958 歴史の中の聖女
なんなんだ、この聖女は?
唐突に白骨死体から甦り、縦横無尽に暴れ回るのはいいが実力自体はさほどではなく、ごく一般的なノーライフキングである伯爵にボコされ回る。
いや一般的だろうとなんだろうと不死王たるノーライフキングにぶつかったら大抵の最強人類は木っ端なんだが。
とにかく、そんな勝ち目もなんもない状況で先生の、最恐最悪ノーライフキングの中でも特に最強と恐れられる先生のダンジョンに突入し、案の定死亡したのがこの聖女さんだというの?
『肩書きと能力がてんで見合ってませんのう……!?』
かつてこの聖女に直接手を下した先生ですら驚愕のちぐはぐさだった。
『ここまで来たら、殺す気なんかなくとも不注意で息の根止まるんでは? 私の攻撃ですら吹っ飛んだぐらいです。先生様なら勢い余って粉々ということもあり得ましょう?』
というのはノーライフキングの伯爵。
聖女さんの能力を図るために呼び出された不死王だったが、その甲斐はあったようだ。
『あ、そういやもうおぬしの用は済んだな。戻っていいぞ伯爵』
『バイバイseeyouまた来世!!』
かくして伯爵はまた封印球の中に戻されてしまうのであった。
懲役は続く。
彼のことはこの際いいとして、問題を戻そう。
この甦ってしまった聖女様、一体どうすべきか?
そもそも聖女ってホント何?
言葉の意味として紐解くなら『聖なる女性』。つまりは清らかで高潔なる心を持った女の人ってことだよな?
ただ、この世界にとっては恐らく違う意味な気がする。
なんでも聖女というのは教会が選び出したんだそうな。
教会といえば、かつて人間国を席巻していた巨大組織。
天空の神々への信仰で人心を治めようとしていた集合体だ。
旧人間国滅亡後、その残党は地下に潜って散々に事後処理を手こずらせてくれた。しかし先年、首魁である教皇がお縄となって、息の根は完璧に止まった。
その判断を受けての新生・人間共和国の発足と相成ったわけだが……。
「先生」
俺は脱力しつつ、先生に尋ねてみた。
「聖女というのが結局は何なのか先生は知ってます? たしか生前は教会関係者だったんですよね?」
『いかにも、しかし恥ずかしながら聖女などという役職は、ワシが生きていた頃には聞きませなんだなあ。存在自体確認できなかったというか……』
さいですか。
しかし今の時代にもまったく聞かないってことは、先生が存命しておられた遥か太古にもなく、そしてまさに今にもない。
その中間の時代に現れて、今日を迎えるまでに消え去ったということ?
うむ……、全然状況が読み取れないな……!?
『ふーむ、ワシも自分が離れたあとの教会の状況はサッパリでのう。長生きだけが取り柄だというのに情けないわい』
いや先生には他にもたくさん取り柄があるでしょう?
そうでないと他の全人類が立つ瀬なくなる……!
『あ、そうだこういう時に頼りになりそうな心当たりがありますぞ』
なんですと?
さすが先生、直接的にはダメでも間接的な解決法を導き出せるのは年の功!
『今呼んできますので少々お待ちくださいな』
そう言って先生が離れている間も、聖女とやらは地面にぶっ倒れて『キャー傷が再生していくぅー!』とはしゃいでいた。
今に至るまで。
結局何なのコイツ?
* * *
『やあやあお待たせしましたな。連れてまいりましたぞ』
と先生が手を引っ張って連れてこられたのは、やや年配の男性人族だった。
あッ、この方は見覚えがある。
その名はヤーテレンスさんではなかったっけ?
いつだったか、この農場に訪れた人族の御方で、たしか教育問題に一際憂いていたんだっけ?
人間国の教育環境が遅々として整わないのを悲憤し、当時の占領府へ直談判しに行ったところ、農場学校を見学する運びとなった。
農場学校の学び舎ぶりを見て感動してくださったのか、今では人間国に帰ることなく農場に居残って、農場学校の運営を手伝ってくれていたりする。
『え? 帰んないの?』と思ったこともあったが、段々規模を大きくしている農場学校を円滑に動かしていくのに案外重要な役割を果たしてくれているようだ。
そんなヤーテレンスさんが、このタイミングで呼ばれたってことは?
