941 子ども自慢紛争
めでたい七五三の祝い事。
その雲行きが俄かに怪しくなる。
「ちょっとお待ちください」
次に参戦したのは『獄炎の魔女』ランプアイ。
『人魚王の懐刀』と恐れられるヘンドラーくぅんの伴侶にして、今なお人魚国一の武闘派女性だ。
同じ六魔女に数えられながらも、かつての人魚王女プラティ、現人魚王妃パッファを向こうに階級では劣るものの、気勢で一歩も引かない。
「才覚で言うのならば我が娘ハーフムーンこそ一等では? 武人家系として名高いベタ家のヘンドラー様と、人魚近衛兵として過去最高と謳われたこのわたくしとの間に生まれた娘です。武に関する才能は折り紙付きというのは言うまでもなく、しかもヘンドラー様の賢明さも受け継がれていれば完全無欠!」
「ケンカの強さぐらいで自慢してんじゃねえわよ! ウチのジュニアとノリトはねー、聖者の! 聖者の血筋を受け継いでるのよ、そのおかげかもう若くして芳しさがありありと……!」
親バカたちの子ども自慢で現場が騒然となりだした。
皆さん我が子がかわいいのはわかりますが、だからと言ってよその子に比べて優れている……というのはいかがなものでしょう?
そりゃわかりますよ。誰しも自分の子がナンバーワンだと。
しかしナンバーワンよりオンリーワン。
ヒトにとっては、その人の子どもがナンバーワンだと認め合っていくことが大事なんじゃないですかね?
そんな正論が通じたら魔女なんてやってない。
独身時代は『狂乱六魔女傑』などと呼ばれて恐れられた六人のうちの三人が我が子自慢を巡って火花を散らし合う。
「おおおお……おいパッファよ。我が子を愛するのはいいがあまりヒートアップしすぎるのは……!?」
パッファの夫であるアロワナさんも恐る恐る口を挟むが……。
「旦那様は黙ってな!! コイツらは人魚族であるからには人魚王の臣下なんだ! 上下のけじめをしっかりつけなきゃダメなんだよ!」
「はいぃッ!?」
ヘンドラーくぅんも、自分の愛妻にやんわりと意見する。
「あのランプアイ、な? さすがに相手は王妃様に現王の妹君なんだし、君主に対する礼儀というものとかな……!?」
「ヘンドラー様ご容赦を。母親には退けない戦いがあるのです」
「はい……!」
ヘンドラーくぅんがあっけなく引き下がったのは、静かな口調ながらもランプアイに気迫が宿っていたからだろう。
情けない夫軍団、誰も妻を諫めることができない。
……俺?
俺はプラティを何とか止められないのだろうか?
無理に決まってるじゃんそんなの!
まあ、そんな俺だが手札にはジュニアという最大のオチ要員があるのでそんなに心配してないが。
一時期猛威を振るったホルコスフォンの納豆オチを追い抜いて今や、我が農場でオチを決める率最多のジュニアなのでな。
いざとなったらこの子を投入すれば、すべてを丸く収めてくれるだろう。
などと安心しきっていたら、いつの間にかヴィールがしゃしゃり出てきた。
「はぁ……、なんとも見苦しい場所なのだ。人間同士が誤差みてーな能力の違いを自慢し合ってわちゃわちゃと……こんなのジュニアの教育に悪いのだー」
以前からジュニアを溺愛するヴィール。
そんなジュニアを抱き上げると、竜の力によるものなのか人型のままパタパタ飛んだ。
「ちょっとジュニアとその辺遊んでくる。騒ぎが収まった頃に戻ってくるのだー」
「うわああああああッッ!? ちょっと待ってぇえええええッッ!?」
必殺のオチ要員が! 我が家のリーサルウェポンがあああああああッッ!?
……くっそ万策尽きた。
もう無力な俺たちには、荒れ狂う奥様たちをなだめる手段がない。
……いや待て?
目には目を、歯には歯を、奥様には奥様を、だ!
幸いこの場にはまだ奥様と呼べる方々がいる。
魔王妃であるアスタレスさんとグラシャラさんだ!
今いがみ合っているのは人魚族の輪の中! 種族の違う魔王妃さんたちから俯瞰的に諫めていただければ、さすがの彼女らもみずからの見苦しさを自覚できるはず!
さあ、お願いしますアスタレスさんとグラシャラさん!!
「ウチのベルゼビアの方が可愛い!」
「いーや私のマリネの方が絶対可愛いね!」
ダメだった……!
