955 聖女の葬送
今年は早めにオークボ城が終わったな。
ビバ俺です。
農場では冬が始まり住人たちはまったりムードで過ごしている。
冬=農閑期だしな。
皆それぞれに思い思いのことをして穏やかに時が過ぎている。
ノーライフキングの先生もその一人で、何やらお家の整理をなさっている模様。
『もう年ですので、できるだけ身の回りを整理しとおきませんとのう』
ノーライフキングが終活ってことですか?
ハハハハハハハハ。
そんな寂しいこといわんと、もっともっともっと長生きしてくださいよ。
『終活すべきはこの子ですがの』
ん? 何?
先生が差し出した箱の中を見てみると……。
うわっす!?
人骨!?
完璧に白骨化した人の死体ではないですか!?
何すかそんな物騒な!?
誰?
誰をやっちまったんですか!?
自首します!?
『いやまあ、死んだと言っても三百年程前のことでしての。手を下したのはワシではありますが』
ああ、じゃあとっくに時効じゃん。
よかった先生に罪はなかった……。いやいいのか?
『あの当時、我がダンジョンに侵入してきた一団がおりましての。迷い込んだのではなく明らかにワシを狙いに来たようでした』
先生のことを。
それって明確にノーライフキングである先生を倒すためにダンジョンに入ってきたってことか。
すげえな命知らずもいいとこじゃん。
普通だったら何とかしてノーライフキングに出遭わないようにダンジョンを出入りするものだろうけど、ノーライフキング討伐のためにダンジョンに潜ろうなんて。
俺もこっちの異世界に移り住んで長くなるけどそんなこと聞いたの初めてだ。
『そのような大それた目的があるだけに、できる連中でしたのう。ワシも降りかかる火の粉を払うために応戦しましたが、何度追い払っても再戦してきましての。ワシも付き合いきれなくなり……』
この死体が出来上がったというわけか……。
『ワシも聖者様に出会う以前の五~六百年はあまり記憶になくてですの。大いなる時の経過で心が摩耗しておったようですじゃ。今の、皆が慕ってくれるワシであれば他にやりようはあったでしょうがのう』
沈痛な口調で話す。
しかし、攻め込んできたのは向こうなんでしょう?
しかも先生のお命を狙って……ということなんだから正当防衛じゃないですか。
さらには三百年も前のことなら、そんなに気落ちしないで。
『慰め痛み入ります……。まあワシも、そんなことがあったという自体、これを見つけるまで忘れておりました。部屋の整理でコイツが出てきてやっと思い出したのです』
そっかぁ……。
大掃除で人骨が出てくる部屋、嫌だなあ……。
せめて河童のミイラぐらいにまかりませんか?
『こうして遺骨だけでも保存していたのは、少しは死者を憐れむ心が残っていたのですかのう。ワシも聖者様や生徒たちのお陰でだいぶん人がましい心を取り戻せました。今こうして引っ張り出したのも何かの縁。もそっとしっかり弔ってやろうと思いましての』
それはいいことではありませんか。
盛大に弔ってやりましょうぞ。それできっとこの白骨の主も満足することでしょう。
こうして急遽真冬のお葬式が始まった。
どうしようかこの骨?
どこぞに埋める?
弔いとしては至極基本的なやり方で、遺体も土に還り森羅万象のサイクルに乗れることだろう。
あるいは散骨という弔い方もあるが。
海にでも撒き散らせば墓を設ける必要もなくて、葬る側としては後々墓守の手間とかもかからずに助かる。
最近は樹木葬とかもあるらしいなあ。
遺体を埋めた上に木を植えて墓代わりにするとか。これもまた自然回帰の考え方だろうか?
『まあ、そこまで難しく考えずとも。この骨をさらに烈火で焼き尽くし、灰にしたものを土に撒くだけでよしとしましょう』
骨、さらに燃えるんだ。
まあ先生ぐらいの使う魔法なら何だって原型を残さず灰にできることだろうが。
『ワシの我がままであまり皆様に手間をかけるわけにはいきませんからの。皆はただ一緒にこやつの冥福を祈ってくれるだけでよろしい』
そんなんでいいんですか?
