932 教令から本身へ
引き続き冒険者のコーリーだ。
クソッ、オレは失敗した。
S級冒険者となれる最大のチャンスを逃したのだ。
しかし試練となる聖者の農場ダンジョンはいずれも強力すぎて誰も突破できない。
そもそも攻略不可なんじゃねえの? と疑念すら湧いてきたところにシルバーウルフ様が仰られた。
――『S級の栄冠は、想像を超えた困難の先にあるものだ』(意訳)と。
まったくその通りだ。
すべての冒険者が憧れるS級という輝かしい階級。
それが想像の内に収まるような低みにあるはずがない。
オレはS級を甘く見ていた。
夢見るほどに憧れていながら、それでもS級という極みを侮っていたんだ。
もう一度チャンスが与えられる。
さすがに何度挑もうと乗り越えられないかもしれない。
しかし今度こそは、途中で折れるなんていう無様は晒さない。
侮ってしまうから折れるんだ。
相手の大きさを認め、それに見合うだけの覚悟を用意してブチ当たれば折れることだけは決してしない。
心から油断よ消えろ。
オレは絶対に、必ずやS級冒険者になるんだぁああああああッッ!!
* * *
そんなオレが挑戦したのは、農場からやや外れた場所にある遺跡ダンジョン。
四角形が上向きに尖がった奇妙な建築物のダンジョンだ。
再チャレンジのスタートに、ここを選ぶものは少なかった。
何故なら、このダンジョンこそが農場にある三つの中でもっとも難関だと、皆が思うからだ。
他のダンジョンだって、それぞれドラゴン、ノーライフキングと主がいて攻略不可能というぐらいに難度が高い。
それでも、それ以上にこの遺跡ダンジョン……ピラミッド? とかいうのが最難関なのは、その内部で守っている魔神たちが、オレたちの想像を超えるほどにヤバいからだった。
不動明王。
軍荼利明王。
降三世明王。
大威徳明王。
金剛夜叉明王。
なんかよくわからん五体の魔神が、この遺跡ダンジョンの守りについている。
それ以外のモンスターはいない。
魔神たちのあまりの強力さにモンスターまでもが逃げ去るか消滅し、内部構造まで魔神たちの放つ験力で歪められて再構成されて非常なシンプルな造りになっていた。
しかしシンプルであるのに誰一人突破できないのは、その守りについている五魔神があまりに強力すぎるからだ。
彼らが背中に負う業炎は離れていても超高熱でオレたちを焼き尽くさんばかりだし、ヤツらの眼光は何も見ていないようでオレたちのことを的確に見抜き絶対に見逃さない。
まるで世界のすべてを見通すかのようだ。
五魔神のうち、ある一体の魔神が持つロープは独りでに動いて侵入者を自動探知し、電光の速さで追跡してはアッという間に縛り上げる。
他の魔神の一体は顔が六つもあって、どの側に回っても目が合う。死角がない。しかも物陰に隠れていても見通してくるかのようだ。
さらに別の魔神は六本もある手にそれぞれ武器を持ち、それらから放たれる雷光は正確無比で、冒険者たちの進もうとする鼻先に落ちてくる。
そんなのに狙われたらもう一歩も動けない。
むしろ衝撃に身体が打ち震えて一歩も動けない。
まるで神にも出会ったかのように。
山ダンジョンや洞窟ダンジョンにも何とか挑む気概ぐらいは保てていたが、あの五魔神が守るピラミッドだけは、入り口を潜ることすらせず逃げ帰る冒険者も多くいた。
優れた冒険者ほど危険を察知する感覚は研ぎ澄まされている。
一般人でもわかるぐらいにあからさまな危険、それは鋭敏な機器察知能力を持つ冒険者にとっては立ってるだけで苦しいほどだ。
だからこそ多くの冒険者たちは、泣きの一回になった再試験の対象にこのピラミッドを選ばなかった。
山や洞窟に流れていった。
その中でオレがあえての最難関ピラミッドを選んだのはただの逆張りなんかじゃない。
かつてS級を甘く見ていたオレの心を叱咤するために。
想像を遥かに超えるほどの困難に当たって砕けて、常識に胡坐をかいた甘ったれの自分自身をも砕け散らすんだ。
危険にあえて挑むことは冒険者のすることじゃない……と言うかもしれない。
しかし試験として最低限の安全が保障された今日、あえて無茶をせずしてどうする!?