こっちもこっちで愛娘の可愛さについて絶賛激論中。
「父である我にとっては、どっちも目に入れても痛くない可愛さなのだがなあ……!」
魔王さんが遠い目をしていった。
しかしまあ彼女たち二人は、同じ夫を持つ第一魔王妃&第二王妃。
一夫多妻は王者に付き物のシステムとはいえ、あっちの人魚妻どもよりはいがみ合いやすい関係性ともいえるなあ。
特にあの二人は、魔王妃として輿入れする以前はどちらも魔王軍四天王の座にあった。
功を競い合うライバル同士であったので、ああして家庭に入った今でも火花散ることはよくあるらしい。
「ウチのマリネはなあぁああ! まだ七歳だっていうのに鋼鉄の棍棒を振り回せるんだぜぇええええッッ! 将来有望だろうがぁああああッッ!」
「そんな馬鹿力の才能が魔王女に何の役に立つ!? 麗しき王様の娘ともあればレディとしての嗜みやテーブルマナーをなあああッッ!」
「そんなこと言ってるからテメェは四天王時代から舐められてたんだろうが!!」
「舐められてないが!?」
益々ヒートアップする魔王妃二人。
そんな二人の対立に割って入る勇気ある者がいた。
「お母さま、けんかはめーですよ」
「ぐごごごごごごご……!?」
それは当の彼女らの娘であるマリネちゃんだった。
しかもその胸には、さらに年下の赤子を抱きかかえていた。
それこそアスタレスさんが生んだ第二魔王女のベルゼビアちゃん。二人は異母姉妹となる。
「お妃同士、なかよくー」
「ぐががががががががッッ! わかったわかった! 痛い痛い痛い!」
どうしてこんな叫び声が上がっているかというと、マリネちゃんが実母の腕を掴んで捻り上げているからだった。
左腕で異母妹を抱き、右腕で実母を捻り上げている。
さすがは魔王さんとグラシャラさんの血を受け継ぎし者……というべきか、そのパワータイプぶりには、もう一人の豆大好きパワータイプお姫様の姿が重なった。
そんな第一魔王女の姿に第一魔王妃は猫なで声を上げて……。
「マリネちゃんは賢いなぁ~! とてもあのゴリラ女の血を引いているとは思えないぞ! 将来はどこの有力貴族にお嫁に行ってもまったく問題ないなあぁ~」
「問題あるのは、おかーさまたち」
「申し訳ありませんでした!」
実母に対してだけでなく義母に対しても厳しい。
マリネちゃん……しばらく会っていなかったから知らなかったがあんなにもしっかりした子に育っていたとは……!
「ベルゼビアちゃんがもっと大きくなったら、いがみ合う二人を見て呆れますよ! 王室が険悪になれば国内も険悪になるって、マモルさんやルキフ・フォカレ様が言ってました! 魔王妃の自覚をもってちゃんとしてください!」
「「はいッ!」」
娘が母親を窘めている……!?
そうだ、ウチの奥さんたちも今の光景を見たら自分たちの浅ましさを感じいって矛を収めるのではなかろうか……!?
と思ったが……!
「だからウチの子が一番なのよ! 人魚王女の決定に従いなさい!」
「だからこちとら現人魚王妃だっつってんだよ! 身分の上下を弁えろやあああ!」
「僭越ながら、人とは身分ではなく心構えかと存じます」
まったく感じ入っていなかった。
浅ましい。
『う~む、混迷しておるのう』
こんな見苦しい状況を、神にあらせられる菅原道真公に見られてしまうとはお恥ずかしい。
『いつの時代、どこの世界でも女性とは苛烈なものよ。北条政子を思い起こさせるわ』
北条政子アンタより三百年後の人だろ?
ホントに知ってるの?
いや、そんな古くより人類を見守る道真公だからこそお願いしたい!
助けて!
それだけ長く経験を積んでいるなら、事態を打破する策も思いつくでしょう!?
『では僭越ながら……そこの娘さんたち』
あの結界みたいになっている三魔女のいがみ合いに突っ込んでいける道真公スゲェ!
そして彼女らを“娘さん”と言える神の貫禄。
『誰が一番かなぞ競い合っても虚しいだけじゃぞ。いうじゃろう「驕る平家久しからず」と。盛者必衰、いかに頂点に昇ろうと息老い衰え沈む時は必ず訪れる』
ともっともらしく教え諭す。
『その証拠に……、ワシも京の都で出世を極めたが最終的に左遷されたからの』
「「「…………」」」
それを聞いた三魔女たち、神妙な表情で……。
「そうね……、アタシたち目先のことに走りすぎてたのかもね……」
「皆で仲良く生きてくことが大事だよな……」
「軽率でした……」
さすが実体験から出てくる言葉は説得力が違う。
そうだよ、誰が一番なんかよりも子どもたちが、今日を元気に迎えられたことを喜ぼうぜ。
それが七五三の意義なんだから。
そのことを思い出させてくれるとはさすが菅原道真公。
七五三を司る神だぜ。
え? 違う?






