960 歴史の真相
もしかしたら同姓同名の別人という説を捨てきれず、ここにいる聖女マラドナ当人へと確認してみた。
「ええ、そうよ、私がその聖女マラドナよ」
ホントにぃー?
疑心を捨てきれない俺だったが、逆に熱心な信徒であるところのヤーテレンスさんはすぐさま飛び込み気味に五体投地した。
「聖女様ああああああああッッ!! アナタ様にまでお会いできるとはぁああああああああッッ!! ここに来て本当によかったあああああああッッ!?」
ヤーテレンスさんは元々教会の関係者で、かつ所属母体の腐敗を憂う良心的なタイプの信者であった。
いわば信仰ガチ勢。
そんなガチ勢が知名度ランクAぐらいの聖人に出遭ったらどうなってしまうか?
もうリベリオンよ。
「聖者様! 農場は本当に素晴らしい場所です! まさに聖地だったのですね!」
聖地。
まあここを舞台にしたアニメが放映されればそんな風に言われるかもですが。
「しかし本当にマジで、キミが聖女伝説に謳われるマラドナさんなの?」
いまだに信じられない俺が疑わしい視線を向ける。
だってそうじゃん。
ヤーテレンスさんの提供してくれた伝説を聞くに、聖女マラドナさんとは清廉で高潔、慈悲深く、下劣な教会関係者から罠に掛けられても最期まで屈することなく信念を貫き通した。
そんな清らかながらも芯の強い女性が、目の前のこのちょっと足りないように見えるかのような子とまったく重ならないんだが。
ぶっちゃけて言うと……誰かと人違いされてません?
「バカなこと言わないでよ! 教会じゃ私以外にマラドナって名前の聖女はいなかったわよ!」
同期でなくても別世代にいたかもですやん?
「伝説中の聖女マラドナは清貧を尊び、いつも質素な暮らしをしていたとされていますが?」
「実際私もやってたわよ倹約生活! だって私にはお金が必要だったから!!」
……うん?
ええと?
「私の夢は、世界中に巣食うノーライフキングを抹殺すること! そのためには資金が必要になるわ! 軍資金よ! だから貯金のために出費は切り詰めたかったのよ!!」
……へぇ。
では、好色な教会上層部に目をつけられないため、顔を隠してたっていうのは?
「それは事実よ」
事実なんだ。
「だって私の夢はノーライフキングを狩りまくることだから、教皇様の愛人になんてなれないし。顔隠しときゃ言い寄られないだろって思ったけど、隠してたら隠したで『実は美人なんでは!?』なんて噂が流れるのは想定外だったけどね!!」
見えないものほど想像力を掻き立てられる。
そのパターンはいたるところで適用されている。
実際この目で見た復活マラドナさんの容貌は……まあ美人とは言えなくもないが、どちらかといえば童顔で可愛い系の顔立ち。
とてもではないが歴史に残るほどの絶世の美女、という顔立ちではない。
まあ美人度合いで言えばウチのプラティが上だしな!(個人の感想です)。
さておき……質問を続けようか。
なんだか物語と現実との齟齬が見え出した気がする。
「上司の命令で無理矢理ノーライフキング退治に向かわされたっていうのは?」
「そんな風に世間で言われてんの? ノーライフキング討伐は私の方から願い出たんだけれど」
話を聞けば聞くほど浮き彫りとなっていく聖女マラドナの『ノーライフキング絶対殺すマン』ぶり。
実際には彼女がノーライフキングに殺されたんだけど。
「上がかなり渋ってたから許可とるのに苦労したわー。成し遂げたら教皇様に嫁入りするって約束してやっと許可を貰えたのよ」
それってもしや……?
伝説における『バケモノ退治して来い、嫌ならオレと結婚しろ』という物語にありがちな理不尽要求の真実……?
つまり語り継がれた伝説の真実は、病的にまでノーライフキングを殺したいお嬢さんに引っかき回された結果に過ぎなかったってことか。
なんでそこまで打倒ノーライフキングに燃えておられるの?
ノーライフキングに親でも殺された?
「別に特に遺恨はないけれど、聖職者たるもの邪悪であるアンデッドを始末したがるのは当然でしょう。それはさっきも言ったじゃない」
そういやそんなこと言ってたわ。
でもそこまで曖昧な動機で、こんなに歴史に残るようなドッタンバッタン大騒ぎを繰り広げたというのか?
「そうね……強いて言うなら、私がもっとも敬愛する先人に倣いたかったからよ」
ん?
なんか話の流れが変わったぞ?
「その御方は、聖職者にありながら、この世のすべての邪悪を滅さんと旅立ち、二度と帰ってこなかったというわ……! 私もそのような聖職者でありたいと願い、その人と同じようにノーライフキング滅殺の旅を始めたのよ!!」
聞くところ随分と血に飢えた聖職者がいたもんだなあ。
信仰を厚くするよりも、神の敵を屠ることに全身全霊を寄せるのは聖職者としてどうなのか?
