに宝を手に戻ってまいりますので!!」
「ええ~? ……はい」
レタスレートが心底面倒くさそうな顔をしているのに気づくことなく、聖女さんは駆け出して行った。
きっと先生のダンジョンへ向かったのだろう。
* * *
そうして聖女さんが戻ってくるまでの間、俺とレタスレートは手持無沙汰になってしまった。
「せーのッ、いち! よし勝った!」
「ギャー負けた!? セージャ次は別のゲームにしましょうよ! 腕相撲でどう?」
嫌だよ!
お前と腕相撲なんかしたら確実に敗れる上に、俺の腕が粉砕される!
「お待たせしました王女様! ありました! ありましたよ!!」
お、やっと聖女さんが戻ってきたか。
手に持ってる何かが……、その話に合った宝?
「そうです! この教会秘伝の女神像を、是非とも王女様に献上いたしたく!!」
ほーん、霊験あらたかなシロモノなのかな?
「人族由来の女神像ってことは、ヘラ神の図像かしら? それともアテナ? アルテミス?」
「それでは王女様、この女神像を叩き割ってください!!」
「はあ!?」
随分乱暴な要求が来た!?
いいんですか、これ教会の大事なお宝なのでは!?
「大丈夫です! 重要なのは像そのものではなく、その内部に隠された術式なので!」
術式?
「遥か昔に天空神は、大殲滅魔法を人族へお与えくださいました。この女神像の内部へ込めて」
続く説明によると、あまりにも高威力である殲滅魔法は放てば地上にも深刻なダメージを与えるもので、魔族との戦争がかなり不利とならない以上は使ってはならない……という意味での女神像への封印なんだそうな。
「女神像の管理は教会が行ってきましたが、いつしか教会が優位に立つための手札として秘匿するようになりました。現在の王族には、きっとその存在も伝わっていないはずです」
「そうね私も初耳ね。まあ教会に関することは他も大抵初耳なんだけど」
レタスレートさん……!
さすがは元・箱入りの無能王女……!
「しかしながら私は、そのように利己的な教会の姿勢を疎ましく思い、こうして密かに女神像を持ち出したのです! そして機会あれば直に王族へ献上しようと!」
「それはまあ……!」
それ自体も相当に過激な行為。
「私が死んだときに危うく紛失したかと思ったけれど、あのノーライフキングがしっかり保存していて助かったわ! 文鎮替わりにしてたんですぐ見つかった!!」
先生って、見るからに物持ちよさそうなイメージ。
そもそもおじいさんおばあさんが、包装紙も綺麗に折りたたんで保管する習性を持った生き物だからな。
『いつか役に立つかも』って言って。
……本当に役立つ日は来るのか!?
「そもそもこのように重要なものを、教会が独占していい謂れはないのです! それに教会が持っていても意味がないものでもあります!」
「というと?」
「この女神像の封印を解くことができるのは、王族だけと伝え聞きます! 神より認められた王族の血統こそが、封印解除の鍵であると!」
そして女神像を掲げながら聖女さん言う。
「さあ王女様! この女神像を撃ち砕き、内部に隠された大殲滅魔法を解き放ちください! 聞けば王族は断絶の危機にあるのでしょう!? なれば今こそ大殲滅魔法の使いどころ!!」
いや、待って待って待って?
何そんな物騒なこと進めているの? 今が平穏なら進んでかき乱す必要はないって言ってなかったっけ?
いや彼女、使える者があるならとりあえず使ってみようって性格だ。
前後の見境なく突っ走ってしまう!?
「よーしわかったわ。ぶっ壊せばいいのね?」
そして深く考えない娘がもう一人!?
レタスレートは女神像に向かって拳を突き出し……!
「えーい」
バゴンッ!!
一撃で女神像は粉々に粉砕された。
それは王族の血による封印解除じゃなくて、単純なる腕力で打ち砕いたのが一目瞭然。
レタスレートの豆パワーを持ってすれば、それぐらいの芸当は当然で、天空のいずれかの女神を模した像は、中身の危険な魔法ごと粉微塵となった。
それがもっとも平和な結末なんだがね、と。
「ええぇ……!?」
しかしその結末に一人聖女さんだけが、呆然とするのであった。






