961 聖女の弟子入り
ちなみにトマクモアなる歴史上の偉人。
その正体は我らが先生で間違いありません。
不死王、最強アンデッドであるところのノーライフキングである彼もまた、死者であるからには生前の姿があり、それが歴史に遺るほどに高名であったトマクモアさんだったという話。
そんなトマクモアに憧れてノーライフキング討伐の旅に出かけ、ノーライフキングとなった憧れの相手に討たれるとは何たる皮肉であろうか。
「あのさあ、そのトマクモアさんだけど……」
このやたらこんがらがった状況を少しでも解きほぐさんと、俺はマラドナさんに語り掛ける。
内容はもちろんノーライフキングの生前について。
しかしそこでガッチリと先生に止められた。
『聖者様……! どうかご内密に……!』
先生の正体をってこと?
なんで?
別に秘密にしておく必要もないかと思うんですが?
『たしかに語らぬことで損得など起りませんが、これは夢を守るために口を噤むのですぞ。みなさいアレを!』
先生に示されて改めて聖女マラドナを見る。
うーん。
めっちゃ瞳が輝いている。
目の中にお星さまでも飼っています?
というぐらいの輝きっぷり。
『あの瞳を曇らせる勇気がありますか? ワシにはありませんが』
俺にもありませんな。
基本ことなかれ主義なんですよ俺。
『あの子にとってワシ……いやトマクモアは正義の英雄なのですじゃ。その幻想を壊すわけにはいかぬじゃろうて』
さすが先生、そこまで考えてらっしゃるとは。
そんなわけで先生はその正体を、彼女には徹底して秘密にするようだった。
そんでは、さて。
この聖女マラドナさんに関する情報はあらかたまとまったように思える。
これからどうする? 成仏する?
いやだって彼女は正式には三百年前にご臨終なさった方で、現世との縁はとっくに切れている。
それがこの俺、異世界チート野郎の手違いによって反魂してしまったからには、あるべきものをあるべき場所へ返してあげるのが筋なんじゃないかなと思うのです。
『そうさのう、理に反して現世に留まり続けても特にいいことはないはないじゃろうしのう。……ワシが言うなって話でもあるが』
また先生のアンデッドジョークが炸裂。
冥府の神であるハデスさんにお願いしたら諸々上手いこと取りまとめてくれそうだと思うんだがなあ。
ということで本人の御意志は?
「断固NO!」
なんで?
アナタは既に死人なんだから自然の法則に従ってとっとと連環の理に誘われなさいよ。
「いいえ、この復活にはきっと深い意味があるものと、この聖女は読み取ったわ! すべての運命は神のお導きなのだから!」
なんか電波的なことを言いだした。
「きっと神様は、この聖女に『もっとノーライフキングを倒せ』と仰っているのよ! 世界に平和を! 神聖な光を! それらを阻む邪悪なる闇を振り払えって神様は仰っていらっしゃるのだわ!!」
でもアナタ一体としてノーライフキング倒せていませんよね?
一敗無白星の実績で何故そこまで自信たっぷりでいられるのか。
そもそもついさっき、ごく標準的なノーライフキングである伯爵にすら手も足も出ずにボコボコにされたというのに、どうやって目標達成しようというのですか?
「さっきのはちょっと調子が悪かっただけよ! 見てなさい、今いるそのノーライフキングの方が穏やかそうだし、軽くパパっとやっつけられるわ!」
あッ。
止める間もなく聖女さんは、手近にいたノーライフキング……即ち先生に襲い掛かった。
愚かな。
「うぎゃおじぼぉおおおおおッッ!?」
ほーら言わんこっちゃない。
常態的に張られている防御結界に当たっただけで無様に弾き返されちゃっているではないか!
穏やかだからイージーなんてそんな短絡的な。
むしろ静かにしているヤツこそが真のラスボスという少年漫画あるあるを知らないのか。
実際先生はノーライフキングの中でも『三賢』というグループに入れられて恐れられるほどの最強不死王。
さっきの伯爵の五百倍超は強い。
そんな相手に何の警戒もなく襲い掛かれる時点で、暗殺拳伝承者を一般ピープルだと思い込むモヒカン並みに危機意識が低い。
「ぐぬぬ、今のは油断しただけだわ! こうなったら私の本気の力を見せてあげる!」
おお?
なんか聖女の足元から純白の光が立ち上り……!?