そうでなくとも『危険を冒す者』と書いて冒険者。
危険を冒すからこそ危険を避けなければいけないという矛盾を孕み続けるオレたちだから、いざという時に死の危険にすら踏み出せないようでS級になれるものか。
オレなりの決意を固め、いざピラミッドへと踏み込む。
そこには、例の魔神たちがいた。
小さな女の子数人をお手玉のように放り投げて回している。
『そーら、たかいたかーい』
「うぉおおおーい! おそらを飛ぶですー!」
……。
お手玉されている少女たちは存外楽しそう。
「あい、きゃんふらいですー!」
「おててがたくさんあるから、たかいたかいの安定感がハンパないですー!」
「なんでたくさんおててがあるです?」
小さい女の子たちをあやすのに全力振りな魔神たち。
あそこまで子守に夢中なら、その隙を抜いて突破できるんじゃない?
というか何故子守している?
『……ぬ、またしても迷える衆生がやってきたか』
「ギクゥーッ!?」
やはり気づかれた!?
何だこの正確すぎる索敵能力は?
いくら顔がたくさんある魔神たちだからといって、ここまでタイミングよく的確に察知できるものなの?
『我ら仏は迷える衆生を救うためにあまねく三千世界へ目を向けなくてはならん。ゆえに顔が一つだろうと十一だろうと関係なく、その眼は世界の果てまでをも見通すのだ』
『だったらなんで物理的に顔増やしてるヤツいるの?』
『身内から聞くなよ』
気づかれたからにはオレのクエストはここまで!
この神をも超える恐ろしき存在に、立ち向かうことも逃げきることもできない。
唯一気づかれないままこっそり素通りすることが唯一の活路だと思ったのに、それすら叶わないとは……!
『しかし奇しきものよの。触れは聞いていたものの、再び我らが下に挑む者がおったとは』
『しかもたった一人でな』
え?
一人?
言われて気づいて周囲を見回してみたら、たしかにオレ以外誰も冒険者がいない!
誰もがここのダンジョンは突破不可能だと判断し他へ流れていったか!
そんなオレの戸惑いを察したのか魔神たちは、笑いながら見下ろしていた。
笑いといっても嘲りの色はなく、どちらかというと慈しみのような表情だった。
『問答をしよう。汝、何ゆえに我らの下へ挑んだ? もっと安らかで平らかなる道もあったであろうに』
たしかに。
まあ別の選択肢もあったがけっしてそっちも平坦ではないがな。
こことは別のダンジョンに挑戦した冒険者たちも決して『意気地なし』と誹られる立場じゃない。
今この瞬間も決死の覚悟で臨んでいるはずだ。
「自分を高めるために必要だと思ったからだ」
『ほう』
オレはS級冒険者になりたい。
尊敬するシルバーウルフ様のような立派な冒険者になって、自分の価値を証明したい。
そのためには目の前にある中でもっとも大きな困難に立ち向かわなければ。
大きな困難は大きな成長を促す。
小さな困難は小さな成長にしか繋がらない。
オレが目指すのはもっとも大きい高み、S級冒険者だ。
人の寿命が限られているからには、できるうちに最大限の成長に挑戦しないといけないじゃないか!
『――その意気やよし』
はい……え!?
気づくと目の間から魔神たちが消え去っていた。
代わりに五体の……神? と思えるほどの清らかな存在がいた。、神か女神かも判断つき難い、美しくて清らかで輝かしい存在だった。
それが五体。
『――我は大日如来』
『――我は宝生如来』
『――我は阿閦如来』
『――我は不空成就如来』
『――我は阿弥陀如来』
なんだなんだなんだーッ!?
あの恐ろしい魔神たちはどこへ!? そして替わりのように現れた、この神聖なる存在たちは!?
『替わったのではない。変わったのだ、あるべき姿に』
オレが思ったことへ解説してくれている!?
考えを読まれた!?
『我ら五智如来が、無明なる者を教え導くためにとる教化の姿、それこそが明王。無知なるを力ずくでも従わせんために恐ろしき鬼神の姿をとったが、本来の教えに恐怖はいらぬ』
『己を高みへと導くため、いかなる困難をも厭わぬ汝は見事である。いまや憤怒の教化はいらぬ。大手を振って己が道をまい進するがいい』
……ええと、何て言ってるのかわかりませんけれど、ここ通っていいってことですかね?
ということはピラミッド攻略成功!?
やったあ!!
これでS級にまた一歩近づいたぞ!!