927 クリア不可
S級冒険者昇格試験in農場。
結果発表!
全員不合格!
誰一人として一つのダンジョンすら制覇できなかったから!
それなのに三つ全部制覇でS級昇格なんて無茶ぶりすぎる!
難易度設定が絶望的に破綻している!
『クリアさせる気ないだろ!』って言ってコントローラーを床に叩きつけるレベル。結果コントローラーは粉々になってさらなる泥沼へ。
「おいコラふざけるなーッ!!」
「こんなの茶番だろ! 最初から昇格させる気なしでオレたちが七転八倒するのを面白がってるんだろーッ!!」
「オレたちの夢と希望を弄びやがってーッ!!」
「責任者出てこい!」
再び一堂に会した冒険者たちは怒り心頭。
今にも暴動が起きんばかりのヒートアップだ。
「あのシルバーウルフさん、これマズいんでは?」
主催者側に移動した俺、不安でいっぱい。
ここでもしマジ暴動となったら、一番の被害を被るのは現地である農場。
その主人である俺。
やめてくださいよ、ヒトのシマで暴動なんて。
さっきの大地の精霊みたいにシマに煩いシマシマ団ですよ。
それを受けて責任者のシルバーウルフさん。
特に慌てた様子も見せず。
「ご心配なく聖者様。……ここまでは想定内です」
「ホントにぃ?」
「むしろこちらの想定を破って一人でもクリアできればと夢見たのですが、所詮は夢ですな。冒険者全体のレベルが私の理想に到達するのは遠そうだ……」
そこまで独り言ちるとシルバーウルフさんは腰を上げ、暴徒化寸前の冒険者たちの前へと乗り出す。
同時にブーイングもますます勢いを増した。
「ギルドマスター説明しろー!」
「オレはなー、山ダンジョンで完全に心を折られたんだぞー! 変幻自在に起動コントロールするスクエアボアなんてズルだろアレー!」
「私は洞窟ダンジョンに伯爵にボッコボコにされたわ! その上で伯爵以上のノーライフキングがいるなんて地獄すぎでしょうー!」
「オレはピラミッドで仏門に入ったぞ!」
非難轟轟。
普通の人ならばその勢いに抗えず、危険を感じて警察を呼ぶほどだろう。
しかしながらシルバーウルフさんは冒険者として幾多もの修羅場を潜り抜けた人。どんな状況でも少しも気後れせしない。
「黙らっしゃいッッ!!!!!!!!!!」
逆にすさまじい一喝で、冒険者たちを全員黙らせた。
シンと沈黙が下りる。
それを確認して滔々と語りだすシルバーウルフさん。
「……情けない。クリアできないからとギルド側に文句を言うのか? 実際の冒険でもそんな恥ずべきことをするつもりか?」
「うッ……!?」
「たしかに今日はギルド側の設定したイベントではある。だからと言って誰でもクリアできるような優しい設定にしてあると思ったら大間違いだ。むしろ何があろうとクリアできない。そんな絶望的な状況でも心折れずに進むことができる。その姿勢を見たかったのにな」
絶対にクリアできない絶望の中でも消えることのない希望の光をもって進むことができる。
それこそがS級冒険者の条件であると?
なんだか観念的な話になってきた。
「そのためにこそ聖者様にお願いして場所をお借りしたというのに……。ガッカリだな。この中には私のあとを担わせるべき猛者は育っていないと言える」
「し、しかしだからと言ってここまで滅茶苦茶なダンジョンに挑ませようとするのはどうなんだ!?」
一度は怯んだ冒険者たちが抗弁する。
「そうだ! 精神力だけでS級になれたら世話はねえ!」
「技術とか知識とか強さとか、そういう重要な要素は他にもあっただろうに、それらを全部無視して超絶難易度に挑ませるギルドの方針に異を唱える!」
「絶対クリア不可能なダンジョンなんて試験に相応しくない! もっと難易度を調整してやり直しを要求する!」
と非難は再び巻き起こる。
それにシルバーウルフさんがどう応えるのかというと……。
「絶対クリア不可能か……、そんな風に受け取られていたとはな」
シルバーウルフさんフッと笑って……。
「諸君らの言う通り、S級冒険者は気合だけでなれるものではない。実力実績品格知性、あらゆる面で一流以上が求められる。私は今回の試験で、そのすべてを見極めることができると思っていたのだがな……」
「ふざけるな! こんなムチャ試験で示せるのは精々諦めないド根性ぐらいで……!」
「本当にそう思うか?」
シルバーウルフさんの鋭い問いかけに、一堂が息を飲む。