そんな、絶対お近づきになりたくない殺戮聖職者とは……?
「トマクモア様よ!!」
ん!?
その名前なんか聞き覚えがあるような?
ついさっき散々ヤーテレンスさんが唱えていたような?
『おおおおおおお~ッ!? ワシってやっぱり邪悪な生き物なんじゃのぉおおおおッッ!?』
そして向こうでまだ先生が悲嘆に暮れていた。
* * *
ところで、色々と事情もわかってきた聖女マラドナさんではあるが、対する本人はまだ何もわかっていない。
自身に起った状況の何もかも。
そこで色々話してみたものの……。
「そっかー、私が討伐の旅に出てからもう三百年経ってるのかー?」
本当にわかっているのかどうか。
マラドナさんの反応は軽めだった。
「悔しいけれど、私はノーライフキングに負けて死んでしまったということね。そして長き時を経て甦った……! さすが神の信徒! 奇跡を起こしてなんぼの聖女よ!」
そしてやたらと前向き。
このポジティブさが周囲を掻きまわして歴史的大事件を引き起こしたのか。
「それで……トマクモアさんが血まみれ戦闘狂の聖職者ってどういうこと?」
俺は歴史に詳しいヤーテレンスさんに聞いてみる。
その一方で先生が『よかった! 政略に巻き込まれた可哀想な聖女はいなかったんだね!』と喜びを露わにした。
先生は先生で話の整理がついたらしい。
で、ヤーテレンスさんの歴史講座再びである。
「反骨の聖人と言われたトマクモア様は、約千年前の時代の御方。聖女マラドナ様より以前の人です」
俺の視線が一瞬先生の方へ向いて、戻った。
「教会の腐敗を嘆き、一人奮闘しあるべき高潔な教会へと戻そうとなさった偉人。その点は聖女マラドナ様と共通するところがあります」
その高潔なはずの聖女は、ただの『ノーライフキング絶対殺すマン』でしたがね。
いや聖女だから『ノーライフキング絶対殺すウーマン』か?
「トマクモア様は、その賢明さ、そしていかなる不正にも屈しない強固な精神によって歴史に名を遺しましたが、しかしトマクモア様に関してもっとも耳目を集めるのは、謎めいた最期についてです」
謎めいた最期……?
「トマクモア様の死を巡っては大いなる謎に包まれています。ある時トマクモア様は、神殿に祀られた一振りの剣を手に取ったそうです。その瞬間にトマクモア様は目の色が変わり、まるで悪魔のような形相へと変わると突如駆け出したのだとか……!!」
へぇ……!
「トマクモア様は神殿の外まで駆けだし、周囲の者らが慌てて追いかけたものの一向に追いつけず、ついには見失ってしまいました。それ以降、二度と見つかることはなかったとのことです」
「なので、これをもってトマクモア様の最期と記録されているのよね!!」
マラドナさんまで話に乗っかってくる。
歴史好きがその手の離しに惹き寄せられるものだろうか?
「何故トマクモア様は消え去ったのか? 剣をとった時、何を思って駆け出したのか? それらは今もって解き明かされぬ謎。その奥底にある者を巡って様々な推論、憶測が行き交いました」
「トマクモア様を目障りに思った教会上層部の暗殺説! 度重なる激務に心を病んだトマクモア様が突発的に失踪を図った蒸発説! さらには手に取ったという剣に呪いがかかっていて、それに取り殺されたという呪殺説など色々ね!」
歴史とは後世に遺された記録によって組み上げられるもの。逆に言えば記録が遺されなかった部分には空白があり、その空白を埋めるのは後世の人々の想像だ。
そこに歴史のロマンというものがあるんだろうけど。
「しかし私はわかっているわ! 歴史の真相というヤツを!!」
なんかマラドナさんは力強く言った。
「トマクモア様がダッシュしていった本当の理由は、きっと世界中の邪悪をすべて滅するためだったのよ!」
「は?」
「トマクモア様ほど高尚潔癖なお人なら、きっと世界のすべてを邪悪な闇から守ろうと考えていたはずよ! そしてそのためには力が必要! きっとトマクモア様が手にされた剣は、聖剣だったに違いないわ! これですべての邪悪をプッチンできると確信し、その場で万魔討滅の旅に向かわれたのよ!!」
出たな斬新な珍説。
もしやマラドナさんは、そんな自説を信じ込み大ファンとしてトマクモアさんの進んだ道に倣おうとしたってこと?
そして聖女の段階を踏んでからノーライフキング殲滅の旅に出たってことか?
これが歴史の真相?