「私こと聖女が使う魔法はただの魔法とは違うわよ! 天の神々より授かり、教会が代々受け継いできた法術魔法は、天地のマナを使って奇跡を起こす! 食らえ必殺の聖属性、ホーリージェノサイドアトミック!!」
よくわからん掛け声とともに放たれる光弾。
その色はすべてを漂白するホワイトで、聖なる感じがありありと受けた。
その光弾が向かう先は当然のこと先生で、そして先生は正面からそれを受けた。予備動作の一つも起こさず、防ぐことも避けることもしなかった。
「やった直撃! 一人目抹殺完了!」
『第三部完!』みたいなことを言う聖女。
しかしながらそう簡単に行くほど世の中イージーにできていない。
光弾を食らった先生は身じろぎもせず、その身にかすり傷一つ負わずに立っていた。
「ええッ? なんで!? アンデッドがもっとも苦手な聖属性による攻撃なのに!?」
『ワシは先日、ノーライフキングでありながらその身を聖属性としたのでな。同属性の攻撃こそこの世でもっとも通じぬものよ。しかしながら元の瘴気濃厚なる不死社の身体であったとしても、あまりにも実力差が開けていれば苦手属性とて何の意味もなさぬものであったがのう』
多分あの聖女の必殺技であったのだろうが、それが小パンチ程度の意味もなさないで普通なら呆然とするところだろう。
しかしながらあの聖女は精神からしてタフなのか、果敢にも再び聖魔法を繰り出そうとしたが……。
『やめなさい』
「ひゃいッ?」
先生が一睨みするだけで聖女は微動だにできなくなった。
魔力すら使っていない、強者の気迫で動きを封じたようだ。
『法術魔法は地脈を著しく傷つける魔法じゃ。人族を遣わした天空の神々は、本来ハデス神が治める地上を制圧せんと法術を人族に授けた。地神の眷属たる魔族たちを法術魔法で駆逐し、かつマナの流れを乱して大地を枯れさせる。大地の神々にとって二重の迷惑を強いる優れモノというわけじゃ』
しかしながら地上に住む俺たちにとっては邪悪そのものでしかない魔法。
『教会が滅び、法術魔法の使い手も絶えたと思っていたが、まさかこんな形で復活するとはのう。聖女よ、ワシを倒したくばそんな外法など使ってはならん。このワシには通じんだけではなく、近所迷惑じゃ』
うん。
この農場の、年月懸けて潤沢に整えてきた地脈が、今ので一部分だけどズタズタになりましたよね?
これじゃあこの辺でできる作物に影響出るじゃないですか。
『ワシに対抗できる手段が欲しいというのであれば、ワシから教えてやろう旧式の法術魔法よりずっと優れたマナの扱いをな。そちらを使いこなした方がよっぽどワシを超える手立てとなろう』
「は? 何言ってるのアンタ?」
聖女さんは戸惑いがちに言う。
「お前が私を鍛えるというの? なんで? アナタは私の敵でしょう? 憎き邪悪なるノーライフキングなのよ?」
『生憎千年と生きておれば憎悪などという感情は希薄になってのう。その代わり、自分よりずっと幼く瑞々しい者たちが、驚くほどの速さで変わっていくことに驚嘆を感じる。おぬしもまた同じように驚嘆させてくれると思っただけじゃ』
そして先生は、手の平をかざす。
地面に向けて。
そして『えいえい、むんっ』と気合を入れただけで眼下の地面が吹っ飛ばされて大きなクレーターになった。
「どええええええええッ!?」
『ワシが今研究中の、自身のマナを利用して純粋な打撃力へと変える法じゃ。これをおぬしが使えるようになれば杜撰な法術魔法などより遥かに強くなれよう』
先生、割と本気。
元から教えるの大好きな人だからなあ。
「マナを直接攻撃力に変えるってこと……!? でもそれはアナタたちノーライフキングのような極大のマナを持つ怪物でしかここまでの威力にしかならないんじゃ? 私のようなただの人族では……!?」
聖女さんの困惑なもっともなものだが、それに対して先生の応えは意外なものだった。
『何を言う、おぬしだってもう既にノーライフキングであろう』
「え?」
『一度死に、復活した。しかも生前の意識をそのまま持って。それはもはやノーライフキングと同じ。全身を濃厚なマナで構成した半霊体じゃ。これくらいのパワーは労せず出せることであろう』
「え?」
先生から伝えられたその情報はなおさら聖女さんに衝撃を与えたのではなかろうか?
先生の正体などよりももっと。
「私が……ノーライフキング?」
彼女自身の倒すべき敵。自分がそれになっていることに『ええええ~ッ!?』と叫び声を上げるのだった。
一旦お休みいたします。次の更新は2/8(水)の予定です。