948 苦労人の伏兵
僕はネヨーテ。
人族のしがない村人、今年で十六歳になる。
最近村の皆からよく言われるのが『お前は苦労人なんだから肩の力を抜かないとダメだぞ』。
どういうことだろう?
僕は僕なりに普通に村人人生を送っているだけなのにな。
そういえば最近、人間国が魔王軍の統治下から離れて人間共和国に再建されるらしい。
人族が再スタートを切れていいことだと思う。
しかし、魔族さんたちが握っていた手綱が離れることで今まで大人しくしていた欲深い人たちに新しい動きがあるかもしれない。
手綱があっても暴れてた人たちはもう大方捕まるか自滅するかした。それで平穏が訪れるかと思った矢先なのに、また不穏な動きが始まるのか。
……いや、魔王軍統治下のゴタゴタが片付いたからこそ、次のステップへ進むべきなのか?
僕がウンウン考えていると、村の仲間が肩に手を置いてきて……。『考えすぎんなよ、どうせオレたちには関係ないんだからさ』と同情するように言われた。
言われてみたらそうか。
僕らはしがない村人で、国政とは何の関係もないんだから。
日々を直向きに働いて、勉強もして、真面目に生きていれば偉い人が国をよくしてくれるさ。
そう言えば人間共和国の新しい王様? とかになった人は僕よりちょっと年上の若者だという。
若いのに大変そうだなあ、その人も苦労人なんだろうなあ。
しかしその人が新生人間国をまとめ切れなければ、政治の乱れがこの村まで波及してくるかもしれない。
新しい王様よ、どうか有能でいてください……!
と天に祈る気持ちでいると、また仲間たちが肩に手を置いてきて『だから考えすぎんなよ』と言われた。
一体何なの?
* * *
そんなこんなしているうちに季節が巡ってきた。
こんな心配症の僕にも一年通して楽しみにしていることがある。
そうオークボ城の開催だ。
ワルキナ辺境領で年に一回行われるお祭りで、ここに来ると見たこともない者ばかりでとにかく楽しい。
それにここでしか会えない友人……同志? というべき人たちもいて、その人たちに一年ぶりに会えるのがとにかく楽しみだった。
それでも去年は、貯蔵していた村の食糧の帳尻が合わずに、計算し直している間に行きそこなってしまった。
今年は秋の収穫から入念に計算をし直して、間違いないことが確実!
それでオークボ城を訪れることができた!
やった!
今年こそゾス・サイラ様やルキフ・フォカレ様たちと再開できたらいいな!
というわけでオークボ城の楽しみ方は二種類。
開催される競技にみずから参加するか、もしくはそれを観戦する側に回るか。
僕は参加する方を選んだ。やるなら自分でやった方が実感が湧くから。
『お前は本当に困難が多い方を選ぶよな』と一緒に村からやってきた友人たちに言われた。
彼らは迷うことなく観客側に回った。
だから何なの一体?
実は僕的には、こうしたスタンダードな形でのオークボ城に出場するのは初めてだ。
初参加の一昨年は豪雪のせいで変則的なオークボ城だったし、昨年は前述の事情で行けなかった。
本来のオークボ城は様々な試練を突破し、お城の最上階まで辿りつくのが趣旨らしい。
よし、必ずやお城まで到達して前ステージクリアしてみせるぞ!
僕の全存在を懸けて!
――『あの何にでも無闇に全力を尽くそうとするのが苦労人たるところよなあ』
と、観客席にいるはずの友人の言葉が聞こえた気がした。
何?
それで早速オークボ城の本戦が始まろうとしたが、その前に予想だにしない事態が巻き起こった。
何と参加者が多すぎるので抽選を行うというじゃないか!
マズいぞ! 僕はくじ運はいい方じゃない! きっと外れてしまう!
そう思ったが意外にも当選することができた。
やったあ。
その最中、複数体のゴーレムが暴れまわったり、巨大なドラゴン様が飛来したりしてとんでもないことになっていた。
これがオークボ城……やっぱりさすがだ。
そしてついに本戦が始まる。
僕たちが走り出す時だ。
しかしながらオークボ城本戦は、何故か開始前から妙は空気に包まれていた。
何とも不穏な……水面下でバチバチとやり合っているかのような空気だ。
「空気が読める……そなたなかなかの苦労人のようじゃな」
そういうアナタは誰?
