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942 もう一つの七五三

明日、異世界農場書籍版13巻の発売日!

クリスマスプレゼントにどうぞ!!

 私の名はダルキッシュ。


 しがない人間国の……いや、今は人間共和国か……の一領主で、毎日を平穏に暮らせればそれだけで満足の小さな男だ。


 今日は公務を一休みして、家族サービスに勤しんでいる。


「ちちうえ、ちちうえー」

「おうおうフェルネドよー、父はこっちだぞー。あんよが上手ー」


 我が家の長男フェルネドは、今から四年ほど前に誕生した待望の第一子。

 いずれは私の跡を継ぎ、この領の主となるだろう


 妻のヴァーリーナとは一時期子が出来ずに思い悩んだ時期もあったが、このフェルネドを皮切りに次男のパーリヴァが二歳。そして今は妻のお腹の中で第三子がすくすくと育っている。


 ある時には子どもは諦めねばならないかと絶望していたというのに、それと比べれば今は天国のようだ。


 幸い領地経営もさしたる問題もなく平穏に進んでいる。

 ここ数年領地内で連年大きな催しがあるおかげで特需が起き、それで湧いたあぶく銭を元手に様々な事業を興しているところだ。


 家庭も仕事も順風満帆。

 一時、人間国の新たな王に即位させられそうで『やべぇな』と思ったが、それも何とか回避できて本当によかった。

 改めてよかった!


 そんな折、我が生活に訪れる、波乱の足音……。


   *   *   *


「聖者様からの招待状……!」


 来た!

 我が家にとってある意味、いくさへの召集状より緊張をもたらすもの。


 現世の王より遥かなる巨大な力を持ち、その気になれば世界を一から塗り替えることもできる。


 そんな万能なる御方であるのが農場の聖者様。


 その聖者様が何の気紛れか、その万能性の一部をもって築き上げた催しを我が領内で行ってくださることで私も多大な恩恵を受けている。


 だからこそ聖者様からの便りとなれば王族を相手にする以上に素早く、そして丁寧に対応しなければならない。


 して、その聖者様は、今度は何を伝えてきたのか?

 恐る恐る文を開いてみると……。


「……シチゴサン?」


 なんだかよくわからないお題目から始まった。


 あとに続く文章を読むに、七五三なる儀式? があって、それは子どもの成長を祝うためのものらしい。


 聖者様のところにもちょうど三~五歳程度のお子さんが二人いて、そうした物事に敏感なのであろう。


 子どもが健やかに成長してくれるか、親にとってこれほどの心配事はないだろうからな。

 これは私も、同じ幼い子どもを持つ者として同意できる。


 そしてその七五三とやらが今回、聖者様ご一家だけでなく、複数の知人友人一家を招待してやや大規模で行われるそうなのだ。


 その中の一つとして招待を受けた我が家。


 なして?


 他に招待されるであろう顔ぶれ。


 魔王ご一家。

 人魚王ご一家。

 他。


 またそうそうたる面子なんですが。この中に交じる木っ端領主の気持ちも考えていただけませんか!?


 私はまず空を仰ぎ、眉間を手で揉んでから、下を向きつつ深く息を吐く。

 ……よし。

 とりあえずは妻に相談だ。


「また、我が領の存続に関わる大事ですねえ」


 妻のヴァーリーナは、連れ添ってもう五、六年が過ぎすっかり打ち解けた間柄となる。

 それでもかつては魔族占領府から派遣された魔族官僚ではあったものの、監視対象である領主の私と打ち解けて気づいたら結婚までしてしまったという、巷でよろこばれそうな馴れ初めを持った妻だ。


 無論、元魔族官僚という経歴もあって、難しい問題を前に貴重な助言をくれたりもする。

 内助の功も著しいできた妻であった。


「前にもありましたよね、こんなこと……!」

「あの時も、我が領の存続について深刻に話し合ったものだ……!」


 聖者様の結婚式に呼ばれた際とかな。


 とにかく遥か雲の上の存在に、こんなご近所感覚でお付き合いされるのは有象無象としては心臓に悪い。

 今回も、こうして各国の王族やら世界を制する聖者様などと席を並べて万が一にもご機嫌を損ねるようなことがあっては命がいくつあっても足りんのだ!!