「そもそも、お前たちはS級冒険者の力をどれほどと思っている? たとえ主ありダンジョンだと言っても、なすすべもなく当たって砕けておめおめ逃げ帰るのがS級冒険者のすることか?」
「うう……!?」
「どうやら私の思い浮かべるS級冒険者の姿と、お前たちの想像の中にあるS級冒険者の姿には大きな隔たりがあるようだ。私が何を言いたいかと言えば……」
シルバーウルフさん、大ギメで……。
「本当に心底からS級になりたかったら、手足が砕け散ってでもここのダンジョンをクリアしてくれるものと思っていたのだがな!」
シルバーウルフさんの言葉に、会場中の冒険者たちが息を飲んだ。
数百人が、たった一人の気迫に飲まれている。
「しかしまあ、口だけならば何とでもいえるものだ。実際冒険者は言うことだけは立派なビッグマウスがいくらでもいる。そんなヤツでもS級冒険者が務まると思われては心外であるからな……。そこで私からある提案をしたい」
「提案?」「一体なんだ……!?」
冒険者側、ザワザワ動揺する。
「私もこれから聖者の農場にあるダンジョンの一つに挑戦してみせよう。引退を表明したものの、今はまだ現役のS級冒険者。その実力を直に見せてあげようではないか」
「なんだとぉッ!?」
「お前たちの想像の中にあるS級冒険者と、現実のS級冒険者との違いをじっくりと見比べてみるがいい。もし私が途中で不甲斐ないさまを見せたなら、全面的に見直した新しい試験を後日開催すると約束しよう!」
「言ったなシルバーウルフ! じゃあ現役の腕前をとくと御披露願おうじゃねえか!」
なんかまた大事になってきた。
* * *
そして。
シルバーウルフさんみずから農場ダンジョンに挑戦することとなった。
しかし農場ダンジョンと一口に言っても複数ある。
先生の洞窟ダンジョンか? 五大明王と大地の精霊が待ち受けるピラミッドか?
シルバーウルフさんの選んだのはヴィールがいる山ダンジョンだった。
『ぐわっはっはっはっは! おれのところを選ぶとはお目が高いのだー。いいだろう、丁寧に叩き潰してやるぞかかってこいー!』
相変わらず主の店内放送がやかましいダンジョンだ。
今のところヴィールは山頂で、シルバーウルフさんがやって来るのを待ち受けている。
山裾から一歩一歩進む彼の背中を、冒険者たち全員が見詰めていた。
「……ケッ、シルバーウルフの野郎気取りやがって……!」
「こんな最高難易度ダンジョン、S級だって突破できるわけがねえ。すぐさまリタイヤして恥晒せって言うんだ」
冒険者たちの中には気に入らず悪態をつく者もいる。
そのうち、いつも通りの流れで山ダンジョン第一の刺客、角イノシシたちが群れをなして襲ってきた。
見守る冒険者たち……。
「来たぞ! あのスクエアボアはよその個体とはわけが違う! こっちの動きを読んでくるし、本来真っ直ぐなはずの軌道も変幻自在だ!」
「あのスピードでグネグネ動かれたら人間に反応するのは不可能だぜ! シルバーウルフも吹っ飛ばされて泣きを見ろ!」
多くの冒険者たちは自分がそうであったように、シルバーウルフさんも変則軌道に対応しきれず猪突猛進アタックで星になると推測した。
しかしそれはやっぱりS級冒険者を甘く見ていることから来る楽観に過ぎない。
角イノシシが飛び込んでくる寸前シルバーウルフさんは……真上へと跳躍した!
「「「「えええーッ!?」」」」
「どんなに蛇行しようと、地を走るしかないスクエアボアの攻撃は上空までは来ない。安全地帯というだけでなく、上からは相手にとっても完全な死角だ」
即座に急所へ一撃叩き込み、スクエアボアを絶命させる。
「命を無駄にしない班、出動!」
俺の号令でオークゴブリンたちが駆け出し、仕留められた角イノシシたちを次々下処理していく。
「対処方法がわかったところで、瞬息の反射速度、跳躍力、一撃で仕留められる攻撃能力がなければこの戦法は成立しない。果たしてお前たちに私の真似ができるかな?」
無言の冒険者たちサイドが、何より雄弁な答えを示していた。
……でもシルバーウルフさん。
俺知ってるよ?
最初にアナタが農場に来た時、何日もかけてこのヴィールの山ダンジョン攻略してたよね?
完全なる趣味で。
一度攻略したダンジョンだからこそ攻略情報は頭の中に叩きこまれていて、二度目の攻略には助けとなるだろう。
……。
一番攻略しやすいところあえて選んだってことだよな。
黙っておこう。