参加者の中のよく知らないおじさんに声を掛けられた。
「苦労人ほど、いらぬほど敏感に空気を読み、場をよくせんと駆けずり回るものよ。口で説明されずとも、この場の不穏さを肌で感じ取る。そしていたずらに不安となる。気苦労というヤツよな」
「はあ……」
「では一つ教えてしんぜよう。お前が感じ取っているように今年のオークボ城は秘かに対立が起こっている。このオークボ城の運営と、プロ出場者を名乗る者たちだ」
プロ出場者?
何それ?
「このオークボ城に連年出場することで、プロ意識を持つようになってしまった者たちだ。実はこのオークボ城、出場する側でもだいぶ儲けになる。全アトラクションをクリアすることで貰える景品を売り払えば一年は遊んで暮らせるし、好成績をとることで知名度も上げられる」
そんな風にして暮らしを立てる方法が!?
「しかし生産的とは言えん稼ぎ方だ。何かを生み出しているわけでもないし、記念ん貰ったものを売って金に変えるという行為も道義にもとる。それにそういう連中に居座られるだけ新規の参加者の席がなくなるからな。運営側も兼ねてから何とかしなければと頭を抱えておったろう」
なるほど!
それで実行した対策がさっきのゴーレム軍団だったわけですね!
「これから運営側は、そうしたプロ出場者を抜きにしてもしっかり盛り上げられることを証明しなければならん。それができるかどうかはお前たち実際の出場者にかかっているということだ」
そうか! 僕らが頑張って競技して観客を沸かせればいいってことですね!
よし頑張ってクリアするぞ……と思ったら!
何と新しい人間国の王様が出場するだって!?
その名のリテセウス人間大統領!
初めて目にしたが凄く若い。この人が今の人間国を引っ張っているのか。
でもこの人が出場すればもうそれだけで話題性は充分すぎる。
これはもう僕たちの出番はないかな……と安心半分ガッカリ半分でいたが……。
そのリテセウス大統領が一個目の関門で脱落してしまった!?
なんてことだ、誰にだってミスはあるってことか!?
このままじゃオークボ城は大盛り下がりになってしまって、プロ出場者が高笑いしてしまう。
ここは僕が……出場者の僕が何とかしなければ!
実力以上の全力を出してこの状況をひっくり返さないと!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!
* * *
結果から言って……。
僕は全関門をクリアして天守閣まで辿りついた。
僕はけっして体が強い方じゃなく、観客の人たちも僕がクリアするなんて思いもしなかったようだ。
しかし全力を出し切って、ヘロヘロになりながらもゴールを目指す僕に、観衆の人々は感動してくれたようだ。
拍手喝采が飛び、オークボ城は見事成功裏に終わってくれたっぽい。
「よかった……無事終わってくれてよかった……!!」
ゴールした時には息も絶え絶えで、立つことすらできないでその場に倒れ込んだ。
呼吸の荒さが治らないし、視界が明滅してチカチカとする。
気をしっかり保ってないとすぐにでも失神してしまいそうだ。
「……全力以上を出し切ればそうなるわ」
「別にそんな最善以上を尽くさなくてもいいだろうに……!」
誰かが何か言っているけどよくわからない。
とにかく僕はよくやった。
このままに家に帰ってぐっすりと眠ってしまいたい。
そう思ったが……。
「キミの根性、見事だ」
誰かに肩をグイと掴まれた。
誰?
「キミのような才気に溢れる若者を探していたところだ。今人間国は人材不足でね。少しでも見込みのありそうな人には声をかけているんだが、キミは中でもとびっきりだ」
まさか……。
リテセウス人間大統領!?
「キミはまだ若いから、人間共和国の新しい思想を覚え込むのにも都合がいい。将来この国を引っ張っていく人材として僕の下で学ぶといい。いや、その前に農場学校で学ばせるというのもいいな……!?」
何か僕が大統領の計画に組み込まれている!?
えッ!? どうなるの!?
僕の人生に重大な変化が!?
「ああ、苦労人が見いだされた……!」
「ここから真の苦労が始まるんだな……!」
だから誰!? さっきから僕を憐れんでいるのは!?
これから僕どうなっちゃうの!?