「まあ、聖者様のお心の広さを考えれば、そういうことがありうるのは万に一つ以下なんですが……」

「それでも聖者様の大らかさに縋り続けていると、いつか大きなしくじりをしてしまいそうで怖い……!?」


 やっぱり人間いつでもつり橋を渡るつもりで緊張していかないとな。


 そこで我が妻ヴァーリーナよ、前にも似たような事態に再び遭遇し、無難に乗り切れる知恵はないか?


「そうですね、一つ考えがあります。タイミングによっては相手側の機嫌を損ねかねない諸刃の刃ですが……」


 おおッ、なんか怖いなそれ。

 だが聞くだけ聞いてみよう。


「遅刻作戦!!」


 遅刻作戦!?

 なんだそれは、でも遅刻ってあからさまに信用を失う悪手じゃないのか!?


「何らかの理由をつければ失礼は回避できるでしょう。そして遅刻するということは来る時間が遅れるということ。訪問時間が遅れればそれだけ滞在時間が短くなる。滞在時間が短くなればその分、高貴なる方々の接触時間も短くなるので、変に気に留まる可能性も低くなるということです」


 なるほど!

 さすが我が妻! 小狡い手段を多く引き出しに入れている!


「何度もやってるとわざと遅刻してるってバレるから、精々一、二回しか使えない手ですが、まあ今回が初めてなら大丈夫でしょう。できるだけ最高の盛り上がりになった直後を狙えば、すんなり溶け込めて誰もアナタに注意を払わないでしょう」

「他人事のように言っているが、お前も来るんだぞ」

「え?」


 そんな意外そうな顔されても。


 だって今回の催しは子どもの成長を祝うためのものなのだから、まず子どもらも連れていくだろう。

 それなら母親のキミだって来ないとおかしいだろう。


 他の招待客も一家総出で来ると言うし、ウチの家族だけ誰かが欠けるということはあり得ない。


「つまり家族が一丸とならなければならないってことですね……いいでしょう、やってやるわ!!」


 半ばヤケクソの妻だった。


   *   *   *


 そして農場で行われる七五三当日……。


 妻の遅刻作戦は功を奏したようだ。ついた瞬間にそう思ったのは、現場で各奥様方が息子自慢で火花を散らしていたから。

 誰かが上手いこと治めて、今は鎮火に向かっているが最高潮のタイミングで出くわしていたらと思うと背筋がゾッとする。


「さあさあ、ダルキッシュさん一家も参られたことで今日の面子が揃いました! 七五三の祝いを本格的に開始しましょう!!」


 ヒィッ! 聖者様!

 せっかく途中参加で静かに紛れようとしたのに、そんなに大々的にご紹介されては逆効果!?


「実を言うとダルキッシュさん一家に記念の贈り物があるのですよ! 他のご一家にはない特別製です!」


 なんで!?

 なんでよりにもよって一番平凡なウチに特別扱い!?


「いやだってダルキッシュさんの家は記念すべき人族と魔族の初夫婦ですからね。そのお子さんの出生と成長は何よりめでたい! ということで記念品としてこちらを用意しましたー!!」


 なんか布に覆われたドデカいものが台車に積まれてゴロゴロ押されてきたッ!?

 割とガチなヤツ!? 布をバンと取られて姿を現したのは……銅像?


 しかもよくわからないいかにも抽象的なデザインで……下のネームプレートには『融和 作:ピソッホ』と刻まれていた。


 わけわかんねえ。


 こんな巨大でかつ、どこにおいても微妙な感じになりそうな抽象彫刻、どこに飾れっていうねん!?


 しかし贈ってくれる側は善意百パーセント。

 私もヴァーリーナも、そしてフェルネドもパーヴリァも今ヴァーリーナのお腹にいる第三子も多分微妙な表情で、それを受け取るほかなかった。


 子どもたちにも着々と平凡の遺伝子が受け継がれていく。

 史上初の人族と魔族のハーフ。しかしそんな希少性とは裏腹にうちの子たちは平々凡々なのであった。

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
[一言] ダルキッシュさん、そろそろ観念して共和国の要職に就いた方が良い気がする…w
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