「何事でしょう? いかなる形でも敬愛するトマクモア様のお役に立てるならば全力を尽くします!」
『その名前はやめて、先生と呼んでくれんかのう……』
“トマクモア”というのは先生がノーライフキングとなる前、生きた人間であったといの名前らしい。
先生自身千年に及ぶノーライフキング生活の最中に忘れてしまったが最近思い出したとのこと。
しかし今となっては、もはや歴史上の人物となってしまった生前の自分の名前よりも今、呼ばれる先生の名の愛着を持ってるんですって。
『いやヤーテレンスくんって元は教会に所属しておったんじゃろう? 真面目だから歴史にも詳しいんじゃないだろうかなって思って』
「お恥ずかしい……! たしかに私は、旧人間国の時代神官を務めておりましたが、教会の腐敗を正すことなくただ自分の周りを綺麗に保っておくので精一杯……! 我が身の不甲斐なさにトマクモア様へ顔向けできません……!」
『気にしない気にしない。組織の腐敗なんてそれこそヒト一人ではどうにもならぬものよ』
それよりも……!
『ヤーテレンスくんは、聖女というものに聞き覚えはないかね? いや言葉としての意味ではなく、教会でそんな役職なりがあったとか……!』
「聖女ですと……? トマクモア様があのようなものに興味を示されるとは……!」
『いやだから先生と呼んでほしく……』
その口ぶりだと知ってるっぽい。
先生は辺りを引いたのか?
「トマクモア様がご所望なれば語らねばなりますまい。教会の恥部ゆえはばかられますが……」
『恥部なのか!?』
「教会における『聖女』制度は、今より三~五百年ほど前にあった制度です。今では完全に廃れており、その存在もほとんど忘れ去られています」
ヤーテレンスさんの説明によれば、聖女制度というのを言い出したのは時の教皇。
しかも教皇という教団の長にありながら妻を十二人、愛人を生涯通算五十六人持ったというとんでもない色ボケ野郎であったそうな。
その色ボケ教皇が仰るには『これからは教会にも新しい風を入れねばならん』とかもっともらしいことで、女性の聖職者をまとまった数中央へ招き入れた。
そうした女性聖職者に与えられた役職名が聖女だったのだそうだ。
とはいえ聖女として教団中央に上がるのは並大抵のことではなく厳しい選別、もしくは競争に勝ち残らなければならなかった。
聖女に選ばれるための条件は強い聖魔力、敬虔な信仰心に、神の教えを理解できるだけの賢さ。
……とは言われていたが、それは表向きだけのこと。
実際に、聖女に必要な条件とは一にも二にも、まず顔の美しさ!
白磁もしくは白絹のように透き通る肌の綺麗さ!
そして大きな乳房とくびれた腰……プロポーションの顕著さ!
そう、つまり美女であればあるほど聖女に選ばれるのだった!!
何故かって?
「要するに聖女の実体は教団上層部の愛人候補だったのです」
『嘆かわしいのう』
嘆息する先生の気持ちがありありと伝わってきた。
「教皇や枢機卿といった教団のトップたちは、うら若い聖女たちから自分の好みの娘を選び、聖女たちもまたみずからの栄達のため、できるだけ位の高い相手に囲われようと色を競ったと言います。先にお話しした多数の妻愛人を持った教皇も、その半数以上は聖女から選び出したとのことです」
何の自慢にもならねえ……。
「聖女制度が施行されていた一世紀から二世紀の間、教会の風紀がもっとも乱れていた時期だと言われています。しかしそんな色香に惑った時代にも終止符が打たれます。ある一人の、真の聖女によって」
ん?
なんか話の流れが変わってきた?
「聖女制度の末期に現れたその女性は、まさしく聖女の歴史に終止符を打った御方でした。もはや教団幹部の愛人という意味しか持たなかった聖女を、真に『敬虔さと清廉さを兼ね備えた乙女』として再構築し、聖女制度の見直しを押し進めてついに撤廃まで追い込んだ! 彼女こそ正真正銘の聖女と言って過言ではりますまい!」
教会史のことになると途端に早口になるヤーテレンスさん。
その説明を聞きながら、俺は俺で感心したものだ。教会にもそんな立派な人物がいたものだと。
『なるほどのう、今の時代に聖女制度が伝わっていないのはその女性が悪習を断ったから……というわけか』
「はい!……ただ聖女制度がなくなってから教団幹部たちはフツーに娼館やら貴族令嬢などから妻や愛人を見繕うようになったのですが……!」
結局、根本の腐敗はかわらなかったってことか……。
まあそうじゃなかったら一旦人間国が滅んだ際に共倒れしなかっただろうし。
『しかし、話に聞くとなかなか素晴らしいではないか。表向きでも腐敗の温床となった制度を廃止したという、最後の聖女なる者は』
先生も手放しに誉める。
「左様でしょう。当然歴史に名を残した最後の聖女こそ、トマクモア様に並んで私が尊敬するもう一人の偉人です!!」
ヤーテレンスさんも嬉し気に返す。
して、その傑物たる最後の聖女の名とは?
「聖女マラドナ様です!!」
……
んッ?