それくらいであればいくらでもやらせていただきますが……。
俺は改めて、木箱の中に収められた白骨を見詰める。
よく見たら一体しか入っていないんだな。
先生の話を聞く限りは、集団で先生を襲いに来たようでもっとたくさん死者が出てもおかしくないように思えるが。
『どうもリーダー格が一人で意欲を燃やしていたようでしての。その供は嫌々ながらに……という気配だったのを覚えております。……いや、どうだったかの?』
そこはさすがに三百年前のことだったから記憶があやふやらしい。
覚えているだけ立派と思うべきか。
『度重なる襲撃でそのことが窺えましたので最小限の犠牲でことを収めるには他に方法がないと思いましたのでな。案の定こやつを仕留めたあとは襲撃が一切やみました』
弔い合戦に一度か二度は再戦があるかと思いましたがのう……と先生は独り言ちていた。
すると本当に、先生襲撃はこの遺体となった人の独走だったんだろうなあ。
世界二大災厄と言われ、誰も敵対しようとしない、むしろ全力で逃げるべきだとされているノーライフキングに果敢に挑もうなんて。
一体その人はどんな気持ちで先生のお命を狙ったんだろう?
そんな疑問を、俺は遺骨を掴み取しながら考えていた。
先生が、遺骨まで完璧に灰とするために簡単な炉を築き上げていた。
そこへ遺骨を移していく作業だ。
今ではまったく考えも及ばない、ノーライフキングを意図的に付け狙うなんて。
何故そんな血迷ったことをと問いかけたいところだが、既に物言わなくなった骨に問いかけても当然何の返事も返ってこないのだった。
そんなことやってる場合じゃないな。
さっさと先生の葬儀を手伝わないと……。
『ありがとうございますぞ聖者様。おかげさまで大方整いましたからの』
先生のおっしゃる通り、火葬の準備は万端になっていた。
あとはあの木で組み上げた炉に点火するのみだ。
しかしその前に先生が祈りの言葉を捧げる。
『役目を終えし魂よ。汝はその義務を果たし、到達すべき頂へと達した。汝には休息が許され、その眠りをいたわりの翼が包むであろう……』
そして先生の指先から放たれた炎が炉へと燃え移り、厳かな炎が燃え上がる。
『しばしの安息ののち、新たなる旅路へと向かわんことを』
薪ごと炎に包まれる遺骨。
もうその姿は真っ赤な炎に遮られて見えない。
もうとっくに灰になっていることだろうと思いきや……。
「あぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぃいいいいいいーーッッ!?」
は!?
炎の中から何か出てきたぞ!?
「あっづ!? あつあつあつい!? 熱い! 何者ですの私を丸焼きにせんとするのは!?」
唐突に炎から出てきたのは……人!?
しっかりと五体満足な人だった!
さらには豊かな乳房に細い腰……あの体つきは若い女性!?
「この聖女マラドナを焼き殺そうとはいい度胸ですわね! 大神ゼウスよりの加護を受け、地上の誰よりも清い乙女となった私を害そうなど、天罰が下りますわよ!!」
一体どこから出てきたんだあの女の子?
明らかに燃え盛る炎の中から出てきたよな!?
そんなところから出てくるなんて……イリュージョン?
タネか仕掛けでもない限り、あんなところから人が飛び出してくるとはありえない。
これがマジックだったらお客さん大喜びだ。
しかしあの炉の中にあったものといえば……精々弔うはずだった遺骨だけ……!?
『むむッ、あの娘はッ!?』
そこでやっと先生が反応を示した。
『思い出すのに時間がかかりましたがあの娘こそ、ワシを執拗に狙っておった一団の頭目ですぞ! そうですたしかに“聖女”などと自称しておりましたな!』
なるほど、ってことはあの白骨が生前あの女性だったってこと?
ソイツが炎の中から飛び出してきたってことは、死んで骨だけになったはずの人が炎の中から再生したってことか!?
不死鳥か何かですか!?






